学位論文要旨



No 111479
著者(漢字) 喬,木
著者(英字)
著者(カナ) キョウ,モク
標題(和) 実時間航空交通流管理の研究
標題(洋)
報告番号 111479
報告番号 甲11479
学位授与日 1995.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3497号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 現行の航空管制システム(ATC:Air Traffic Control)では航空需要の増加に対応できず、最繁時には航空交通量が航空路及びターミナル管制機関の管制処理能力を超え、交通の遅延や混乱の発生が懸念される。このような状況下において、航空交通の円滑な流れを確保するためには、全国的な視野で交通状況及び空域の運用状況を一元的に把握し、将来の交通状況の予測を行い、短時間内に空港へ過度の航空交通の集中を防止する航空交通流の管理が必要である。航空交通流管理(ATFM:Air Traffic Flow Management)は開発中の分野であり、円滑な効率の良い航空交通流に向けての具体的な管理手法が望まれている。

 このような管理手法の中で最も有望視されているのが出発規制(Departure Regulation or GHP:Ground Holding Policy)である。即ち、出発空港において離陸要請機の離陸を規制し、地上待機により飛行遅延時間(空中待機時間)をできるだけ少なくするものである。なお、出発規制を行った場合には、旅行時間(着陸時刻と離陸要請を出す時刻の差であり、地上待機時間も空中待機時間も含まれる)は当然のことながら増加する。

 従来の出発規制手法の研究は、離陸要請機数、到着機数、空港の容量などをあらかじめモデル化して定常的な交通流に対する出発規制を行う手法が検討されていた。しかし、これらの手法は統計的な視点から交通流管理を行うものであるため、現実の状況に対して適応的に交通流管理とは言えない。

 本論文は、これに対して、出発機が受けるであろう飛行遅延を現実の交通状況に基づいて予測し、ここで得られた飛行遅延の予測値に基づいて出発規制を行う手法について検討を進めている。飛行遅延の予測は、レーダから得られるエンルート上の各航空機の位置、目的ターミナル領域の現在の状況、離陸機が希望する離陸予定時刻などの飛行計画の情報などを積極的に利用することで実時間で航空交通流管理を行っている。すなわち、

 ・全ての情報を把握した上で厳密な予測手法に基づいての実時間航空交通流管理(I)の出発規制を行う手法

 ・レーダ情報とターミナル空域にある航空機の数を把握した上で、簡易化した高速処理が可能な予測手法に基づいての実時間航空交通流管理(II)の出発規制を行う手法

 を提案している。以下、具体的に紹介する。

 第2章では、航空管制と航空交通流管理の関係、航空交通流管理の研究に使用してきたモデル、以下の各章に使われる数式について述べる。航空交通流を図1のように出発ターミナル空域、エンルート空域(航空路)、目的ターミナル空域とに分けてモデル化する。このモデルに基づいて航空交通流を計算機上に構築し、出発規制の効果を検証する。巨視的なモデルであるが、出発規制の効果を確認するのに充分な要素を含むモデルであると考えている。

 第3章では、実時間航空交通流管理手法(I)を提案し、数式の証明、シミュレーションを行った。具体的には、出発規制を効果的に行うため、出発機が受けるであろう飛行遅延を現時点での航空交通流の状況から精度良く予測することが望ましい。出発機の遅延の予測を行うに際して、以下の情報を利用する。

 1.レーダ情報から得られるエンルート上の各航空機の位置情報

 2.飛行計画から推定される各航空機の巡航速度

 3.ホールディング中の航空機数

 4.目的ターミナル空域内の航空機の数と着陸予定時刻

 ここで、各航空機の現実の飛行速度は推定される速度の囲りにある確率密度関数にしたがう値を採るものとする。即ち、飛行速度には誤差が含まれるものとする。実運航においては目的ターミナルまでの所要時間の変動は避けられないが、これを速度誤差としてまとめて取り扱うのである。

 これらの情報が得られれば、図1の航空交通流モデルのもとで出発機が受けるであろう飛行遅延を求めることができる。飛行速度を確率密度関数としてモデル化しているため、各航空機の目的ターミナルへの到着時刻は確率変数として求めることができる。したがって、畳み込み積分を繰り返すことで、飛行遅延時間期待値と飛行遅延発生確率とを求めることができる。

図1:航空交通流管理のモデル

 ここで得られた飛行遅延時間期待値や飛行遅延発生確率などの遅延に関するパラメータを用いることで出発規制を行うことができる。出発規制の主目的は航空機の飛行遅延を抑えることにある。そこで、出発規制の効果の評価は、実際の飛行に際して生じる遅延時間をもって行う。但し、出発規制により旅行時間(飛行遅延時間+地上待機時間)が過大となる手法は望ましくないため、評価の際には旅行時間も考慮する必要がある。具体的な出発規制法として、飛行遅延時間期待値(あるいは、ホールディング時間)がEW秒以上となる場合と、飛行遅延発生する確率(あるいは、ホールディング発生する確率)がPW以上となる場合に出発規制を発動したシミュレーションの結果を示した。シミュレーションの結果により、この手法が充分に円滑な交通流を作り出す機能を持つことが分かる。

 第3章で示した飛行遅延の予測手法は高精度であるが、畳み込み積分に要する計算量が多い、また、目的ターミナルに進入した航空機の着陸時刻を把握することは難しいという欠点を有する。第4章の実時間航空交通流管理手法(II)で示す手法は、計算量の低減を図りながらも、予測精度の劣化を最小限に抑えることを目的とした手法である。

 出発機が受けるであろう遅延を予測するにあたって、以下の情報を利用する。

 1.レーダ情報から得られるエンルート上の各航空機の位置情報

 2.飛行計画から得られる各航空機の巡航速度

 3.ホールディング中の航空機数

 4.目的ターミナル空域内に存在する航空機数

 交通流管理(I)との相違点は4.の目的ターミナル空域に関する情報である。

 飛行遅延の予測にあたって最短進入時間Sに着目する。目的ターミナル空域内に存在する進入機の位置情報が不明であっても、時間Sの間には最大M機、最小1機は着陸できるということを利用するためである。すなわち、着陸に要する時間は目的ターミナル空域内の航空機存在状況によって大幅に異なるが、それを「楽観的」状態、「中間的」状態、「悲観的」状態の代表的な3状態として求める。ここで、「楽観的」状態とは最も短い時間で目的ターミナル空域内の航空機が着陸できるような状況のこと、「中間的」状態とは目的ターミナル空域内に航空機が均等に分布している状況のこと、「悲観的」状態とは着陸に最も長い時間を要するような状況のことである。

 すると、航空路上の航空機情報、目的ターミナル空域内の航空機数、ホールディング機数により、目的ターミナル空域の状態(「楽観的」「中間的」「悲観的」)初期状態に応じて離陸要請機の

 ・ホールディング遅延時間の期待値

 ・ホールディング発生確率

 を求めることができる。

 出発規制の方針は第3章の実時間交通流管理(I)と同様である。滑らかな航空交通流を作り出す機能持つことが分かる。シミュレーション結果により、

 第5章では、提案した二つ航空交通流管理手法について検討した。以下のシミュレーションで説明する。

 図2より、出発規制なしではホールディング時間が急増する場合でも、規制を行うことで飛行遅延時間の増加を抑えることができる。この際、実時間航空交通流管理(I)の「厳密的」と「悲観的」の出発規制を用いたときの飛行遅延時間が最も短い。これに対して、旅行時間の結果から、「厳密的」、「楽観的」、「中間的」の出発規制は旅行時間の増加を招かないことがわかる(旅行時間が出発規制なしの場合とほぼ等しい)。さらに、実時間航空交通流管理(II)のシミュレーションの予測ホールディング時間に対する制限を厳しくすれば、「中間的」の出発規制は実時間航空交通流管理(I)の同じ効果を出すことができるのはシミュレーションで分かる。実時間航空交通流管理(I)では、目的ターミナル空域に入域した航空機の着陸時間を把握するには多大の計算を要し、必要な計算量は実時間航空交通流管理(II)の10倍以上である。結論としては、飛行時間と旅行時間と共に抑えられる「中間的」の出発規制を選択すべきと思う。

図2:平均ホールディング時間と平均旅行時間

 最後の第6章では、今後の課題と展望を論じ、また実時間航空交通流管理が充分に円滑な交通流を作り出す機能を持つことを主張している。

審査要旨

 本論文は『実時間航空交通流管理の研究』と題し、飛行情報区規模すなわち一国の担当する規模の空域を対象にして行われる航空交通流の管理に関して、新しい管理概念と管理手法を提案し、併せてその有効性を検証したものであって6章よりなる。

 第1章は『序論』であり、本論文の背景と目的と構成とが述べられている。

 第2章『実時間航空交通流管理』では、本論文で取り扱う問題を明確にしている。まず航空交通の仕組みを概説し、航空交通の増大に伴い航空管制のみでは交通渋滞が避けられない現状を述べている。つまり航空機の安全の保持を第一目的として、比較的狭い空域単位で実施される従来の航空管制では、円滑な交通流は形成されない。充分広い空域を対象として航空交通流を管理することが必要であるとしている。また航空交通流の調整の具体的手段としては、出発を要請してくる航空機の出発時刻を遅らせる方向への規制を採るものとし、簡素化した航空交通流モデルを対象として交通流管理の研究を行っている。

 航空交通流のモデルは、出発ターミナル空域、エンルート空域、目的ターミナル空域よりなる。この出発ターミナル空域は仮想的なもので、交通流管理の対象となる全空域内から目的ターミナルに向かう航空機の出発を一元的に管理することを意味している。またエンルート空域の交通容量は無限大としている。エンルートを航行する航空機は、飛行計画に基づく承認速度で航行している筈であるが、現実の巡航速度は誤差を含むものである。これを一般化してエンルートにおける航空機の現実の速度は、名目的な速度の回りに分布する確率変数で表されるものとしている。またエンルート上の航空機の位置は、航空路監視レーダにより常時把握される。航空機の速度を確率変数としたのであるから、その航空機が目的ターミナル空域に到着する時刻は確率変数となるが、その定式化を行っている。目的ターミナル空域は、最も交通流が集中し交通渋滞の原因となる空域であるが、内容の詳細は第3章に述べられている。

 第3章は『実時間航空交通流管理(I)』であり、出発要請があった時点で航空交通流のモデルに基づき将来の交通状態を予測し、この予測結果に従って出発ターミナルにおける出発時刻の規制する交通流管理について述べている。なお航空交通流モデルにおいて、目的ターミナル空域内に存在し得る進入機数は、ターミナル空域に対する管制容量に相当する瞬時取扱可能機数M以下と定められいる。従って、エンルート空域からターミナル空域に進入しようとする航空機は、ターミナル空域の管制容量が許容するまで、ホールディングと称する空中待機を余儀なくされる。またターミナル内の進入機は、進入後一定の時間Sで最終進入地点に到るが、連続した着陸には1機当たりの滑走路占有時間Gの時間間隔が必要としている。着陸順は目的ターミナルに到着した順序に従うが、時間的に前後接近して最終進入地点に到着した場合、後続機は時間間隔Gを保持するための空中待機が必要となる。

 本章では提案したモデルに従い、出発要請機の着陸時刻、ホールディングなどの空中待機の開始時刻や終了時刻など、航行中の全航空機に関わるパラメータを確率変数として確率的に表現している。次いでこれらの確率関数を用いて、空中待機の生起確率や空中待機時間の期待値などを求める数式を導出している。更に空中待機の発生確率や空中待機の期待値により出発規制を行う手法を提案している。この出発規制による航空交通流管理の有効性は、ランダム生起の出発要請を仮定した交通流を対象としたシミュレーションにより検証している。なお航空交通流管理の主たる評価パラメータとしては、飛行時間と旅行時間を採り数量的結果を示している。単位時間当たりの交通流が大になっても、出発規制を行えば飛行時間は大幅に減少し、しかも規制を行わない場合に比して旅行時間の増加は極めて軽微に保ち得ると主張している。

 第4章は『実時間航空交通流管理(II)』であり、適応的な航空交通流管理のために高速処理が必要であるとして、第3章の計算処理の簡易化を提案している。即ち、航空交通流モデル自体は前章と同一であるが、確率計算に当たって次ぎの2項目の仮定を導入している:(i)目的ターミナル内に存在する航空機が、少なくとも1機は着陸する上述のS時間を単位として、計算処理を行う;(ii)目的ターミナル空域内部に関して、存在する進入機の機数のみに着目し個々の機の進入時刻は不明として取り扱う。但し、存在する進入機に関しては、全機の着陸所要時間が(a)最短時間、(b)最長時間、(c)平均的時間の場合に分けて試行している。この仮定の下に確率関数などを求め、前章と同様に出発規制による航空交通流管理の検討を行っている。

 結果として、計算処理時間は第3章の手法に比して1桁程度短縮され、適応的な交通流管理として充分実用に供せられるとしている。また目的ターミナル内に存在する進入機に関しては、上述の(c)の設定が第3章の手法と近い結果を与えることを示している。

 第5章は『シミュレーション結果の検討』であり、第3章及び第4章の航空交通流管理手法に関するシミュレーション結果を挙げると共に、航空交通流パラメータと航空交通流管理パラメータに関する検討を行っている。

 第6章は『結論』であり、本論文の主たる成果を取り纏めると共に、今後の課題と展望を述べている。

 以上本論文は、確率的手法による予測により出発規制を行うダイナミックな航空交通流管理の手法を提案し、その有効性を検証したもので電子工学上新たな知見を加えたものと言える。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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