学位論文要旨



No 111448
著者(漢字) 小林,力
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ツトム
標題(和) 酸化物高温超伝導体の臨界電流と磁化緩和
標題(洋) Critical Current and Magnetic Relaxation of the Oxide High Temperature Superconductors
報告番号 111448
報告番号 甲11448
学位授与日 1995.04.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3485号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 助教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 講師 長谷川,哲也
内容要旨 1Introduction

 酸化物高温超伝導体はその高い臨界温度から実用化への期待が非常に高いが、磁場下で臨界電流密度が急激に減少するという問題点を持つ。現在までに、効果的なピン止め中心が存在しないことと、酸化物超伝導体に特有の層状構造や高いG-Lパラメータの為に、量子化磁束が柔らかいことが実用への問題となると考えられている。ところで、この様な酸化物超伝導体の特色から、臨界電流が消失する不可逆磁場近傍での性質が人々の関心を集めているが、応用の観点からは、より実用的な領域での酸化物超伝導体の性質を解明することが必要である。また、酸化物超伝導体は非化学量論酸素を持つ固溶体で、カチオン組成や酸素量が臨界温度に大きな影響を与えることが、初期の研究から知られていたが、臨界電流密度等が受ける影響はあまり調べられていなかった。

 今までに組成の異なる単結晶試料の系統的な磁化測定を行い、磁化やその緩和が組成により大きく変化し、under dopedとover dopedに大別できることを明らかにしてきた。本研究では応用上問題となると考えられるc軸に平行な磁場下で、CuO2面内を流れる臨界電流の磁場依存性と磁化緩和過程を明らかにする。また、従来材料等との比較からピン止め機構について考察を行う。

2Experimental

 Y系やBi系超伝導体に比べて、l)c軸方向に十分に長い単結晶試料が得られるために、反磁界効果を最小にできること、2)Tcが低いために広い温度(T/Tc)範囲でcreepの影響が小さいこと、3)Bc2が低いために広い磁場(B/Bc2)範囲に渡る測定が可能4)幅広い組成の単結晶試料が得られている等の利点がある、(La1-xSrx)2CuO4単結晶試料を用いた。当研究室でTSFZ法により作製された大型単結晶を、反磁界効果が小さくなるように磁場印加方向であるc軸方向に長い厚板状に切り出した。Sr組成は用いた試料の近接部分を硝酸に溶解してICP原子発光分析法により決定した。表に組成・臨界温度・試料の大きさを示す。

 磁化の測定はEG&GPar社製4500型振動試料型磁束計(振動周波数82Hz・振動振幅0.2mm)をJanis社製超伝導磁石(9T)に組み込んだものを用い、creepの影響を避けるために速い磁場掃引速度(20mT/s)で行った。磁化ヒステリシス曲線には、磁束のフロントが試料の中心で出会う磁場Bp以上の高い磁場を印加した後の磁場サイクルを用いた。磁化緩和測定は、最初に十分に高い磁場を印加した後、所定の磁場まで減磁してからの残留磁化の減衰を測定した。時間の原点(t=0)は磁場の掃引を止めた時である。

図表
3Result3.1Critical current of the under-doped sample

 酸化物超伝導体は、良質な電極を取ることが困難であるため、磁化測定からBean modelに基づく手法により臨界電流密度が求められてきた。しかしながら、簡便なために広く用いられているBean modelに基づく手法では、試料内部の磁束密度変化による臨界電流の変化を扱えず、試料全体にわたって平均化された臨界電流密度が与えられる、特に試料内の臨界電流密度の変化が大きな低磁場で、臨界電流の磁場依存性を知る事ができない。そこで、臨界電流の磁場依存性を表す関数を試行関数とし、磁化履歴曲線を計算し、実測の磁化曲線との誤差を最小とすることにより、測定された磁化曲線から臨界電流の磁場依存性を決定した。

 厚さ2wを有する厚板状試料中の磁束密度分布は、位置における局所磁束密度をB(x)とし、対称性から、印加磁場Bexと局所臨界電流密度Jc(B(x))を用いて式(1)に表される。

 

 このように、磁場の関数として与えられたJcから磁化曲線が計算される。

 本研究では試行関数として以下のmodelに基づく臨界電流を用い、

 

 誤差を最小とする様にパラメーターを決定した。

 Under-doped(La1-xSrx)2CuO4ではFig.1に示すように、式(5)のJcにより磁化曲線が正しく再現できる。

3.2Relaxation of the under-doped sample

 Under-doped(La1-xSrx)2CuO4の磁化Mの緩和過程は従来型超伝導体の対数緩和と異なり、べき緩和することがFig.2に示され、パラメーターM0を用いて式(6)に表現される。

 

図表Fig.1 Observed magnetization curve of underdoped(La1-xSrx)2CuO4(x=0.059)(a)and calculated curves of(b)Bean model,(c)I-Y model and (d)exponential model / Fig.2 Power law relaxation of under-doped(La1-xSrx)2CuO4(x=0.061).

 緩和により生じる電界をUについて解いて

 

 一方、Maxwell方程式より

 

 磁場の掃引によるflux flowが収まった時、臨界状態が成立するなら式(7)に(8)を代入

 

 式(10)と(9)を合わせてピンポテンシャルの電流依存性が求まり、Fig.3に示す様に

 

 となる。さらに、U0にはFig.4に示されるように15K以下の低温では温度依存性がなく、磁場依存性は

 

 である。20K以上の温度では1T以上の磁場におけるデーターがなく、磁場依存性は不明である。

図表Fig.3 Current dependency of the pinning potential of under doped(La1-xSrx)2CuO4(x=0.061)at 20K.From left side Bex=0T to right side 0.9T. / Fig.4 Field dependency of the pinning potential of under doped(La1-xSrx)2CuO4(x=0.061).Effective magnetic induction is defined as Beff
3.3Second peaks of the over-doped sample

 (La1-xSrx)2CuO4のover dopedでは磁場の増加に対し一旦減少した磁化が再び増大し、減少して磁化曲線に第2ピークを生じる。この為に臨界電流密度の磁場依存性は複雑である。ピーク磁場Bpkより低い磁場では磁化(Jc)は磁場に対してほぼ指数関数的に減少するが、Bpk以上の磁場ではより激しく減衰する。

 磁化の緩和はover doped(La1-xSrx)2CuO4においても、べき的であるが、緩和特性は第2ピークの存在を反映している。BpkまではUの磁場依存性が弱いのに対してBpkを越える磁場ではUは磁場に反比例して減少する傾向が観測された。

 酸化物超伝導体の第2ピークはピン力の大きな従来材料で観測されるピーク効果とはHc2に比べて低い磁場で生じている点が異なる。また、組成によりピークが消失したり、多結晶試料では観測されないなどの特徴がある。ピークを生じる磁場Bpkの温度依存性は系により異なる。

 Over-doped(La1-xSrx)2CuO4において観測された第2ピークは

 

 で表される強い温度依存性を示す。また、粒径が10m以下の焼結体では第2ピークが出現しないが、単結晶試料を0.01mm3程度に砕いた時には第2ピークが観測されている。

 酸化物超伝導体に第2ピークを生じる機構はまだ解明されていない。Fig.5の様な磁化曲線をピークとして捉えるのではなく、逆に、磁化曲線に谷が生じているとも解釈できる。しかし、Fig.6に見るように磁化曲線に谷を生じる磁場と磁化の緩和が速くなる磁場が異なる一方、磁化曲線にピークを生じる磁場と磁化の緩和が遅くなる磁場は一致する。

図表Fig.5 Magnetization hysteresis curves of over doped(La1-xSrx)2CuO4(x=0.090)at 4.2,10 and 20K.Arrows indicate the second peaks. / Fig.6 Field dependency of relax rate S and corresponding magnetization curve of over-doped(La1-xSrx)2CuO4(x=0.90)at 4.2K.
4Conclusion

 Under-doped(La1-xSrx)2CuO4において式(11),(12)に示されるピンポテンシャル特性から現象論的に式(5)が導きだされている。式(5)に示された臨界電流の磁場依存性は、従来超伝導材料において用いられてきた理論では説明されず、ピン止め機構が従来材料と異なることを示唆する。この様な臨界電流密度の磁場依存性は、層に垂直な磁場下の従来材料を含む層状の構造を有する系で報告されている。また、層状構造が量子化磁束のを制限することにより、臨界電流が指数減少する可能性が理論的に予言されている。この様に層状構造を有する超伝導体に、層と垂直方向に磁場が印加された時に、に着目することにより、臨界電流密度特性、緩和特性を説明するピン止めの統一的な描像ができるものと考える。

 一方Over-doped(La1-xSrx)2CuO4に見られる振る舞いもCu-O層を貫く方向()に磁束線が軟化し、酸素欠損などのピン止め中心とこの方向の相関長さが元となるcollective pinningを生じていると仮定すると、実験結果を定性的に説明できる。

審査要旨

 本論文は、高温超伝導体のモデル物質としてそのキャリア濃度をドーピングにより広い範囲で制御できるランタン銅酸化物単結晶を用いて、磁場下における超伝導混合状態でのボルテックスの動的挙動に対し、従来超伝導と対比してその特色を実験的に定量的に把握しようとしたものである。全体として、ピニングによる臨界電流が磁場の増大とともに減少から増大に転じる、いわゆるオーバードープの領域と、それが指数関数的に単調に減少するアンダードープの領域とが本質的に異なる機構で支配されるこたが示され、特に単調なアンダードープ組成に高温超伝導の典型的な挙動が現われているとして、その領域での定量的考察がなされた。また、磁化の緩和現象が広い条件下にわたり詳細に検討され、単一のメカニズムでこれが表現されることが示された。本論文は全6章よりなっており、ピニングを主体とした定常状態での挙動と、磁化クリープの動的挙動とに分類され考察されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、目的を明らかにしている。

 第2章は本研究で用いた典型高温超伝導物質としての(La,Sr)2CuO4の一連の単結晶の磁気的性質を組成を関数として測定し、その特徴を分類し、問題点を指摘して後章の導入としている。

 第3章では、ボルテックスのピニングに由来する臨界電流を磁化のヒステリシスより測定し、その磁場、温度依存性を考察している。本研究の特に新しい点は、臨界電流の磁場依存性につき、いくつかの可能なモデルを設定し、そのモデルからヒステリシス曲線を予言し、観測データーとをフィットさせることで、従来の方法で困難であった試料内部での非線形な磁場勾配の考慮を可能としたことにある。

 この新しい解析法により、アンダードープ領域では臨界電流が非常に小さな磁場に至るまで広い磁場領域にわたって指数関数依存を示していることが判明した。従来はビーンモデルによる解析法が用いられ、試料内でのピニング力の分布が無視されていたために、特に低磁場での解析誤差が大きく、誤った結論が導き出されていた。また、従来は巨視的ピニング力に対してクレーマーのスケール則が成立するとして、ピニング機構の考察が行なわれてきたが、本研究の結果はむしろそれそれが成立しないことを示すもので、ピニングのスケールとして新しい概念が必要であることを示した。

 現象をさらに定量的に理解するために、アンダードープ領域内で種々の組成の単結晶についての比較測定が行なわれ、指数依存における前指数係数と特性磁場が組成の関数として求められ、それらの値を用いて種々提出されている機構モデルの吟味が行なわれた。現時点でボルテックスの長さ方向の自由度が層状構造により制限を受けるとするモデルと、超伝導体が層内に弱結合部を含んでいることを仮定するモデルとが本研究に適合するモデルとして残された。

 第4章は磁場をスイープした後にある値に固定し、その後に起こる磁化の緩和過程が考察されている。本研究の新しいところは、試料として反磁界係数の小さな特殊形状をした単結晶での測定を可能としたことで、これにより、反磁界係数が時間とともに変化する解析上の困難を除き、定量解析の精度を上げたことにある。また、磁場のスイープ速度、測定の時定数の吟味を予め行ない、緩和過程が真にボルテックスのクリープによって生じている結果のみをとりだして解析を行なっている。このような測定により、アンダードープ組成では広い磁場、温度範囲においてクリープが単一の機構により生じていることが結論された。

 クリープ過程は広い範囲で時間のベキ乗則で表されることが示され、従来の低温超伝導体での対数則クリープと対照的であった。本研究では、この起源がクリープ過程中に生じる電流密度変化がピニングポテンシャルを変化させることにあるとして、さらに、ピンポテンシャルの詳細な検討を行なっている。その結果、ピンポテンシャルは電流密度に対数的に依存すること、また、磁場に反比例すること、温度には比較的鈍感であるが、高温側で明らかに温度依存を持つことなど、これまでの解析に比較して定量的にクリープの詳細が記述されている。

 これらの結果に基づいて、クリープの機構が考察されたが、現時点では統一的、かつ、定量的にすべての事実を説明しうるモデルが存在しないことが指摘され、少なくともピンポテンシャルに対して求められた特殊な電流、磁場、温度依存を説明しうることをモデルに要求すべきであると結論している。

 第5章はオーバードープ組成で見られる磁化異常について述べている。この領域では磁化曲線に第2ピークが観測され、その挙動の温度、磁場依存が調べられた。ピーク磁場が臨界温度によってスケールされること、またその特異な依存性が述べられた。

 第6章は全体の結論である。高温超伝導体のピニング強度とクリープ速度の両測定から、アンダードープ組成は単一の統一的機構で解釈することが可能であり、従来の超伝導体とは非常に異なった挙動を示すこと、そして、その最大の理由はピンポテンシャルが特異な電流密度、磁場、温度依存性を持つことに帰着できることを結論している。理論的にこのようなピンポテンシャルを与える定量的モデルはまだ得られておらず、今後のモデルの展開を必要とすることを述べている。またオーバードープ組成の挙動は第2ピークの存在によって支配されるためその挙動は複雑となるが、そこには、はっきりとしたスケール則が見いだされることが述べられている。

 以上、本研究は高温超伝導体のピニング特性とクリープ特性という実用上も重要な特性について、精密に定量解析できる方法を開発し、それを適用することでそれらの特徴を明らかにした。この結果を微視的かつ系統的に説明しうるモデルを提出するまでには至っていないものの、ここで得られた知見は今後の高温超伝導現象論の工学的展開に貴重な貢献をするものと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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