学位論文要旨



No 111500
著者(漢字) 船守,展正
著者(英字)
著者(カナ) フナモリ,ノブマサ
標題(和) 高温高圧X線回析法によるMgSiO3ペロフスカイトの状態方程式の決定と地球下部マントルの化学組成の研究
標題(洋)
報告番号 111500
報告番号 甲11500
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2981号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井田,喜明
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 寿栄松,宏仁
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京大学 助教授 八木,健彦
内容要旨 I.はじめに

 全地球の体積の50%以上を占める下部マントルは、ケイ酸塩ペロフスカイトとマグネシオウスタイトの混合相により構成されると考えられている。特に、ペロフスカイトの占める割合はその内の70%以上にも上ると推定されているため、その物性を明らかにすることは、下部マントル研究において極めて重要である。

 ケイ酸塩ペロフスカイトについては、下部マントル条件下では立方晶をとる可能性が高いという指摘がなされてきたが、改良型Drickamer装置を用いた高温高圧X線その場観察法による研究により、36GPa、1900Kまでの全ての温度圧力領域で斜方晶のペロフスカイトが安定であることを明らかすることに成功した。ダイヤモンドアンビルを用いた室温における100GPa領域までのX線その場観察実験や分子動力学計算の結果と組み合わせて考えると斜方晶のペロフスカイト相が下部マントル全域を通じて安定である可能性は非常に高い。

 本研究では、この鉱物の状態方程式の精密決定を試みた。状態方程式の地球科学研究における応用範囲は広いが、特に、マントルの化学組成や温度分布を議論する場合には不可欠なものである。これまでに得られている実験データは極めて不十分なものであるにもかかわらず(後の議論参照)、その僅かなデータを用いて様々な議論が展開されてきた。本研究の最終目的は、精度の高い状態方程式を実験的に決定し、下部マントルの化学組成を決定することである。

 これまでも、ダイヤモンドアンビルを初め、DIA、MA8、改良型Drickamer等の各種高圧発生装置を用いて状態方程式決定のための研究が精力的に行われてきた。しかし、下部マントル条件下におけるP-V-Tデータは、唯一、改良型Drickamer装置を用いた研究で得られているだけである。しかし、この装置を用いた実験では、温度圧力測定の精度や発生する応力場の等方性に問題があることが分かっている。したがって、状態方程式の精密決定に不可欠な、下部マントル条件下における信頼性の高いP-V-Tデータはこれまで全く得られていないということになる。

 本研究では、改良型Drickamer装置に比べ大きな試料容積がとれるため、温度圧力の測定が容易で、かつ応力の等方性もよいと考えられるMA8型装置をX線その場観察用に最適化することで、下部マントル条件下におけるP-V-Tデータの精密測定に初めて成功した。得られたデータとWang et al.[1994]およびUtsumi et al.[1995]の低圧領域のデータを組み合わせることで現時点での最も信頼度の高い状態方程式を決定した。また、得られた状態方程式と地震学的手法により求められている地球内部の密度プロファイル(PREM[Dziewonski and Anderson,1981])を比較することで、下部マントルの化学組成に関する考察を行った。

II.状態方程式の決定

 実験は高エネルギー物理学研究所の放射光を利用して行った。高圧力の発生には、焼結ダイヤモンド製のアンビルを取り付けたMA8型高圧発生装置を用いた。高圧X線回折実験に適した無定形ホウ素とエポキシ樹脂の混合物(X線の吸収が少なく、回折線もほとんど出ない)の圧力媒体では、20GPa以上の圧力の安定した発生が不可能であることが分かっていたので、クエンチ実験で一般に用いられているマグネシアとホウ素・エポキシの混合物を組み合わせた複合型の圧力媒体を導入した。これにより圧力発生の安定性が非常に向上し、30GPa程度までの圧力発生が可能になった。また、X線の光学系を細くしぼることにより、この複合圧力媒体を用いても、試料のみからの質の高い回折プロファイルを得ることができた。温度は熱電対を用いて測定し、圧力は状態方程式のよく知られているNaCl、Au、MgOの体積と温度から求めた。これにより21〜29GPa、300〜2000Kの温度圧力領域におけるMgSiO3ペロフスカイト相のP-V-Tデータが93点得られた。

 得られたP-V-Tデータを内挿することで25GPaにおける2000Kまでの熱膨張が決定された(図1)。最終結果には、考えうる全ての誤差を評価した上で見積もられたエラーバー(信頼水準-95%)を付けた。25GPa、7Kにおける熱膨張率の最確値は、T,25=a+bT-cT2において、a=2.11x10-5K-1、b=1.80x10-9K-2、c=1.93Kとすることで与えられる。これによりペロフスカイト相の下部マントル最上部の温度圧力条件下における密度は、かなり正確に推定できるようになった。

 得られたデータとこれまでに報告されている低圧領域のデータ[Wang et al.,1994;Utsumi et al.,1995]とを組み合わせることでMgSiO3ペロフスカイトの状態方程式が決定された。3つのデータセットを最もよく満足する状態方程式は、3次のBirch-Murnaghan状態方程式:

 P=(3/2)KT,0[(VT,0/V)5/3]{1-(3/4)(4-KT,0)[(VT,0/V)2/3-1]}、KT,0=K0+(∂KT,0/∂T)P(T-300)、KT,0´=K0´T,0=a+bT-cT2において、K0=261GPa、K0´=4、a=1.982x10-5K-1、b=0.818x10-8K-2、c=0.474K、(∂KT,0/∂T)P=-0.0280GPa/Kとすることで与えられる。得られた状態方程式の不確定性を高圧X線回折実験において考えられる全ての不確定性を考慮に入れた上で決定した。

 得られた状態方程式から計算される300K、1000K、2000Kの等温圧縮曲線を解析に用いたデータとともに図2に示す。実線は上に示した方程式から計算されたものであり、破線は誤差の範囲を表している。この誤差の大きさは、下部マントルの化学組成に関する本当に信頼できる議論を行うためには依然として大きすぎる。状態方程式の不確定性を小さくするためには、50GPa領域での2000K程度までの精度の高い熱膨張測定が不可欠である。

図表図1 MgSiO3ペロフスカイトの25GPaにおける熱膨張。エラーバーは、高圧X線回折実験において生じうる系統誤差と統計誤差を全て考慮した上で見積もられている(信頼水準〜95%)。 / 図2 MgSiO3ペロフスカイトの等温圧縮曲線。破線は、誤差の範囲を表わしている。白丸、白菱形、黒菱形は、それぞれ、NaCl、Au、MgOを圧力スケールとして得られたデータである。圧縮曲線(状態方程式)は、NaClスケールを用いて得られたデータから最小自乗法により決定された。標準偏差は0.34GPaと小さい。大きなデータ点は、状態方程式からのずれが2以上のものを表わしている。得られた状態方程式は、AuおよびMgOスケールを用いて得られたデータとも調和的である。
III.推定される下部マントルの化学組成

 状態方程式の決定精度は、理想的というには不十分なものであるが、下部マントル条件下で初めて精密に測定された新しいデータを加えることで、これまでに報告されていたものに比べ飛躍的に向上した。そこで、得られた状態方程式を用いて下部マントルの化学組成についての考察を行った。

 下部マントルが(Mg,Fe)SiO3ペロフスカイトと(Mg,Fe)Oマグネシオウスタイトの2相から構成されるという単純化したモデルを考えた。化学組成の決定は、実験的に求められた状態方程式から計算される2相の混合物の密度と、地震学的手法により求められたPREM密度を比較することにより行われた。状態方程式に対するFeの効果は小さいと考えられているので、ペロフスカイトについては本研究で得られた状態方程式を、また、マグネシオウスタイトについてはFeiet al.[1992]により発表された(Mg0.6Fe0.4)Oの状態方程式を用いた。得られた結論は次の通りである。

 (1)Fe/(Fe+Mg)は、11〜14%程度の値をとる。

 (2)ペロフスカイト相が全体積の82-89%程度を占める。

 (3)Fe/(Fe+Mg)が大きいほど、ペロフスカイト相の占める割合が増加する。

 これらの結論は、状態方程式とPREM、各々の誤差を考慮せずに求められているので、まだ絶対的なものではない。しかし、従来の議論に比べ、はるかに高い精度の測定結果に基ずくものであり、現時点で考えられる最も確からしい組成を表している。より正確な下部マントルの化学組成決定のためには、状態方程式の精密化およびPREMに代わるより正確な地球モデルの構築が不可欠である。

参考文献Dziewonski,A.M.,and D.L.Anderson,Preliminary reference Earth model,Phys.Earth Planet.Inter.,25,297-356,1981.Fei,Y.,H.K.Mao,J.Shu,and J.Hu,P-V-T equation of state of magnesiowustite(Mg0.6Fe0.4)O,Phys.Chem.Minerals,18,416-422,1992.Utsumi,W.,N.Funamori,T.Yagi,E.Ito,T.Kikegawa,and O.Shimomura,Thermal expansivity of MgSiO3 perovskite under high pressures up to 20 GPa,Geophys.Res.Lett,22,1005-1008,1995.Wang,Y.,D.J.Weidner,R.C.Liebermann,and Y.Zhao,P-V-T equation of state of(Mg,Fe)SiO3 perovskite:constraints on composition of the lower mantle,Phys.Earth Planet.Inter.,83,13-40,1994.
審査要旨

 本学位申請論文は、下部マントルの主要構成鉱物と考えられているMgSiO3ペロフスカイトの状態方程式(密度-温度-圧力の関係式)を高温高圧下のX線回折実験により精密に測定し、得られた結果を用いて下部マントルの化学組成に関する考察を行ったものである。

 下部マントルは全地球の体積の50%以上を占め、その主たる構成鉱物はケイ酸塩ペロフスカイトとマグネシオウスタイトと考えられている。マグネシオウスタイトは常圧下でも安定なため、その物性は比較的良く研究されているが、ケイ酸塩ペロフスカイトは25GPa、1000K以上の超高圧高温下で初めて安定化するため、その物性を調べることは容易ではない。従来は高温高圧下で生成した試料を急冷して1気圧下に準安定状態として取り出すクエンチ実験や、モデル物質による研究、低圧での測定の外挿による研究などが行われてきた。しかし、地球内部における安定な構造の解明や、その弾性的性質を明らかにするには、下部マントル条件に対応する超高圧高温下でのX線その場観察実験が不可欠である。

 本研究ではまず、焼結ダイヤモンドをアンビル材として用いた新しい高温高圧下のX線回折実験技術の開発を行い、従来の限界を大幅に超える下部マントル条件下での精密なX線回折実験技術を確立した。対向アンビル型装置を用いた高温高圧X線その場観察法による研究でまず、36GPa、1900Kまでの全ての温度圧力領域で斜方晶のペロフスカイトが安定であることを明らかすることに成功した。したがって、少なくとも下部マントル最上部の領域では確かに斜方晶ペロフスカイトが安定であることが確認され、さらにその状態方程式の精密決定を試みた。この研究には、対向アンビル型装置に比べ大きな試料容積がとれるため、温度圧力の一層精密な測定が可能で、かつ応力の等方性もよいと考えられる2段式マルチアンビル型装置をX線その場観察用に最適化して用い、下部マントル条件下におけるP-V-Tデータの精密測定に初めて成功した。得られたデータと従来得られていた低圧領域のデータを組み合わせることで現時点で最も信頼度の高い状態方程式を決定した。従来、このようにして得られた解析結果の誤差は、単に実験データのばらつきだけを考慮して求めることが多かったが、本研究では、圧力マーカーの不確定さや熱電対の起電力に対する圧力効果などさまざまな系統的実験誤差の要因を考慮し、得られた結果の絶対値の信頼限界を明らかにした。さらに、得られた状態方程式と地震学的手法により求められている地球内部の密度プロファイルを比較することで、下部マントルの化学組成に関する考察を行った。その結論をまとめると次のようになる。

 (1)Fe/(Fe+Mg)は、11-14%程度の値をとる。

 (2)ペロフスカイト相が全体積の82-89%程度を占める。

 (3)Fe/(Fe+Mg)が大きいほど、ペロフスカイト相の占める割合が増加する。

 本研究は、固体地球物理学で第一級の問題である下部マントルの化学組成を、構成鉱物の物質科学的研究から明らかにしようと試みたものである。その中心となったのは、焼結ダイヤモンドを用いた高圧装置とシンクロトロン放射光の組み合わせによる新しい超高圧高温X線回折実験技術の開発であり、それで得られた精度の高いデータはすでに国際的にも高い評価を受けている。また実験結果の解析も、従来のやり方にはあきたらず、各種の統計的誤差を考慮して新たに独創的な解析方法を開発し、実験結果にもとづいた議論の信頼限界に関して新たな議論を呼び起こしている。下部マントルの化学組成に関する考察は、まだその手法の細かい部分については議論の余地があるものの、今後の研究で何が必要とされるかを明確に示したという点でも高く評価できる。これらの研究はそのほとんどが他の研究者との共同研究であるが、いずれの研究においても申請者が中心的役割を果たしており、本人の貢献は充分大きいものと判断された。

 以上述べたように、本研究は現在の固体地球物理学研究の第一線の研究として国際的にも十分通用する高いレベルのものであり、今後の新しい展望を開いたという意味でも、博士論文として高く評価される内容を持っている。これだけの内容の論文がすでに完成し、その内容をまとめた論文が国際的な学術雑誌に受理されていることを考慮すると、通常の年月を待たずに早く博士論文を提出することは、充分意味のあることと考えられる。よって申請者は博士(理学)の学位授与に相当すると認められる。

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