内容要旨 | | 建築物の意匠,景観についての議論は長い歴史を有し,分野として確立している一方で,公共土木構造物の景観については近年,議論が盛んになりつつあるが,まだ批評風土が確立しているとはいい難い.公共土木構造物は一般に大きく,地域の環境,特に景観環境に与える影響が大きく,園評価手法の確立は重要な課題である.本論文は,建築意匠の分析法を公共土木構造物に応用し,公共土木構造物の設計に内在する問題点を明らかにし,今後の方向性について調査分析を行ったものである. 本論文は六章より構成されている. まず第一章において,本研究の背景と動機,重要性を述べている. 第二章においては建築設計における主義の変化と構造工学への影響を歴史的な立場から報告している.また,建築物と土木構造物工業製品との関連性,ならびに相互間の影響を論じている. 第三章では日本特有の美観,景観の評価尺度を自然,あいまいさ,をキーワードとして論じている. 第四章では建築物,工業製品,橋梁設計の設計プロセスを対比して議論し,各々の3分野製品のデザインに及ぼす影響を議論している. 第五章では最近の我国の橋梁設計をそのプロセスの違いから橋梁技術者主導型,建築家主導型,インダストリアルデザイナー主導型の3つに分け,各々の特徴をケーススタディ研究としてとりまとめている.日本の橋梁は外国の影響を強く受けながらも,その独自性を追求し,日本の美意識に基づいた’日本型’の設計が現れはじめていることを指摘している. |
審査要旨 | | 本論文は「日本における橋梁デザインの景観設計思想」と題して我国の橋梁を建築論的な視点から論じたものである. 橋梁は構造の効率性,安全性,経済性の他に最近では景観の要素が重要視されている.この中で土木工学の分野では景観については視覚的な立場から論じられる傾向が依然として強い.ここでは橋梁を建築物の1つとして捉え,また「景観」をより広く解釈し,設計思想の表現としてとらえる立場をとっている.本論文はヨーロッパ人である著者から我国の橋梁を見たとき,我が国の文化の影響で欧米の橋梁とは明らかに異なる何か,すなわち「日本らしさ」が感じられたことがそもそもの出発点になっており,我国の橋梁の「日本らしさ」を明らかにすることを目的としている. 論文において第1章では,上述したような論文の立場,目的を述べている.第2章では,建築思想,スタイルを分類し,その立場から我国の橋梁において建築的思想がどのように影響を及ぼしてきたかと例をあげながら論述している.第3章では日本的景観の特徴を分析し,「単純さと複雑さという2つの矛盾の内在」「あいまいさ」「自然との調和」「シンボル性の表示」などが擧げられることを指摘している.第4章では日本における建築物,工業製品,橋梁における設計過程の特徴,外国との違いを述べ,それが最終的な形,形態,デザインに及ぼしている影響を論じている.5章では,建築思想,スタイルの面から我国の代表的現代橋梁を分析している.まず,最近の橋梁の設計が構造主導型,建築主導型,インダストリアルデザイン主導型の3つに分類できることを示し,おのおのについて数例をとりあげ,設計コンセプト,スタイル,イデオロギーの3点から特徴を論じている. とりあげた橋梁は櫃石,岩黒島橋,かつしかハープ橋,広場の森の橋,羽田スカイアーチ橋,Bridge of R,長池見附橋,Japan Bridge,牛深橋,火の橋,たいこう橋であり適宜,対応する建築物と対比の中で,議論を進めている. このように1つ1つの橋梁について,建築論的立場から分析,批評することは土木構造物については従来ほとんど行われていなかったことであり,新鮮なアプローチといえる. これらの橋梁を含む数多くの我国の橋梁の景観的共通性を分析し,「橋梁における日本らしさ」として共存性(symbiosis),あいまいさ(ambiguify),シンボル性(symbolism),装飾性(make-up),スタイル主義(stylization),はかなさ(ephemerality)構造表現主義(structural expressionism)が擧げられることを主張している. 本論文は,建築学を修めた著者が,建築学的な手法と視点から我国の橋梁を個別的に分析し,また,その中から「日本らしさ」の抽出を試みている.橋梁の景観分析が,これまで視覚心理の立場から行われることの多かった中で,著者のとった方法は設計思想の立場に立脚するものであり,そこに新鮮さがある.また,このような建築学的な方法の分析を用いることが1つ1つの橋梁の景観設計の立場を明らかにしうるという意味でも橋梁デザイナーに参考になると思われる. 以上のように,本論文は今後ますます重要となる橋梁の景観設計に対し,その1つの手法を提示し,有用性を示しているという点で貢献が大きい. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |