工学修士 木村 浩巳 提出の論文は「メソフェーズピッチ系CFRPの界面強度・力学特性に及ぼす表面処理効果に関する研究」と題し、6章よりなる。本論文は、タールピッチより生成するメソフェーズピッチ系炭素繊維およびそれを用いた樹脂系複合材料(CFRP)について、とくに炭素繊維の表面処理による繊維-樹脂間の界面の変化、およびその界面がCFRP物性に及ぼす影響について明らかにすることを目的にしている。近年、軽量かつ高強度・高弾性率を兼ね備えた材料として、CFRPが広く用いられている。強化繊維として用いられる炭素繊維は、大部分がポリアクリロニトリルを原料とするPAN系炭素繊維であり、数多くの研究が進められてきた。一方、メソフェーズピッチを原料とするメソフェーズピッチ系炭素繊維(以下、ピッチ系炭素繊維)は、近年研究開発が進んでおり、PAN系に比べて高弾性率化が容易であり、原料が安価であることなどから、今後の発展が期待されている。 第1章は「序論」で、本研究の背景、従来までの炭素繊維の表面処理、界面強度や力学特性に関する研究を総括、検討し、問題点を明らかにするとともに、本研究の目的と意義を述べている。 第2章「ピッチ系炭素繊維の表面処理」では、弾性率の異なるピッチ系炭素繊維の、硫酸、硝酸、水酸化ナトリウム電解液中での連続処理による電解酸化時の酸化反応挙動を調べている。いずれの繊維においても、電解酸化の通電量を増加するほど、繊維表面の酸素量は増加し、酸素量増加に伴って増加率は減少した。増加率減少は、酸素が増加するほど反応サイトが減少することによる。また、酸化反応は、いずれの電解液中でも低弾性率のものほど進展しやい。これは、繊維表面の黒鉛結晶状態と関係があり、高弾性率ほど低反応性の黒鉛結晶のベーサルプレーンが表面に増加するためである。また、電解酸化反応は、いずれの弾性率の繊維においても電解液の種類により異なる酸素増加を示し、酸とアルカリの違いは、アルカリ中では水酸イオンが反応し、脱酸素する反応機構、酸性電解液中では、水が反応し、脱炭酸によりエッチングが起きる反応機構により説明できることを明らかにしている。また、酸性電解液では、同一アニオンを有する電解液の場合、酸、塩にかかわらずほぼ同じ挙動をもつことを示している。 第3章「ピッチ系炭素繊維の界面評価」では、従来の界面強度の評価方法の問題点を指摘し、高弾性率ピッチ系炭素繊維に適する方法として、改良DNS(Double Notch Shear)試験を提案し、実用材の層間剪断強度の測定法として有効であることを示している。また、単繊維で界面剪断強度を測定するためのmicrodroplet法の改良も行っている。単繊維試験片形状の改善、樹脂滴付着方法の変更などにより、熱硬化性樹脂・熱可塑性樹脂の両方の試験片の作製が同一方法で可能としている。表面処理を加えるにつれ、エポキシ樹脂との界面強度は増加するのに対して、ポリプロピレンでは増加しないことを示すとともに、エポキシ樹脂の場合、界面強度と繊維表面の酸素量の間にほぼ比例関係が存在することを明らかにしている。 第4章「ピッチ系CFRPの界面強度と機械強度」では、繊維の表面処理量を変え、繊維特性およびCFRP特性を調べている。繊維の引張強度は、表面処理を加えるに従って低下するが、これは、表面処理によって繊維表面に欠陥が導入されるためである。CFRPの0°引張ひずみも表面処理を加えるほど若干低下したが、引張弾性率や、圧縮特性、3点曲げ強度には表面処理依存性は認められない。一方、90°引張強度、DNS法による層間剪断強度、アイゾット衝撃値には、表面処理依存性があることを明らかにしている。すなわち、90°引張強度は表面処理により高くなるが、繊維破壊を起こすため飽和すること、層間剪断強度は、繊維表面酸素量が大きいほど高い値を示すこと、0°アイゾット衝撃値は、表面処理を加えると低くなるが、これは、繊維の引き抜けが少なくなり、エネルギー吸収が小さくなるためであることを明らかにしている。 第5章「ピッチ系CFRPのハイブリッド化による圧縮特性の改善」では、ピッチ系CFRPの小さな圧縮破断ひずみは弾性率の低下に伴う剪断座屈破壊のためであり、潜在的には繊維は大きな破断ひずみを有すると考え、高圧縮強度繊維とのハイブリッド化を試みている。予想通り、ハイブリッド化により剪断座屈が防止され、圧縮特性が向上することを明らかにしている。さらに、ねじりや曲げを受ける部材では、圧縮ひずみの増加により、引張強度の利用率が増加し、部材全体の強度が向上することを示している。また、ピッチ系炭素繊維の表面処理を変化させた場合のハイブリッド材の力学特性を系統的に明らかにしている。 第6章は「結論」で、本研究の成果を要約している。 以上要するに本論文は、メソフェーズピッチ系炭素繊維およびそのCFRPについて、炭素繊維の表面処理による繊維-樹脂間の界面の変化、およびその界面強度が力学特性に及ぼす影響について、系統的かつ統一的に明らかにしたものであり、工学上寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |