学位論文要旨



No 111498
著者(漢字) 孔,泳大
著者(英字)
著者(カナ) ゴン,ヨンダエ
標題(和) 新しいチオール保護基の開発と抗腫瘍性大環状ペプチドFR901228の合成研究
標題(洋) Development of a New Protecting Group of Thiols and Synthetic Studies of FR901228,an Antitumor Macrocyclic Depsipeptide
報告番号 111498
報告番号 甲11498
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2979号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 助教授 川島,隆幸
内容要旨

 最近、バクテリア代謝産物より、抗腫瘍活性を持つ大環状デプシペプチドFR901228が単離、構造決定された。FR901228はかご状の二環性デプシペプチドであり、(D)-システインと(S)-3-ヒドロキシ-7-メルカプト-4-ヘプテン酸のメルカプト基との間に、ジスルフィド結合が存在する。筆者は博士課程において、この化合物の合成を目的として研究を行った。この化合物を合成する際に鍵となる点として以下の三つが考えられる。i)環化の順序:目的化合物はエステル結合、アミド結合およびジスルフィド結合を持っており、ラセミ化の抑制と環化反応の進行しやすさを考えて環化の順序を決める必要がある。ii)チオールの保護基の選択:分子内に様々な官能基が存在するため、出来る限り穏やかな条件で導入や除去ができる保護基を用いる必要がある。iii)さらに(S)-3-ヒドロキシ-7-メルカプト-4-ヘプテン酸の不斉合成が挙げられる。

 

1)新しいチオールの保護基の開発

 アセトアミドメチル(Acm)型の保護基は穏やかな条件で脱保護でき、ペプチド合成にしばしば利用されるが、その導入を強酸性条件下でおこなう必要があり、また導入の収率は必ずしも満足できるものでない。また、Acm基は酸性度の高いアミド水素を持つため、FR901228の非ペプチド部分の合成におけるチオールの保護基として適さないことが考えられる。そこで、筆者は新しいAcm型の保護基として、アミド水素のないフタルイミドメチル(Pim)基を用いることを考えた。Pim基はN-(ハロメチル)フタルイミド(Pim-X)を用いれば、Acm基と異なり弱塩基性条件下でもその導入が行えるものと考えられる。そこでまず、Pim基をチオール化合物に導入する条件について検討を行ったところ、トリエチルアミン存在下、等モル量のチオールとN-(ハロメチル)フタルイミドをDMF中室温で反応させることにより、高収率で保護基を導入することができた。また、トリフルオロ酢酸とトリフルオロメタンスルホン酸(19:1)混合溶媒中、等モル量のチオールとN-(ヒドロキシメチル)フタルイミドを0℃〜室温で混合することにより、酸性条件下でもPim基を良好な収率で導入できることがわかった(式1)。

 

 このように酸性や塩基性いずれの条件下でもPim基を導入できることがわかったので、次にPim基の除去を検討した。Pim基で保護したチオール2をAcm体の脱保護条件と同様に、メタノール溶媒中酢酸水銀で処理したが、脱保護は進行せず原料が回収された。しかし、メタノール溶媒中、0℃で2倍モル量のヒドラジンを作用させた後酢酸水銀で処理したところ、良好な収率でチオールが得られた。さらに、この保護基は酢酸水銀のかわりに酢酸銅を作用させても良好な収率で除去できる(式2)。

 

 化合物2にヒドラジンを作用させた後、酸性条件下ヨウ素で処理すると、直接ジスルフィド化合物3を良好な収率で得ることもできる(式3)。

 

 化合物2は酢酸水銀の処理だけでは脱保護されないので、保護基としてPim基とAcm基の二つを持つ基質から、Acm基のみ選択的に除去することが可能となる。すなわち、化合物4を酢酸水銀で処理することによって、Acm基だけが選択的に除去された化合物5が高収率で得られた(式4)。

 

2)抗腫瘍性大環状ペプチドFR901228の合成研究

 FR901228は、四つのアミノ酸((D)-Val,(D)-Cys,(Z)―-Abu,(L)-Val)部分と非ペプチド部分13(3-ヒドロキシ-7-メルカプト-4-ヘプテン酸)に分けて考えることが出来る。非ペプチド部分13については、今回開発したPim基をチオールの保護基として用い、アルドール反応により12を合成することを考えた。ペプチド部分との結合生成については、エステル結合生成はラセミ化を伴うことがわかったので、N末端にカルバマート型保護基を導入した(L)-Valとの縮合反応を行い、つづいて三つのアミノ酸部分11との縮合反応を行い、環化前駆体9を合成する。環形成はまず、アミド結合生成反応を行い8を合成した後、最後にチオールの保護基のAcm基とPim基をヒドラジンと酢酸水銀の処理により同時に除去してジスルフィド結合を生成するアプローチを考えた(Scheme 1)。

Scheme 1

 12の合成は3-メルカプトプロピオン酸14を出発原料とし、メルカプト基の保護基としてPim基を導入して15とした後、ジボラン還元、Swern酸化、Wittig反応、アルドール反応を順次行い、最後にt-BuMe2Si基を脱保護することによって、目的とする-ヒドロキシエステル12(ラセミ体)を合成することができた(Scheme 2)。

Scheme 2

 次に、得られたアルドール部分12とペプチドとの縮合反応について検討を行った。まず12とFmoc-(L)-Valとのエステル結合生成の検討を行った結果、触媒量のDMAP存在下、0℃でDCC縮合により化合物10をジアステレオマー混合物として収率83%で合成することができた。得られた10を三級アミンで処理してアミノ基の保護基であるFmocを除去して19とし、これとトリペプチド20をEDC,HOBt法による縮合反応を行うことによって、環化前駆体21を収率良く得ることができた。さらに環化反応の検討を行ったところ、化合物21のカルボキシル基とアミノ基の保護基をトリフルオロ酢酸により同時に脱保護し、トリフルオロ酢酸塩22を単離し、これを高希釈濃度条件下でFDPP,(i-Pr)2NEt法により環化反応を行ったところ、環化物23の二つのジアステレオマーが合わせて37%の収率で得られた。環化物23のジアステレオマーを分離したのち、Acm基とPim基をヒドラジンとHg(OAc)2の処理により同時に脱保護し、空気酸化によりジスルフィド結合を生成後、HF-Pyridineを作用させることによってTBS基が脱保護された化合物24を91%の収率で得ることができた。(Scheme 3)。

Scheme 3

 以上、筆者はAcm型の新しいチオール保護基としてPim基を開発し、Acm基の問題点を解決することによって、ペプチド合成分野のみならず有機合成一般にも応用できるチオール保護基を開発した。また、これを用いFR901228の基本骨格(ジスルフィド結合を含む二環性の大環状デプシペプチド)を構築することができた。

審査要旨

 本論文は3章からなり、新しいチオール保護基の開発と抗腫瘍性化合物FR901228の合成研究について述べたものである。第一章はベンジル型チオール保護基を用いたFR901228の合成研究、第二章は新しいチオール保護基の開発、第三章はフタルイミドメチル基をチオール保護基として用いたFR901228の合成研究について述べている。

 第一章では、メルカプト基の保護基としてベンジル型の保護基を用いて、FR901228の合成研究を行った結果について述べている。これにより単環性の化合物1は得られたが、メルカプト基の保護基であるベンジル基を除去する際、エステル結合の開裂が先に起こり、より穏やかな条件下で除去できる保護基を用いることが必要であることがわかった(Scheme 1)。

Scheme 1

 また本章において、二価のスズトリフラートを用いるアルドール反応を利用して、FR901228の非ペプチド部分である3-ヒドロキシ-7-メルカプト-4-ペンテン酸の光学活性体を合成する試みについても述べられている。

 第二章では、FR901228の合成に利用可能な新しいメルカプト基の保護基として、フタルイミドメチル(Pim)基を開発した結果について述べた。Pim基は、ペプチド合成に広く利用されているメルカプト基の保護基であるアセトアミドメチル(Acm)基と類似したタイプの保護基であり、Acm基がその導入に強酸性条件を必要とするのに対し、Pim基はチオールにトリエチルアミン存在下ハロメチルフタルイミドを作用させることにより容易に導入できる(式1)。またAcm基と異なり、酸性度の高いアミドプロトンを持たないことから、金属エノラートを利用するアルドール反応など塩基性条件を必要とする反応も阻害しない利点がある。またPim基はヒドラジンを作用させた後、酢酸水銀(II)あるいは酢酸銅(II)を作用させることにより容易に除去できることを見出した(式2)。さらに、ジチオール化合物にPim基とAcm基の二つの保護基を導入したものから、Acm基だけを選択的に除去することも可能である。以上のように、Pim基はメルカプト基の保護基としてペプチド合成分野のみならず、有機合成一般にも利用できる優れた保護基と考えられる。

 111498f06.gif

 第三章では、第二章で述べたPim基をメルカプト基の保護基として用いたFR901228の合成研究について述べている。

 まず、非ペプチド部分に-アミノデヒドロブタン酸部位を含むペプチド部分を導入し、続いて環化反応を行いマクロリド構造をもつ単環性の化合物を得ることができた。しかし、この化合物からメルカプト基の保護基を除去することができなかった。これは-アミノデヒドロブタン部位の二重結合がメルカプト基と反応しているのではないかと考え、次に合成の最後の段階でトレオニン部位の脱水反応を行うアプローチの検討を行った。その結果、メルカプト基の保護基としてPim基を用いることにより、FR901228の基本骨格であるジスルフィド結合を含む二環性デプシペプチド骨格を初めて構築することができた。(Scheme 2)。

Scheme 2

 以上、本著者はAcm型の新しいチオール保護基としてPim基を開発し、Acm基の問題点を解決することによって、ペプチド合成分野のみならず有機合成一般にも応用できるチオールの保護基を開発している。また、これを用い、FR901228の基本骨格であるジスルフィド結合を含む二環性の大環状デプシペプチドを構築することにも成功している。この業績は有機合成化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は岩澤伸治氏との共同研究であるが論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク