学位論文要旨



No 111506
著者(漢字) グロスマン メアリー ル
著者(英字) Grossman Mary, Louise
著者(カナ) グロスマン メアリー ル
標題(和) 都市公共公園と時間 : 東京の公共公園における発達と変遷の事例
標題(洋) URBAN PUBLIC PARKS AND TIME : Selected Tokyo Public Parks;evolution and change
報告番号 111506
報告番号 甲11506
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3510号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 助教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 家田,仁
 東京大学 助教授 斎藤,潮
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨

 初期の東京における公共公園から3例を選び,それらの「変遷」について理論及び適用から導かれる総合された方法を用いて研究した。「公園」,「地域」,そして「国」というスケールに連続的に対応しながら,分析対象の構成要素を考慮した問題提起がなされた。「変遷」の分析は次に挙げる3つの範疇の間の関係として解釈された。それらは,(i)主な公園行事,主な地域行事,主な国家行事,(ii)公園形態,公園の内容(施設・記念碑等),公園の隣接地及び文脈,そして(iii)公園史,公園の先例である。分析的なアプローチと解釈的なアプローチ(例えば聖書解釈のような)を総合したことにより,提起された研究課題の広範な解決が可能となった。また,国際比較は初期の影響を及ぼした欧州の公共公園と比較した場合に,東京の公共公園の変遷の特性を理解するために行われた。(欧州の公園は江戸が東京へと移行する明治維新の期間,既存の日本の設計・計画のアプローチに影響を与えた。)日本の地域と国の特徴に即した構成した「時代区分」モデルは分析の為に仮定されたものである。

 研究の結果から次に挙げることが明らかになった。(1)各時代を通じて公園行事の中で頻度が最も高いものは,各々の公園の性格の変化に対応している。(2)各時代を通じて公園の内容の中で頻度が最も高いものは,これら3例の全てに於いて,その次に頻度が高いものと共に,「公園と地域の歴史」に係わるものである。(3)公園隣接地とそれに関係した公園の変化は,各例に最も近い地域の交通施設の開発に大きく係わっている。(4)最も頻度が高い公園の内容の追加は,2つの例に於いては開園されてからの時間の長さに対応しているのに対して(日比谷公園と隅田公園における開園後20年間),3番目の例では2回のピークが時代を通じて認められる。(5)変遷に関係する公園行事の内,最も高い頻度は,各々の例で異なり,頻度は変遷に関するこれらの行事の「重要性」を反映するものではない。これらについては,例を用いて議論を進めている。(6)主な地域行事に対応した主な公園行事の頻度が最も高いのは,公園の供用期間によって異なる一方で,2例(日比谷公園・上野公園)では関東大震災及びその地域における戦時中の爆撃という「経験」を共有しながら同時発生的な出来事が観察された。しかしながら,日比谷公園と上野公園に見られた傾向は,どの時代においても隅田公園には現れることはなかった。(7)主な国家行事に対応した主な公園行事の頻度が最も高いのもまた,公園の供用期間によって異なる一方で,より古い2例(日比谷公園・上野公園)では同時発生的な出来事が観察され,これら2例に見られた傾向はまた,第3の例に於いても時代を通じて観察することが出来た。(それぞれの公園において行われた,国家的な性格を有する,幾つかの主要な出来事は国家的行事の年表に載せたものの中には含まれていない。)これらに代わる説明としては,(i)「存在」,(ii)平面図上の内容と文脈との関係,(iii)一時的な関係,(iv)類型論的関係,(v)海外の影響,(vi)文化的相違性,そして(vii)国際比較という観点から議論される。

 ランドスケープ・アーキテクチャーの分野に於ける都市公園の歴史研究に,理論と適用を組み合わせた方法を開発し試みることが今後の研究として望まれる。そして,公園形態,公園領域,そして公園記念碑に留意した公園の分析が今後の研究として望まれる。デザインの「事例研究」という形の結果を適用することもまた今後望まれる。

審査要旨

 「都市公共公園と時間-東京の公共公園における発達と変遷の事例」と題された本論文は東京における公共公園の「変遷」について,その内容と特徴を明らかにし,公園・地域・国という異なったスケールでの出来事と公園の内容,形態の変化との関係を論じたものである。実例として,東京に立地し,起源が異なる三つの公園を取り上げ,それらの共通点と違いを比較することによって,日本社会及び市民の公共公園に対する態度を議論している。

 まず,国家的,地域的な出来事を抽出,整理し,公園の変化に関する文脈としている。次に東京の都市発展の変遷を調査し,東京の公共公園の変遷を説明する時代区分を1)江戸時代から明治維新まで,2)関東大震災まで,3)太平洋大戦まで,4)東京オリンピック準備まで,そして5)現在までの五つの期間としている。第3に公共公園の起源及び使われ方とが,江戸時代からの我が国の伝統的な都会の空間構造・盛り場・名所に由来しているという仮説をたて,歴史文化的調査をしている。第4に欧米の公共空間の計画・設計及び公共空間に対する思想が,我が国の公共公園に与えた影響を調査している。第5にそれぞれ異なった起源を有する上野公園,日比谷公園,そして隅田公園について,歴史的・事物的基本情報の整理と,公園内での出来事を調査している。以上の調査の結論として,主要な公園における出来事が国家的及び地域的な出来事と何らかの関係があるとし,本論文の議論が有意であることを裏付けている。また,東京における公共公園の形態と内容の変遷は前記の五つの時代区分と,時間的な符合を示すこと,そして各公園の起源となった敷地の由来によって変遷に違いがあることを予測している。

 次に,既存の方法論を組み合わせた独自の分析方法の構築を試みている。公園の変遷の重層的な態様と多岐に渡る要素を項目毎に分類し,それらを大きく経験的方法,パラダイム(系列)的方法,アヴァン・ギャルド的方法,そしてヘルマヌティック(解釈)的方法の四つの枠組みに収め,各々の枠組みによって分析または解釈を行っている。つまり本論文では,従来からのいわゆる西欧の視点から日本の特徴を分析・解釈するのではなく,これら四つの方法を横断的に関連づけながら,資料から得られる情報に客観的な分析・解釈を行うとしているのである。

 この独自の分析方法により,東京の公共公園の分析・解釈が三段階の過程で行われている。第一段階では,各公園の歴史的記述と,異なった年代の平面図から,それぞれの背景となる特徴が明らかにされるとともに,項目毎の定量化が行われている。第二段階では取り上げた全ての公園について,前段階で得られた数値データを時系列に整理し,変遷を軸とした要約を試みている。そして第三段階では得られたデータ相互の関係付けと解釈とを行い,変遷において上野公園と日比谷公園の近似性を指摘し,隅田公園とそれらの公園との違いが,前者が地域的な性格を有するのに対して後二者が国家的性格を有するという,性格の違いに起因しているとする。

 次にこの結果を受けて,我が国における公園の変遷とその動機をより明確にするために,イギリス及びドイツの公共公園との比較を行っている。いずれの事例においても,開園後の形態・様式等の変更及び社会情勢に呼応した公園内での出来事が認められたが,公園の使われ方は不変であることを観察している。

 結論においては,本論文の分析結果及び解釈を整理し,(1)公共公園の形態と内容の変遷を歴史的時代区分との関連で議論する妥当性,(2)公共公園の形態と内容の変遷を国家的及び地域的な出来事と関連づけて議論することの妥当性,(3)公園の起源となった敷地の由来と変遷態様を関連づけて議論する妥当性,(4)提案された分析・解釈方法の妥当性,としてまとめている。

 以上の通り,本論文は東京における公共公園の「変遷」について,独自の分析・解釈方法を構築し,その内容と特徴を分析・解釈することにより,変化の動機が明らかにされることを示した。従来,我が国の公共公園においては,欧米の計画・設計の影響について議諭されることが主流であったが,それに加えて社会の動きを通じての伝統文化及び欧米文化の影響を具体的に示したことが特色である。価値観の多様化が謳われ,都市公共空間のデザイン規範が模索される現代において,デザイン論に繋がる都市公共空間の分析・解釈方法諭の発展に対し大きな意義を持ち,土木及び造園の分野の計画・設計史に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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