蛋白質は生体内で合成され様々な機能を発揮し生命活動を司っているが、その固有の機能は蛋白質分子がそのアミノ酸配列に従って特異的な立体構造をとってはじめて達成される。したがって、こうした蛋白質分子の蛋白質分子の折りたたみ機構の一般的法則を知ることは蛋白質の研究において非常に重要な命題であり、アミノ酸配列から蛋白質分子の立体構造の完全な予測を可能にするため、さらには有用な機能を持った新規蛋白質を設計するために、蛋白質の部分的な構造の形成や折りたたみ反応の過程を詳細に検討していくことが必要である。 -ラクトアルブミンは哺乳類の乳腺で特異的に発現する分子量約14,200、酸性の球状蛋白質であり、ガラクトシルトランスフェラーゼのグルコースに対するKm値を低下させることによってラクトースを合成させるラクトース合成酵素の調節サブユニットとして機能している。その立体構造はX線結晶構造解析やNMRなどの分光学的手法によりよく研究されている。また、この蛋白質は可逆的な変性-再生反応を示すが、尿素などの変性剤による変性反応は一般的な天然状態と変性状態の二状態転移でなく、安定に蓄積する中間体を経由する反応である(図1)。この中間体は特異的三次構造は失われているが天然の状態に類似した二次構造をもっているコンパクトな状態であることが明らかにされており、モルテングロビュール状態(以下MG状態と略す)とよばれている。この状態はまた、蛋白質が変性状態から再生する反応において形成される過渡的な中間体と同一であるとも考えられており、その性質を明らかにすることは蛋白質の折りたたみ反応の機構の解明に非常に大きな知見を与えると期待されている。 図1 蛋白質の3状態転移のモデル図 本研究は遺伝子組換えによる部位特異的アミノ酸置換を導入した改変-ラクトアルブミンを作製し、折りたたみ反応の機構を解明することを目的とする。-ラクトアルブミンは1970年代から折りたたみ反応について多くの知見が集積されているが、蛋白工学的手法の適用によってさらに個々のアミノ酸の寄与や折りたたみ反応の必須条件をより明確に解明しようとする研究は本研究が最初である。 I.-ラクトアルブミンの発現系の構築 これらの研究に用いる変異型-ラクトアルブミンを調製するためには部位特異的に変異を導入した-ラクトアルブミン遺伝子を用いて蛋白質を発現する系が必要である。このため大腸菌を用いた-ラクトアルブミンの直接発現系を構築し、さらに発現した蛋白質の精製と巻き戻しの条件について検討した。 発現にはその制御のしやすさからT7プロモータを利用した。T7プロモーターをもつ大腸菌ベクターpUT7を作り、このプラスミドのT7プロモーターの下流にヤギ-ラクトアルブミンのcDNAを挿入し、発現ベクターpUT7LAとした。これを用いて大腸菌BL21(DE3)株を形質転換し蛋白質の発現に用いた。この形質転換体を液体培地で培養し、対数増殖初期にIPTGの添加によって発現誘導をかけた。培養温度は25℃、28℃、37℃と3通りにして温度と蛋白質の発現の関係を調べた。菌体を超音波破砕した後SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により、菌体内で可溶性の画分中または不溶性の顆粒に発現しており、また可溶性画分への発現量は温度が高いほど少なく、25℃ではすべて可溶性画分に、37℃ではほとんどすべて不溶性顆粒として発現していることが明らかとなった(図2)。 図2 大腸菌における組換え体-ラクトアルブミンの発現 不溶性顆粒は8M尿素を含む緩衝液で可溶化し、DEAE-セファロースカラムクロマトグラフィーによる粗精製の後、DTTにより還元し、透析して尿素を除いた。さらに20%グリセリン、酸化型、還元型グルタチオンを含む緩衝液中で蛋白質を巻き戻す反応を行った。巻き戻りの反応は逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて観察した。60時間程度の反応後、反応溶液をDEAE-セファロースカラム、さらにフェニルセファロースカラムを用いて精製し、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で純度を確認した。収量は培地11あたり約5mgであった。 可溶性画分の蛋白質は超遠心とDEAE-セファロースカラムのあとフェニルセファロースカラムを用いて精製した。巻き戻し反応は不要で、収量は培地11あたり0.3mgであった。 得られた組換え-ラクトアルブミンとガラクトシルトランスフェラーゼを用いてラクトース合成の調節活性を測定したところ、天然のヤギ-ラクトアルブミンと等しいラクトース合成調節活性を持つことが示された。また、アミノ末端のアミノ酸配列分析からアミノ末端に開始コドンに対応してメチオニンが存在し、それに続いて天然型と同じ配列を持つことが明らかとなった。円二色性スペクトルからも天然型と同じ構造を保持していることが明らかとなった。以上、-ラクトアルブミンを効率よく発現し巻き戻し、精製する手法を確立した。 II.-ラクトアルブミンの分子内疎水性領域のアミノ酸置換 モルモットの-ラクトアルブミンはMG状態は水素交換実験により4つの-ヘリックスのうちB、Cの2つが保持されていること、またこの領域の水素交換速度が他の種に比べ遅いことが明らかとなっている。さらに尿素によるMG状態からの変性について他の種のものより安定であることが知られている。モルモットの-ラクトアルブミンではB-ヘリックス上に3つのIleが存在しているが(Ile29,Ile30,Ile33)、ウシではこれらはすべてThrであり疎水性の面で対照的である(図3)。そこで、これらのアミノ酸が中間体の安定性に及ぼす影響を調べるため、これらのアミノ酸をモルモット型、もしくはウシ型に置換したAla30Ile,Ala30Thr,Thr33Ile、さらに30,33を共にIleに置換した二重変異体を調製し、これらの改変体の構造安定性や生物活性などの性質について検討した。 図3 ウシ、ヤギ、モルモットの-ラクトアルブミンのアミノ酸配列と二次構造 これらの改変体のcDNAは部位特異的変異法により作製され、前述の発現系のうち、37℃で培養して巻き戻す方法で発現させた。各変異体とも巻き戻りがおこり、その速度に差が見られた。円二色性スペクトルから各改変体とも天然型のヤギ-ラクトアルブミンと同様の構造をとっていることが確認された。また、ガラクトシルトランスフェラーゼを用いたラクトース合成調節活性の測定ではすべての変異体とも活性を示し、調製した組み替え体の-ラクトアルブミンはそれぞれ天然のものと類似の機能構造をとっていると考えられる。こうして得られた改変体のMG状態の性質について検討した。緩衝液のpHを2として円二色性スペクトルを測定した。遠紫外部のスペクトルから各改変体とも天然型と同様の二次構造を保持していることが観察され、また、近紫外部では側鎖による光学活性はほとんど観察されず、酸性状態においてMG状態をとっていることが確認された。 これらの改変体についてMG状態の尿素による変性過程をCDを用いて観察することにより、MG状態の構造安定性について検討した。0-8Mの尿素中で222nmのCDのシグナル強度を測定したところ、Ala30とThr33をIleに置換した改変体については変性に対する安定性の増加がみられ、二重変異体Ala30Ile/Thr33Ileではさらに安定化していた(図4)。この過程を二状態転移とみなして変性の自由エネルギー変化を算出したところ、アミノ酸置換による影響には相加性がみられた。(表)この結果はこれらの2つのアミノ酸の疎水性がMG状態の安定化に寄与していることを示しており、またMG状態の形成が主に疎水性相互作用に因っているという説を支持している。 図4 組換え体-ラクトアルブミンのMG状態からの変性の転移曲線表 天然及び組換え体-ラクトアルブミンのMG状態からの変性の自由エネルギー変化III.-ラクトアルブミンの芳香族性アミノ酸クラスター部分のアミノ酸置換 -ラクトアルブミンには数個の芳香族性のアミノ酸残基が構造的に近接した芳香性クラスター(アロマティッククラスター)と呼ばれる部分が2つあり、天然状態ではそれらのクラスターのアミノ酸の芳香環のあいだで水素結合がみられるが、MG状態ではそれらが失われることが明らかにされている。そこで、これらのクラスターの三次構造形成に対する寄与を明らかにするため、これらのアミノ酸の改変体を作製した。 その中で特にTyr103Ala改変体はその円二色性スペクトルから、天然状態での安定性が野生型に比べ減少しているのに対し酸性下でのMG状態の安定性は野生型と大差なく、Tyr103が三次構造の形成に重要であることが示唆された。さらに塩酸グアニジンによる変性過程をCDを用いて観察することにより、天然状態の構造安定性について検討した。これにより、MG状態から天然状態への転移における三次構造の形成にTyr103が重要な役割を果たしていることを明らかにした。 |