学位論文要旨



No 111501
著者(漢字) 胡,和平
著者(英字)
著者(カナ) フ,フォピン
標題(和) 土壌-植物-大気連続系における水分及び熱輸送に関する研究
標題(洋) A Study of Moisture and Heat Transfer in Soil-Plant-Atmosphere Continuum
報告番号 111501
報告番号 甲11501
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3505号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 助教授 河原,能久
 東京大学 助教授 Dibajnia,Mohammad
 東京大学 講師 沖,大幹
内容要旨

 土壌-植生-大気連続系(Soil-Plant-Atmosphere Continuum : 以下ではSPACと略記する)における水分と熱の輸送は多くの分野において関心を持たれてきたものである。土壌,植生,大気は独立ではなく,相互に物理的,化学的,生物学的な作用を及ぼしあっている領域であり,水分や熱の輸送は多くの自然現象と関連している。SPACはすべての生き物の基本的な環境であると同時に,水循環や太陽放射による温度上昇の生起する場でもある。その重要性により,SPACでの水分と熱の輸送は多くの分野,とりわけ水文学,気象物理学,生物物理学,物理学の観点から注目を浴びてきた。しかし,研究の多くは土壌,植生,大気を個別に取り扱ったり,単純化をはかって検討してきた。最近,SPACモデルを完全に連結させた系として取り扱うことの重要性が明かとなってきた。SPACは多くの素過程を含んでおり,しかもその素過程が複雑であるため,SPACでの水分や熱の輸送については不明な点が多い。本研究はSPACにおける水分・熱輸送の解明に寄与するために,物理的な機構を表現するとともに完全に相互作用を及ぼし合うようなSPACモデルを構築し,SPACでの水分・熱輸送の動的な特性を明らかにすることを目的としている。

 本研究で構築するSPACモデルは3つのサブモデル,すなわち,土壌モデル,植生モデル,大気モデルから構成されている。土壌から大気までの水分輸送と熱輸送とを同時に取り扱うことが本研究の最も大きな特徴である。土壌では,潜熱輸送は水の相変化を通して行われる。また,土壌,植生,大気での境界面では,蒸発や蒸散が極めて重要な役割を果たすが,それは,質量バランスやエネルギー収支に影響を与えるだけでなく,水分輸送と熱輸送との関係をも規定するためである。本モデルでは3つのサブモデルを完全に連結させることにより,現象のより正確な把握を試みるが,このようなアプローチは現象のより精緻なモデル化とより多くの計算時間を必要とする。

 土壌モデルは連結SPACモデルの基礎である。ここでは,既往の研究に基づき,水分と熱の輸送を連結した土壌の数理モデルを導出した。未知量は圧力水頭と土壌温度であるが,圧力水頭を未知量とすることにより,本モデルを非等方性を示す土壌や不飽和状態の土壌へも適用することを可能としている。水分輸送では,液体の水と水蒸気としての輸送を,熱輸送では,熱伝導と水の相変化に伴う潜熱輸送を取り扱っている。

 植生モデルはSPACモデルの中で最も重要なサブモデルである。それは,植生の存在と働きが地表面での運動量,質量,エネルギーフラックスを決める上で支配的な役割を演じるためである。本研究では,1層のキャノピー層からなる植生層を仮定し,植生の主な特徴を表現しながらモデルパラメータの数の少ないモデルを構築した。植生による降雨や露滴の遮断量を表現するために,植生キャノピー中に遮断貯水モデルを導入した。蒸発散の計算は,地表面からの蒸発,遮断された水におおわれた葉の一部からの蒸発,気孔からの蒸散の3種類の過程に対して行われる。

 大気モデルは接地層モデルとエクマン層モデルに細分されている。接地層モデルは,Monin-Obukhovの相似理論に基づき,裸地面や植生を有する地表面における運動量,水分,熱輸送量を算出している。相似理論によれば,接地境界層内ではフラックスが高さ方向に一定であり,Obukhovの高さスケールを用いて大気の安定性を考慮した解析を行うことができるようになっている。エクマン層モデルは,接地層の上方に広がる大気境界層での運動量,水分,熱の輸送を解析するが,そのために-乱流モデルと乱流拡散係数モデルが導入されている。

 モデルの妥当性の検証とモデルの特性の検討を行った。まず,与えられた大気の状態に対するSPACモデルの応答を,屋外観測結果との対比により検討した。観測結果は2種類であるが,1つは琵琶湖周辺で1993年の10月から11月と1994年10月に実施したものであり,他の1つは中国北部のYuchenにおいて1992年4月に行われたものである。なお,上空の観測データが得られていないため,大気モデルとしては接地層モデルまでが使用された。モデルによる計算結果は観測結果と良好に一致し,本モデルが信頼できるものであることが確認された。また,感度解析を行い,土壌水分量が蒸発散過程での重要な因子であること,他の研究者の結果と異なり,蒸発散量が土壌の種類にはさほど依存しないことという結果が得られた。また,-モデルを埋め込んだSPACモデルによる数値解析を実施し,大気の状態に対する蒸発散過程の応答を検討した。

 本研究で構築したSPACモデルに必要な水文気象学的なデータは4種類のみ,すなわち,正味の太陽放射,気温,大気の蒸気圧と風速である。したがって,本SPACモデルを現地に適用することは容易である。また,本SPACモデルは拡張が可能であり,関連する研究,例えば,水循環モデルの構築や全球モデル(GCM)の地表面過程のモデル化においても参考になるものと考えられる。

審査要旨

 本論文は土壌-植生-大気連続系(Soil-Plant-Atmosphere Continuum、以下ではSPACと略記する)における水分と熱の輸送を取り扱ったものである。土壌、植生、大気は独立ではなく、相互に作用を及ぼしあっており、水分と熱の移動は多くの自然現象と関連している。SPACは全ての生き物の基本的な環境であると同時に、水循環や太陽放射による温度上昇の生起する場であり、水文学、気象学、生物物理学、地球物理学などの広い分野で注目されている。しかし、従来の研究の多くは土壌、植生、大気を個別に取り扱ったり、単純化して検討している。近年において、SPACモデルを完全に連結した系として取り扱うことの重要性が明らかとなってきた。本研究はSPACモデルに含まれる素過程を明らかにすると共に、相互作用を及ぼしあうようなモデルの構築に成功している。

 本研究で構築するSPACモデルは3つのサブモデル、すなわち、土壌モデル、植生モデル、大気モデルから構成されている。土壌では潜熱輸送は水の相変化を通して行われる。また、土壌、植生、大気の境界面では蒸発や蒸散が極めて重要な役割を果たすが、それは質量バランスやエネルギー収支に影響を与えるだけでなく、水分輸送と熱輸送との関係をも規定するためである。本モデルでは3つのサブモデルを連結させることにより、現象のより精緻なモデル化に成功したが、多くの計算時間を必要とすることとなった。

 土壌モデルでは圧力水頭と土壌温度を未知量とすることにより、放物型の微分方程式により水分と熱の輸送を連結して求めている。こうした定式化により、本モデルは非等方性の土壌や、不飽和な土壌にも適用が可能となった。水分輸送では液体の水と水蒸気の輸送を、熱輸送では熱伝導と水の相変化に伴う潜熱の移動を取り扱っている。

 植生モデルは連結SPACモデルの中で最も重要なサブモデルである。それは植生の存在と働きが地表面での運動量、質量、エネルギーフラックスを決める上で、支配的な役割を果たすためである。本研究では1層のキャノピー層からなる植生層を設定し、植生の本質的な特徴を保ちながら、経験的に導入される係数の数を減らしている。植生による降雨や露滴の遮断量を表現するためには、キャノピー層の中に遮断貯水槽を考えることとした。蒸発散の源は、地表面からの蒸発、遮断された水に覆われた部分の葉からの蒸発、気孔からの蒸散の3種類が考えられている。

 大気モデルは接地層モデルとエクマン層モデルから構成される。接地層モデルは、Monin-Obukhovの相似理論に基づき、地表面における運動量、水分、熱輸送量の算定に用いられている。相似理論によれば、接地境界層内ではフラックスが高さ方向に一定であり、Monin-Obukhovの高さスケールを用いて、大気の安定性を考慮した解析を行うことが出来る。エクマン層は、接地層の上方に広がる大気境界層での運動量、水分、熱の輸送を解析するものであり、-乱流モデルが用いられている。

 モデルの妥当性の検証は2種類の観測結果により行われた。1つは論文提出者等が琵琶湖周辺で第1回を1993年10月から11月に実施し、第2回を1994年10月に実施したものである。土地被覆は、稲刈り後の水田である。他の1つは中国北部のYuchenにおいて1992年4月に行われたものであり、土地利用は小麦の畑である。なお、上空の気象データが得られていないので、大気モデルとしては接地層モデルまでが使用された。モデルによる計算結果は観測結果と良好に一致し、本モデルが信頼できるものであることが確認された。また、土壌水分量が蒸発散過程での重要な因子であることが、感度分析の結果により発見された。さらに、感度分析により蒸発散量が土壌の種類にはさほど依存しない結果が得られた。これは、従来の知見と異なる結果であり、実測による検証などは将来の課題である。

 本研究で開発された連結SPACモデルを起動するために必要な水文・気象学的なデータは、正味の太陽放射、気温、大気の蒸気圧、風速の4つである。したがって、本モデルは現地における水分と熱の輸送量の予測に適用することも容易である。以上に記したように、本論分は土壌-植生-大気連続系における水分と熱の輸送を統合的に取り扱うことの出来るモデルを構築し、その妥当性を検証した。これは、河川工学、水文学の進展に大きく寄与するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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