本論文は "A Study for Improving End-To-End Throughput for Bulk Data Transfers"(大容量データ転送におけるエンド・ツ・エンド・スループットの改善に関する研究)と題し、英文で記載され、全8章から成っている。 第1章は序論であり、回線の高速化によって可能になりつつあるGb/sの速度によるディジタル伝送においては、それを利用する両端のコンピュータのハードウェア、ソフトウェア全体の能力が伝送速度を制限する要因になることを示し、これを解決するための手段が必要であることを述べている。従来下位層プロトコルの改善について多くの研究が行なわれて来たが、それでは不充分であり、アプリケーションを考慮したプロトコルの検討が必要であるとして、本論文で主として研究するALERT(Application LayerError Recovery Tools)の必要性を示している。 これと共に第1章では論文全体の構成を明らかにしている。 第2章ではプロトコルアーキテクチャと性能の関係について従来のプロトコルの考え方を整理している。従来コンピュータネットワークのプロトコルとして確立しているOSIにおいても、TCP/IPにおいても下位層プロトコルとしては4層の構造がとられ、各層は相互に独立している。また下位層プロトコルはアプリケーションにかかわらず動作する。アプリケーションに依存しない汎用の単一の下位層プロトコルの存在は好ましいことであるが、その考え方と高速化の追及の間には矛盾が存在し得ることが述べられている。 第3章ではTCPによるバルクデータ転送の実験的性能評価とチューニングについて述べている。これはALERTに先立って行なわれた予備的実験であり、従来のUNIX上のTCPプロトコルの性能チューニングに関するものである。通信する二つのコンピュー夕はイーサネットによって接続され、両端間の伝送速度を10Mb/sに近付けることが問題になる。チューニングの対象は主として送受信のバッファの大きさである。この章では送受信でバッファの大きさを等しくとる場合と等しくない場合について実験的に性能が求められている。 バッファサイズが送受で等しい場合には、バッファサイズが20Kバイト程度で性能は飽和するが、送信バッファサイズを受信バッファサイズの1.2倍程度にするとさらに良い性能が得られることが示されている。 第4章ではALERTのプロトコルについて述べている。ALERTではトランスポートプロトコルでレート制御によってフロー制御を行ない、誤り制御はアプリケーション層で行なう。アプリケーションフレームには32ビットのシーケンス番号と誤り制御情報を持つ。このフレームはアプリケーションフレームグループとして連続して伝送される。受信側ではファイル転送の場合には、正しく受信されたフレームはそのままディスクに書き込み、誤ったフレームあるいは到着しなかったフレームの番号をAFGIとして送信側に返送して再送を要求する。 第5章ではALERTの性能解析を述べている。この章では従来の下位層でのゴーバックNとALERTの性能を理論的に解析し、ALERTは低誤り率で、長距離の高速伝送の場合有効なプロトコルになることを示している。 第6章ではファイル転送のためのALERTのプロトタイブの実装について述べている。2台の高性能ワークステーションをATM交換機を通して156Mb/sの速度で接続し、TCPあるいはUDPを通してファイル転送を行なうシステムが実装された。UDPはALERTのトランスポート層の近似となっている。転送はメモリー間転送として実装されており、ディスク入出力の性能に影響を受けずにプロトコルの性能が評価できるようになっている。種々の伝送速度によって実験し、TCPに比べALERTの性能がすぐれていることを示している。ALERTでは85Mb/sまでのファイル転送が実現されている。 第7章ではシミュレーションによるALERTの性能評価について述べている。シミュレーションでは、TCPによる誤り制御とALERTによる誤り制御を各種の条件の下に比較している。伝送路の速度を100Mb/sとした場合でも、誤り率、伝送遅延等が増大するとTCP/IPでは性能は大幅に低下するが、ALERTの場合は高い性能を保つことができる。 第8章ではALERTのマルチメディアへの応用について述べている。 マルチメディア通信の環境では情報の量、リアルタイム性等によって多様な通信への要求が存在するが、マルチメディアオブジェクトに対応してアプリケーションフレームを定義して、ALERTを適用できることを述べている。 第9章は結論であり、論文をとりまとめている。 以上本論文は高速伝送路を通して大容量の伝送を行なう場合の情報内容に対応した通信制御の新規な考え方を提示し、理論および実験によってその効果を明らかにしたものであって電子情報工学上貢献する所が少くない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |