本論文は、高温超伝導体のモデル物質としてそのキャリア濃度をドーピングにより広い範囲で制御できるランタン銅酸化物単結晶を用いて、磁場下における超伝導混合状態でのボルテックスの動的挙動に対し、従来超伝導と対比してその特色を実験的に定量的に把握しようとしたものである。全体として、ピニングによる臨界電流が磁場の増大とともに減少から増大に転じる、いわゆるオーバードープの領域と、それが指数関数的に単調に減少するアンダードープの領域とが本質的に異なる機構で支配されるこたが示され、特に単調なアンダードープ組成に高温超伝導の典型的な挙動が現われているとして、その領域での定量的考察がなされた。また、磁化の緩和現象が広い条件下にわたり詳細に検討され、単一のメカニズムでこれが表現されることが示された。本論文は全6章よりなっており、ピニングを主体とした定常状態での挙動と、磁化クリープの動的挙動とに分類され考察されている。 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、目的を明らかにしている。 第2章は本研究で用いた典型高温超伝導物質としての(La,Sr)2CuO4の一連の単結晶の磁気的性質を組成を関数として測定し、その特徴を分類し、問題点を指摘して後章の導入としている。 第3章では、ボルテックスのピニングに由来する臨界電流を磁化のヒステリシスより測定し、その磁場、温度依存性を考察している。本研究の特に新しい点は、臨界電流の磁場依存性につき、いくつかの可能なモデルを設定し、そのモデルからヒステリシス曲線を予言し、観測データーとをフィットさせることで、従来の方法で困難であった試料内部での非線形な磁場勾配の考慮を可能としたことにある。 この新しい解析法により、アンダードープ領域では臨界電流が非常に小さな磁場に至るまで広い磁場領域にわたって指数関数依存を示していることが判明した。従来はビーンモデルによる解析法が用いられ、試料内でのピニング力の分布が無視されていたために、特に低磁場での解析誤差が大きく、誤った結論が導き出されていた。また、従来は巨視的ピニング力に対してクレーマーのスケール則が成立するとして、ピニング機構の考察が行なわれてきたが、本研究の結果はむしろそれそれが成立しないことを示すもので、ピニングのスケールとして新しい概念が必要であることを示した。 現象をさらに定量的に理解するために、アンダードープ領域内で種々の組成の単結晶についての比較測定が行なわれ、指数依存における前指数係数と特性磁場が組成の関数として求められ、それらの値を用いて種々提出されている機構モデルの吟味が行なわれた。現時点でボルテックスの長さ方向の自由度が層状構造により制限を受けるとするモデルと、超伝導体が層内に弱結合部を含んでいることを仮定するモデルとが本研究に適合するモデルとして残された。 第4章は磁場をスイープした後にある値に固定し、その後に起こる磁化の緩和過程が考察されている。本研究の新しいところは、試料として反磁界係数の小さな特殊形状をした単結晶での測定を可能としたことで、これにより、反磁界係数が時間とともに変化する解析上の困難を除き、定量解析の精度を上げたことにある。また、磁場のスイープ速度、測定の時定数の吟味を予め行ない、緩和過程が真にボルテックスのクリープによって生じている結果のみをとりだして解析を行なっている。このような測定により、アンダードープ組成では広い磁場、温度範囲においてクリープが単一の機構により生じていることが結論された。 クリープ過程は広い範囲で時間のベキ乗則で表されることが示され、従来の低温超伝導体での対数則クリープと対照的であった。本研究では、この起源がクリープ過程中に生じる電流密度変化がピニングポテンシャルを変化させることにあるとして、さらに、ピンポテンシャルの詳細な検討を行なっている。その結果、ピンポテンシャルは電流密度に対数的に依存すること、また、磁場に反比例すること、温度には比較的鈍感であるが、高温側で明らかに温度依存を持つことなど、これまでの解析に比較して定量的にクリープの詳細が記述されている。 これらの結果に基づいて、クリープの機構が考察されたが、現時点では統一的、かつ、定量的にすべての事実を説明しうるモデルが存在しないことが指摘され、少なくともピンポテンシャルに対して求められた特殊な電流、磁場、温度依存を説明しうることをモデルに要求すべきであると結論している。 第5章はオーバードープ組成で見られる磁化異常について述べている。この領域では磁化曲線に第2ピークが観測され、その挙動の温度、磁場依存が調べられた。ピーク磁場が臨界温度によってスケールされること、またその特異な依存性が述べられた。 第6章は全体の結論である。高温超伝導体のピニング強度とクリープ速度の両測定から、アンダードープ組成は単一の統一的機構で解釈することが可能であり、従来の超伝導体とは非常に異なった挙動を示すこと、そして、その最大の理由はピンポテンシャルが特異な電流密度、磁場、温度依存性を持つことに帰着できることを結論している。理論的にこのようなピンポテンシャルを与える定量的モデルはまだ得られておらず、今後のモデルの展開を必要とすることを述べている。またオーバードープ組成の挙動は第2ピークの存在によって支配されるためその挙動は複雑となるが、そこには、はっきりとしたスケール則が見いだされることが述べられている。 以上、本研究は高温超伝導体のピニング特性とクリープ特性という実用上も重要な特性について、精密に定量解析できる方法を開発し、それを適用することでそれらの特徴を明らかにした。この結果を微視的かつ系統的に説明しうるモデルを提出するまでには至っていないものの、ここで得られた知見は今後の高温超伝導現象論の工学的展開に貴重な貢献をするものと考えられる。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |