学位論文要旨



No 111486
著者(漢字) 木村,浩巳
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ヒロミ
標題(和) メソフェーズピッチ系CFRPの界面強度・力学特性に及ぼす表面処理効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 111486
報告番号 甲11486
学位授与日 1995.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3504号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 本論文は、メソフェーズピッチ系炭素繊維およびそれを用いた樹脂系複合材料(CFRP)について、特に炭素繊維の表面処理による繊維-樹脂間の界面の変化、およびその界面がCFRP物性に及ぼす影響について明らかにすることを目的にしている。

 近年、軽量で且つ高強度・高弾性率を兼ね備えた材料として、樹脂系複合材料であるCFRP(炭素繊維強化プラスチック)が広く用いられている。CFRPの強化繊維として用いられる炭素繊維は、大部分がポリアクリロニトリルを原料とするPAN系炭素繊維である。一方、タールピッチより生成するメソフェーズピッチを原料とするメソフェーズピッチ系炭素繊維(以下、ピッチ系炭素繊維)は、近年研究開発が進んでおり、PAN系に比べて高弾性率化が容易であり、原料が安価であることなどから、今後の発展が期待されている。

 CFRPは、繊雑-樹脂間の界面強度が適度である必要がある。炭素繊維の表面は本来疎水性であり、マトリックス樹脂との接着力が低いため、通常は繊維製造工程で表面処理が付され、接着性が改善される。表面処理は工業的には電解酸化処理が行われている。しかしながらピッチ系炭素繊維は開発当初から、CFRPの剪断強度と圧縮強度が低いことが指摘されてきた。剪断強度は繊維-樹脂間の界面強度が大きく影響し圧縮強度も界面特性が影響を及ぼすと言われている。従来よりCFRP界面に関して研究は行われてきたが、(1)PAN系炭素繊維を対象にしており、ピッチ系炭素繊維に関する研究はほとんど無く、また、(2)個々の事象は詳細に検討されているものの、それらを系統的かつ総合的に捉えた研究が少なかった。そこで本研究は、表面処理とマクロ力学特性を結び付けることを目的に、ピッチ系炭素繊誰-樹脂界面を系統的に検討した。即ち、(1)表面処理による繊維表面の変化を調べ、反応機構を推定し、続いて(2)界面強度の評価を行い、接着機構を明らかにし、更に、(3)界面強度とCFRPの巨視的力学物性を結び付けた。また、(4)ピッチ系炭素繊維の問題点の一つである圧縮強度についても、圧縮挙動を検討し、ハイプリッド法による圧縮強度改善を行った。

(1)繊維の表面処理

 弾性率200、400、600GPaのピッチ系炭素繊維(夫々NT-20、40、60)の、硫酸、硝酸、水酸化ナトリウム水溶液電解液中での連続処理による電解酸化時の酸化反応挙動を調べた。その結果、図1に示すように、いずれの繊維においても、電解酸化の通電量を増加するほど、繊維表面の酸素量(ESCAにより定量)は増加し、酸素量増加に伴って増加率は減少した。増加率減少は、酸素が増加するほど反応サイトが減少することによると考えられる。また、酸化反応は、何れの電解液中でも低弾性率のものほど進展しやすかった。これは、繊維表面の黒鉛結晶状態と関係があり、高弾性率ほど低反応性の黒鉛結晶のベーサルプレーンが表面に増加するためと考えられる。また、電解酸化反応は、何れの弾性率の繊維においても、電解液の種類により異なる酸素増加を示した。酸とアルカリの違いは、アルカリ中では水酸イオンが反応し、脱酸素する反応機構、酸性電解液中では、水が反応し、脱炭酸によりエッチングが起きる反応機構により説明が可能である。また、酸性電解液では、同一アニオンを有する電解液では、酸、塩にかかわらずほぼ同じ挙動を示した。即ち酸性電解液での反応性は、電解液のアニオンに依存しており、これは、電解酸化時の繊維表面の正電荷と、負電荷をもつアニオンが相互作用するためと考えられる。また、塩酸電解液では酸素が増加せず、エッチピットが観察されたことから、塩素イオンが酸化されてラジカルとなり、繊維表面をエッチングしたものと考えられ、他の電解液でも同様の過程をとるものと推定される。

図1 炭素繊維への通電量と、繊維表面の酸素量の関係

 電解槽の電極位置によっても挙動は異なり、電極板が電解液表面に近いほど容易に酸素増加した。これは、酸化電位の影響であり、電解液表面の電位が高いためと考えられる。酸化時の電流密度によっても酸化電位は異なると考えられるが、電流密度がある程度以上では違いは認められなかった。そこで、硫酸水溶液中の、サイクリック・ボルタンメトリーにより、酸素発生から水素発生領域まで電位を走査し、酸化・還元過程を検討した。残余電位から酸素発生まで大きな酸化ピークは観察されず、酸化反応は酸素発生領域で起きているものと推定された。また、互いに関連すると考えられる酸化側・還元側の二つのピークが観察された。そこで、各ピーク後の表面状態をESCAで観察したところ、電気化学的還元では、酸素量が0にまで還元されないことや、主に水酸基が反応していることが推察された。更に、電解液を70℃に加熱したところ、従来観察されなかった様な、希硫酸中で黒鉛層間化合物が生成していると考えられるピークが認められた。

(2)界面強度の評価

 従来の界面強度の評価方法の、高弾性率ピッチ系炭素繊維(弾性率600GPa)への適用について検討した。CFRPで評価するショートビーム法による層間剪断強度や90°引張強度は、繊維に表面処理を加えると、表面処理量にかかわらず一定の値を示した。これは、界面で破壊する前に繊維破壊を起こすためであり、ショートビーム法では圧子直下での剪断破壊、90°引張試験では繊維の縦割れが観察された。これは高弾性率ピッチ系炭素繊維が、繊維軸方向の強度に比べて横方向強度や剪断強度が低いためであり、両方法を界面評価手法として用いることは不適当であると考えられる。ショートビーム法ではクッション材やサンドイッチ試験片の使用でも層間破壊には至らなかった。

 そこで、DNS(Double Notch Shear)試験(試験片に目違い切欠きを入れ、端部を圧縮する方法)による層間剪断強度測定を検討した。その結果、ASTMの規格通りでは試験片全体が圧縮破壊するものの、切欠き間隔を小さくすることにより、ピッチ系でも層間破壊の実現が可能なことがが明らかになった。90°引張試験で繊維が破壊した場合でも、DNS法では繊維の破壊は観察されなかった。また、試験時の荷重-変位曲線の非線形の原因について考察し、樹脂の降伏に起因するものと推定した。

 また、単繊維で界面剪断強度を測定するためmicrodroplet法の検討を行った。これは単繊維上の樹脂滴を引き抜く方法であり、原理が単純である上、繊維強度や繊維径のばらつきを考慮する必要がない。繊維の取り扱いが難しいため、従来は高弾性率繊維のような脆性繊維の適用は難しかったが、単繊維試験片形状を変更することにより可能になった。また、樹脂滴付着方法の変更により、熱硬化性樹脂・熱可塑性樹脂の両方の試験片の作製が同一方法で可能になった。弾性率700、500GPa、径7mの繊維について測定した結果、図2に示すように、表面処理を加えるにつれ、エポキシ樹脂との界面強度は増加するのに対して、ポリプロピレンとは増加しないことが明かになった。さらに、エポキシ樹脂の場合、界面強度と繊維表面の酸素量の間にほぼ比例関係が認められた。従って、界面強度増加が主に樹脂との極性相互作用の増加に因っているものと考えられる。破断繊維長法においても、弾性率200、400、600GPaの繊維に対し、表面酸素が増加するに従い界面強度が増加するのが認められた。

図2 表面処理量の界面剪断強度への影響
(3)表面処理とCFRPマクロ力学特性の関係

 弾性率700GPa、径7mの繊維の表面処理量を変え、繊維特性及びCFRP特性を調べた。繊維の引張強度は、表面処理を加えるに従って低下した。これは、表面処理によって繊維表面に欠陥が導入されるためと考えられる。CFRPの0°引張歪みも表面処理を加えるほど若干低下したが、引張弾性率や、圧縮特性、3点曲げ強度には表面処理依存性は認められなかった。一方、90°引張強度、DNS法による層間剪断強度、アイゾット衝撃値には、表面処理依存性が認められた。90°引張強度は表面処理により高くなったが、繊維破壊を起こすため飽和した。層間剪断強度は、繊維表面酸素量が大きいほど高い値を示した。0°アイゾット衝撃値は、表面処理を加えると低くなった。これは、表面処理を加えると繊維の引き抜けが少なくなり、エネルギー吸収が小さくなるためであると考えられる。

(4)ハイブリッド化による圧縮特性の改善

 表面処理により圧縮特性が改善されなかったが、ピッチ系CFRPの圧縮の応力-歪み関係には軟化の非線形性があること、繊維自体の圧縮歪みは非常に大きいことが既に明かになっており、両者の特性は繊維の結晶構造に起因することが推定された。この場合、CFRPの小さな圧縮破断歪みは弾性率の低下に伴う剪断座屈破壊のためであり、潜在的には繊維は大きな破断歪みを有すると考えられる。そこで、高圧縮強度繊維とのハイブリッド化を試みた結果、剪断座屈が防がれ、圧縮特性が向上することが明かになった。更に、捩じりや曲げがかかる部材では、圧縮歪みの増加により、引張強度の利用率が増加し、部材全体の強度が向上することが明かになった。

 更に、ピッチ系炭素繊維の表面処理を変化させてハイブリッド材の力学特性を調べたところ、圧縮・4点曲げ共に、無処理繊維では強度が低いことが明かになり、破断後の試験片は層間剥離が観察された。これは、ハイブリッド材の場合、ピッチ系単味材と異なり、圧縮強度が高く且つ層間強度が低いためであると考えられる。

 以上の様に、ピッチ系炭素繊維の表面処理とCFRP力学特性を結び付け、更に圧縮特性改善を果した。

審査要旨

 工学修士 木村 浩巳 提出の論文は「メソフェーズピッチ系CFRPの界面強度・力学特性に及ぼす表面処理効果に関する研究」と題し、6章よりなる。本論文は、タールピッチより生成するメソフェーズピッチ系炭素繊維およびそれを用いた樹脂系複合材料(CFRP)について、とくに炭素繊維の表面処理による繊維-樹脂間の界面の変化、およびその界面がCFRP物性に及ぼす影響について明らかにすることを目的にしている。近年、軽量かつ高強度・高弾性率を兼ね備えた材料として、CFRPが広く用いられている。強化繊維として用いられる炭素繊維は、大部分がポリアクリロニトリルを原料とするPAN系炭素繊維であり、数多くの研究が進められてきた。一方、メソフェーズピッチを原料とするメソフェーズピッチ系炭素繊維(以下、ピッチ系炭素繊維)は、近年研究開発が進んでおり、PAN系に比べて高弾性率化が容易であり、原料が安価であることなどから、今後の発展が期待されている。

 第1章は「序論」で、本研究の背景、従来までの炭素繊維の表面処理、界面強度や力学特性に関する研究を総括、検討し、問題点を明らかにするとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章「ピッチ系炭素繊維の表面処理」では、弾性率の異なるピッチ系炭素繊維の、硫酸、硝酸、水酸化ナトリウム電解液中での連続処理による電解酸化時の酸化反応挙動を調べている。いずれの繊維においても、電解酸化の通電量を増加するほど、繊維表面の酸素量は増加し、酸素量増加に伴って増加率は減少した。増加率減少は、酸素が増加するほど反応サイトが減少することによる。また、酸化反応は、いずれの電解液中でも低弾性率のものほど進展しやい。これは、繊維表面の黒鉛結晶状態と関係があり、高弾性率ほど低反応性の黒鉛結晶のベーサルプレーンが表面に増加するためである。また、電解酸化反応は、いずれの弾性率の繊維においても電解液の種類により異なる酸素増加を示し、酸とアルカリの違いは、アルカリ中では水酸イオンが反応し、脱酸素する反応機構、酸性電解液中では、水が反応し、脱炭酸によりエッチングが起きる反応機構により説明できることを明らかにしている。また、酸性電解液では、同一アニオンを有する電解液の場合、酸、塩にかかわらずほぼ同じ挙動をもつことを示している。

 第3章「ピッチ系炭素繊維の界面評価」では、従来の界面強度の評価方法の問題点を指摘し、高弾性率ピッチ系炭素繊維に適する方法として、改良DNS(Double Notch Shear)試験を提案し、実用材の層間剪断強度の測定法として有効であることを示している。また、単繊維で界面剪断強度を測定するためのmicrodroplet法の改良も行っている。単繊維試験片形状の改善、樹脂滴付着方法の変更などにより、熱硬化性樹脂・熱可塑性樹脂の両方の試験片の作製が同一方法で可能としている。表面処理を加えるにつれ、エポキシ樹脂との界面強度は増加するのに対して、ポリプロピレンでは増加しないことを示すとともに、エポキシ樹脂の場合、界面強度と繊維表面の酸素量の間にほぼ比例関係が存在することを明らかにしている。

 第4章「ピッチ系CFRPの界面強度と機械強度」では、繊維の表面処理量を変え、繊維特性およびCFRP特性を調べている。繊維の引張強度は、表面処理を加えるに従って低下するが、これは、表面処理によって繊維表面に欠陥が導入されるためである。CFRPの0°引張ひずみも表面処理を加えるほど若干低下したが、引張弾性率や、圧縮特性、3点曲げ強度には表面処理依存性は認められない。一方、90°引張強度、DNS法による層間剪断強度、アイゾット衝撃値には、表面処理依存性があることを明らかにしている。すなわち、90°引張強度は表面処理により高くなるが、繊維破壊を起こすため飽和すること、層間剪断強度は、繊維表面酸素量が大きいほど高い値を示すこと、0°アイゾット衝撃値は、表面処理を加えると低くなるが、これは、繊維の引き抜けが少なくなり、エネルギー吸収が小さくなるためであることを明らかにしている。

 第5章「ピッチ系CFRPのハイブリッド化による圧縮特性の改善」では、ピッチ系CFRPの小さな圧縮破断ひずみは弾性率の低下に伴う剪断座屈破壊のためであり、潜在的には繊維は大きな破断ひずみを有すると考え、高圧縮強度繊維とのハイブリッド化を試みている。予想通り、ハイブリッド化により剪断座屈が防止され、圧縮特性が向上することを明らかにしている。さらに、ねじりや曲げを受ける部材では、圧縮ひずみの増加により、引張強度の利用率が増加し、部材全体の強度が向上することを示している。また、ピッチ系炭素繊維の表面処理を変化させた場合のハイブリッド材の力学特性を系統的に明らかにしている。

 第6章は「結論」で、本研究の成果を要約している。

 以上要するに本論文は、メソフェーズピッチ系炭素繊維およびそのCFRPについて、炭素繊維の表面処理による繊維-樹脂間の界面の変化、およびその界面強度が力学特性に及ぼす影響について、系統的かつ統一的に明らかにしたものであり、工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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