学位論文要旨



No 111487
著者(漢字) 吾妻,瞬一
著者(英字)
著者(カナ) アヅマ,シュンイチ
標題(和) シリケイトからの希ガスと水の衝突脱ガス
標題(洋) Impact-induced Degassing of Noble Gases and H2O from Silicates
報告番号 111487
報告番号 甲11487
学位授与日 1995.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2974号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 中村,正人
 東京大学 助教授 杉浦,直治
 東京大学 助教授 佐々木,晶
内容要旨 1.はじめに

 衝撃圧8〜65GPaの衝突現象によって、serpentine(蛇紋石)やcalciteといったH2OやCO2をメジャーに含む鉱物からこれらのvolatileが脱ガスすることが、Ahrensらのグループの衝突実験によって指摘されている。微惑星や惑星の形成時には、この程度の衝突現象が普遍的に起こり得た。そのためこの衝突脱ガスが、微惑星や惑星内部のvolatile量の制御や地球型惑星の二次大気の形成に重要な役割を果たしたと考えられていて、惑星の初期進化の研究に活用されている。しかし一方で、大気の起源や進化の議論で重要な希ガスについては、脱ガス条件や水との関係はまだ明確になっていない。又、Ahrensらの特に水の実験結果に関して衝突後の試料についての記載が少なく、その脱ガスのメカニズムも明確ではない。そこで、希ガスや水の衝突脱ガスの基礎的なデータを得ると共に、この衝突脱ガスのメカニズムを調べることを目的とした衝突回収実験を試みた。

2.実験

 衝突実験は、宇宙研のレールガンや名古屋大・東北大の1段式火薬銃を用いて行った。ディスク状に切り出した試料をステンレスのカプセルに封入して衝突実験後回収し、衝突前後の試料中の希ガス・水の含有量を比較して、脱ガスの割合を調べた。カプセルには、試料に直接達するガス抜きの細い穴があるもの(open条件)を主に用いた。衝突実験は、5種類のシリケイト(岩石:Serpentine,Amphibolite;鉱物:Olivine,Orthoclase,Richterite)を用いて計37ショット行った。特に蛇紋石及びオリビンを用いた実験は、水と希ガスの衝突脱ガスのメカニズムに関する知見を得るために行ったもので、これらの結果を中心に、以下の様な構成で各内容を紹介する。

 (1).Serpentineについて―水の衝突脱ガス

 (2).Olivineについて―希ガスの衝突脱ガス

 (3).希ガスと水の脱ガスメカニズム

 (4).他の試料の分析結果

3.Serpentineについて―水の衝突脱ガス

 蛇紋石に関しては、岩石試料と粉末をディスク状に固めた試料(25%porous)、及び岩石試料を加熱した場合との比較を行った。粉末の場合、圧縮の割合が大きく同じ衝撃圧でも岩石よりも高温に達する。

 熱重量分析によって蛇紋石の衝突前後の含水量を調べた結果、衝突後の試料に含水量の顕著な減少が見られた。図1は含水量の減少の結果を、衝突時の発生圧力における水の脱ガス率に直してまとめたもので、Ahrensらの結果(黒印)も共に示している。

図1 蛇紋石からの脱水率(%)と発生圧力(GPa)の関係。白抜きが本研究の結果。黒はAntigoriteがLange et al.(1985)、及び20%porous LizarditeがTyburczy et al.(1990)のデータ。 Serpentine 25%Porous Serpentine Serpentine (heated) Antigorite 20%Porous Lizardite

 まず今回の実験結果に注目すると、岩石試料の場合、20から50GPaまで発生圧力に対し低い傾きながら系統的に変化し、60GPaで急に大量の脱ガスが起こっている。粉末試料は30GPaまで岩石試料と同様だが、40GPaで大きく異なり大量に脱水していて、ここで温度の影響が現れたと考えられる。

 Ahrensらの結果と比較してみると、porousな蛇紋石に関してはほぼ同様の結果が得られているが、岩石試料に関しては今回の結果は20GPa程高圧側で脱水している。この違いは、試料を封入するカプセルの形態の違いに起因すると考えられる。

 加熱・非加熱の結果の比較では、400度まで加熱してから衝突実験を行った方が、加熱しない岩石試料の結果よりも大量に脱水していた。しかし、その違いは粉末の場合と異なり、図1において傾きを変えただけとどまった。検討の結果、加熱・非加熱の差は衝突後の残留温度の違いで説明できると考えられる。

 又、衝突後の試料の粉末X線回折の結果、蛇紋石の結晶構造が生き残っていてそこからは脱水していない事、他の鉱物に相変化していない事、発生圧力の増加に伴い結晶構造が壊れた非晶質の領域が増加している事が分かった。実際走査電子顕微鏡(SEM)で観察してみた結果、試料中の亀裂やグレイン境界付近の一部に発泡構造が見られた。ここが脱水場所であり、非晶質に対応していると考えられ、衝突時に不均一な構造の破壊と局所的な温度上昇があった事を示している。

4.Olivineについて―希ガスの衝突脱ガス

 今回は特に希ガスの脱ガスメカニズムを解明するために、予め希ガスの存在場所が明確な、4Heと40Arを人工的に照射したオリビンを試料として用いた。これらの希ガスは照射表面から1470-2800Aの深さに濃集していると考えられる。このオリビンから粉末試料を作成して衝突実験に用いた。3回行った衝突実験での発生圧力は各々30.4,39.6,48.3GPaであった。

 希ガス分析の結果、He,Ar共衝突後の試料に減少が見られた。これを脱ガス率に直してプロットしたのが図2である。これを見ると、拡散係数の異なる4Heと40Arexが、48GPaの場合を除いて同じように脱ガスしている事が分かる。又、衝突前後の試料からの40Arexの抽出パターンを比較すると、48GPaの場合を除いて衝突後のパターンは衝突前の結晶からの抽出パターンを再現していた(図3a,b)。もし希ガスの脱ガスが熱拡散によってのみ起こるなら、衝突後の試料では低温側のピークが失われるはずだが、実際には異なる3つのピークが一様に減少している。これは、脱ガスした部分からは40Arはほぼ完全に脱ガスして、脱ガスしなかった部分からは全く逃げなかったという’all or nothing’タイプの脱ガスが起こっていた事を示している。4Heについては図2より40Ar同様の脱ガスを起こしていると考えられるが、これ以外に拡散も起こっていた。

図2 4He,40Arを照射したオリビンからの希ガスの脱ガス率(%)と発生圧力(GPa)との関係。誤差は1図3 衝突前後の試料からの40Arexの抽出パターンの比較。aは各温度での抽出量をそのままプロットしたもので、bは各温度での抽出量を各試料からの全抽出量で規格化したもの。UOL2は衝突前の、他は衝突後の分析結果を示し、発生圧力にちなんでOL-30(30.4GPa),OL-40(39.6GPa),OL-50(48.3GPa)としている。OL-50以外は100度毎の段階加熱法で分析し、OL-50のみ分析試料が少なかったので300度おきに分析した。

 大気組成の36Arを分析した結果、衝突後の試料中には衝突前の4〜8倍の36Arが含まれていた。これは、衝撃によって周囲のガスがimplantしたものと考えられる。

 粉末X線回折・SEM及びTEM観察の結果、衝突後の試料には蛇紋石同様オリビンの結晶構造が生き残っている部分と、結晶構造が壊れた非晶質な部分が存在していた。48GPaの場合にのみオリビンの融解を確認した。

5.希ガスと水の脱ガスメカニズム

 蛇紋石からの脱水とオリビンからの希ガスの脱ガスの共通点を見てみると、(1)衝突による破壊が不均一で、構造が壊された部分は非晶質化し、更に局所的に温度上昇して、ここにいたvolatileは脱ガスを起こしているが、(2)結晶構造がそのまま残っている部分も存在し、そこからは水も希ガスも脱ガスしていない、という’all or nothing’タイプの脱ガスが起こっていた点が挙げられる。つまり、衝突による脱ガスは、衝突による結晶構造の破壊と密接に関係していて、衝突現象に伴いどれだけ結晶が破壊され非晶質化したかで、その物質からの脱ガス率が決まってくると考えられる。今回の脱ガスの仕方は、衝突破壊実験の方から提唱されている破壊のモデル、不均一降伏モデルと調和的である。

 水と希ガスの違いに着目すると、それぞれのガスの各石における分布の違いや石自身の融解・分解温度の違いが影響していると考えられる。図2と図1の粉末試料からの脱ガス率の違いは、壊された所にガスがいたかいないかによると説明できる。

6.他の試料の分析結果

 Orthoclase(正長石)及びAmphibolite(角閃岩)からの希ガスの衝突脱ガスを分析した結果(図4)、双方とも40Arexの脱ガスが確認された。又、軽い希ガス(He,Ne)に関して正長石からは約90%脱ガスしていたが、角閃岩からは40Arexの脱ガスにもかかわらず、Heすら脱ガスしていなかった。他の重い希ガス(Ar,Kr,Xe)については衝撃によるimplantationによって脱ガスが確認できなかった。

図4 天然の正長石,角閃岩,Richteriteからの希ガスの脱ガス率(%)と発生圧力(GPa)との関係。Richteriteのみ脱水率も示す。Richteriteのみ加熱実験を行う。 H20 Richterite 40Arex Amphibolite H20(heated) He-Xe Amphibolite 40Arex Richterite 40Arex Orthoclase 40Arex (heated) He Orthoclase Ne Orthoclase

 正長石からの軽い希ガスの脱ガスは、希ガスの脱ガスが破壊だけでなく、ガスの保持力の小さい試料では残留温度にも依る事を示している。これは、結晶構造を保っている部分から熱拡散で脱ガスしたものと考えられる。40Arexの脱ガスは破壊と関連した’all or nothing’タイプの脱ガスと考えられる。角閃岩における40ArexとHeの脱ガスの違いは、前者が壊変する前の40Kの場所つまり結晶構造中の一角に局在しているのに対して、後者は試料中にほぼ均一に存在しているという、試料中のガスの分布の違いによると考えられる。40Arexの存在場所が先に破壊されたと考えられる。

 Richteriteに関して、加熱実験と組み合わせて水と希ガスの脱ガスを調べた。しかし、蛇紋石に比べてガスの保持力が強いので加熱・非加熱での脱水率には差が見られず、脱ガスが温度ではなく破壊に依っている事が暗示される。又、40Arexの脱ガス率が水のそれより小さい事は、破壊が水の存在場所を中心に起こったが、壊された所の全てに40Arexが存在していた訳ではなかった事を物語っている。

7.考察

 今回の実験結果より、衝突脱ガスについて次のような描像がかける。(1)衝撃波の通過の際、不均一な破壊と局所的な昇温が起こり非晶質な領域が形成される。ここにあったガスはサイトが壊された事によって脱ガスする。実験では高温高圧の継続時間が1s程度なので必ずしもこの時点でガスが試料の外に出られる訳ではない。又、結晶構造の生き残る部分が存在しここからは脱ガスが起こらない。(2)膨張波の通過に伴う減圧によって、水の場合発泡が起こり脱ガスする。(3)残留温度が高いか、ガスの保持力が小さい試料では、残留温度によって結晶部分からも軽い希ガスが熱拡散で脱ガスする。

 ’All or nothing’タイプの脱ガスでは希ガスの同位体分別は起こらないと考えられる。残留温度による熱拡散ではelementalな分別が予想される。

 非晶質化の割合については、蛇紋石からの脱水の結果より、発生圧力に依るだけでなく、高圧になると温度にも依存すると考えられる。

8.まとめ

 1.シリケイトからの希ガスの脱ガスを初めて実験的に確かめた。

 2.衝突後の試料に、不均一な破壊と局所的な温度上昇の跡が観察された。これらは衝撃波の通過時に起こり、非晶質な領域を形成した。

 3.希ガス・水共に’all or nothing’タイプの脱ガスをする事が分かった。この場合、試料中のガス成分の分布と、どこがどれだけ非晶質化したかが、脱ガス率を決定すると考えられる。

 4.非晶質化の割合は、発生圧力に依るだけでなく、高圧になると温度にも依存する。

 5.ガスの保持力の小さい鉱物からは、残留熱によると思われる軽い希ガス(He,Ne)の熱拡散による衝突脱ガスが起こっている事が分かった。

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章は衝突脱ガスの実験的研究の目的、第2章は実験に使用した試料の説明、第3章は実験の方法、第4章は実験結果とその吟味、第5章は議論にあてられており、第6章で論文全体の結論が述べられている。

 地球・惑星の形成過程では頻繁に天体の衝突が起こっていたと考えられている。衝突脱ガスはそのような天体の衝突時に固体物質中に含まれていた気体成分が脱ガスする現象である。第1章では、衝突脱ガスを地球型惑星の大気の形成の重要なプロセスとして、また隕石中の希ガスの同位体比に影響して隕石の年代決定にも影響を及ぼす過程としてとらえ、惑星科学における衝突脱ガスの意義を明らかにしている。さらに、過去の実験的な研究についてレビュウし、衝突脱ガスに関する実験的な研究がカリフォルニア工科大学のアーレンス教授を中心とするグループ以外ではほとんど行われていないこと、地球型惑星の大気の形成進化過程を解明する上で重要な希ガスの衝突脱ガス実験結果はほとんど報告されていないこと、さらに衝突脱ガスの機構が十分に理解されていないことが論証している。

 第2章では本研究で用いられた5種の試料、すなわち、かんらん石、正長石、リヒテル閃石、蛇紋石、角閃石について組成と希ガス分析の結果が述べられている。

 第3章では実験方法が述べられる。この実験では衝撃を受けていない試料と衝撃を受けた試料のH2Oおよび希ガスの含有量を比較することによってどれだけの脱ガスが起こったかを明らかにする方法をとっており、そのための実験に用いた衝突銃(宇宙科学研究所のレールガン、東北大学の1段式火薬銃、名古屋大学の1段式火薬銃)と、衝撃を受けた試料を回収するための試料容器の設計、回収試料の分析方法(セクタータイプ質量分析計による希ガス分析、熱重量分析によるH2O含有量分析、X線による結晶構造変化の解析、赤外吸収によるH2O含有量および構造の解析、走査および透過電子顕微鏡による試料観察)について述べらている。

 第4章は本論文の主要部分で、全体の3分の2以上を占めており、5種の試料を用いた実験について第3章で述べた解析法によって多角的かつ詳細な解析が示されている。本研究の特徴の一つは、大気中の希ガスの同位体組成とは異なる同位体組成の希ガスが含まれる資料を選ぶ、または作成して脱ガス実験を行ったことが挙げられる。4.1節ではかんらん石に40Arと4Heを照射して打ち込んで試料を作成し、これに衝撃を加えた実験の結果が述べられる。これは希ガスの衝突脱ガスを検討した実験である。4.2節では蛇紋石の衝突による脱水実験の結果が述べられる。この実験は基本的にはカリフォルニア工科大学のグループの実験結果の追試であり、過去の実験結果とは基本的に整合的であることが述べられる。ここでは衝突脱水の機構を明らかにする目的で粉末試料を用いた実験、回収容器の形状(ガス抜き穴の有無)を変えた実験などが行われた。ここで新たに行われた実験として特筆すべきは、衝突前に試料を予備加熱した実験と、ガス抜き穴はあるが容器の外にはつながっていない回収容器を用いた実験である。4.3は以上の2種の実験に基づいて希ガスとH2Oの脱ガスの比較検討を行い、衝撃を受けた試料のごく一部に変形と加熱が集中して、その変形と加熱が集中した部分では完全な脱ガスがおこるが、他の部分では脱ガスしないという、’all or nothing type’衝突脱ガスモデルが提案される。4.4節では正長石と角閃石の衝突脱ガス実験結果が述べられる。ここでは衝突によって希ガスが埋め込まれる効果が脱ガスを上回る場合もあることが示される。4.5節ではリヒテル閃石の衝突脱ガス実験の結果が報告される。

 第5章では以上の結果が要約され、衝撃波通過と同時、または複数回の衝撃波の通過で圧力と温度が上昇している最中の’all or nothing type’の脱ガスと、非可逆的な衝撃加熱のために圧力の解放後も残っている温度のために脱ガスする効果が分けて議論されている。また不均質降伏モデルに基づいた計算の結果も示されている。さらに、これらに基づいた衝突脱ガス機構の描像が示され、隕石中に記録が残る同位体分別の効果、地球型惑星の大気形成過程についての応用が議論されている。

 第6章は以上の結果が箇条書きに示されている。

 本研究は惑星形成過程で重要な衝突脱ガス過程について、従来、実験例の少ない希ガスの脱ガス実験を行うと同時に、様々な実験条件で実験を行うことによって衝突脱ガス機構の解明を目指したものである。この研究によって衝突脱ガス機構が完全に解明されたとはまではいえないが、脱ガス機構の問題点が良く整理され、衝突脱ガス現象の理解を深める上で重要な寄与をしたことには疑いがない。本論文の第4章は比屋根肇博士との共同研究であるが、論文提出者が主体的に実験の遂行、解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分大きいと認められる。したがって本論文の提出者は博士(理学)の学位をうけるにふさわしいものと認められる。

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