No | 111449 | |
著者(漢字) | 尾田,正二 | |
著者(英字) | Oda,Shoji | |
著者(カナ) | オダ,ショウジ | |
標題(和) | ニシン精子活性化タンパク質の研究 | |
標題(洋) | The Study on the Herring Sperm Activating Proteins | |
報告番号 | 111449 | |
報告番号 | 甲11449 | |
学位授与日 | 1995.04.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第2967号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 動物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 海産魚類では、精子は海水中に放精されると、細胞外浸透圧の上昇を引き金にして運動を開始する。ニシンにおいても、精子運動開始に浸透圧の上昇が必要であるが、十分な運動性をもつようになるには卵から分泌される精子活性化因子が必要であることが知られていた。本研究では、ニシン精子活性化機構の解明を目的として、ニシン精子活性化タンパク質(Herring Sperm-Activating Proteins;HSAPs)を精製し、そのアミノ酸配列を一部決定し、その部分配列をもとにHSAPs遺伝子をクローニングすることで、HSAPsの全アミノ酸配列を決定した。また、HSAPsとトリプシンインヒビターとが機能的に密接な関係にあることを示した。さらにHSAPに対する抗体を作製してニシン卵におけるHSAPの局在を明らかにした。 ニシン成熟卵を海水に懸濁すると、卵より分泌された精子活性化タンパク質がその上清に回収される。上清中のタンパク質画分を硫安沈澱によって濃縮し、セファデックスG-50を用いたゲル瀘過によって分画し、回収した活性画分について密度勾配等電点電気泳動をおこなったところ、精子活性化活性はpH5付近に濃縮された。活性は複数のピークとして検出され、ニシン精子活性化タンパク質が等電点の異なる複数種のタンパク質群より構成されることが示唆された。 密度勾配等電点電気泳動法では分離能に限界がある。そこで、より分離能の高い固定pH勾配等電点電気泳動法(イモビライン等電点電気泳動法)により、等電点(pI)の異なる5種のHSAPsを完全精製する事に成功した。5つのHSAPsのpIは、4.8、4.9、5.0、5.1、および5.4であり、すべて同程度のニシン精子活性化能を有しており、それらの分子量をSDS-PAGEによって推定すると全て約7.7KDaであった。5つのHSAPsのうち、pI5.1のHSAPがもっとも量的に多い。その分子量は質量分析法で8.1kDaであり、SDS-PAGEにより推測された値とほぼ同じであった。また、分析用超遠心機を用いて求めたS値は1.4であった。また、5つのHSAPsの紫外線吸収スペクトルは、280nmに吸収極大をもち290nmに顕著な肩を有するなど酷似しており、5種のHSAPsのアミノ酸組成が良く似ていることを示唆した。このことは、Edman分解法によって部分決定したHSAPs(pI=4.9,5.0,5.1)のN末端アミノ酸配列がお互いにほぼ同一であったことによっても追証された。 ニシン精子活性化の機構を明らかにするためには、HSAPsの全アミノ酸配列を決定し、HSAPsの構造を解析することが不可欠である。そこで、HSAPsの遺伝子のクローニングを行った。まず、HSAPs遺伝子クローニングに用いるヌクレオチドプローブを、pI5.1のHSAPsのアミノ酸配列の分析結果にもとづいて作製した。合成ヌクレオチドプローブを用いてcDNAライブラリーをスクリーニングする場合、一般的に、アミノ酸配列の中で遺伝子コドンの組み合わせの少ない場所を選び、その場所について全ての組み合わせのプローブを合成して混合した混合プローブを用いる。しかし、今回得られたHSAPの部分アミノ酸配列には混合プローブを調製する適当なアミノ酸配列の箇所がなかった。そこで、魚類のcodon usageに基づき最も可能性が高いと考えられるDNA塩基配列を推測し、アミノ酸配列分析によって得られた38アミノ酸残基に相当する114塩基のオリゴヌクレオチドを合成した。この際、114塩基の長さのオリゴヌクレオチドを合成することは困難なので、114塩基の5’末端61塩基分のヌクレオチド鎖と3’末端61塩基分に相補的なヌクレオチド鎖とを合成し、各々の3’末端8塩基で2本のヌクレオチド鎖をアニールさせた。次に、Klenow fragmentによってそれぞれの鎖を114塩基長まで伸長させながら、同時に32PでラベルされたdCTPを取り込ませてヌクレオチド鎖を標識した。 次に、cDNAライブラリーを作製した。卵より分泌されるHSAPsは肝臓か卵巣で合成されていると考えられる。そこで、産卵期の2ケ月前から産卵期の間の様々な時期に得た14個体の雌ニシンの肝臓および卵巣それぞれより全RNAを抽出し、合成ヌクレオチドプローブを用いてノーザンプロッテイングを行い、HSAPsを発現している可能性が高い肝臓および卵巣を選び、それぞれについてgt22Aを用いてcDNAライブラリーを作製した。 合成ヌクレオチドプローブを用い、おだやかな条件下でハイブリダイゼイションを行いcDNAライブラリーをスクリーニングした結果、肝臓のライブラリーから2クローン、卵巣のcDNAライブラリーから14クローンの陽性クローンが得られた。全てのクローンについてサブクローニングをおこない、シークエンスを決定した。卵巣のcDNAライブラリーより得られた12クローンの一つ、O-11は、大きさが479bp長であり、5’側にKozak配列(CCACC)と翻訳開始コドン(ATG)を有し、3’末端にはポリA領域を有する。317bp長のオーブンリーディングフレームが存在し、その中に114bpにわたってプローブに用いたHSAP(pI=5.1)のアミノ酸配列とほぼ同じアミノ酸配列をコードする領域があった。このクローンがコードするタンパク質はアミノ酸残基数にして73残基、分子量 8.173Daであった。この分子量は精製されたHSAP(pI5.1)の分子量(8.1kDa)に一致し、これがHSAPsをコードする遺伝子の一つであると考えられた。また、HSAPのN末端となるアルギニンの上流には典型的なシグナルベブチドが存在し、HSAPが分泌タンパク質であることが示唆された。同様に、卵巣のcDNAライブラリーより得られた他の11クローンにおいても、プローブとして用いたアミノ酸配列とほぼ同じアミノ酸配列をコードする箇所が見いだされた。また、12クローンのうちの一つ、O-2をプローブに用いてノーザンブロッティング法によってHSAPsの発現をみたところ、卵巣においてのみ、約1Kbp長1個と約0.5Kbp長2個の計3個のmRNAが確認された。12クローンは約500bpのもの2種に分類されることから、小さい2種のmRNAが今回クローニングされたcDNAに対応するものと考えられる。将来、これら12のクローンをタンパク質発現ベクターに組み込み、発現されるタンパク質を得てそれらがニシン精子活性化能を有することを確認できれば、今回クローニングした遺伝子がHSAPs遺伝子であると確定できると考えられる。 得られたcDNAのシークエンスからアミノ酸配列を決定しホモロジー検索を行ったところ、HSAPsのアミノ酸配列がkazal型トリブシンインヒビター、特にウシアクロシンインヒビターに良く似ていることが明かとなった。HSAPsとウシアクロシンインヒビターとの一次構造の類似性からHSAPsがトリブシンの活性を阻害することが予想されたが、実際にHSAPはトリブシンを活性化した。HSAPsによるトリブシンの活性化はHSAPsとトリブシンの相互作用の存在を明らかに示していると考えられる。さらに、ダイズトリブシンインヒビター等、数種のトリブシンインヒビターはHSAPsに代ってニシン精子の運動を活性化した。ただし、HSAPsの100倍の濃度が必要であった。以上の結果は、HSAPsとトリブシンインヒビターとの密接な関連性を示唆している。また、ニシンの精子に存在するHSAPsレセブターがトリブシン様の分子である可能性が考えられる。 ニシン卵による精子の活性化が卵門の近辺において顕著であると報告されていたことから、ニシンの精子活性化タンパク質は卵門付近に局在するものと考えられていた。そこで、卵におけるHSAPsの局在を明らかにするために、HSAPsに対するモノクローナル抗体をマウスにおいて、抗血清をウサギにおいて作製した。これらの抗体を用いた免疫組織化学的解析の結果、HSAPsが卵膜の最外層に卵全体を覆うように存在し、その分布が卵門周辺に限られないことが明かとなった。また、分泌顆粒らしき小胞が抗体で認識されている卵もあり、HSAPsが分泌タンパク質である可能性が示唆された。HSAPsが局在していないにも関わらず卵門周辺において精子活性化が顕著な理由に付いては、HSAPsとは異なる精子活性化物質が卵門周辺に局在している可能性と、卵門周辺においてのみHSAPsが分泌される機構が存在する可能性とが考えられる。 本研究においてニシン卵においてトリブシンインヒビターに良く似た分子が精子活性化物質として機能していることが明かとなった。哺乳類の精漿中にはアクロシンインヒビターと呼ばれるトリブシンインヒビターが大量に含まれており受精において重要な機能をはたしていると考えられている。しかし、その生殖における意義等についてはほとんど明らかになっていない。今回の研究結果は、アクロシンインヒビターの新しい機能を示唆している。 また、HSAPs遺伝子がクローニングされ、遺伝子工学的手法を用いて大量にHSAPsを調製する道が開かれた。今後、精子に存在すると考えられるHSAPsレセブターを同定し、その諸性質を明らかにすれば、ニシン精子活性化機構を分子レベルで解明する事ができると期待される。 | |
審査要旨 | 本論文は3章から成り、第1章はニシン精子活性化タンパク質(Herring Sperm-Activating Proteins;HSAPs)の精製、第2章はそのcDNAのクローニングとそれによる全アミノ酸配列の決定、第3章ではHSAPsの機能と卵における分布についてそれぞれ述べられている。 第1章においては次のことが明らかにされている。ニシン成熟卵を海水に懸濁すると、精子活性化タンパク質が卵より上清に分泌される。硫安沈澱によって上清中のタンパク質画分を濃縮し、セファデックスG-50ゲル濾過法によって分画し、活性画分を密度勾配等電点電気泳動によってさらに分画したところ、活性はpH5付近に濃縮された。さらに固定pH勾配等電点電気泳動法によって等電点(pI)の異なる5種のHSAPsを完全精製した。5つのHSAPsのpIは、4.8、4.9、5.0、5.1、および5.4であり、すべて同程度のニシン精子活性化能を有しており、それらの分子量をSDS-PAGEによって推定すると全て約7.7KDaであった。質量分析法でで求めた分子量は8.1kDaであった。5つのHSAPsの紫外線吸収スペクトルはお互いに酷似しており、また、3つのHSAPs(pI=4.9、5.0、5.1)のN末端アミノ酸配列がお互いにほぼ同一であったことから、5種のHSAPsはファミリーを形成しているものと考えられる。 第2章ではHSAPsの全アミノ酸配列を決定するためにその遺伝子のクローニングを行った。まず精製したHSAPsのEdmann法で確定されたN末端38アミノ酸に相当するcDNA塩基配列を魚類のcodon usageに基づいて推測し、114塩基のオリゴヌクレオチドを合成した。産卵期の様々な時期に採取した14検体の卵巣それぞれより全RNAを抽出し、合成ブローブを用いたノーザンプロッティングを行った。HSAPsを発現している可能性が最も高い卵巣を選び、それについてcDNAライブラリーを作製した。合成プローブを用いてcDNAライブラリーをスクリーニングした結果、卵巣のライブラリーから得られた12クローンにおいて、プローブとして用いたアミノ酸配列とほぼ同じアミノ酸配列をコードする箇所が見いだされた。12のクローンの一つ、O-11は、インサートの大きさが479bp長であり、その内に317bp長のオーブンリーディングフレームが存在した。5’側にKozak配列と翻訳関始コドンのATGと典型的なシグナルペブチドにつづいて73残基、分子量 8.173kDa、等電点5.13のHSAPがコードされていた。その3’側にはShort Tandem Repeatと思われる領域とポリA領域が存在した。12クローンのうちの一つをプローブに用いてノーザンブロッティングをおこなったところ、卵巣においてのみ、約1Kb長1種と約0.5Kb長2種のmRNAが確認された。今回得られたクローンは約500b長のmRNAに対応するものと考えられる。次にcDNAの塩基配列からHSAPのアミノ酸配列を決定しホモロジー検索を行ったところ、HSAPsがkazal型トリブシンインヒビターに良く似ていることが明かとなった。 第3章ではまず、ダイズトリブシンインヒビター等のトリブシンインヒビターはHSAPsに代ってニシン精子の運動を活性化すること、また、HSAPはトリブシンを活性化することを明らかにした。これらの結果は、HSAPsとトリブシンが相互作用をし、またHSAPsとトリブシンインヒビターとが構造的にも機能的にも密接に関連していることを示唆している。更に、卵におけるHSAPsの局在を明らかにするために、HSAPsに対するモノクローナル抗体をマウスにおいて、また抗血清をウサギにおいて作製した。これらの抗体を用いた免疫組織化学的研究の結果、HSAPsが卵全体を覆うように卵膜の最外層に存在し、その分布が卵門周辺に限られないことが明かとなった。また、分泌顆粒らしき小胞が抗体で認識されている卵もあり、HSAPsが卵において合成されている可能性が示唆された。 本研究によってトリブシンインヒビターに良く似た分子が精子活性化物質としてニシンにおいて機能していることが明かとなった。哺乳類の精漿中にはアクロシンインヒビターと呼ばれるトリプシンインヒビターが大量に含まれており受精において重要な機能をはたしていると考えられている。今回の研究結果は、アクロシンインヒビターの新しい機能を示唆している。また、HSAPsがいかなるタンパク質であるのか、その実体が明らかにされた。今後、精子に存在するHSAPsレセブターが同定され、その諸性質が明らかにされれば、ニシン精子活性化機構を分子レベルで解明できると期待される。なお本論文の第1章は大竹英樹、五十嵐吉彦、堺弘介、清水信義、森沢正昭博士との共同研究であり、第2章、第3章はこれらの5名及び間中研一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54485 |