学位論文要旨



No 111478
著者(漢字) アルティンタシュ,オヌル
著者(英字) Altinatas, ONur
著者(カナ) アルティンタシュ,オヌル
標題(和) 大容量データ転送におけるエンド・ツ.エンド.スループットの改善に関する研究
標題(洋) A Study for Improving End-To-End Throughput for Bulk Data Transfers
報告番号 111478
報告番号 甲11478
学位授与日 1995.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3496号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,忠夫
 東京大学 教授 羽島,光俊
 東京大学 教授 濱田,喬
 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 助教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨

 近年、高速ネットワーク技術の分野では、光通信や交換技術の発展によってGbpsクラスの伝送速度が実現可能になった。このような高速ネットワークに対してTCP/IPやISO/OSIのような既存のプロトコルが適用できるかどうか、の議論が情報通信関係の研究者の間で活発になされている。一般的には、これらのプロトコルは複雑であることから将来のネットワークには適していないと考えられている。すでにエンドシステムで扱う情報量が伝送速度の高速化に追い付かなくなりつつあるからである。従って、コンピュータが広帯域のリンクに接続されても、そのコンピュータによってアクセスできる真の伝送帯域はネットワークアダプタ、パケット処理、そしてハードウェアやソフトウェアのボトルネックによって減少してしまうことが予想される。

 本研究では、まず最初に大容量データ転送におけるTCP/IPの実測による性能評価、およびシステム・チューニングの結果について示す。続いて、エラー制御を上位層に移動させることについて議論するとともに、上位層でのパケットの損失や順序誤りに対する制御を行なう提案プロトコルについての簡単な解析による評価結果を示す。また、ファイル転送のためのこのプロトコルのプロトタイプの実装を行ない、その結果を示す。さらに、提案プロトコルの性能特性をOPNETを用いたシミュレーションによって評価する。

 最初にプロトコルはトランスポートプロトコルとしてTCPを用いてSunOS4.1.3上で作成、評価、チューニングが行なわれ、エンドシステムとして2台のSun Sparc Station(1および10)とDEC5380を用いた。実験としては、まずはじめにスループットに対するソケットバッファの大きさの影響を測定した。この実験により、送信側のソケットバッファが受信側よりもわずかに大きいときにスループットが高くなる結果が得られた。続いて受信側のデータ受信時間(データ読み出し)と送信側のデータ書き込み時間を測定した。その結果、平均データ書き込み時間はバッファサイズによって変わることが分かった。さらに、同じ測定をネットワーク上にバックグランドの負荷を発生させながら行なった。この実験の主要な結果の概要を図1に示す。

図1 Transfer rates for different combinations of buffer sizes

 これまでのネットワークの発展経緯を振り返ると、コンピュータ業務に携わる人々が1つのプロトコルソフトウェアをセットアップすることにより、すべてのアプリケーションプログラムが使用できるような汎用目的のプロトコルが提供されてきた。

 このような汎用目的のプロトコルによって、アプリケーション・プログラムと(通常非常に数多くの)ネットワークに依存する部分を分離することができ、ネットワーク依存部をアプリケーションプログラムから分離してその部分をユーザから隠すことによって、下位層に依存せずにアプリケーションのプログラミングを行なうことができるようになる。だが、それが最も有効な方法であるわけではない。

 本研究では、このアプローチに対して疑問を提起するとともに、アプリケーション層でエラー制御を行なうことを提案する。現在、アプリケーション層はパケット損失や順序誤りのためにリアルタイムで動き続けることができないが、これはパケット損失や順序誤りに対する制御をアプリケーションが全く行なっていないことに起因している。一方、TCPなどの下位層のプロトコルでは、アプリケーションに伝送誤りなしのいわゆるdean data提供しており、もし1つでもパケットが損失した場合にはアプリケーションを停止してしまう。しかしながら、たとえパケット損失が生じたとしても、いくつかの処理は実行を継続できるはずである。

 これに対処するために、本稿ではALERT(Application Layer Error Recovery Tool)と呼ぶプロトコルを提案し、その性能を評価する。ALERTはディスクなどのランダムアクセス装置間の大容量データ転送のためのエラー回復プロトコルである。ALERTは送信された順序で受信されることを保証していない。というのもランダムアクセス装置の性質を利用することにより順序の保証は不要となるためである。ALERTでは送信データは送信側のアプリケーション層でAFと呼ぶフレームに分けられて送信される。このAFを受け取った受信側のALERTは、受信した各AFにビットエラー、フレーム損失もしくは順序誤りがないかをチェックする。そして、AFG(AF Group)と呼ぶ仮想データサイズ分のAFを受信した後に、送信側に損失の生じたフレームのシーケンス番号をレポートとして通知する。フロー制御は通信の最初に通信レートの交渉をすることによって実現される。ALERTを下位層でスライディングウィンドウ制御を行なう従来のプロトコルと比較した結果を図2に示す。図2では、エラーなしのデータ転送における平均時間を測定している。

図2 Packet error rate vs.average transmission time

 次に、ファイル転送における提案プロトコルの実装を行なった。プロトタイプ実装と実験のプラットフォームとしてはSolaris2.3を用い、実装および評価はATM-LAN(ForeRunnerTMSBA ATM SBusアダプタおよびFujitsu E-7550 AS ATMスイッチ)上で行なった。また、本実験で使ったエンドシステムは2台のSun SparcStation 20であり、トランスポートプロトコルとしてUDPを用いた。本実験のデータの流れはALERT->UDP->IP->AAL5->156Mbps SONET/SDH->単一モード光ファイバとなっている。

 本実験の測定結果を図3および図4に示すが、シミュレーション結果もこれらの結果とよく一致している。

図表図3 Receiver throughput vs AFG Size / 図4 Receiver throughput vs Sender Rate
審査要旨

 本論文は "A Study for Improving End-To-End Throughput for Bulk Data Transfers"(大容量データ転送におけるエンド・ツ・エンド・スループットの改善に関する研究)と題し、英文で記載され、全8章から成っている。

 第1章は序論であり、回線の高速化によって可能になりつつあるGb/sの速度によるディジタル伝送においては、それを利用する両端のコンピュータのハードウェア、ソフトウェア全体の能力が伝送速度を制限する要因になることを示し、これを解決するための手段が必要であることを述べている。従来下位層プロトコルの改善について多くの研究が行なわれて来たが、それでは不充分であり、アプリケーションを考慮したプロトコルの検討が必要であるとして、本論文で主として研究するALERT(Application LayerError Recovery Tools)の必要性を示している。 これと共に第1章では論文全体の構成を明らかにしている。

 第2章ではプロトコルアーキテクチャと性能の関係について従来のプロトコルの考え方を整理している。従来コンピュータネットワークのプロトコルとして確立しているOSIにおいても、TCP/IPにおいても下位層プロトコルとしては4層の構造がとられ、各層は相互に独立している。また下位層プロトコルはアプリケーションにかかわらず動作する。アプリケーションに依存しない汎用の単一の下位層プロトコルの存在は好ましいことであるが、その考え方と高速化の追及の間には矛盾が存在し得ることが述べられている。

 第3章ではTCPによるバルクデータ転送の実験的性能評価とチューニングについて述べている。これはALERTに先立って行なわれた予備的実験であり、従来のUNIX上のTCPプロトコルの性能チューニングに関するものである。通信する二つのコンピュー夕はイーサネットによって接続され、両端間の伝送速度を10Mb/sに近付けることが問題になる。チューニングの対象は主として送受信のバッファの大きさである。この章では送受信でバッファの大きさを等しくとる場合と等しくない場合について実験的に性能が求められている。 バッファサイズが送受で等しい場合には、バッファサイズが20Kバイト程度で性能は飽和するが、送信バッファサイズを受信バッファサイズの1.2倍程度にするとさらに良い性能が得られることが示されている。

 第4章ではALERTのプロトコルについて述べている。ALERTではトランスポートプロトコルでレート制御によってフロー制御を行ない、誤り制御はアプリケーション層で行なう。アプリケーションフレームには32ビットのシーケンス番号と誤り制御情報を持つ。このフレームはアプリケーションフレームグループとして連続して伝送される。受信側ではファイル転送の場合には、正しく受信されたフレームはそのままディスクに書き込み、誤ったフレームあるいは到着しなかったフレームの番号をAFGIとして送信側に返送して再送を要求する。

 第5章ではALERTの性能解析を述べている。この章では従来の下位層でのゴーバックNとALERTの性能を理論的に解析し、ALERTは低誤り率で、長距離の高速伝送の場合有効なプロトコルになることを示している。

 第6章ではファイル転送のためのALERTのプロトタイブの実装について述べている。2台の高性能ワークステーションをATM交換機を通して156Mb/sの速度で接続し、TCPあるいはUDPを通してファイル転送を行なうシステムが実装された。UDPはALERTのトランスポート層の近似となっている。転送はメモリー間転送として実装されており、ディスク入出力の性能に影響を受けずにプロトコルの性能が評価できるようになっている。種々の伝送速度によって実験し、TCPに比べALERTの性能がすぐれていることを示している。ALERTでは85Mb/sまでのファイル転送が実現されている。

 第7章ではシミュレーションによるALERTの性能評価について述べている。シミュレーションでは、TCPによる誤り制御とALERTによる誤り制御を各種の条件の下に比較している。伝送路の速度を100Mb/sとした場合でも、誤り率、伝送遅延等が増大するとTCP/IPでは性能は大幅に低下するが、ALERTの場合は高い性能を保つことができる。

 第8章ではALERTのマルチメディアへの応用について述べている。 マルチメディア通信の環境では情報の量、リアルタイム性等によって多様な通信への要求が存在するが、マルチメディアオブジェクトに対応してアプリケーションフレームを定義して、ALERTを適用できることを述べている。

 第9章は結論であり、論文をとりまとめている。

 以上本論文は高速伝送路を通して大容量の伝送を行なう場合の情報内容に対応した通信制御の新規な考え方を提示し、理論および実験によってその効果を明らかにしたものであって電子情報工学上貢献する所が少くない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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