本論文は、層状構造をもつチタン酸ビスマス系強誘電体の電気的異方性および関連構造をもつ化合物の電気的性質に関するものであり、7章よりなる。 チタン酸ビスマス系化合物のほとんどは強誘電体として知られており、多くの化合物がビスマス層状構造を取る。酸化物強誘電体の中で、(Bi2O2)2+(Ax-1BxO3x+1)2-の一般式で表わされるビスマス層状構造強誘電体グループはキュリー点が高く、比誘電率と誘電損失が低いことと、ほとんどの化合物の融点が低いために比較的低温で焼結できるという特徴を持っている。また、Bi層状構造強誘電体は岩塩型構造のBi2O2層(ビスマス層)と擬ペロブスカイトブロックが結晶c軸方向に互いに積み重なった構造を持っているためにその層状構造から起因する異方性が期待され、その異方性を活用した応用が提案されている。しかし、このビスマス層状構造強誘電体の電気的異方性に関して、ホットフォージングなどで粒子配向した多結晶体での報告はあるが作製の難しさのため単結晶での報告はほとんどない。本研究ではチタン酸ビスマス系の層状構造強誘電体を主として、物性研究の面から興味深い単結晶を用いてその電気的異方性の評価と異方性の起源に関する考察を行い、さらに層状構造のもたないチタン酸ビスマス系化合物の電気的物性について調べた。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景と本研究の目的および意義を述べた。 第2章は、Bi4Ti3O12単結晶の電気的異方性について調べたものである。 1210℃で分解溶融するBi4Ti3O12単結晶は高純度(>99.9%)の酸化物を出発原料として、フラックス法(1300℃で2時間保持,冷却速度:4℃/h,上下温度勾配:2-3℃/mm)により育成した。Bi4Ti3O12単結晶は育成に用いた白金ルツボの直径に相当するサイズで0.2-0.3mmの厚さの透明なものが得られた。他の多結晶体は混合、仮焼、本焼の一般的なセラミックス作製方法で作製した。育成した単結品と多結晶体試料はラウエ写真法とX線回折分析で評価し、電気的物性の評価は誘電特性、直流導電特性、複素インピーダンス測定などを中心として行った。 電気的異方性の測定はゼーベック係数の測定から電気伝導は650℃以下ではn型、700℃以上ではp型であることを確認し、これをもとにオーミック性の電極(Ag-In/Ga合金)で行った。直流導電率はc軸方向(ビスマス層に垂直方向)がa(b)軸方向(ビスマス層に平行方向)より150℃で3桁も低く、電気伝導の活性化エネルギーはc軸方向(1.1eV)がa(b)軸方向(0.8eV)より大きい異方性を示した。誘電性において676℃のキュリー温度より低い温度(500-600℃)ですべての結晶方向で強い低周波数依存性を示すのが確認された。1MHzでの誘電率は室温から720℃までの全測定温度範囲でa(b)軸方向の方が高く、室温では2倍、キュリー温度では10倍程度高い異方性を示した。これはホットフォージングなどで作製した95%前後の高い配向度の持つ多結晶体で報告されている異方性(キュリー点で4.3倍)よりかなり大きい値である。ホットフォージングなどで粒子配向した多結晶体の微細構造は板状の粒子(板状の厚み方向がc軸方向)が積み重なっている構造であり、c軸方向(ビスマス層に垂直方向)の粒界の数はa(b)軸方向より相対的に多く、この粒界の影響によって単結晶より小さい異方性となると考えられる。 第3章は、BaBi4Ti4O15単結晶の電気的異方性について調べたものである。 1150℃で完全溶融するBaBi4Ti4O15単結晶は溶融-徐冷法(育成条件はBi4Ti3O12と同じ)により育成した。BaBi4Ti4O15組成の溶融物は5-10mmほどのいくつかの単結晶の集りであった。BaBi4Ti4O15単結晶はBi4Ti3O12より擬ペロブスカイトブロックの数が相対的に多く、c軸方向の自発分極成分のないBaBi4Ti4O15は電気的異方性が異なると考えられる。BaBi4Ti4O15についてもゼーベック係数の測定で750℃までn型導電特性を示していることを確認し、これをもとに電気物性の測定はオーミック性の電極(Ag-In/Ga合金)で行った。誘電率はa(b)軸方向の方がc軸方向より室温では6倍、キュリー点では58倍も高い値を示した。直流導電率はc軸方向の方が1桁程度低く、電気伝導の活性化エネルギーは高い値を示した。多結晶体の電気的物性は単結晶の両結晶方向のそれらの中間的な挙動を示した。 第4章は、ビスマス層状構造化合物の電気的異方性におけるビスマス層の役割について考察した結果を述べている。上で述べたビスマス層と擬ペロブスカイトブロックの比率の異なるBi4Ti3O12とBaBi4Ti4O15の異なった電気的異方性の結果と電気的等価回路によるインピーダンスのシミュレーション結果から、その電気的異方性におけるビスマス層の役割については次のように考えられる。ビスマス層状構造強誘電体において、ビスマス層は五つの酸素イオンがビスマスイオンに対して一方向に配置している。その非対称的なイオンの配置から大きい分極成分を持っていると考えられるが、擬ペロブスカイト層のように外部電場によってその方向を容易に変えられないため、ビスマス層は常誘電的な挙動を示すと考えられる。c軸方向の自発分極成分のないBaBi4Ti4O15の誘電率は70程度で1kHzでの誘電率の温度依存性は典型的な常誘電体的挙動を示した。Bi4Ti3O12とBaBi4Ti4O15の誘電性における異方性は、ビスマス層に垂直方向ではあまり変わらず、平行方向での誘電率の差異によって現われている。導電性においてはビスマス層に垂直方向の電気伝導の活性化エネルギーが平行方向より高いことから、ビスマス層が導電キャリアーに対してある電位障壁として作用し、導電性においては絶縁層の性質を持っていると考えられる。さらに、Bi4Ti3O12のc軸方向の複素インピーダンス測定ではキュリー点以下の強誘電相で二つの円弧が観察された。高周波側の円弧はもう一方より高抵抗かつ低電気容量であることからビスマス層によるものと考えられ、このようなインピーダンス分離が可能なことはビスマス層と擬ペロブスカイトブロックの大きい電気物性の違いを反映している。またBaBi4Ti4O15単結晶の常誘電相での複素インピーダンスとモジュラスの測定結果から、ビスマス層に平行方向の等価回路は一つのRC並列回路で、垂直方向の等価回路は直列に並んだ二つのRC並列回路で示された。これらの等価回路はシミュレーション結果と一致し、ビスマス層と擬ペロブスカイトブロックの本質的な電気物性の違いを明らかにした。 第5章は、チタン酸ビスマス系化合物の電気物性に及ぼす添加物効果を調べた結果を述べたものである。Bi2O3-TiO2系強誘電体の原子価の異なる元素による置換は、誘電性への影響以外にも、擬ペロブスカイトブロックの半導体化とそれによるその高いキュリー点でのPTC現象の発現の期待など、より高温で応用できるような素子の開発の観点からも非常に研究の意義がある。本研究ではその可能性を調べるために層状構造化合物の多結晶体を、中心にNbなどの原子価の異なる元素による置換を試みた。Bi2Ti4O11多結晶体ではNb置換により導電率の増大が見られた。層状構造の化合物は半導体化せず、誘電率とキュリー点がともに低下する結果が得られた。このような現象は、粒子径の減少および蒸発しやすい酸化ビスマスの蒸発と密接な関係があると考えられた。 第6章は層状構造をもたないチタン酸ビスマス系化合物の電気的性質を調べたものである。Bi2O3-TiO2系にはBi4Ti3O12以外にもBi2Ti2O7(パイロクロア構造)とBi2Ti4O11が知られているがその電気的性質についてはほとんど知られていない。本研究ではBi2Ti2O7とBi2Ti4O11を含むBi2O3-TiO2系の多結晶体の誘電特性と導電特性を調べた。パイロクロア構造のBi2Ti2O7は1100℃以上の温度から生成することが発見された。また絶縁性のBi2Ti4O11のTiサイトをNbで置換した組成では相転移温度と考えられる260℃付近で一桁くらいのPTC現象のような導電特性の異常現象を見いだした。 第7章は総括であり、本研究を要約し得られた研究結果をまとめた。 本研究の成果からチタン酸ビスマス系の層状構造強誘電体においてビスマス層間の擬ペロブスカイトブロックの数が増えるほど誘電性の異方性は大きく、導電性の異方性は小さくなると予想される。しかし、本研究範囲以外のペロブスカイトブロックの構成元素の種類にも密接な関連があると考えられる。今後層状構造化合物の異方性を積極的に利用した機能素子が期待される。 |