学位論文要旨



No 111477
著者(漢字) 黄木,景二
著者(英字)
著者(カナ) オウギ,ケイジ
標題(和) CFRP複合材料の非線形変形挙動に及ぼす温度・湿度・ひずみ速度効果
標題(洋)
報告番号 111477
報告番号 甲11477
学位授与日 1995.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3495号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨

 炭素繊維強化プラスチック(CFRP、Carbon Fiber Reinforced Plastics)複合材料は、航空宇宙分野を始め、様々な産業で実用化されている。CFRPは従来の金属材料と比べてより高い比強度と比剛性を有するため、高強度・軽量化を目標とする航空機構造などにこれまで使用されてきた。繊維を一方向に配向して強化した一方向CFRP単層板は、巨視的には直交異方性体とみなすことができるため、その巨視的弾性特性は、直交異方性弾性体の理論として確立されている。また、積層板の弾性理論は、平面応力状態を仮定した古典積層理論を始め、系統的に理論が展開されてきた。一方、CRFPの損傷進展や強度予測に関する研究も、shear lag解析を中心に破壊力学的手法により精力的な研究がなされてきた。

 以上に述べた単層板や積層板の変形・破壊の力学は、繊維、マトリックスともに弾性変形を仮定している。しかしながら、単層板あるいは積層板の応力-歪応答を議論するためには、弾性特性だけでは不十分である。一般に、非主軸方向の応力-歪特性は非線形性を示すことが知られている。単層板を色々な方向に配向した積層板の応力-歪挙動の解明には、この非線形性を考慮することが必要となる。

 繊維強化複合材料の非線形引張変形挙動に関する従来の研究は、非時間依存モデルと時間依存モデルの二つに大別される。このうち、非時間依存モデルは、非線形弾性モデル、歪増分理論による弾塑性モデル、損傷力学モデルに分類される。これら従来の研究において、以下の事柄が十分に解明されていない。すなわち、(1)非線形性が、非線形弾性、塑性、粘性、あるいはその組み合わせの、どのメカニズムに起因するのか、(2)横-剪断のカップリングが非線形変形に与える効果、(3)温湿環境下における非線形変形挙動、(4)異方性パラメータの変化。以上4つの問題点を解明することを本研究の目的とした。

 本研究では、非線形引張変形挙動を記述するため、非線形弾性理論と塑性理論を基礎として定式化を行った。本モデルは、粘性を考えないため、非時間依存弾塑性モデルであり、また、塑性変形において、等方硬化と異方硬化を考慮した。

 以上の点を踏まえて、本論文の各章では、次のような内容を論じた。

 第2章では、非線形弾性理論と歪増分理論の両方を基にした弾塑性モデルを構築した。コンプリメンタリエネルギから増分形の弾性構成方程式を求め、塑性ポテンシャルから増分形の塑性構成方程式を求めた。弾性変形・塑性変形ともに、横方向、剪断方向の非線形性に加え、横-剪断カップリングを考慮した。また、2パラメータ塑性ポテンシャル(モデルA)、及び、1パラメータ塑性ポテンシャルを用いて、塑性構成方程式を導出した。特に、1パラメータ塑性ポテンシャルを用いる場合、異方性パラメータが変化する場合(異方硬化、モデルB)と一定の場合(等方硬化、モデルC)について定式化を行った。

 第3章では、弾性係数と塑性パラメータを求める方法を述べた。主軸引張試験より、弾性係数を求め、非主軸引張試験より、塑性パラメータを求める手順を述べた。特に、2章のモデルに対応して、[45°]試験片を用いて、横-剪断カップリングによる非線形性を調べた。さらに、モデルA、及び、モデルBとモデルCについて、相当応力と相当塑性歪を導出し、非主軸引張応力-引張歪関係式を求めた。また、引張試験片作成上の注意について述べた。

 第4章では、CF/Epoxy試験片を用いて、温度が非線形応力-歪挙動に及ぼす影響を調べた。第3章の手法に基づき、温度の変化による弾性係数と塑性パラメータの変化を求めた。

 第5章では、湿度が非線形応力-歪挙動に及ぼす影響を調べた。1次元吸湿モデルを用いて、吸湿率を計算し、弾性係数と塑性パラメータの変化を吸湿率の関数として求めた。

 第6章では、負荷速度が非線形応力-歪挙動に及ぼす影響を調べた。荷重速度一定と歪速度一定の試験を行い、負荷速度の変化による弾性係数と塑性パラメータの変化を調べた。特に相当塑性歪速度に着目して議論した。

 なお、第4章、第5章において、2章で導出した2つの塑性モデル(モデルB、C)とSun and Chenのモデルについて比較検討を行った。第6章においては、3つの塑性モデル(モデルA、B、C)とSun and Chenのモデルの比較を行った。

 第7章において、全体を総括して、結論を述べた。

 次に、各章の結果と結論をここにまとめる。

 第2章では、モデルA、及び、モデルBに対し、それぞれ次式の塑性構成方程式を導出した。

 

 ここで、異方性パラメータ変化の効果は、関数に含まれ、特に=1の時、異方性パラメータは一定(モデルC)である。

 第3章では、弾性係数と各塑性モデルにおける塑性パラメータを実験によって具体的に決定する方法を示すことができた。但し、モデルBでは、相当塑性歪を計算するために、数値積分を行う必要がある。

 第4章では、温度が非線形変形挙動に及ぼす影響を調べるとともに、各方向の非線形性を非線形弾性変形と塑性変形の両方により説明した。非線形弾性は剪断方向の非線形変形にわずかに含まれるが、横方向、剪断方向、及び、横-剪断カップリング方向の非線形変形の大部分は、塑性変形に起因することが確かめられた。結果的にHahn and Tsaiのモデルと同様に以下の弾性構成方程式が得られた。

 

 また、温度上昇により、横方向、剪断方向のコンプライアンスは増加し、塑性パラメータも大きく変化する。特に、異方性パラメータの低下率、硬化指数1/mは温度上昇に伴い、増大する。

 第5章では、吸湿量が非線形変形挙動に及ぼす影響を調べた。吸湿率増加が弾性係数と塑性パラメータに与える効果は、温度上昇による効果とほぼ同様に、横方向、剪断方向のコンプライアンスの増加と、塑性パラメータの変化に現れる。特に、吸湿率が0.3%の場合の硬化指数1/mは、吸湿率0%の場合の約2倍になる。

 第6章では、負荷速度が非線形変形挙動に及ぼす影響を調べた。初期相当塑性歪速度が同じであれば、単一の相当応力-相当塑性歪関係が得られるという仮定の下に、塑性パラメータを決定し、実験結果とほぼ一致する結果を得た。歪速度の増加により、横方向、剪断方向のコンプライアンスは低下するが、塑性パラメータの変化は、温度、吸湿量の効果と異なる。即ち、異方性パラメータの低下率、及び、硬化指数1/mは歪速度にほとんど依存しない。また、モデルAを用いて、実験結果とほぼ良い一致を得ることができた。

 以上を総括して、本研究で得られた知見を述べる。

 (1)繊維方向は線形弾性変形をする。横方向は、線形弾性変形後、塑性による非線形性を示す。剪断方向には、わずかに非線形弾性変形を生ずるが、塑性による非線形変形が主である。横-剪断方向には、降伏後、塑性変形による横応力と剪断応力の非線形カップリングがみられる。

 (2)温度・吸湿率・負荷速度の影響は、横方向と剪断方向の弾性係数の変化と、相当応力-相当塑性歪曲線(異方性パラメータ、硬化指数)の変化に現れ、繊維方向の特性に変化を及ぼさない。異方性パラメータの変化率は、温度、吸湿率が高いほど大きいが、歪速度にはあまり依存しない。

 (3)モデルBを用いると、従来の異方性パラメータが一定の塑性モデル(Sun and Chenのモデル)と比較して、よりよい実験結果との一致が得られる。モデルBから得られた引張応力-歪線図は、Sun and Chenのモデルから得られた曲線より、塑性変形領域において下方にあり、大きな塑性歪において実験値との一致がよい。また、モデルAの場合、2つの異方性パラメータを実験により正しく評価する事が必要である。

 以上の知見が得られたことにより、実際の使用条件に対応する様々な温湿環境下、並びに、負荷速度におけるCFRP複合材料の引張変形挙動が明らかにされた。本研究は、CFRPを構造物として使用する上で必要となる基礎的設計データを与えるものであり、工学上の意義があると考えられる。

審査要旨

 修士(工学)黄木景二提出の論文は、「CFRP複合材料の非線形変形挙動に及ぼす温度・湿度・ひずみ速度効果」と題し、7章よりなる。炭素繊維強化プラスチック(CFRP)複合材料は、高い比強度と比剛性を有するため、航空宇宙機構造などに使用されつつある。CFRP単層板、および、積層板の弾性特性に関しては、直交異方性弾性体の理論や古典積層理論などの理論が展開されてきた。しかし、非主軸方向の応力-ひずみ特性は非線形性を示すことが知られており、単層板を様々な方向に配向した積層板の応力-ひずみ挙動の解明には、この非線形性を考慮することが必要となる。本論文では、CFRP単層板の非線形引張変形挙動を記述するため、非線形弾性理論と塑性理論を基礎として弾塑性構成方程式を導出している。とくに、塑性変形においては、等方硬化と異方硬化の両方について定式化を行っている。次に、CFRP試験片の引張試験を行い、非線形変形挙動に及ぼす温度・湿度・ひずみ速度の影響を実験的に明らかにするともに、理論の有効性を明らかにしている。

 第1章「序論」では、本研究の背景、従来のCFRP複合材料の非線形変形挙動に関する研究の動向を総括し、問題点を指摘した後、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章「CFRP単層板の弾塑性モデル」では、非線形弾性理論とひずみ増分理論の両方を基にした弾塑性モデルを構築している。コンプリメンタリエネルギから増分形の弾性構成方程式を求め、塑性ポテンシャルから増分形の塑性構成方程式を求めている。弾性変形・塑性変形ともに、横方向、剪断方向の非線形性に加え、横-剪断カップリングを考慮している。また、2パラメータ塑性ポテンシャル(モデルA)、および、1パラメータ塑性ポテンシャルを用いて、塑性構成方程式を導出している。とくに、1パラメータ塑性ポテンシャルを用いる場合、異方性パラメータが変化する場合(異方硬化、モデルB)と一定の場合(等方硬化、モデルC)について定式化を行っている。その結果、異方効果を表す関数を導入することにより、各モデルとも同じ形式の塑性構成方程式が得られる。

 第3章「弾塑性係数の決定」では、弾性係数と塑性パラメータを求める方法を述べている。主軸引張試験より、弾性係数を求め、非主軸引張試験より、塑性パラメータを求める。とくに、第2章のモデルに対応して、45°試験片を用いて、横-剪断カップリングによる非線形性を調べる方法を示している。さらに、3つのモデル各々について、相当応力と相当塑性ひずみを導出し、非主軸引張応力-引張ひずみ関係式を求めている。

 第4章「温度が非線形引張変形挙動に及ぼす影響」では、CF/Epoxy試験片を用いて、温度が非線形応力-ひずみ挙動に及ぼす影響を調べている。第3章の手法に基づき、温度の変化による弾性係数と塑性パラメータの変化を求め、各方向の非線形性を非線形弾性変形と塑性変形の両方により説明している。すなわち、非線形弾性は剪断方向の非線形変形にわずかに含まれるが、横方向、剪断方向、および、横-剪断カップリング方向の非線形変形の大部分は、塑性変形に起因することを示している。また、温度上昇により、横方向、剪断方向のコンプライアンスは増加し、塑性パラメータも大きく変化する。とくに、温度上昇に伴い、異方性パラメータの低下率、硬化指数は増大することが明らかにされている。

 第5章「吸湿量が非線形引張変形挙動に及ぼす影響」では、湿度(吸湿量)が非線形応力-ひずみ挙動に及ぼす影響を調べている。1次元吸湿モデルを用いて、吸湿率を計算し、弾性係数と塑性パラメータの変化を吸湿率の関数として求めている。吸湿率増加が弾性係数と塑性パラメータに与える効果は、温度上昇による効果とほぼ同様に、横方向、剪断方向のコンプライアンスの増加と、塑性パラメータの変化に現れる。とくに、吸湿率が0.3%の場合の硬化指数は、吸湿率0%の場合の約2倍になることが実験的に示されている。

 第6章「負荷速度が非線形引張変形挙動に及ぼす影響」では、負荷速度が非線形応力-ひずみ挙動に及ぼす影響を調べている。荷重速度一定とひずみ速度一定の試験を行い、負荷速度の変化による弾性係数と塑性パラメータの変化を調べている。とくに相当塑性ひずみ速度に着目し、初期相当塑性ひずみ速度が同じであれば、単一の相当応力-相当塑性ひずみ関係が得られるという仮定の下に、塑性パラメータを決定し、実験結果とほぼ一致する結果を得ている。ひずみ速度の増加により、横方向、剪断方向のコンプライアンスは低下するが、塑性パラメータの変化は、温度、吸湿量の効果とは異なる。すなわち、異方性パラメータの低下率、および、硬化指数はひずみ速度にほとんど依存しない。また、モデルAを用いた理論により、実験結果をほぼ説明できることが示されている。

 第7章は「結論」であり、全体を総括して、結論を述べている。

 以上を要するに、本論文は非線形弾性理論とひずみ増分理論に基づく弾塑性構成モデルを構築することにより、CFRP複合材料の非線形引張変形挙動を理論的に記述するとともに、実際の使用条件に対応する様々な温湿環境下、並びに、負荷速度下における非線形引張変形挙動を実験的に明らかにし、理論の有効性を示したものであり、複合材料工学、航空宇宙工学上寄与することが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54489