学位論文要旨



No 111509
著者(漢字) イスラム A.K.M. ヌルル
著者(英字) Islam A.K.M. Nurul
著者(カナ) イスラム A.K.M. ヌルル
標題(和) 排水中の微量臭気物質の分析手法の開発と生物処理における臭気制御の研究
標題(洋) DEVELOPMENT OF ANALYTICAL PROCEDURE TO DETERMINE TRACE ODOROUS COMPOUNDS IN WASTEWATER AND INVESTIGATION ON ODOR CONTROL IN BIOLOGICAL TREATMENT
報告番号 111509
報告番号 甲11509
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3513号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 助教授 味埜,俊
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨

 生活用水が不足しているという理由から、下水処理水(treated waste water,TWW)が代替的な水資源として注目されている。TWWはさまざまな目的に使用できる可能性があるが、その水質が十分でないために広く利用されるには至っていない。現在ではTWWとして高度処理水(あるいは3次処理水)用いられているが、臭気物質は他の水質項目と異なりその除去の目標には達していない。これは人間の嗅覚が非常に鋭いためである。そのため近年、水中の微量の臭気物質の除去が研究課題とされてきた。そのためには、微量臭気物質の分析手法の確立が必須である。

 一方で、排水処理施設における臭気の発生を抑制するためにも最適な実験的手法が必要となってくる。排水中に存在する各種臭気物質のOTC(odor threshold concentration,臭気限界濃度)は非常に低いため、g/lからng/lレベルの低濃度の臭気物質を分析する手法が必要である。

 これら2つの観点を考慮した場合に既存の分析方法では不十分であったため、本研究の前半では微量臭気物質の分析手法の向上に主眼が置かれている。

 排水中の臭気物質の大半は窒素あるいは硫黄を含む化合物である。本研究では、発生頻度の高い物質として硫黄を含む化合物8種と窒素を含む化合物8種を対象とした。

 硫黄を含む化合物の検出にはFPDを検出器としたGCが最適であることが既存の研究から分かっている。そこで本研究では、ヘッドスペース法による直接分析法の改良を試みた。そのためにカラム、キャリアガスおよびその流量、昇温プログラム、水素炎の状態などさまざまな条件について検討をおこなった。その結果、直接注入によって平均0.5ngまで検出可能となり、既存の方法と比較して大きく向上された。次に、GCにおける目的物質分離のための最適条件を検討した。さらにGC装置の改良をおこない、分析時間を大幅に短縮することに成功した。

 しかしこの改良法を用いても、OTCレベル以下の検出は不可能だった。そこで、試料を濃縮する必要性が生じた。濃縮法としてpurge and trap法が有効であるが、既存の装置ではOTCレベル以下の分析はできなかったため、装置の改善を試みた。さまざまな条件を変えてテストをおこなった結果、OTC以下の分析が可能となった。その際、装置各部の温度、水分による妨害、残留効果、パージ体積、パージ管の容積、pH、パージ時間、汚染などの条件が分析プロセスに対して重大な影響を与えた。本研究で確立した方法では、十分かつ安定した回収率が得られた。

 窒素を含む臭気物質の分析は硫黄を含む物質よりもずっと困難である。そのため1種類の装置で8種の化合物全てを分析することはできなかった。

 無機化合物としては本研究ではアンモニアのみを対象としたが、これはphenol-alcohol法により分析をおこない、その検出限界はOTC以下だった。

 準揮発性化合物に対しては、GCでは十分な分離が得られないことがすでに分かっている。本研究においては当初CIAによる分析を試みたが、十分な検出限界が得られなかった。最終的に、HPLCを用いた直接注入法により分析した。その分析条件は、カラム、移動相液体の成分および組成、試料注入量、検出器の波長、カラム温度およびその変化勾配、移動相液体流量とその変化勾配などの諸条件をそれぞれテストして最適条件を決定した。その検出下限は1g/lと、対象物質のOTCと同じオーダーであった。検出限界を下げるためにSEP-PAKおよびEXEL-PAK濃縮管を用いたが良好な結果が得られず、後の実験には直接注入法を用いた。

 第三級アミンとしては、本研究ではトリメチルアミン(TA)のみが対象である。まずCIAによる分析を試みたが、検出限界が高くさらに他の化合物による妨害も見られたために不適であった。その後FTPを検出器としたGCによる直接注入法を試した。アミンに適したカラムを用いてさまざまな条件をテストした結果、検出下限として0.5ngを得た。一方でGC-MSによる分析も試みた。カラムの種類、キャリアーガスの種類および流量、装置各部の温度、スキャン法などを検討した結果、検出下限は0.5ngとなった。FTP検出器は比較的不安定であるので、以後はGC-MSを用いた分析法について検討し、ヘッドスペースによる濃縮操作法を種々模索したが、検出下限はOTCよりも高かった。

 第一級および第二級アミンの分析にはまずCIAを試みたが、検出限界が高くさらに良好な分離が得られなかったために不適とした。また、アミンは気液平衡において気相への移行分が小さいため、ヘッドスペース法を用いたGC-MSによる分析も不可能だった。そこでHPLCによる分析を試みることにしたが、それにはアミンを誘導体化する必要があった。これは、アミンがHPLCの検出器に対して吸光を持たないためである。SNPAが乾燥条件において長鎖のアミンを誘導体化するのに適しているとの報告があり、本研究ではそれを改良してSNPAにより短鎖のアミンを誘導体化することを試みた。さらに、他の誘導剤についても検討したが最適な方法を見いだすことはできず、最終的にひとつの方法を選んだもののその検出限界はOTCよりも高かった。

 本研究の前半で開発した分析手法を用いて、実排水処理プラントにおける調査をおこなった。その目的は、実際の処理過程における臭気物質の挙動を知ることである。調査にあたって、各処理過程における臭気物質の生成および除去が把握できるようにサンプリングをおこなった。また、あらゆる種類の処理過程が含まれるように処理プラントを選定した。計4つの処理プラントにおいて調査をおこなったが、その全てにおいて二次処理として活性汚泥法が用いられておりその後には高度処理がおこなわれている。また、そのうちの3つのプラントには汚泥処理設備がある。

 調査の結果、多くの場合、処理プラント全体で見ると流入水中の臭気物質は処理の過程で分解されており、特に好気的な条件が大きく貢献していることが分かった。しかし嫌気的条件にある処理過程(たとえば沈殿槽)のみに注目すると、そこでは常に多量の臭気物質が生成されていた。これには汚泥処理過程も含まれる。高度処理過程では臭気物質が常に完全に除去されるわけではなかったが、オゾン処理の後におこなわれる砂濾過過程においてはほぼ完全に除去されていた。また、汚泥処理過程における臭気物質の生成は、そこに入ってくる臭気物質の種類に大きく影響されることも分かった。

 再生水が供給されている河川水についても調査をおこなったが、全てのケースにおいて臭気物質濃度はOTC以下だった。

 浄化槽における調査もおこなった。浄化槽は小規模のオンサイト処理施設で、下水道が不適切あるいは不可能な地域において、各家庭やコミュニティーセンターによって設置されている。多くの場合浄化槽の内部は複数の区画からなり、好気処理槽と沈殿槽の後に嫌気槽が設けられていることが多い。本研究では計6つの浄化槽について調査をおこなった。これらは全て生物膜を用いた処理をおこなっている。調査の結果、ほとんどの場合、対象臭気物質はOTCレベル以下だった。

 最後に、活性汚泥法において臭気物質を除去し、またその生成を抑制するような運転条件を検討することを目的として室内培養実験をおこなった。ここではHRT、SRT、DO、基質などの条件ををさまざまに変化させた運転をおこなった。各リアクターにおいて、メインリアクターの前には嫌気セレクターを設け、またメインリアクター内部に中空糸膜を設置して固液分離をおこなった。

 基質の影響を調べるために、他の条件を同一にした2つのリアクターにそれぞれタンパク質を含む基質と含まない基質を投入した。これは、タンパク質が有機窒素化合物と有機硫黄化合物のメインソースになっていると考えたためである。その結果、タンパク質を含む基質を与えたリアクターにおいてはもう片方のリアクターと比較してはるかに多量の臭気物質が生成され、臭気物質生成に際して基質の組成が重要な因子となっていることが判明した。

 HRTの影響を調べるために、他の条件を同じにした3台のリアクターを運転した。その結果、HRTが短くなると臭気物質の生成量がわずかに多くなる傾向が見られた。

審査要旨

 本論文は"Development of analytical procedure to determine trace odorous compounds in wastewater and investigation on odor control in biological treatment"(「排水中の微量臭気物質の分析手法の開発と生物処理における臭気制御の研究」)と題し、排水処理法において問題になっている臭気成分の実用的な定量法を開発すると共に、それを応用して排水処理における臭気成分の分解と生成を定量的に把握した研究をまとめたものである。限られた水資源の中でより持続可能な水利用を図り、都市の快適性を保つために下水処理水の再利用が様々な形態で行われるようになった。しかしながら、現時点での再利用の用途は限られており、それを拡大することが今や不可欠になっている。しかるに、このような用途拡大の障害になっているのが再利用水の中に残存する臭気成分である。とりわけ人間が直接接触したり、あるいは都市内の快適性を高める目的で修景用水として下水処理水を用いる場合、臭気の存在は致命的な障害となる。臭気成分については、従来から人間の嗅覚による官能試験が行われてきた。官能試験は確かに低濃度の臭気成分まで検知できるが、排水処理プロセスでの各成分の消長を知るためには、各臭気成分を定量的に把握する必要がある。本研究では、まずイオウ系及び窒素系の臭気成分の定量法を開発し、ついでそれを用いて実際の処理施設における臭気成分の生成と減少を明らかにし、さらに典型的な生物処理プロセスにおける臭気成分の挙動とプロセスの運転条件との関係を検討した。

 本論文は全部で7章から構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の背景と目的を述べるとともに、水の再利用における臭気成分の問題の重要性、その概要を述べている。

 第2章ではこれまでに行われた研究をまとめている。

 第3章では、イオウ系の臭気成分の分離定量方法の確立について詳細に述べている。ここでは、硫化水素、二硫化炭素、メチルメルカプタン、エチルメルカプタン、プロピルメルカプタン、ジメチルサルファイド、ジメチルジサルファイドを対象としている。これらの臭気成分に対し、臭気を感じる限界濃度までの定量できる分析手法を開発した。この方法では、水中に溶存している臭気成分はまず窒素ガスでパージされ、極低温に維持されたトラップ部に吸着させる。次にトラップ部を急に昇温させ、イオウに対して特異的に感度の高いPFD検出器を備えたガスクロマトグラフに注入する。これらの方法の原理は既に報告されているものであるが、本研究ではガスクロマトグラフによる検出・定量部分、低温パージトラップによる濃縮部分のそれぞれについて、極めて緻密な改良を重ね、いずれの臭気成分に対しても水中濃度0.1g/L以下までの定量を可能にした。

 第4章では窒素系の臭気成分の分析方法の開発について成果をまとめている。ここでは、アンモニア、インドール、スカトール、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミンを対象物質にしている。これらの物質の定量は非常に困難であり、本研究でも複数の分析法を併用する方法を取っている。インドールとスカトールについては臭気感知限界以下までの定量を可能にしたが、アミン類については、最終的に誘導体形成後高速液体クロマトグラフを用いる方法が最良であるとの結論を得たものの、臭気感知限界までは定量ができていない。このように、更なる改良の余地は残したものの、現時点で考えられるほとんどの方法を試みた結果最良の方法を示した点は評価される。

 第5章では、確立したこれらの分析方法を用いて実際の排水処理過程における臭気成分の消長を調査した結果をまとめている。汚泥処理方式の異なる下水処理場と小型合併処理浄化槽を対象として調べた結果、汚泥処理工程で極めて高濃度の臭気成分が発生すること、水処理工程では嫌気的な条件が形成される場合に臭気成分が生成することが明らかになった。下水処理過程での臭気成分については、発生する臭気ガスについての研究はあるものの、溶存成分についての報告例はほとんどなく、貴重なデータを提供している。

 第6章では、嫌気部分をも備えた活性汚泥法を実験室で運転し、その運転条件と臭気成分の消長を検討した結果を示している。基質としてたんぱくを含む基質を用いた場合には、酢酸を基質とした場合に比較して臭気成分の濃度が高いこと、バルキング防止を目的としてしばしば用いられる嫌気セレクタ部分において、イオウ系の臭気成分が生成していることを明らかにしている。また、臭気成分の除去の機構としてばっ気による揮散効果と生物分解効果の両者が寄与していることを示唆している。

 第7章は結論である。

 以上要するに、本論文は排水の再利用の際に問題となる溶存臭気成分の実用的な分析方法を開発すると共に、現実の排水処理での臭気成分の消長とともに臭気成分の生成と減少についての機構にも検討を加えており、都市環境工学の分野の発展に大いに貢献する成果である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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