学位論文要旨



No 111450
著者(漢字) 奥平,剛史
著者(英字)
著者(カナ) オクダイラ,タケヒト
標題(和) 肝硬変の大型偽小葉結節内にみられる異型肝細胞巣ならびに細小肝細胞癌の病理組織学的検討
標題(洋)
報告番号 111450
報告番号 甲11450
学位授与日 1995.04.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1052号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 三條,健昌
 東京大学 助教授 松谷,章司
内容要旨 1.はじめに

 肝硬変は肝細胞癌(以下HCCと記す)の前癌病変ないしは発生母地病変とされているが、HCCの発生初期の組織像はいまだ十分には明らかにされていない。本研究はHCC発生の最も早い段階の変化、すなわち、いわゆる初期病変を形態学的に探ることを目的とし、肉眼的、病理組織学的及び免疫組織化学的検討ならびにレクチン染色による検討を行なった。

 HCCの初期病変を形態学的に探るため、手術摘出例のHCCの中から直径2cm以下の細小HCCの癌結節を選び出して、その組織学的特性を検討した。さらに、HCCの全くの未治療の状態および初期の小さいHCCの病像を明らかにする目的で、生前には画像上HCCの診断が下されておらず、剖検時に偶然に発見された、いわゆる潜在性の細小HCCを集めて病理組織学的に検討した。なお、組織学的分類および診断基準は日本肝癌研究会:臨床病理・原発性肝癌取り扱い規約.3版,金原出版,東京,1992によった。

 肝硬変にみられる大型の偽小葉結節の組織像を検討した研究は、すでに少なからず発表され、大型の偽小葉結節がHCCの前癌病変ないし初期病変である可能性が強く示唆されている。しかし、背景をなす肝硬変の偽小葉結節との比較によって早期HCCの特徴を検討した報告は、現在までのところほとんど見当たらない。本研究では、肝硬変の偽小葉結節の大きさにはバラツキがあるのが通例であるとの認識のもとに、肝硬変剖検例において背景をなす偽小葉結節と比較して1.5倍以上大型の偽小葉結節を『大型偽小葉結節』と定義して検索対象とした。『大型偽小葉結節』について、Mallory小体、偽腺管様構造、小型肝細胞の密在する領域(『小型肝細胞巣』として定義した)、および限局性脂肪変性の有無および頻度を詳細に検討した。

 また、HCCの腫瘍細胞における糖鎖構造の変化を調べる目的で、レクチン染色による組織学的検討を行なった。さらに、増殖期の細胞核内に発現するとされるKi-67抗原およびPCNA抗原を免疫組織化学的に検索し、2cm以下のHCCの細胞増殖活性を定量的に検討することを試みた。さらに、分化型HCCにおけるP-53の異常はいまだ指摘されていないので、早期の段階の2cm以下の分化型HCCにおいてP-53がコードする蛋白の発現異常の有無を免疫組織化学的に検討した。

2.材料と方法

 本研究に供した材料は、東京大学医学部附属病院にて外科的に切除された最大径が2cm以下の、細小HCC手術摘出例のうち腫瘍の壊死が目立たないHCC29症例31結節について、組織学的ならびに免疫組織化学的に検討した。また、東京大学医学部病理学教室における肝硬変剖検例のうち、剖検時に偶然に発見された細小HCC15例について、病理学的に検討した。さらに、剖検診断確定時にはHCCの存在が指摘されていなかったHCC非合併肝硬変27症例において、定義した『大型偽小葉結節』101結節の組織標本を作製し、光顕的に観察して、Mallory小体、偽腺管様構造、小型肝細胞巣、限局性脂肪化の有無ならびに出現頻度を検討した。『小型肝細胞巣』としたものは、N/C比の高い小型の肝細胞が高密度で認められる病巣で、具体的には、周囲の偽小葉結節を構成する肝細胞密度の1.5倍以上であることを画像解析装置(OLYMPUS社、Image Command5098 および TVIP-5100)を用いて確認し、『小型肝細胞巣』の肝細胞の核面積についても計測して、『大型偽小葉結節』以外のそれと比較した。

 細小HCC手術摘出例の染色に用いたレクチンはペルオキシダーゼで標識されたレクチン、ConA、LCA、PHA、PNA、RCA、WGA、DBAおよびUEA-1(豊年製油製)の8種である。抗Ki-67抗体としてはMIB-1(Immunotech社製)を、抗PCNA抗体としてはPC10(Novocastra社製)を、抗P-53抗体としてはImmunotech社製のものを用いた。免疫組織化学的に検討したパラフィン切片は、抗原賦活のためにmicro wave処理を行なった。陽性所見は肝細胞核にびまん性あるいは濃い頼粒状に茶褐色に染色された細胞数を算定して百分率を算出し、5視野内の平均値を求めて標識率(LI)とした。

3.結果

 本研究では、手術摘出例の細小HCC29例31腫瘤、剖検で偶然に発見された、いわゆる潜在性の細小HCCとして抽出した15例29腫瘤の合計60腫瘤を検討した。細小HCCの組織型としては種々の像が混在するが、組織学的分化度は高分化型ないし中分化型であり、低分化のものは存在しなかった。腫瘍径の小さい腫瘍結節ほど高分化で、腫瘍被膜の形成傾向に乏しく、輪郭が不明瞭であった。潜在性の細小HCCでは、腫瘤が単発で存在した例は6例、2個存在したもの5例、3個存在したもの3例、および4個存在したもの1例であった。脈管侵襲や肝外転移を認めた例は1例も存在しなかった。

 肝硬変における、『大型偽小葉結節』101結節の大きさ別の検討では、Mallory小体、偽腺管構造および小型の肝細胞の密在する病巣は、いずれも偽小葉結節の直径が増すほどに高頻度で認められる傾向があった。

 また、『小型肝細胞巣』を認めた症例では複数の大型の偽小葉結節内部に認められる傾向にあり、肝細胞の核面積を計測した結果、平均30.5±2.7m2(平均値±標準偏差以下同様)であったのに対し、『小型肝細胞巣』を認めない周囲偽小葉結節では41.3±2.2m2であった。即ち、『小型肝細胞巣』と判定したものは、N/C比の高い小型の肝細胞が高密度で認められる病巣であり、核面積が周囲の肝細胞のそれに比して20〜30%小さい小型肝細胞が集団をなして存在した病変を選んだことになる。

 手術的に摘出された細小HCCのレクチン染色の結果、HCC症例の癌部と非癌部でレクチン結合性が異なる場合がみられ、その相違は癌部血洞型、癌部毛細胆管型、癌部細胞型、非癌部肝細胞型の4型に分類できた。中でUEA-1では50%で癌部血洞型の、LCAでは55%に非癌部肝細胞型の結合性を認めたことが注目された。

 抗Ki-67抗体(MIB-1)および抗PCNA抗体(PC-10)による細小HCCの免疫組織化学的検討では抗原賦活をしないと全く染色性を示さなかった。MIB-1のLIは高分化型HCCで2.4±0.9%、中分化HCCでは13.8±8.9%、非腫瘍部では0.9±0.2%であった。PC-10のLIは高分化HCCで9.5±5.4%、中分化HCCでは35.0±5.4%、非腫瘍部は2.3±0.7%であった。高分化型HCCに比べて、中分化型HCCでは急激にMIB-1およびPC-10のLIが有意に高くなる傾向が認められた。細小HCCでは非腫瘍部も含めてP-53のコードする蛋白は免疫組織化学的検討ではすべて陰性であった。

4.考察

 発生初期ないし早期のものと見做される2cm以下の小さなHCCは、輪郭が不鮮明であることが多く、細胞異型および構造異型がともに軽微な高分化型HCCの腫瘍組織からなることが多かった。脈管侵襲および転移の可能性が乏しい、潜在性HCCでも複数の腫瘤が発見された症例が15例中9例存在した。この事実はHCCの多中心性発生を強く示唆しており、HCCが同時性で多中心性に発生する事は稀ではないと推定した。

 HCC非合併肝更変の核面積が20〜30%小型の核をもつ肝細胞を『小型肝細胞巣』とし、それらが密在する病巣の頻度を調べた。それらは1つの肝硬変で多発性に認められることが多く、大型の偽小葉結節の内部で有意に多かった。筆者はヒトにおける肝発癌の最も早い段階の変化は肝細胞の小型化であると推定している。このような病巣が、その後に悪性腫瘍の性状を必ず発現していくのか、そのままの形で存続し続けるのか、あるいは消滅していくのかは明かではないが、HCCの初期病変の1つとして注目していく必要性を強調したい。

 レクチン染色のなかではUEA-1およびLCAの2つが特に癌化により変化することが注目された。HCCで非癌部と比較してこれらのレクチンの結合状態が変化していたことは、肝発癌に伴って細胞膜あるいは細胞質の糖鎖に変化が生じたものと思われる。

 抗Ki-67抗体および抗PCNA抗体によるHCC増殖活性の評価を行ない、HCCの分化度別にLIを比較すると分化度が低くなるに従ってLIが有意に高くなっていることを確認した。高分化型HCCも活発な細胞増殖能をもちLIが増加していることが予想されたが、本研究では高分化型HCCではKi-67やPCNAのLIの低いことが明かになった。

5.まとめ

 1.2cm以下の細小HCCは、輪郭が不鮮明であることが多く、細胞異型および構造異型がともに軽微な高分化型HCCの腫瘍組織からなることが多かった。結節の大きさを直径の平均値で比較すると、輪郭不明瞭型の方が輪郭明瞭単結節型より小さい傾向にあり腫瘍被膜形成に乏しかった。

 2.潜在性のHCCで、脈管侵襲や転移が存在しない場合でも、肝内に複数のHCC結節が発見された症例が、15症例中9例に認められた。これはHCCの多中心性発生を示唆する所見で、HCCが同時性で多中心性に発生する事は稀ではないと推定した。

 3.HCC非合併肝硬変剖検例において周囲の偽小葉結節と比較して50%以上大型の『大型偽小葉結節』についてMallory小体、偽腺管様構造、小型肝細胞巣、および限局性脂肪化の有無について検討した。非癌部肝細胞核より核面積が20〜30%小型のものが密在する『小型肝細胞巣』の出現頻度は、大型の偽小葉結節内で有意に高頻度で認められることを明かにし、注目すべき所見として強調した。筆者は、HCCの病理組織学的診断で最も重要な診断価値の高い所見は核の密在化であると考えている。

 HCC非合併肝硬変剖検例で、Mallory小体は、大型の偽小葉結節内に認められる頻度が高いことが明かになったが、その周囲の背景をなす偽小葉内にも認められたことから、この存在をもってただちにHCCの前癌病変であると意義づけることはできないと考えた。

 肝細胞の限局性脂肪化は肝発癌に関与した腫瘍細胞の1形態と考えられており、本研究で検討した症例でも細小HCC27%に脂肪化を認めた。しかし、8mm以下のHCCやHCC非合併肝硬変剖検例の大型の偽小葉結節には脂肪化はほとんど認められなかったことから、脂肪化は肝発癌に先行する所見ではないと考えた。

 5.レクチン染色のなかではUEA-1およびLCAの2つが特に癌化により変化することが注目された。HCCで非癌部と比較してこれらのレクチンの結合状態が変化していたことは、肝発癌に伴って細胞膜あるいは細胞質の糖鎖に変化が生じたものと思われた。

 6.抗Ki-67抗体および抗PCNA抗体により、細小HCCのパラフィン切片上でのKi-67抗原およびPCNA抗原の検出を行ない、ともにHCCの組織学的分化度の低下にしたがって標識率LIが増加する傾向を認めた(p<0.01)。しかしHCC初期病変の主体を占める高分化型HCCは非癌部に比べて細胞増殖活性の増加はわずかにすぎないことを明らかにした。また癌抑制遺伝子P-53のコードする蛋白の発現異常は、細小HCC例では認められなかった。

審査要旨

 本研究は肝細胞癌(以下HCCと記す)発生の最も早い段階の変化、すなわち、いわゆる初期病変を形態学的に探ることを目的とし、肉眼的、病理組織学的及び免疫組織化学的検討ならびにレクチン染色による検討を行なったものであり、下記の結果を得ている。著者の、組織学的分類および診断基準は日本肝癌研究会:臨床病理・原発性肝癌取り扱い規約.3版,金原出版,東京,1992に拠っている。

 1.HCC発生の初期病変を形態学的に探るため、手術摘出例のHCCの中から直径2cm以下の細小HCCの29症例31結節の癌結節を選び出して、その組織学的特性を検討した。さらに、HCCの全くの未治療の状態および初期の小さいHCCの病像を明らかにする目的で、生前には画像上HCCの診断が下されておらず、剖検時に偶然に発見された、いわゆる潜在性の細小HCC15例29腫瘤を抽出して合計60腫瘤の細小HCCを病理組織学的に検討した。

 その結果、発生初期ないし早期のものと見做される直径2cm以下の細小HCCの組織学的分化度は高分化型ないし中分化型であり、低分化のものは存在しなかった。そして、輪郭が不鮮明であることが多く、細胞異型および構造異型がともに軽微な高分化型HCCの腫瘍組織からなることが多かった。結節の大きさを直径の平均値で比較すると、輪郭不明瞭型のほうが輪郭明瞭単結節型より小さい傾向にあり、腫瘍被膜形成に乏しかった。

 2.東京大学医学部病理学教室における肝硬変剖検例のうち、剖検時に偶然に発見された2cm以下の細小HCC15例について、病理学的に検討した。2cm以下の小さい段階の、脈管侵襲および転移の可能性が乏しい、潜在性HCCでも複数の腫瘤が発見された症例が15例中9例存在した。この事実はHCCの多中心性発生を強く示唆しており、HCCが同時性で多中心性に発生する事は稀ではないと推定した。

 3.肝硬変の偽小葉結節の大きさにはバラツキがあるのが通例であるとの認識のもとに、HCC非合併肝硬変27症例において、目立って大型の背景をなす平均的大きさの偽小葉結節より50%以上大型の偽小葉を『大型偽小葉結節』と定義し、101結節を検索対象とした。高分化型細小HCCの組織学的特徴とされるMallory小体、偽腺管様構造、小型肝細胞の密在する領域(『小型肝細胞巣』とした)、および限局性脂肪変性の有無および頻度を光顕的に検討した。

 『小型肝細胞巣』は、N/C比の高い小型の肝細胞が高密度で認められる病巣で、画像解析装置を用いて周囲の偽小葉結節を構成する肝細胞密度の1.5倍以上であることを確認し、『小型肝細胞巣』の肝細胞核面積を計測して、大型偽小葉結節以外の肝細胞核に比して20〜30%小さい小型肝細胞が密在する病変を選んだ。小型肝細胞巣の出現頻度は、大型の偽小葉結節内で有意に高頻度で認められることを明かにし、注目すべき所見として強調した。筆者は、高分化型HCCの病理組織学的診断で最も重要な診断価値の高い所見は核の密在化であると考えており、ヒトにおける肝発癌の最も早い段階の変化は肝細胞の小型化であると推定している。

 4.HCC非合併肝硬変剖検例で、Mallory小体は、大型の偽小葉結節内に認められる頻度が高いことが明かになったが、その周囲の背景をなす偽小葉内にも認められたことから、これの存在をもってただちにHCCの前癌病変であると意義付けることはできないと考えた。

 5.肝細胞の限局性脂肪化は肝発癌に関与した腫瘍細胞の1形態と考えられており、本研究で検討した症例でも細小HCC27%に脂肪化を認めた。しかし、8mm以下のHCCやHCC非合併肝硬変剖検例の大型の偽小葉結節には脂肪化はほとんど認められなかったことから、脂肪化は肝発癌に先行する所見ではないと考えた。

 6.HCCの腫瘍細胞における糖鎖構造の変化を調べる目的で、8種のレクチン染色による組織化学的検討を行なった。細小HCC手術摘出例のレクチン染色の結果、HCC症例の癌部と非癌部でレクチン結合性が異なる場合がみられた。UEA-1では50%で癌部血洞型の、LCAでは55%に非癌部肝細胞型の結合性を認めたことが注目された。HCCで非癌部と比較してこれらのレクチンの結合状態が変化していたことは、肝発癌に伴って細胞膜あるいは細胞質の糖鎖に変化が生じたものと考えられた。

 7.増殖期の細胞核内に発現するとされるKi-67抗原(抗Ki-67抗体としてはMIB-1を使用)およびPCNA抗原(抗PCNA抗体としてはPC10を使用)を免疫組織化学的に検索し、2cm以下の細小HCCの細胞増殖活性を定量的に検討することを試みた。MIB-1の陽性標識率(LI)は高分化型HCCで2.4±0.9%、中分化HCCでは13.8±8.9%、非腫瘍部では0.9±0.2%であった。PC-10のLIは高分化HCCで9.5±5.4%、中分化HCCでは35.0±5.4%、非腫瘍部は2.3±0.7%であった。HCCの分化度別にLIを比較すると分化度が低くなるに従ってLIが有意に高かった(p<0.01)。高分化型HCCも非腫瘍部と比較して活発な細胞増殖能をもちLIが増加していることが予想されたが、HCC初期病変の主体を占める高分化型HCCは非癌部に比べて細胞増殖活性の増加はわずかであることを明らかにし、それは臨床的観察の結果に合致する所見と考えた。

 さらに、いまだ2cm以下の分化型HCCにおいて異常の指摘されていないP-53がコードする蛋白の発現異常の有無を免疫組織化学的に検討し、P-53のコードする蛋白の発現異常は、細小HCC例では非腫瘍部も含めて認められないことを明らかにした。

 以上、本論文は、臨床的に注目を集めていながら、いまだ十分には明らかにされていないHCCの発生初期の病像を形態学的に探ることを目的とし、細小HCCおよび硬変肝の大型偽小葉結節について種々の方法を用いて多面的に検討しており、HCCの発生初期の病像の形態学的研究のさらなる発展と実際の診療レベルでの診断に寄与しうるものとして学位の授与に値するものと認められる。

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