学位論文要旨



No 111461
著者(漢字) 狩野,直樹
著者(英字)
著者(カナ) カノ,ナオキ
標題(和) 隕石物質の化学組成および同位体組織から見た原始太陽系星雲の進化
標題(洋)
報告番号 111461
報告番号 甲11461
学位授与日 1995.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2971号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今村,峯雄
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 野津,憲治
 東京大学 助教授 松浦,直治
 東京大学 助教授 松井,孝典
内容要旨

 隕石は、太陽系形成の初期過程の記憶を留めていると考えられるため、原始太陽系の進化過程解明のために、その鉱物組成、化学組成、同位体組成に関する研究がこれまで数多く行われてきた。とりわけ、隕石中の同位体比異常に関する研究は、質量分析計の進歩と相まって飛躍的に進展し、太陽系の物質進化に関する情報を大いに増大させた。特に最近では、隕石に含まれる星間物質(太陽系前駆物質)であるダイヤモンド、グラファイト、シリコンカーバイドを単離し、炭素、窒素、ケイ素、希ガスなどの同位体分析を行う研究が盛んに行われ、その同位体比異常から原始太陽系星雲形成以前の情報を保持した固体微粒子が存在していたことが明らかになるとともに、その程度、パターンから試料の生成環境や星の核合成プロセスに関する議論が行われるようになるなど、この分野の研究は、ますます脚光を浴びつつある。

 本研究では、初期太陽系における高温凝縮物が、どのような形態で、どのような過程で生成されたかを考察すると同時に、初期太陽系星雲の進化に関する情報を得ることを目的とした。このため、主として隕石の酸不溶残渣を研究分析対象として、親鉄元素の存在度パターンや存在形態そしてCr, Ruの同位体組成に関して研究を行った。酸不溶残渣は、二次的な熱または衝撃による変成や化学変化の影響が小さく、原始太陽系星雲凝縮時や、それ以前の星の核合成過程に関する情報を保持し続けている成分を含むことが知られているからである。また、高温凝縮物と酸不溶残渣との関連を凝縮温度との対応から考察するため、原始太陽系星雲からの親鉄元素の凝縮過程を記述する固溶体合金による凝縮モデルの計算を行い、化学組成(親鉄元素)の測定結果と比較検討した。

実験方法

 分析対象試料の酸不溶残渣の調製は、隕石バルクの溶融外皮を除去後、液体窒素を用いて凍結-解凍法で分解し、繰り返し酸処理を行い、遠心分離で回収し、洗浄、乾燥することにより行った。炭素質コンドライト隕石Allende(CV3),Murchison(CM2);エンスタタイトコンドライト隕石Qingzhen(EH3)や鉄隕石Canyon Diablo(IA)などを用いた。このほか、隕石を破砕して、採取、純化した金属相を対象試料に用いた。平衡普通コンドライト隕石Jilin(H5)およびLaCriolla(L6)をはじめ、Allende(CV3)を使用した。

 酸不溶残渣および金属相は、主として中性子放射化分析により、親鉄元素の化学組成の定量を行い、元素間の相関を調べた。また、Crは、試料溶液から沈殿法および陰イオン交換法により、一方Ruは、蒸留法により分離し、表面電離型質量分析計VG354により同位体組成を調べた。

固溶体合金による凝縮モデル計算

 各元素の蒸気圧や元素存在度のデータなどをもとに、親鉄14〜15元素の固溶体合金による凝縮モデル計算を行い、酸不溶残渣などの化学組成の分析結果を凝縮過程における元素間の分別の観点から検討した。

結果と考察1)酸不溶残渣中のRu,Crの存在分布、存在形態

 各コンドライト隕石の酸不溶残渣は、隕石の種類によらず、Ruなどの難揮発性元素(高温凝縮元素)が濃縮しており、高温ガスからの初期凝縮物を多く含むと考えられる。また、元素分析の結果および凝縮モデル計算との比較、検討から、その見かけの凝縮温度は、Fe-Ni相やSilicate相が主成分であるバルクの平均的な凝縮温度(〜1300℃)より高い(1350℃〜1375℃)が、難揮発性元素の個々の凝縮温度よりは低いことがわかる。酸不溶残渣は、いくつかの相から成り立っており、いわば、主成分であるFe-Ni相やSilicate相が凝縮するまでに凝縮したすべての成分の総和のようなものを表していると考えられる。

 一方、酸不溶残渣中のCrは、Fe-Niより凝縮温度の高いspinel(MgAl2O4)と固溶相を形成、あるいはspinelとFe,Crガスとの置換反応により生成したものと、熱変成を受けて金属相からCrが抜け、chromite(FeCr2O4)として生成したものと2種類があり、Cr同位体比の変動にもその差が反映している。

2)Cr同位体比研究(およびMn-Cr同位体系の進化)

 酸不溶残渣をはじめとした隕石試料のCr同位体比測定の結果(図1)、大きな同位体比異常は観測されなかったが、全体的に、53Crと54Crは逆相関の傾向が見られた。また、Allende隕石やMurchison隕石においては、酸不溶残渣は、溶解成分に比べて、54Crが大きく53Crが小さい傾向にある。さらに、エンスタタイトコンドライトであるQingzhen隕石(EH3)の酸可溶成分に、実験誤差を超えた54Crの過剰が検出され、53Crが若干低い傾向がある。

 Qingzhen隕石における54Crの過剰は、従来、酸化的環境下(〜外惑星領域)で生成されたと考えられている炭素質(C)コンドライト隕石で発見されていた星の核合成過程に起因した54Crの不均一(過剰)が、還元的環境下(〜内惑星領域)で生成されたと考えられているエンスタタイト(E)コンドライト隕石にも残存していた可能性を示唆する点で注目される。これまで、酸可溶成分における54Crの過剰としては、Orgueil隕石などのCI1コンドライトにおいて検出されているが、これらの54Crの濃縮したhost phaseが、Qingzhen隕石の測定した試料領域に含まれていた可能性のほか、Eコンドライト特有の還元的環境下で生成されたと推測される酸可溶な異質なCrをhost phaseとして含んでいたことも考えられる。なお、この53Crが小さく54Crが大きい傾向は、s-過程の核合成の影響(AGB starのヘリウム燃焼殻における中性子捕獲の影響)をより強く受けた物質が含まれていたと考えても矛盾なく説明される。

 図1の測定結果のうち、酸不溶残渣についてのみ、過去に公表されている酸不溶残渣試料の結果とともに53Crと54Crの相関の形で表したのが図2である。高温凝縮物と考えられる酸不溶残渣は、Mn/Cr濃度比が非常に小さいため、53Mnの壊変による53Crへの影響がほとんどなく(<0.3)、生成時の53Crと54Crの相関を調べるのに適していることに着目した。図2の下には、均質な太陽系星雲から、53Crが53Mnの壊変により生成したと仮定した時の53Mn/55Mn比が示されており、初期高温凝縮物の相対的な凝縮年代を示す時間スケールを表している。図2から、53Crの欠損と54Crの過剰との相関が明瞭に示され、53Crの変動を星雲内での53Mnの壊変によるものと解すると、54Crの過剰が多く見られた酸不溶残渣試料ほど、53Mn/55Mnが大きい傾向が見られる。星雲での進化過程において、Cr同位体の不均一が、時間の経過とともに比較的短い時間スケールで、均一化されたことを示していると考えられる。

図1:コンドライト隕石中のCr同位体組成各試料の測定値の誤差は、標準誤差(standard error; 2mean)で表している。標準試料の53Cr/52Cr,54Cr/52Crは、0.113449±9および0.028224±7である。この誤差は、中心値のt分布の95%信頼限界として見積もり、図中では波線で示している。すべての同位体比は、50Cr/52Cr=0.051859で規格化(Shields et al.,1966)し、質量分別効果の補正は、exponential lawにより行った。図2:コンドライト隕石の酸不溶残渣の53Crと54Crの相関a)は、本研究の試料(下線部)について、Rotaru et al.(1992)およびBirck and Allegre(1988)の炭素質コンドライトのデータとともに示す。試料名を明瞭に表すため、この図ではError barsを省略して示す。b)は、上述の試料について、Error barsとともに示す。また、初期高温凝縮物の相対的な凝縮年代を示す時間スケールを表すため、均質な太陽系星雲から、53Crが53Mnの壊変より生成したと仮定した時の53Mn/55Mn比も同時に示す。
3)Ru同位体比研究(およびTc-Ru同位体系進化)

 Canyon Diabloの酸溶解成分、Allendeの酸不溶残渣について、Ru同位体比測定を行ったところ、通常の同位体組成と誤差の範囲で一致した結果を得た。すなわち、異なる核合成過程に起因した同位体比の変動も消滅核種98, 99Tcによる98, 99Ruの変動についても、有意な検出はできなかった。Ruイオンビーム強度は非常に微弱なため、本研究において、測定方法の改善を試みたにもかかわらず、あまり大きな効果は得られず、測定誤差が0.1〜1%のオーダーという不十分な結果に終わった。測定方法の根本的な再検討が必要である。

 また、凝縮モデル計算の結果から、凝縮過程におけるTcの挙動は、ReよりもむしろRu(およびMo)に似ていることがわかった。すなわち、凝縮過程において、Tc,Ru(,Mo)の化学分別はあまり効果的には起こらないと考えられ、消滅核種(97,)98,99Tcの存在の検出のためには、さらに詳細な検討を要することが示唆された。

 以上、本研究により、Crは、隕石の種類、等級ごとに、その存在形態が大きく異なることが確認された。また、測定精度のうえでは、十分とはいえないものの、酸不溶残渣の同位体組成からは、始源物質(高温凝縮物)には星の核合成過程に起因した不均一の残存が見られること、その不均一は、星雲での進化過程において、時間の経過とともに比較的短い時間スケールで、均一化されたことなどが伺える。さらに、Eコンドライト隕石であるQingzhen隕石においても、54Crの不均一が、残存していた可能性が示唆された。このように、Crの挙動は、原始太陽系星雲の進化過程をさぐるのに有効な指標といえる。一方、Ruについては、同位体比異常の有無、程度の同定には、より高精度の測定が必要となるが、最近、国内外において注目されている負イオンを測定する表面電離型質量分析法によって、この課題は、かなり解決できると考えられる。

審査要旨

 太陽系を構成する物質は全体的に見ると同位体的に高度に均一である。しかしより詳細に調べると不均一が存在し、初期太陽系における星の核合成の寄与を示す同位体比異常や、消滅核種(太陽系形成時に存在していたが現在は消滅してしまっている放射性核種)の壊変に由来する同位体比異常として観測される。さらに最近の研究ではさまざまな核合成起源をもつ固体微粒子が始原的隕石の中に存在することが、それら個々の微粒子の同位体組成の研究から明らかになっている。このように現在では原始太陽系星雲の原料物質が、複数の星の核合成でつくられた同位体組成の異なる固体微粒子と星間ガスであったことが実験的に明らかにされるに至っている。これらのなかには赤色巨星や超新星における元素合成を示す同位体組成ものがふくまれるが、これらが太陽系星雲進化のどの段階でどの程度含まれるに至ったかを知ることは後の太陽系進化を考えるうえで非常に重要であり、活発な議論がなされている。

 このような背景にたち、著者は、太陽系星雲からの高温凝縮物質を濃縮していると考えられる酸不溶残渣成分を研究対象として選び、その難揮発性元素の化学組成、クロムとルテニウムの同位体比異常の研究を行い、初期太陽系物質の化学進化、物質進化に関する情報を得ることを試みた。

 本論分は五章からなり、各々序論、実験方法、実験結果、考察、結論に分けて記述している。また補遺として補足的な計算過程、元素の凝縮過程の計算プログラムをくわえている。

 第一章で著者は、研究の目的について述べ、隕石の酸不溶残渣を研究対象としクロムとルテニウムの同位体組成の研究を行なった背景について述べている。酸不溶残渣は二次的な熱や衝撃による変成・化学変化を受けず、原始太陽系星雲凝縮時や、星の核合成過程の情報を保持し続けている成分を含むと考えられること、クロムとルテニウムはそれぞれ消滅核種として53Mn(半減期3.7x106年),98Tc(4.2x106年)・99Tc(2.1x105年)の壊変生成物を含むこと、また超新星爆発に由来する54Cr,104Ru等が期待できることなどを挙げている。

 第二章では、まず試料の調製法について、つぎに化学分析法、同位体分析法(質量分析法)について詳述している。

 第三章では隕石の酸不溶残渣の化学分析、対照試料として用いた金属相の化学分析、クロムとルテニウムの同位体比測定の結果をそれぞれ示している。

 第四章の議論はおもに三つの項目に分けることが出来る。まず第一に酸不溶残渣の化学的特徴を太陽系星雲の中での高温凝縮物との関連で考察している。この議論のため初期太陽系の気圧、酸化還元環境を仮定して新鉄元素の凝縮温度を熱力学モデルで計算し、実験データと比較した。その結果酸不溶残渣は、大部分の金属や硅酸塩が凝縮する温度よりも高い温度で凝縮したものの集積物と考えられるとしている。第二にクロム同位体比の測定結果を53Cr/52Cr、54Cr/52Crの同位体比異常との相関で議論している。まず分析した試料の中で、対照試料として測定したエンスタタイトコンドライトQuinzen隕石の酸可溶成分に54Cr/52Crの同位体比異常がみられたことを取り上げ、この異常をもたらした成分が何であるかについて、最近CI1コンドライトで見いだされている酸可溶成分の54Cr/52Cr同位体異常との関連、そのほかの可能性としてs-過程の核合成との関連で検討をおこなっている。さらに酸不溶残渣の53Cr/52Cr、54Cr/52Crの同位体比異常の相関を文献値を含めて調べると逆相関の関係が見られることを議論し、これは太陽系星雲のクロム同位体の不均一が時の経過とともに均一化する過程を示すのではないかと問題提起を行っている。第三にはルテニウム同位体の測定結果について考察している。ルテニウム同位体研究の重要性を考察したうえで、この研究では技術上の困難から初期の目的の課題を議論できるに十分な測定精度が得られなかったとしている。

 以上みたように著者は、隕石の特に酸不溶残渣として得られる太陽系始原物質の高温凝縮物について、化学分析によって得られるデータからまず高温凝縮物が生成した物理化学的環境を推定し、次に固体質量分析法によって得られるクロムとルテニウムの同位体組成の研究から初期太陽系星雲に関する情報を引き出そうと試みた。得られた結果のうち、まず、高温凝縮物の54Cr/52Cr同位体異常と、消滅核種53Mnの壊変に由来するとおもわれる53Cr/52Cr同位体比の変動の相関から太陽系星雲のクロム同位体の均一化の過程を議論する考えは新しい試みであり、また、54Cr/52Cr同位体異常がエンスタタイトコンドライトで見いだされたとしていることはこの同位体比異常が内惑星領域に及んでいたことを初めて示唆するものとして注目される。

 以上の結果は今後より精度の高い測定法で確認される必要があるが、これまでの同位体比異常の研究に新しい可能性を加えたものとして評価できる。また、本論文の一部は他の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験、結果の分析、考証を進めたものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、論文提出者は、地球惑星物理学、特に惑星物質科学に関して、博士(理学)の学位を受ける資格を有するもの認め、審査委員全員により合格と判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53887