学位論文要旨



No 111467
著者(漢字) 三島,伸雄
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,ノブオ
標題(和) ウィーン市都心部におけるタウンスケープのコントロールシステムと建築デザインとの均衡的共存 : 景観評価と住民参加を含む建築許可プロセスの提案
標題(洋)
報告番号 111467
報告番号 甲11467
学位授与日 1995.07.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3489号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 森村,道美
 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 高見沢,実
内容要旨

 本論文の目的は、ウィーン市の都心部を対象地区として、(1)ウィーン州建設法によるタウンスケープに関する法的枠組みを歴史的に整理し理解した上で、(2)建築家の建築デザイン活動とそれに対する住民の反応を考察することによって、ウィーン市都心部のタウンスケープの形成と更新に関する問題点を整理し、(3)そうして得られた考え方をベースとして街区ファサードの分析手法を確立し、それを用いてウィーン市都心部の街区ファサードを定量的に分析することによって、「統一性」と「多様性」との同時実現を可能にする上での目安となるものを定量的に導き出し、(4)さらにその目安を根拠に構築した分析・評価手法によってウィーン市都心部の著名建築家の作品とその隣接建築物との隣接関係を分析・評価し、その結果からウィーン市都心部のタウンスケープにおける建築デザインを評価する可能性について論じ、(5)以上により得られた知見に基づいて、タウンスケープのコントロール・システムとそれによって形成されるタウンスケープのあるべき方向性について検討し、(6)最終的に「統一性」と「多様性」の同時実現と民主的かつ平等な手続きを図ることができるための新しい建築許可プロセスを提案することである。

 第1章の『ウィーン州建設法とタウンスケープ』では、ウィーン市の都市発展の歴史、及びウィーン州建設法における都市計画システムとその結果形成されてきたウィーン市のタウンスケープについて定性的に考察した。まず、ウィーン市都心部の発展の歴史については、特にグルンデア・ツァイトに焦点をあて、その時期に形成された都市構造と空間構成が、現在のウィーン市都心部のタウンスケープの基盤になっていることなどを理解した。次に、ウィーン州建設法における都市計画の位置づけ、計画策定のシステムと建築許可のプロセスを概観し、さらに建設法による一般規制とそれを越えることが許される範囲とそて、その時期に形成された都市構造と空間構成が、現在のウィーン市都心部のタウンスケープの基盤になっていることなどを理解した。次に、建設法に関しては、都市計画の位置づけ、計画策定のシステムと建築許可のプロセスを概観し、さらに建設法による一般規制とそれを越えることが許される範囲とその事例、保存地区制定の経緯とその内容の変化、その中での特別規制の仕組みと内容、及び保存地区の成果を整理した。

 その結果、ウィーンが州でありながら市でもあるために、自治体としての組織体制の中できめ細かい規制と誘導が可能であること、建設法は行政法でありながら、1929年の制定当時からタウンスケープのコントロールに意識をおいた一種の「景観法」でもあること、その中には大きく一般規制と特別規制の枠組みがあり、一般規制では「建築線等」「建築クラス」「外観規定」、特別規制では「保存地区」において各種の手法が弾力的に用いられていることが分かった。また、建築線等を越えることに対する建築許可が歴史的建築物を始め、近年でも数多くの建築物において下されているが、そのための評価手法は存在しないこと、都市計画及び都市形態専門委員会に全ての判断を委ねていること、住民参加はFプラン・Bプランの策定時の4週間の縦覧のみであることなども分かった。

 第2章の『近年の建設活動から見たウィーン市都心部のタウンスケープに関する議論の展開』では、具体的な建築プロジェクトを対象に、その建設経緯と景観論争を通じて、ウィーン都市計画の問題点について考察した。まず、戦後の近代建築をいくつか取り上げ、景観問題が近代化の中で持ち上がってきたものであることを確認した。次に、ハース・ハウスにおける景観論争を浮き彫りにするために、近年完成したケルントナーリング・ホーフについて考察した。さらに、保存地区制定後約15年後に計画され、ウィーン市民を巻き込んで激しい景観論争が繰り広げられたハース・ハウスを取り上げ、その建設経緯、そしてその実現のために決定された法改正と特別規制の内容、さらにそれに対して起こった市民の容認意見と反対意見について整理した。このハース・ハウスにおける景観論争は特にウィーンの景観に対する象徴的な意見が含まれており、この整理によって第3・4章で行う分析における考え方として、「隣接部分を揃える」ことと「個性」を如何に扱うかということが鍵であることが理解され、さらに次のような建設法の問題点が指摘できた。

 即ち、ハース・ハウスの場合、住民の反対があったにもかかわらず、Fプラン・Bプラン変更の議会決定が十分な議論がないまま行われ、かつ法§85の保存地区における外観規定も十分な議論もないまま現代的建築が可能であるように改正された。また、具体的案が提案されてその評価が行われない限り、その妥当性が検討できないのにもかかわらず、従来どおり4週間の縦覧のみで計画決定されたために、住民の意見は殆ど却下され、結局MA35による調停案もホラインや市当局にとって有利な方向で行われた。つまり、ウィーン市第一区の真ん中という市民にとっては最も重要な場所の決定に対して、市民の意思が十分に反映されなかった。しかしながら、こういう新しい開発はウィーンのタウンスケープにとっても必要なものであり、またこの経験を生かすことができれば全ての建築家に新しい「建築の自由」と平等なチャンスを与えることができ、さらに民主的な市民社会の下でのタウンスケープの形成に役立てることが可能である。以上より、特にウィーン市民にとって重要なタウンスケープの形成と更新に関わる都市計画の決定が行われるときには、当該建築の客観的な評価と住民参加が建築許可の時点でも行われるような、民主的な解決がなされる都市計画システムの構築が必要であることが指摘できた。

 第3章の『街区ファサードのデザインエレメントの場所及び時間による変動分析』では、以上の知見に基づいた景観評価手法の構築への基礎的知識を得るために、「統一性」と「多様性」のある2つの街路を対象に、その街区ファサードのデザインエレメントの場所と時間による変化について分析を行った。これによって、各デザインエレメントにおける「統一性」と「多様性」との同時実現のための定量的目安を得ることができ、また第4章で行う隣接部分の分析手法を構築するための考え方も得ることができた。

 まず「規模」や「ファサードの分割」に関して、「平均階高」が基準となることが示された。次に、建設法による規制の影響が強いが、「軒高」や「基壇部」は建物による差が少なく「統一性」が高いこと、「壁面分割長」や「屋根部」の変化によって「多様性」が得られること、「開口率」は年々上昇し近代化が進んでいることが分かった。また、「統一性」と「多様性」の同時実現のための隣接建築物に対しての差は、「規模」に関するデザインエレメントは「平均階高」の0.5階分、「開口部」の「平均大きさ」は0.5m2、「蛇腹」は「蛇腹断面量率」で200cm2/mが定量的目安として導かれた。

 また、個々の著名建築家の作品について見てみると、街区ファサードのデザインエレメントのほとんどが街路空間全体の標準的な水準にあるが、いくつかのものが大幅に突出していて、それによって個性的な街路が創出されていることも分かった。

 第4章の『隣接部分の分析・評価手法の提案と著名建築家の作品におけるケース・スタディ』では、第3章までの結果を踏まえ、建築物の「統一性」と「多様性」の同時実現を客観的かつ簡便で住民に分かりやすく評優する手法として隣接部分の「一致度」による評価方法を提案し、それをウィーンの著名建築家の作品に適用することによって、ウィーン市都心部のタウンスケープにおける「個性」に関して考察し、その手法の有効性と客観的景観評価の可能性を示した。

 具体的には以下のようである。まず、一般的には「規模」に関するデザインエレメントの「一致度」が高く、「装飾」等の「一致度」が低いが、時代によるばらつきもあり、特にグルンデア・ツァイト以前においては「装飾」の方が「規模」よりも高い。従って、ウィーン市都心部では全体的なバランスの中で「一致度」が分散していることによって、適度な「統一性」と「多様性」が実現していることが分かった。また、現時点ではデザインエレメントごとの重み付けをすべきであるという問題点があるものの、第3章で得られた考察と同様な結果を各著名建築家の作品について得ることができた。その結果、この隣接部分による分析・評価手法が、ウィーン市都心部のタウンスケープを理解し評価する上で有効な手法であり、民主的で平等な手続きによって真の「建築の自由」が確立するようなタウンスケープのコントロールシステムにおける客観的景観評価手法への発展の可能性が十分あることを示した。

 結章では、以上得られた知見に基づいて、景観評価と住民参加を含む建築許可システムの提案を行った。それは特にタウンスケープへの影響が大きいと判断される建築計画が行われる場合に、都市計画決定の見直しも含めて、住民の監視の下で計画の客観的評価を行うことを従来の建築許可に加えたものである。これによって民主的土壌に立脚した客観性と公平性とが確保された真の「建築の自由」が保障され、新しい建築デザインと都市デザインの可能性が見出されるようになるだろう。これが即ち、『タウンスケープのコントロールと建築デザインとの均衡的共存』である。

審査要旨

 本論文は、ウィーン市の都心部を対象地区として都市計画制度を概観したのち、タウンスケープの形成に際してかかる法制上の規制を整理し、その問題点を明らかにし、保存地区の中の現代的な建築物や建築線を越える建築物を許可する場合に、その都市計画的意図と建築許可との妥当性を如何に客観的かつ公平に評価する手法を提案したものである。

 本論文の構成は以下の通りである。

 第一章においてタウンスケープの形成におけるウィーン州建設法の法的役割を整理している。第二章において近年建設された建築物の建設経緯とそれに対する容認意見と反対意見とから、公共性に関する議論の必要な建築物に対する建築許可には、その妥当性を検討するためのシステムが必要であることを示している。第三章においては、ここまでに得られた考え方をベースに連続建築方式によって形成される街路の立面の分析を行うことによって、ウィーンの街並みの「統一性」と「多様性」との同時的な実現のための定量的目安を導き出している。続く第四章において、「統一性」と「多様性」との共存状態を分かりやすく評価する手法として「一致度」という概念を導入し、ウィーン中心部でのケーススタディをもとに、その有効性を検証している。最後に結章において、「建築の自由」が保障されつつ民主的な計画決定への市民参加を可能にするような建築許可プロセスを提案している。

 本論文は建築デザインの都市計画的コントロールという景観整備上の問題を、たんに数量的な計画規制の面で論じるだけでなく、建築設計行為の創造性を保ちつついかに市民の合意をとりつけるかというデザイン上の課題としてとらえて議論を展開している点に特色がある。したがって本論文は基本的にデザイン論の論文である。

 審査にあたってもこの点に関して評価が高く、特にウィーン市中心部に1990年に建設された現代建築ハース・ハウスの建築許可をめぐる景観論争に関して詳細に分析した第二章のユニークさが支持された。

 また、街区のファサードを形成する建物が統一性と多様性とを同時に実現するための具体的な建築デザインの目安として、ファサード・エレメントの周辺建物との比較における定量的な数値を導き出している点も評価された。すなわち、「規模」や「ファサードの分割」に関して、「平均階高」が基準となること、次に、「軒高」や「基壇部」は建物による差が少なく「統一性」が高いこと、「壁面分割長」や「屋根部」の変化によって「多様性」が得られること、「開口率」は年々上昇し近代化が進んでいることが示されている。また、「統一性」と「多様性」の同時実現のための隣接建築物に対しての差は、「規模」に関するデザインエレメントは「平均階高」の0.5階分、「開口部」の「平均大きさ」は0.5m2、「蛇腹」は「蛇腹断面量率」で200cm2/mが定量的目安として導き出されている。

 また、個々の著名建築家の作品について検討を加え、街区ファサードのデザインエレメントのほとんどが街路空間全体の標準的な水準にあるが、いくつかの指標が大幅に突出し、それによって個性的な街路が創出されていることも明らかにされている。

 さらに、著名建築家の歴代作品を隣接建物のデザインエレメントとの「一致度」をもとに分析し、一般的には「規模」に関するデザインエレメントの「一致度」が高く、「装飾」等の「一致度」が低いが、時代によるばらつきもあり、特にグルンデア・ツァイト以前においては「装飾」の方が「規模」よりも高いこと、ウィーン市都心部では全体的なバランスの中で「一致度」が分散していることによって、適度な「統一性」と「多様性」が実現していることが明らかにされている。この結果、隣接部分との比較による分析・評価手法が、ウィーン市都心部のタウンスケープを理解し評価する上で有効であり、民主的で平等な手続きによって「建築の自由」が確立するようなタウンスケープのコントロールシステムにおける客観的景観評価手法への発展の可能性があることを示している。この点も独自の結論として評価された。

 結章において景観評価と住民参加を含む建築許可システムの提案を行っているが、特にタウンスケープへの影響が大きいと判断される建築計画が行われる場合に、都市計画決定の見直しも含めて、住民の監視の下で計画の客観的評価を行うことを従来の建築許可に加えた提案である。この提案は建築の自由と街路景観の統一とを民主的な手続きの中で実現するものとして評価できる。

 以上、本研究において建築デザインの側から街路景観を整備していくための客観的な手法と民主的な手続きが明示された。この点について審査員一同その意義を高く認めるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53888