学位論文要旨



No 111470
著者(漢字) 佐々田,俊夫
著者(英字)
著者(カナ) ササダ,トシオ
標題(和) カーボナタイト中の希ガス同位体分析からみるマントル中の揮発性物質
標題(洋) Isotopic studies of noble gases in carbonatites : implications for volatiles in the mantle
報告番号 111470
報告番号 甲11470
学位授与日 1995.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2973号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 杉浦,直治
 東京大学 助教授 野津,憲治
内容要旨 はじめに

 マントルは地表部に比べて地球初期の状態を保持していると考えられ、地球の形成と進化を解明するために、マントル起源物質の岩石学的、化学的研究が行われてきた。近年の質量分析器の進歩は、マントル起源物質中の希ガスの同位体分析を可能にした。希ガスの同位体分析結果は、地球および地球大気の起源と進化(地球形成時の大部分の大気の形成)や、地球の内部構造(脱ガスの多いマントルと比較的少ないマントル)に対し制約条件を与えてきた。今までの希ガスの同位体分析には、主に中央海嶺玄武岩(MORB)と海洋島玄武岩が用いられてきた。これらの試料の分析では、ほぼ現代の海洋地域のマントルを研究しているのにすぎない。カーボナタイトとは、炭酸塩鉱物を主成分とするマントル起源の火成岩であり、主に大陸地域に存在するが、海洋地域にも存在し、出現年代の分布も広く(27億年前から現代)、マントルの進化を研究するのに適した試料である。希ガスには、始源的な成分と放射壊変による成分が存在する揮発性元素であり、カーボナタイトのソース、つまり地球内部の揮発性物質の起源および特性に対して、制約条件を与えることが可能になる。

試料について

 予備実験の結果より、リン灰石中に大気中の希ガスの汚染を受けていない希ガスが存在することが判明した。カナダ楯状地産(年代:110億年、1030億年、1870億年、2700億年)とブラジル産のカーボナタイト(年代:130億年)を分析に用いた。SrとNdの同位体の研究より、カナダ産のカーボナタイトのマントルソースは、少なくとも、27億年前から閉鎖系(Rb-Sr系、Sm-Nd系)を保ったソースであると考えられる。これは、カナダ楯状地の直下のマントル(大陸直下マントル)が、カーボナタイトのソースであることを示している。一方、ブラジル産のカーボナタイトは、南米大陸とアフリカ大陸が分裂するとき出現しており、地理的にも、年代的にも、同位体的にも、トリスタン・デ・クーニャ・ホットスポットと関係がある。これは、マントルプルームがカーボナタイトの出現に関係しており、カーボナタイトのソースが下部マントルである可能性を示している。本研究では、これらのカーボナタイトの希ガス同位体比組成を比較することにより、カーボナタイトのソースリージョンについて、考察する。希ガスは揮発性元素であり、カーボナタイトの主成分であるマントルの炭素のトレーサーに適していると(少なくとも固体元索であるSrやNdよりも)、考えられる。また、大気の汚染が無視できるHeの同位体分析をカンラン石と輝石を用いて行った。

分析結果

 分析は、段階加熱法を用いて行った。また、年代効果による希ガスの成分の寄与を見積もるために、KとUとThの定量を行った。結果をまとめると、

 (1)大気に比べて過剰な129Xe(約13%)の存在、(2)MORBに比べて低い40Ar/36Ar比(約6200)、(3)大気に比べて重たい希ガスの濃縮(Xe/Ar比で、4倍以上)、(4)始源的なHeの存在、(5)過剰131-136Xe、(6)Neの同位体比異常である。これらの結果は、カナダ産とブラジル産両方のカーボナタイトから得られ、(1)-(4)について差はみえなかった。大気に比べて過剰な129Xe(約13%)とMORBに比べて低い40Ar/36Ar比(約6200)は、リン灰石の同じ温度(1800℃)での抽出成分中にみられた。1800℃でのガスの抽出時、精製ライン中のガス圧が激しく変化した。これは、リン灰石中のフルーイド・インクルージョンが壊れたことを示しており、過剰な129XとMORBに比べて低い40Ar/36Ar比をもつArは、フルーイド・インクルージョン中に含まれていると考えられる。カナダ産のひとつ試料については、Uの自発性核分裂起源の129Xeを一部含んでいる可能性はあるが、他の試料中の過剰な129Xeはすべて、消滅核種129Iを起源とすると考えられる。カーボナタイト中の大気に比べて約13%過剰な129Xeは、今までのマントル起源物質の分析で報告されている最大級の過剰であり、大気汚染を受けていないことを意味しているかもしれない。Kの定量結果と40Arの抽出パターンから判断して、年代効果による40Arの寄与は、1800℃での抽出成分では、無視できると考えられる。始源的なHeは、カンラン石と輝石に見つかった。これは、カーボナタイトがマントル起源である新しい証拠となる。過剰131-136Xeの原因は、試料に含まれるUの自発性核分裂であり、Neの同位体比異常は、資料に含まれるFとOがUの懐変による粒子と反応したのが、原因であると考えられる。

考察

 大気に比べて過剰な129Xeは、消滅核種129I(半減期1700万年)を起源とし、過剰な129Xeの存在は、カーボナタイトのソースが地球形成期の情報を保持していることを示す。大気に比べて過剰な129Xeの存在は、表層から沈み込んでいった揮発性物質だけから、カーボナタイトを生成することは不可能であることを示す。カーボナタイトを構成する揮発性物質(少なくとも希ガス)は始源的であると考えられる。MORBに比べて低い40Ar/36Ar比は、カーボナタイトのソースは、MORBのソースに比べて低いK/Ar比をもつ(ガスリッチ)なソースであることを示している。カーボナタイト中の3He/4He比は、MORBに比べて低いが、これは年代効果と大陸地殻の4Heの汚染のためだと考えられる。カーボナタイトとMORBの40Ar/36Ar比と129Xe/130Xe比をプロットすると(右図)、カーボナタイトのデーターは、MORBのデーターと異なる分布をする。カーボナタイト中に、大気に比べて重たい希ガスが濃縮(Xe/Ar比で、4倍以上で、MORBと同程度)していることから判断して、カーボナタイトの40Ar/36Ar比と129Xe/130Xe比を、MORBのソースのArとXeと大気中のArとXeのミキシングでつくるのは不可能であると考えられる。これは、カーボナタイト中の希ガスのソースとMORB中の希ガスのソースが異なることを示している。カーボナタイトの40Ar/36Ar比は、MORBよりもホットスポットの試料(ハワイのロイヒ海山の玄武岩のサブマリングラス)の40Ar/36Ar比に似ている。また、サモアのマントル捕獲岩の希ガス分析結果から判断して、カーボナタイトの129Xe/130Xe比は、カーボナタイトのマントルプルーム起源を否定するものではない。カナダ産とブラジル産両方のカーボナタイトが、同じ同位体組成のArとXeをもつことは、カナダ産とブラジル産両方のカーボナタイトが共通のマントルソース、あるいは同じ化学分化したマントルソースを持つことを意味している。固体元素(Sr,Nd,Pb)の同位体組成は、カナダ産とブラジル産のカーボナタイトが、異なるマントルソース(カナダ:HIMU、ブラジル:EM1)をもつことを示しているが、27億年前のカナダ産のカーボナタイトとブラジル産のカーボナタイトは、同じマントルソース(EM1)をもつと考えられる。更に、カーボナタイトの地理的、年代的分布をみると、限られた地域から繰り返し出現している。

カーボナタイトとMORB中の40Ar/36Ar比と129Xe/130Xe比

 以上より、ブラジルのカーボナタイトは、1億3000万年前のトリスタン・デ・クーニャ・ホットスポットのマントルブルームによって供給された物質をソースとすると考えられる。カナダのカーボナタイトは、本質的には27億年前のマントルブルームによって供給された物質をソースとし、27億年前以降出現しているカナダのカーボナタイトは、27億年前のマントルブルームによって始源的な揮発性物質を供給され、変質したマントル(年代の経過で、EM1からHIMUに変化)をソースにしていると考えられる。

審査要旨

 本論文は5章からなる。第1章はこれまでの他の研究者による研究の紹介、第2章は実験方法、第3章は研究結果、第4章は結果に基づく考察、第5章は本研究のまとめについて述べられている。

 第1章は、本研究の対象であるカーボナタイトについてその岩石学的特性や成因についての諸説、地球科学的な意義についての紹介がされ、それぞれの問題点などが指摘されている。カーボナタイトは、炭酸塩鉱物を多く含む火成岩であるが、その起源については明らかになっていない点が多い。ストロンチウム、ネオヂウム、鉛同位体比や安定同位体比などからは、カーボナタイトマグマはプレートと共に沈みこんだ堆積物をその源とする説、中央海嶺玄武岩などと同様の源を考える説、海洋島と同様の源と考える説など諸説がある。またカーボナタイトについてこれまで得られている希ガス同位体比はその報告例がかなり限られていることを指摘し、希ガス同位体比をカーボナタイトに適用してそのマグマ源の特性を探ろうとする本研究の意義を強調している。

 第2章では、本研究で用いたカーボナタイト試料についての採取地を含む記載、カーボナタイト中の希ガス同位体比測定についての具体的な実験方法と分析条件、カーボナタイト中のウラン、トリウム、カリウムの放射化分析による実験方法などについて紹介している。

 第3章では、本研究によって得られた個々の分析値について詳細に検討している。本研究ではカナダ及びブラジル産の5箇所のカーボナタイトを試料として用い、それらの噴出年代も27億年前から1億1000万年前までにわたる5種類の時期の試料を用いた。カーボナタイトから分離した燐灰石、かんらん石、輝石、石灰石など合計8種類の鉱物を試料として、He,Ne,Ar,Kr,Xeのすべての希ガス同位体比を測定した。大気中の希ガスによる二次的な汚染を避けるため、段階加熱を行ってその影響を取り除いている。その結果、本研究で用いた各種鉱物の中で、燐灰石のみがカーボナタイト生成時のマグマ源の希ガス同位体比を維持している可能性があることを明らかにした。燐灰石では、用いた5個の試料のうち3個が、カナダとブラジルという異なった場所でしかも異なった時期に噴出したにも係わらず、その40Ar/36Ar及び129Xe/130Xe比の高温段階の成分がそれぞれ約6000、7.3-7.4となり、大気の値の約300、約6.5とは異なる一定の値を示した。燐灰石中にはほとんどカリウムは含まれていないので40Kからの放射性起源同位体40Arの付加はほとんどなく、40Ar/36Ar比はそれらが生成された時期におけるマグマ源の値を示していると考えられる。また129Xe/130Xe比が大気の値より高いのは、地球形成期に存在したと推定されている消滅核種129I(半減期:1700万年)からの壊変生成同位体である129Xeの付加によるためと推定される。このことは、このマグマ源が大気からのXeの影響をほとんど受けていないことを示しており、始源的希ガスを保持している場所であることを示唆している。他の試料は変質や大気からの影響を受けた結果を示し、カーボナタイトのマグマ源の希ガス同位体比の特性を推定するためには不十分な結果しか得られなかった。

 第4章では、カーボナタイト中の燐灰石から得られた40Ar/36Ar及び129Xe/130Xe比の値と、これまでに報告されてきているカーボナタイトに関連した試料の3He/4He比が中央海嶺玄武岩の値より高いことを根拠に、希ガス同位体比からみる限りカーボナタイト中の希ガスを含む揮発性元素はブリューム源から由来しているということを推定している。この際、本研究で見いだされたカーボナタイトに関する希ガス同位体比は:中央海嶺玄武岩のマグマ源物質中の希ガスと海水中の希ガスの混合では説明し難いことを示した。

 第5章は、本研究におけるカーボナタイトに関する希ガス同位体比測定の結果と、それから推定されたカーボナタイトに関する揮発性元素がブリューム源に由来することを結論している。

 上述したように、本研究は希ガス同位体比を用いてカーボナタイトに関する揮発性元素の源が始源的な特性を有するブリューム源と同様であることを初めて明らかにして、その地球科学に対する寄与は大きい。よって本審査委員会委員一同は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。

 なお本研究の一部は、比屋根肇氏、K.Bell氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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