本研究では、気候モデルへの組み込みを目的として開発した海洋大循環モデル(CCSRモデル)を用いて、Coarse resolution model(海洋の中規模渦を分解しない)により海洋モデルのふるまいを調べる。具体的には、大気モデルとの結合を考慮して循環の駆動力を海面条件のみで与える場合、モデルが現実の循環をどの程度再現できるかに注目する。また10年以上の長い時間スケールの気候変動予測のためには、深層循環をより現実的に再現する必要があるので、深層を特に取り上げる。 最初に、解像度3.75°(東西)×4.5°(南北)×15 level(鉛直)のモデル(4°モデル)により予備実験を行なった。これと同等なモデルは、Toggweiler et al.(1988),Manabe & Stouffer(1988,1994)らの、トレーサー実験や大気・海洋結合モデルにおいて採用されている。予備実験で得られた基本的な循環パターン、水質分布をそれらと比較した結果、われわれの海洋モデルはそれらのモデルと同等な性能を持つことが確かめられた。 次にCoarse resolution modelとしては高解像度となる、解像度2°×2°×40 levelのモデル(2°モデル)で実験を行なう。4°モデルでは水質分布などに粗さが目立つことや、ドレーク海峡などの海底地形・海岸線の表現がより精緻になり再現性の改善が期待できることがその動機である。 海面条件を観測の年平均データから与えた場合をStandard caseとし、主に水質分布に関して現実を再現していない点を改善させる目的で、数多くのケーススタディを行なった。総体的な結果としては、個々のケースにおいてはある程度の改善はあるが、海面条件を現実の範囲内で変動させている限りでは飛躍的な改善は見られない。特に目立つのは次の2点である。まず高塩分に特徴づけられる北大西洋深層水(NADW)の北から一様に張り出す分布が現れないこと、更に、太平洋底層へ低温かつ比較的高塩分の水が入りにくいことである(図1)。なお、このような再現上の欠陥は、すでに行なわれている研究、あるいは4°モデルにも同じように見られる特徴である。そこで以後これらの問題点を解明するためのプロセススタディを行なう。 図1 東西平均塩分分布.上から、大西洋におけるLevitusの観測値(a).2°モデルのStandard case(b)、及び太平洋におけるLevitusの観測値(c),2°モデルのStandard case(d).単位:psu モデルの解析の結果、北大西洋での深層水の形成場所がラブラドル海のみに限られていることがわかった。そこでは高塩分かつ比較的高温の特徴を持つ上部深層水(UNADW)が形成されている。現実にはグリーンランド沖で沈み込んだ低温の水が、アイスランド付近のsillからあふれ出す流れ(overflow)により南に流れだし、下部深層水(LNADW)を形成している。そこでモデルでもoverflowを再現し、グリーンランド沖の低温の水をも深層水のソースとして取り入れるためのプロセススタディを行なう。大気モデルとの結合を考慮して循環の駆動力は海面条件のみとし、その作為的な変更はしないという条件のもとで最も単純と思われる、アイスランド付近のsillを十分掘り下げる方法を取ることにした。 結果としては、グリーンランド沖の水は流れ出すようにはなるものの、同時にsill南側との水の交換が活発になり、グリーンランド沖表層下の水温が上がってしまうためoverflowは期待するほど低温とはならず、LNADWの特徴は再現されない。さらに参考のために水温調節の目的でアイスランド北側の海域に与える海面水温を一様に2℃下げたところ、低温のLNADWが発達しNADW全体が非常に現実的に再現された。なおこの場合でも太平洋深層はほとんど改善されていない。結局大気モデルとの結合の観点から見て、NADW再現のためにsillを掘り下げることは、水温調節がさらに必要となることから適当な手段ではないといえる。 次の問題として太平洋の深層に注目する。現実の海洋では、大西洋北部で生成する深層水および南部(ウェッデル海)で生成する底層水が周極流域で合して東に流れ、太平洋の深層水のソースとなっていると考えられている。そこで、Coarse resolution modelにおける大西洋の南北での底・深層水生成と太平洋の深層循環の基本的な関係をより深く理解するために、太平洋と大西洋のみ取り入れた単純なtwo-basin modelによる実験を行なう。モデル海洋として、大西洋・太平洋に相当する2つの平坦なbasinを考え、南端部をcyclic channelでつなぐ。ドレーク海峡に相当する部分はsillとする。海面条件は、温度・塩分・風応力の年平均値を各basinごとに平均してそれぞれに東西一様に与える。 ウェッデル海で生成される底層水は、ドレーク海峡のsillの深さまで一様に底層を占めるが、極端に強いcoolingで生成される場合に限り、sillの深さに大きな鉛直密度勾配を形成し、太平洋深層においてlayered structure(底層水が南から入りそれが深層で戻る構造)を形成する(図2)。このような循環構造は観測データからもその存在が指摘されている。 図2 Two-basin modelにおける太平洋の南北循環.Control case(上)及びウェッデル海で極端に強い冷却を与えたケース(下).等値線間隔:5 Sv 一方、北大西洋で生成された深層水は底層水の上層を南に流れ、ドレーク海峡のsillの深さより浅い層を占めるが、周極流域ではsillの上層で東西圧力勾配が維持されず南北流が許されないため、深層水は周極流自身には取り込まれず太平洋へも実体としては入らない結果となった。しかし太平洋の周極流域にはNADW起源の塩分極大層が存在しており(図1c)、モデルがこのような深層水の分布を再現できないのは、現実の底層水形成過程で生じる底層の強い成層を再現していないためと考えられる。 そこで底層に密度成層が形成されるようにウェッデル海の最深部に新たにbody coolingを与える実験を行なう。大西洋では、sillの深さより下層に形成された密度成層に伴い南北流の鉛直シアが増大するため、底層水の循環はより底層に限られ、深層水がsillの下層で周極流域に入るようになる。さらに深層水は、風の効果により湧昇しながらsillより上層の周極流へ入り込み、より多く太平洋に流れ込むことがトレーサー実験により示された。これは現実の周極流の水塊構造にも対応する。 本研究から以下のことが結論づけられる。Coarse resolution modelにより、循環のforcingを海面のみで与える条件のもとで、特に太平洋深層循環を再現するためには、南極域・北大西洋での底・深層水の形成過程を再現することが重要である。そのためにはウェッデル海での底層水の形成過程、北大西洋のsillを越える流れなどをパラメータ化して表現しモデルにとり入れる必要がある。結局、太平洋の深層循環を再現することはまさに世界海洋循環を再現することといえる。 |