序 コレステロールをはじめとする動物のステロールの生合成中間体であるラノステロールは、直鎖状分子であるオキシドスクアレンがラノステロール合成酵素(オキシドスクアレン閉環酵素)により閉環し生成する。Ruzickaの生合成的イソプレン則に従えば、この閉環反応は、all-transのオキシドスクアレン分子がchair-boat-chairのconformationをとって開始され、anti-parallel型の1,2-付加、1,2-転位、1,2-脱離反応により進行し、反応の途中で陽イオンの電荷が安定化された中間体を生成することなく、協奏的に進行するとされている。この生合成仮説を立証するために1960年から様々な検討がなされてきた。しかしそれらの多くはオキシドスクアレン類似基質の酵素的閉環産物の構造解析によるアプローチであり反応を触媒する酵素についてはほとんど検討は加えられていない。 一般に酵素反応機構についての知見を得るためには大量の精製酵素を必要とするが、オキシドスクアレン閉環酵素は膜結合性で、可溶化処理により不安定となり活性を維持することが困難なため、多くの試みにも関わらず酵素の精製が達成されておらず、また充分な特性化もされていなかった。そこで今回、筆者はラット肝臓よりラノステロール合成酵素を単離精製して、その遺伝子のクローニングを試みた。遺伝子のクローニングが出来れば、その遺伝子を用いて大腸菌等、他の生物種を形質転換し本酵素タンパクを大量に取得することが可能になり、また位置特異的変異導入による多様な変異体タンパクの作製といった分子生物学的手法を用いることにより、本酵素の反応メカニズム、活性中心の解明へのアプローチが可能となり、また、高脂血症治療薬として本酵素の特異的阻害剤の合理的デザインへも道を拓くことになる。 ラノステロール合成酵素の精製 ラット肝臓ミクロソーム画分に見出だされたラノステロール合成酵素活性はTritonX-100により効率よく可溶化された。この可溶化酵素画分をハイドロキシルアパタイト、等電点電気泳動、陰イオン交換クロマトなどを組み合わせることにより分画し、約1000倍、9%の収率で、SDS-PAGEにおいてほぼ単一なバンド(75 kDa)を与えるまで精製した。 本酵素は高速ゲル濾過を行なうと、その活性が分子量約150kDa付近の画分に回収されることから、nativeな状態では約75kDaのサブユニットからなる二量体構造を有することが推察された。3S体のみを基質とするとみかけのKm値は55Mとなり、またリン酸緩衝液では、pH6.5-8.0の間にブロードな至適pHを与えた。 これまでオキシドスクアレン閉環酵素活性の発現には、assay mixtureに加える界面活性剤の種類や濃度、さらに、塩濃度との組み合わせが極めて重要な要因となることが知られている。ラット肝臓由来の本酵素においては、デオキシコール酸による低濃度での活性化と高濃度での阻害作用、Triton X-100による広い濃度幅(0.05〜0.15%)における活性化、そして、Triton X-100至適濃度時の塩濃度上昇に伴う活性の減少が観察され、Blochらが報告しているブタ肝臓ラノステロール合成酵素とは、対照的な性質を示した。この他にもスクアレンおよびオキシドスクアレン閉環酵素は現在までに数種類が単離・精製されているが、これらの諸性質は、起源となる生物種により極端に異なっておりタンパク構造との関係に興味が持たれる。 ラノステロール合成酵素遺伝子のクローニング 酵素の精製は何回かに分けて行なったが、バッチによっては最終段階において若干の夾雑物の存在が確認され、これらについては逆相HPLC処理を施すことで除去した。このように精製したラノステロール合成酵素を、リジルエンドペプチダーゼで消化後、逆相HPLCにてペプチドを分離し、11本の異なるペプチドについてそのアミノ酸配列を決定した。他のグループにより、本酵素を同様に精製後プロテアーゼ処理して得られたペプチド、および29-メチリデン-2,3-オキシドスクアレン(29-MOS)により標識されたタンパクの臭化シアン分解で得られるペプチドそれぞれ1本のアミノ酸配列が報告され、これらも含めた13本のアミノ酸配列を用いて本酵素の遺伝子クローニングを試みた。 まず、放射標識した合成縮重オリゴヌクレオチドをプローブとしてcDNAライブラリーのスクリーニングを行ったが、陽性クローンを得ることができなかった。そこで、PCRによるクローニングを行うことにした。アミノ酸配列からデザインした合成縮重オリゴヌクレオチドプライマーの組み合わせを用い、ラット肝臓由来poly(A)+RNAを逆転写して得られるcDNAを鋳型としてPCR(MOPAC)法により目的遺伝子断片の増幅・取得を試みたが、特異的増幅産物を得ることはできなかった。原因として、RNAが分解している、何らかの理由で逆転写がいかない、プライマーの縮重が多すぎる、など様々なことが考えられた。そこで、ラット肝臓からクローニングが報告されているコレステロール7水酸化酵素の遺伝子を選び、本実験で用いたプライマーと同程度の縮重を持つプライマーを合成して、PCRを行ったところ、特異的増幅産物を検出することができた。このことから、本酵素のmRNAの発現レベルが非常に低く、目的とする遺伝子が競合する非特異的な増幅産物の存在により十分に増幅されないためであると推測した。 そこでPCRの選択性を高めるために、いわゆるnested PCRと言われる手法での増幅を試みた。すなわち上記で得られるPCR産物からプライマーを除いたものを鋳型とし、別のプライマー同士の組み合わせで2回目のPCRを行なった。ここで用いる4本のプライマーの前後関係に関する情報がないため、計算上13本のアミノ酸配列に対するプライマーの順列は17,160通りにものぼるが、4本のアミノ酸配列由来のプライマーの順列には必ず一通りの正解が存在すると考えて検討を進めた。その結果200bpおよび120bpの二種類の増幅産物を得た。塩基配列を決定したところ、これらの産物にはインフレームでストップコドンが存在しないこと、また両端のアミノ酸配列においてプライマーデザインに供さなかった配列に対応するコドンが存在することから、これらは目的とするラノステロール合成酵素遺伝子の一部であると判断した。次に、これら断片の内部配列を基に、3’-および5’-RACE法によるPCRを行い全塩基配列を決定した。 ラノステロール合成酵素遺伝子について 今回配列決定されたラットラノステロール合成酵素cDNAは2,669bpであり、ラノステロール合成酵素をコードする部分は2,199bpで733アミノ酸残基に対応し、計算上のタンパク分子量は83,301Daであった。これはラット肝臓より精製された本酵素のSDS-PAGE上での推定分子量とほぼ一致し、また、精製酵素から得られた11本のペプチドおよび、報告されている2本のペプチドのアミノ酸配列、全てが含まれていた。最近になって、Candida albicans、Arabidopsis thalianaおよびSaccharomyces cerevisiaeのオキシドスクアレン閉環酵素の遺伝子のクローニングが報告され、今回クローニングしたラットの酵素とアミノ酸のレベルで相同性を比較すると、それぞれ41.1%、38.3%および45.3%の残基が一致していること、また極めて相同性の高い部分がいくつか存在していることが明らかとなった。 反応機構解明の手がかりを見出すことを目的として、これらアミノ酸配列の詳細な検討を行った。まず、互いに顕著な相同性を示す特定の部分配列(F/Y/W)XXXXQXXXGXW(QW配列)が、全体に渡って繰り返し存在することが見出だされる。ラット肝臓ラノステロール合成酵素にはこの配列が5ヶ所存在する。またQW配列以外にも、芳香族アミノ酸残基が比較的多数含まれており、その位置は各酵素間において保存されている。これら芳香族アミノ酸残基の機能として、陽イオンーパイ電子相互作用により、一連のオキシドスクアレンの閉環反応において生ずる陽イオンの安定化に寄与している可能性、あるいは、CH-パイ電子相互作用により、とらえどころのない直鎖状分子であるオキシドスクアレンを捕捉し、かつコンフォメーションを固定することに寄与している可能性が考えられる。 また、前述の自殺基質29-MOSは、DDTAE(456-460の位置に相当)という配列中の2つのアスパラギン酸に同程度結合すると報告され、このDDXX(D/E)という配列が他のテルペン生合成酵素の活性中心に見られることから、本酵素においてもこのDDTAEが活性中心近傍に位置するものと考えられていた。さらに、このDDXX(D/E)という配列は、テルペン生合成酵素において、アリル二リン酸から二リン酸の脱離による陽イオンの生成に関する活性中心であると考えられてきたが、オキシドスクアレンは二リン酸を含まず29-MOSの実験結果から、このDDXX(D/E)という配列は、生成する陽イオンの安定化に寄与するという新しい機能が考えられるようになった。しかし今回明らかとなった同部分配列はDCTAEで、オキシドスクアレンを基質とする他4種の酵素においても同様であり、また、酵母および植物のオキシドスクアレン閉環酵素は29-MOSで修飾されないことなどを考え併せると、この部分が一連のテルペン生合成酵素と同様に活性中心に位置し、かつ生成する陽イオンの安定化に寄与するという考え方は訂正する必要があると思われる。 今後の展望 哺乳動物から今回初めて、ラノステロール合成酵素の完全精製、および、その遺伝子クローニングに成功した。このことにより、ラノステロール合成酵素に焦点を絞った、哺乳動物におけるステロールの生合成研究を、タンパクレベル、および、遺伝子レベルで展開することが可能になった。クローニングにあたり、本酵素のmRNAの発現レベルが非常に低いと推測したが、一連のステロールの生合成において本酵素の発現がどのように制御されているのか、他の酵素の発現の制御とどのように関連しているのか、解明すべき点が数多い。酵素反応機構の研究においても、アミノ酸配列からの推測にとどまらず、位置特異的変異導入による変異体タンパクの作製を行い、実験的な証明をする必要がある。また、反応機構を考え併せながら、活性部位の形状をタンパク側から推定し、特異的阻害剤の研究も行っていきたい。 |