労働関係の諸条件は、個々の労働者と使用者間の労働契約の内容となる事項でありながら、実際には使用者によって就業規則において統一的に制度化され、また、労働組合が存する場合には、組合との交渉を経て設定される。本論文は、近年の労働関係において重要性を増してきた労働条件の不利益変更の問題に焦点を当てて、イタリア法およびドイツ法の比較法的考察を行ったうえ、労働条件の集団的形成と個別契約への編入の法的メカニズムについて新たな解釈理論を提示するものである。 序章「問題の所在」は、次のように検討課題を設定する。 多数の従業員を協働させる現代の企業では、労働条件は、実際には、個々の労働者と使用者との個別的交渉にはよらずに、労働協約または就業規則ないしはその双方によって事業場レベルで集団的・統一的に形成・変更される。しかし、こうした労働条件の集合的な形成・変更は、それに反対する従業員の法的扱いに関して、難問に直面する。労働関係の法的基礎が労働契約である以上、労働条件の形成・変更においても契約原理が機能し、個々の労働者の同意が必要なはずであるが、それでは労働条件の集団的な形成・変更はなし難いからである。学説・判例は、この難問を、労働契約、就業規則、労働協約の三者の関係(とくに就業規則・労働協約の労働契約に対する拘束力)の問題として取り上げ、労働基準法および労働組合法の関係規定(労基法89〜93条、労組法16・17条)の解釈を通じて、妥当な解決策を模索してきた。しかし、従来の学説・判例は、個別契約原理、就業規則による統一、労働協約による集団的合意の関係を系統的に整理する法理論を築くには至っていない。 そこで、事業所レベルの集団的労働条件の形成に関して対照的な法制度をもつイタリア法とドイツ法の比較法的考察を行い、その成果を踏まえつつ、労働契約、就業規則、労働協約の法的関係をめぐる諸問題を包括的に分析・検討することによって、事業場レベルでの労働条件の形成・変更に関する一貫した解釈理論の構築を試みる。 第1章「日本における問題状況」は、労働条件形成の主要な手段とされてきた就業規則または労働協約の不利益変更に関するこれまでの学説・裁判例を分析する。 (1)昭和43年の大法廷判決以来形成されてきた判例は、使用者の行う就業規則の変更による労働条件の一方的不利益変更につき、変更の必要性と不利益の程度・内容などに照らして「合理的な変更」であれば、反対する労働者を拘束する、との法理を確立している。これは、労働条件の集合的処理と弾力的変更という実務的要請を満たしながら、「合理性」という要件を媒介にして労働者の利益の保護も図ろうとするもので、実務的見地からは優れた法理といえる。しかし、就業規則の変更に反対している労働者に対して、「合理性」があればなぜ拘束力が認められるのかという点について、理論的な説明が不十分である。学説は、就業規則の不利益変更問題について、労働条件の集団的性格を重視して集団法的に処理しようとする見解も有力であるが、多数説は、労働関係の個別契約関係としての法的性格を重視して、労働契約論のレベルで個別的に解決しようする。しかし、前者は個別契約法との接合に成功してはおらず、後者は労働条件が集合的に処理されるという現実にそぐわない。 (2)労働条件が労働協約によって形成される場合には、裁判例は、当該協約を締結した組合の組合員に関しては、特段の不合理性が存しないかどうかの審査を行ったうえで不利益変更の拘束力を認める傾向にあるが、学説には、裁判所による協約の内容審査を労使自治の基本原則に適合的でないとする批判が強い。また、不利益変更を行う協約の締結組合が事業場従業員の4分の3以上を組織している場合には、非組合員に対する一般的拘束力(労組法17条)の有無が問題となるが、裁判例は、特段の事情ある場合を除き一般的拘束力を肯定し、学説は肯定論・否定論が分かれている。ただし、事業場内に少数組合がある場合の一般的拘束力に関しては、裁判例・学説は少数組合自身の団体交渉権を重視して少数組合の構成員に対する拘束力を否定する傾向にある。いずれにせよ、多数組合との間で労働協約が締結されれば、それに基づき就業規則の変更が行われるが、この就業規則変更については、裁判例は、多数組合との合意を重視して変更の合理性を肯定し、就業規則の非組合員または少数組合員に対する拘束力を認める傾向にある。 (3)以上の分析から、就業規則による場合であれ、労働協約による場合であれ、労働条件の不利益変更が反対労働者に対して拘束力をもつかどうかについては、不利益変更が事業場従業員の過半数を組織する組合との合意に基づいているかどうかが、実際上の鍵となっていることが判明する。 第2章「イタリアにおける集団的労働条件の形成」は、次のようにイタリア法を分析する。イタリアでは、労働条件は、実際上、産業レベルおよび事業場レベルの労働協約によって形成される。そして、1970年代後半からは、経営危機の中で労働条件の不利益変更を行う危機管理型協約が締結されるようになり、その法的効力が問題とされてきた。 労働協約の法的効力については、ファシズム期の立法規定を除けば、伝統的に個別法的理論構成がとられている。この構成の下では、たとえ労働協約によって労働条件の不利益変更がなされたとしても、かかる協約について事業所レベルでの統一的な拘束力を認め、根拠づけることは困難である。しかし、労働条件の集団的性格からは、かかる個別法的理論を克服する必要があるので、一般的拘束力を組合の「代表性」によって根拠づけるいくつかの理論が登場した。これらの理論に共通するのは、労働協約による労働条件は、労働組合が労働者の委任を受けて労働者を「代理」することによってではなく、事業場の多数労働者の民主的支持を得て労働者集団を代表すること(民主的代表性)によって、事業場で一般的拘束力を取得するという考え方である。しかし、契約理論からは、民主的代表性だけでは、労働者に対する一方的拘束力を正当化することはできない。民主性原理と私的自治の原理は対立するものであり、前者は、集団的労働条件の形成に関しては妥当するが、個々の労働者に対する拘束力という点では、私的自治原理が妥当するので、結局、特別の立法がない限りは、反対労働者に対する拘束力は認められないというのが多数説となっている。 第3章「ドイツにおける集団的労働条件の形成」は、次のようにドイツ法を分析する。ドイツでは、事業場レベルでの労働条件は、産業別労働協約の枠内において、企業と事業所委員会(Betriebsrat)との間の事業所協定(Betriebsvereinbarung)によって形成される。そして、ドイツでも、近年、事業所協定による労働条件の不利益変更が問題とされてきた。 事業所協定は、事業所組織法によって労働契約に対して規範的効力も一般的拘束力も与えられているので、労働条件の統一的・集合的処理に適している。しかも、その締結主体である事業所委員会は民主的に選出ざれた労働者代表である。しかし、事業所協定は、労働協約と異なり、労働者の組合加入などの意思を媒介としてないので、個別契約法上の私的自治的な正当性を備えていない。そのため、事業所協定による集団的労働条件の形成を制限的に捉えようとする考え方が有力に主張されている。特に、事業所協定と労働契約との関係に関する有利原則に基づき、事業所協定による一般的労働条件の不利益変更を否定しようとする学説が少なくない。他方、判例は、有利であるか否かは集団的に判定されるべきであるとの論法によって、事業所協定による集合的処理を貫徹しながら、労働者の利益は裁判所による公正審査により図るべきとの立場をとる。以上のように、学説・判例どちらの立場に立っても、事業所協定の民主的正当性だけでは、労働者への一方的拘束力を正当化するのに十分ではないと考えられている。 以上のイタリア法とドイツ法の比較法的検討が示唆することは、事業場レベルで統一的に適用される集団的労働条件を形成する際には、事業場の多数労働者の民主的支持を得ているかどうかとの意味での民主性原理が妥当すること、他方で、それだけでは労働者に対する拘束力が当然に正当化されるものではなく、個別労働契約に関する私的自治原理との調整が必要であるということである。 第4章「集団的労働条件の形成・変更における正当性」は、イタリア法・ドイツ法の比較法的考察から得られた示唆をもとに、労働条件の形成・変更のメカニズムについて次のような解釈理論を提示する。 事業場における労働条件の形成・変更のプロセスは、段階的構造をもち、第一段階として、労働条件の集団的形成過程が、第二段階として、集団的に形成された労働条件の労働契約への編入過程か、第三段階として、編入された労働条件の具体的・個別的適用の過程があって、各段階ごとに正当性原理が異なる。 就業規則による労働条件の形成・変更の場合においては、第一段階では、同規則制定・改正についての意見聴取手続(労基法90条)に表明されているように過半数主義(民主性原理)が妥当し、使用者は、就業規則による労働条件の形成・変更について、事業場の労働者の過半数の支持を得る必要がある。そして、第二段階では、個別労働契約上の私的自治の原理が機能し、就業規則によって集団的に形成された労働条件は、個々の労働者の同意に基づいてのみ労働契約に編入される。これに対して労働協約による労働条件の形成・変更の場合には、協約締結組合の組合員に関する限りは、組合と使用者が交渉によって集団的に労働条件を形成することで第一段階の正当性を、また労働者が組合に加入している事実によって第二段階の正当性を具備することになる。また、労組法17条の要件を満たす労働協約は、非組合員との関係でも、少数組合員との関係でも、第一・第二段階の正当性を具備すると解すべきである。以上の第一、第二段階に続く第三段階では、労働契約に編入された労働条件に基づき使用者が行う具体的な配転、出向、懲戒、解雇等につき、判例・字説により形成されている人事権濫用等の労働契約法理に基づく正当性が要求される。 問題は、とりわけ就業規則による労働条件の形成・変更について、過半数主義(民主性原理)と私的自治原理という対立する二つの原理をどのように調整するかである。この調整は、集団的変更解約告知を法的に肯認することによって行うべきである。集団的変更解約告知とは、使用者は、従業員の過半数(過半数組合があればその組合)の支持により集団的に形成された労働条件について、労働者に諾否を求め、承諾した労働者については労働契約の変更を成就し、拒否した労働者との労働契約は解約するというものである。この集団的変更解約告知は、一方で、労働者に集団的労働条件に対する諾否の自由(不同意権)を与えて、労働者の意思を尊重するとともに、他方で、労働条件の集合的処理の要請をも満たしうる法的構成である。労働条件の変更を拒否することは、労働者の解雇というリスクを伴うが、労働者の意思を尊重して諾否の自由を認める以上、やむをえない。 以上が本論文の要旨である。 本論文の長所としては、以下の点が挙げられる。 第一に、本論文は、労働契約、就業規則、労働協約が絡み合い、かつ労使対立と労労対立が重なり合うために、労働法学上の難問として議論が錯綜してきた労働条件の不利益変更の問題に、正面から挑んだものである。従来、学説は、就業規則論もしくは労働協約論のそれぞれにおいて、労働条件の不利益変更をめぐる法的諸問題を論じてきたが、労働契約、就業規則、労働協約を包括した検討は本格的には行われていない。本論文は、労働条件の不利益変更の問題が、労働契約、就業規則、労働協約にまたがる包括的検討を必要とする広範かつ奥深い問題であることを示すとともに、労働条件の集合的な形成・変更という視角からの問題設定によってこそ一貫した解釈理論を構築しうることを明らかにした。そして、個別的労働関係法と集団的労働関係法の各所に散在する多くの論点を関連づけて詳細に検討し、事業場の労働条件の形成・変更(不利益変更を含む)を統一的に説明する法理の構築を試みている。この点で、本論文は、労働条件の不利益変更に関する今後の検討方法に重要な示唆を与える業績である。 第二に、上記の解釈理論として本論文は、労働条件の形成・変更が、過半数組合との交渉(労働協約)を軸に就業規則で補充してなされる場合であれ、過半数組合が存せず主として就業規則でなされる場合であれ、まず労働条件の集団的形成という段階を踏んで行われること、個別労働契約との関係はこのように集団的に形成された労働条件の個別契約への編入という次の段階の問題として整理すべきであること、さらに制度としての労働条件の場合には労働者への具体的適用という第三の段階も存することを明らかにしている。そして、集団的労働条件の形成という第一段階には過半数主義(民主性原理)が、労働条件の個別労働契約への編入という第二段階には私的自治原理が、それぞれ正当性の根拠となるとしたうえ、相対立する契機をもつ民主性原理と私的自治原理の調整は集団的変更解約告知によって行う、という自説を展開する。以上の見解は、従来のわが国の学説・判例の批判的検討に基づいて展開され、また、立論の過程では、事業場従業員の過半数を組織する労働組合の有無、少数組合の有無、ユニオン・ショップ協定の存否等による問題状況の違いや、組合員と非組合員の利益の相違等も考慮されている。これによって、本論文は、労働条件の形成・変更のメカニズムという労働法上の基本問題について、独創的で体系的な解釈理論を提示していると評価できる。 第三に、本論文が行ったイタリア法とドイツ法の分析は、イタリアの労働協約理論、ドイツの事業所協定理論の本格的研究としても意義があるばかりでなく、労働条件の形成・変更の正当性根拠いかんという角度からの初めての本格的な外国法研究である。とりわけ、イタリア労働協約法理論を扱う部分は、労働協約立法がない場合の労働協約理論の姿を明確に描き出しており、わが国の外国労働法研究に相当の寄与をなしたと評価できる。 他方、本論文にはつぎのような短所も指摘できる。 第一に、本論文が提示する解釈論は、大規模な問題の多岐にわたる論点について包括的な解決を図るものであるため、細部においては、なお、論理的整合性や実際的妥当性を精錬すべき箇所が見られる。とくに、本論文の提示する集団的変更解約告知という手段が、長期雇用システムを基調とするわが国の労働市場に適合的かという点について考察を加え、その有効性の要件を吟味することが望まれる。 第二に、比較法的考察の部分は、法解釈論の分析に重きを置きすぎたきらいがあり、解釈論の背景にあるイタリアとドイツの労働市場・労使関係の構造をも踏まえた検討が望まれる。このためもあって、比較法的考察とわが国の解釈論との接合がやや単線的であり、法的制度の実際の機能をも比較した議論の運びが望まれる。 しかし、以上のような短所も、本論文の上記のような長所を大きく損なうものではない。本論文は、全体として、労働条件の不利益変更の問題に焦点を当てつつ、労働条件の形成・変更の法的メカニズムに関する新たな解釈理論を提示し、労働契約、就業規則、労働協約の法理論的研究に相当のインパクトを与える業績と評価できる。したがって、本論文は博士(法学)の学位にふさわしい内容と認められる。 |