現行の航空管制システム(ATC:Air Traffic Control)では航空需要の増加に対応できず、最繁時には航空交通量が航空路及びターミナル管制機関の管制処理能力を超え、交通の遅延や混乱の発生が懸念される。このような状況下において、航空交通の円滑な流れを確保するためには、全国的な視野で交通状況及び空域の運用状況を一元的に把握し、将来の交通状況の予測を行い、短時間内に空港へ過度の航空交通の集中を防止する航空交通流の管理が必要である。航空交通流管理(ATFM:Air Traffic Flow Management)は開発中の分野であり、円滑な効率の良い航空交通流に向けての具体的な管理手法が望まれている。 このような管理手法の中で最も有望視されているのが出発規制(Departure Regulation or GHP:Ground Holding Policy)である。即ち、出発空港において離陸要請機の離陸を規制し、地上待機により飛行遅延時間(空中待機時間)をできるだけ少なくするものである。なお、出発規制を行った場合には、旅行時間(着陸時刻と離陸要請を出す時刻の差であり、地上待機時間も空中待機時間も含まれる)は当然のことながら増加する。 従来の出発規制手法の研究は、離陸要請機数、到着機数、空港の容量などをあらかじめモデル化して定常的な交通流に対する出発規制を行う手法が検討されていた。しかし、これらの手法は統計的な視点から交通流管理を行うものであるため、現実の状況に対して適応的に交通流管理とは言えない。 本論文は、これに対して、出発機が受けるであろう飛行遅延を現実の交通状況に基づいて予測し、ここで得られた飛行遅延の予測値に基づいて出発規制を行う手法について検討を進めている。飛行遅延の予測は、レーダから得られるエンルート上の各航空機の位置、目的ターミナル領域の現在の状況、離陸機が希望する離陸予定時刻などの飛行計画の情報などを積極的に利用することで実時間で航空交通流管理を行っている。すなわち、 ・全ての情報を把握した上で厳密な予測手法に基づいての実時間航空交通流管理(I)の出発規制を行う手法 ・レーダ情報とターミナル空域にある航空機の数を把握した上で、簡易化した高速処理が可能な予測手法に基づいての実時間航空交通流管理(II)の出発規制を行う手法 を提案している。以下、具体的に紹介する。 第2章では、航空管制と航空交通流管理の関係、航空交通流管理の研究に使用してきたモデル、以下の各章に使われる数式について述べる。航空交通流を図1のように出発ターミナル空域、エンルート空域(航空路)、目的ターミナル空域とに分けてモデル化する。このモデルに基づいて航空交通流を計算機上に構築し、出発規制の効果を検証する。巨視的なモデルであるが、出発規制の効果を確認するのに充分な要素を含むモデルであると考えている。 第3章では、実時間航空交通流管理手法(I)を提案し、数式の証明、シミュレーションを行った。具体的には、出発規制を効果的に行うため、出発機が受けるであろう飛行遅延を現時点での航空交通流の状況から精度良く予測することが望ましい。出発機の遅延の予測を行うに際して、以下の情報を利用する。 1.レーダ情報から得られるエンルート上の各航空機の位置情報 2.飛行計画から推定される各航空機の巡航速度 3.ホールディング中の航空機数 4.目的ターミナル空域内の航空機の数と着陸予定時刻 ここで、各航空機の現実の飛行速度は推定される速度の囲りにある確率密度関数にしたがう値を採るものとする。即ち、飛行速度には誤差が含まれるものとする。実運航においては目的ターミナルまでの所要時間の変動は避けられないが、これを速度誤差としてまとめて取り扱うのである。 これらの情報が得られれば、図1の航空交通流モデルのもとで出発機が受けるであろう飛行遅延を求めることができる。飛行速度を確率密度関数としてモデル化しているため、各航空機の目的ターミナルへの到着時刻は確率変数として求めることができる。したがって、畳み込み積分を繰り返すことで、飛行遅延時間期待値と飛行遅延発生確率とを求めることができる。 図1:航空交通流管理のモデル ここで得られた飛行遅延時間期待値や飛行遅延発生確率などの遅延に関するパラメータを用いることで出発規制を行うことができる。出発規制の主目的は航空機の飛行遅延を抑えることにある。そこで、出発規制の効果の評価は、実際の飛行に際して生じる遅延時間をもって行う。但し、出発規制により旅行時間(飛行遅延時間+地上待機時間)が過大となる手法は望ましくないため、評価の際には旅行時間も考慮する必要がある。具体的な出発規制法として、飛行遅延時間期待値(あるいは、ホールディング時間)がEW秒以上となる場合と、飛行遅延発生する確率(あるいは、ホールディング発生する確率)がPW以上となる場合に出発規制を発動したシミュレーションの結果を示した。シミュレーションの結果により、この手法が充分に円滑な交通流を作り出す機能を持つことが分かる。 第3章で示した飛行遅延の予測手法は高精度であるが、畳み込み積分に要する計算量が多い、また、目的ターミナルに進入した航空機の着陸時刻を把握することは難しいという欠点を有する。第4章の実時間航空交通流管理手法(II)で示す手法は、計算量の低減を図りながらも、予測精度の劣化を最小限に抑えることを目的とした手法である。 出発機が受けるであろう遅延を予測するにあたって、以下の情報を利用する。 1.レーダ情報から得られるエンルート上の各航空機の位置情報 2.飛行計画から得られる各航空機の巡航速度 3.ホールディング中の航空機数 4.目的ターミナル空域内に存在する航空機数 交通流管理(I)との相違点は4.の目的ターミナル空域に関する情報である。 飛行遅延の予測にあたって最短進入時間Sに着目する。目的ターミナル空域内に存在する進入機の位置情報が不明であっても、時間Sの間には最大M機、最小1機は着陸できるということを利用するためである。すなわち、着陸に要する時間は目的ターミナル空域内の航空機存在状況によって大幅に異なるが、それを「楽観的」状態、「中間的」状態、「悲観的」状態の代表的な3状態として求める。ここで、「楽観的」状態とは最も短い時間で目的ターミナル空域内の航空機が着陸できるような状況のこと、「中間的」状態とは目的ターミナル空域内に航空機が均等に分布している状況のこと、「悲観的」状態とは着陸に最も長い時間を要するような状況のことである。 すると、航空路上の航空機情報、目的ターミナル空域内の航空機数、ホールディング機数により、目的ターミナル空域の状態(「楽観的」「中間的」「悲観的」)初期状態に応じて離陸要請機の ・ホールディング遅延時間の期待値 ・ホールディング発生確率 を求めることができる。 出発規制の方針は第3章の実時間交通流管理(I)と同様である。滑らかな航空交通流を作り出す機能持つことが分かる。シミュレーション結果により、 第5章では、提案した二つ航空交通流管理手法について検討した。以下のシミュレーションで説明する。 図2より、出発規制なしではホールディング時間が急増する場合でも、規制を行うことで飛行遅延時間の増加を抑えることができる。この際、実時間航空交通流管理(I)の「厳密的」と「悲観的」の出発規制を用いたときの飛行遅延時間が最も短い。これに対して、旅行時間の結果から、「厳密的」、「楽観的」、「中間的」の出発規制は旅行時間の増加を招かないことがわかる(旅行時間が出発規制なしの場合とほぼ等しい)。さらに、実時間航空交通流管理(II)のシミュレーションの予測ホールディング時間に対する制限を厳しくすれば、「中間的」の出発規制は実時間航空交通流管理(I)の同じ効果を出すことができるのはシミュレーションで分かる。実時間航空交通流管理(I)では、目的ターミナル空域に入域した航空機の着陸時間を把握するには多大の計算を要し、必要な計算量は実時間航空交通流管理(II)の10倍以上である。結論としては、飛行時間と旅行時間と共に抑えられる「中間的」の出発規制を選択すべきと思う。 図2:平均ホールディング時間と平均旅行時間 最後の第6章では、今後の課題と展望を論じ、また実時間航空交通流管理が充分に円滑な交通流を作り出す機能を持つことを主張している。 |