学位論文要旨



No 111510
著者(漢字) 劉,文佐
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ウェンゾウ
標題(和) 生物学的リン除去のための嫌気好気活性汚泥プロセスにおける微生物ポピュレーションの機能、動態および多様性
標題(洋) FUNCTION,DYNAMICS,AND DIVERSITY OF MICROBIAL POPULATION IN ANAEROBIC-AEROBICACTIVATED SLUDGE PROCESSES FOR BIOLOGICAL PHOSPHORUS REMOVAL
報告番号 111510
報告番号 甲11510
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3514号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 味埜,俊
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 戸田,清
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 山本,和夫
内容要旨

 本研究は、実験室規模での嫌気・好気回分反応槽(SBR)を用い、生物学的リン除去(EBPR)に重要なポリリン酸蓄積細菌(PAB)と、PABと基質取り込みにおいて競合関係にあるグリコーゲン蓄積細(GAB)との、基質代謝、相互作用、そしてその多様性について検討したものである。PABあるいはGABを主に含む汚泥は、主に酢酸から成る合成排水の炭素源に対するリンの比を2/100-20/100の範囲で高くするか低くするかによって、それぞれ馴養した。このような馴養の結果、リン含有率が汚泥乾燥重量に対し2〜12%の汚泥が得られ、低リン含有率の汚泥ではGABが、高リン含有率の汚泥ではPABが優占していたと判断される。

 解糖系阻害剤のヨード酢酸、膜系ATPアーゼ阻害剤のN,N’ジシクロヘキシルカルボジイミドを用いた実験から、嫌気的な条件では、GABは菌体内に蓄積したグリコーゲンを解糖系で代謝することにより、この時に生成する還元力とATPを利用し、酢酸とグリコーゲンの代謝産物からポリヒドロキシ脂肪酸(PHA)を合成しているものと推定された。引き続く好気的な条件では、蓄積されたPHAの50%近くがグリコーゲンの再合成に利用され、残りが細胞増殖に使用されていること明かとなった。さらに詳しく検討した結果、GABはC3からC5の低級脂肪酸、TCAサイクル中間体あるいは種々の糖類を取り込みグリコーゲンやPHAとして蓄積することが明かとなった。この反応に必要なエネルギーや還元力は、菌体内グリコーゲンや取り込まれた糖の解糖によって供給されているものと推定される。

 PABの酢酸代謝はGABの代謝と以下の点で異なっていた。すなわち、嫌気酢酸取り込み時には菌体内蓄積ポリリン酸の正リン酸への加水分解が起こる。PABの酢酸取り込みの量と速度は95mgC/gVSS,72mgC/gVSS・hであり、GABの43mgC/gVSS,16mgC/gVSS・hと比較すると高いが、pHによって強く影響を受けた。PABによって合成されるPHAのうちの3-ヒドロキシ酪酸(3HB)の割合は85-90%であり、GABによって生産される67%に比較し高い値を示した。さらに、取り込まれた酢酸に対する放出リンのモル比(Pi/Ac)と、取り込まれた酢酸に対する消費されたグリコーゲンのモル比(Gly/Ac)は、PABでは0.99-1.75および0.09-0.17であるのに対し、GABでは0および0.36-0.49であった。Pi/Ac,Gly/Acの値がPABとGABとで異なることから、これまでに報告されているこれらの値の文献ごとの差異やPABに対する生化学モデルと実験結果との矛盾は、汚泥中のPABとGABの構成比率などの微生物相の違いにより説明できる。

 リアクターにおけるPABとGABの基質競合は、合成排水のP/Cの比を20/100から2/100に減少させたときに観察され、同時に、初めに優占であったPABは次第にGABに置き変わった。これはPABのポリリン酸としてのエネルギープールが徐々に減少するため最終的にPABが排除され、GABが増殖のための基質を利用し系内で優占化するためと推定される。接触負荷が高いか汚泥のポリリン酸含量が低い場合は、PABとGABの両者が共存することも有り得る。なぜならば、PABはエネルギーが不足するため有機基質を完全に取り込めなく、残った基質をGABが嫌気的な条件で利用するからである。さらに、PABの生育が好ましくない環境で阻害されると、GABはおそらく全ての基質取り込みのスカベンジャーとして機能し、嫌気・好気プロセスで優占化するであろう。

 PABとGABの微生物構成を顕微鏡で観察した結果、この2群の細菌は形態学的に異なり、またポリリン酸染色性やPHB染色性でも異なっているが、ユビキノンのQ-8やQ-10、メナキノンのMK-8(H4)を持っている点や、C16:1,C16:0,C18:1の脂肪酸を持っている点では似ていた。PABとGABは系統分類的には近縁であるだろうことが推定される。

 PHAや炭水化物(CH)あるいはポリリン酸を蓄積する何種類かのグラム陽性、高G+C含量の細菌の分離を行った。得られた21の分離株は、細胞形態、16g-DNA塩基配列、細胞壁ジアミノ酸、キノン、脂肪酸に基づいた遺伝学的な多様性解析から、7種類の異なる細菌群に大別された。特に、高G+C、メゾージアミノピメリン酸、MK-8(H4)、C16:0、C17:1、C17:0、C18:1の脂肪酸を持つタイプI群の細菌は、顕微鏡下で観察される細菌に類似していた。この細菌群はこれまでに知られているグラム陽性のMK-8(H4)含有細菌とは異なっている。これらの分離細菌からさらに選ばれた6株はいずれもリン取り込み能は示さなかったものの、このうち5株が取り込んだ基質からCHあるいはPHAを蓄積した。また、5株のうちの3株は、好気的な条件で基質を取り込むとともに、嫌気的な条件で基質を取り込み蓄積した。このような結果から、これらの分離細菌は実際の汚泥で観察される基質代謝を担う細菌群の中の重要な構成要員と推定される。

審査要旨

 微生物を利用した廃水からのリン除去法である嫌気好気活性汚泥法は、1970年代に開発されて以来、ユニークな廃水処理技術として工学的に注目されたのみならず、微生物学的な研究対象としても多くの研究者から取り上げられ精力的な研究が行われてきた。しかし、このプロセス内で優先する主要な微生物群の単離は未だに誰も成功していないとされ、その微生物相の特性は十分に理解されていない。そのためにリン除去プロセスとしての安定性に不安が持たれてきた。

 本研究は、この嫌気好気活性汚泥法においてリン除去を担うとされるポリリン酸蓄積細菌(PAB)と、PABと基質取り込みにおいて競合関係にあるグリコーゲン蓄積細菌(GAB)との、基質代謝、相互作用、およびそれらの多様性について実験的に検討したものである。本論文は「Function, Dynamics,and Diversity of Microbial Population in Anaerobic-Aerobic Activated Sludge Processes for Biological Phosphorus Removal (生物学的リン除去のための嫌気好気活性汚泥プロセスにおける微生物ポピュレーションの機能、動態および多様性)」と題し10章から成っている。

 第1章は「序論」であり、本研究を行うに至った根拠、研究目的について述べている。

 第2章は「研究背景」であり、本研究の前提として必要な過去の関連研究に関する文献調査の結果がまとめられている。

 第3章は「実験方法」であり、本研究の特に独創的な点の一つであるPABおよびGABの嫌気好気法プロセス内への集積方法などの実験手法が記述されている。

 第4章は「グリコーゲン蓄積細菌による酢酸の代謝」と題し、GABの有機基質の代謝機構を酢酸を例として検討している。嫌気的な酢酸の摂取・蓄積のためには細胞中に蓄えられていたグリコーゲンが還元力及びエネルギーを提供する必要があることを示した。

 第5章は「グリコーゲン蓄積微生物の嫌気的な基質摂取および蓄積能力」では、各種有機物質のGABによる利用のされ易さを検討し、GABはPABと比較して多様な有機基質を摂取する能力を持つことがGABがプロセス内に維持される一つの理由であることを述べている。

 第6章「ポリリン酸蓄積細菌及びグリコーゲン蓄積細菌の細菌相のin-situでの特性評価」は汚泥全体をひとつの微生物集団と見なして化学分類学的な評価を行った結果が示されており、GABおよびPABの化学分類学的な性質を示唆する有益な情報を与えている。

 第7章は「ポリリン酸蓄積細菌とグリコーゲン蓄積細菌の間の競合的相互作用」である。本章では、PABおよびGABの代謝に与えるpHの影響を中心に実験的な検討を行い、6章までの結果を総合することにより、PABとGABがなぜ嫌気好気法において優先または共存できるのかを説明している。本論文の中核をなす章といえる。

 第8章は「ポリリン酸蓄積細菌及びグリコーゲン蓄積細菌の単離、同定、特性評価」と題し、いまだに世界でだれも成功していないとされるPABとGABの単離同定を試みた。単離された細菌は新種の細菌と推定され、代謝活性が汚泥とはやや異なるものの化学分類学的には実験プロセス内での優先細菌にきわめて近かった。

 第9章は「結論及び今後の課題」であり、本研究で得られた結論をまとめるとともに、今後の課題として、PAB・GABの単離の努力の必要性を強調している。

 本研究は、これまで微生物学的には十分理解されていなかった嫌気好気法におけるポリリン酸蓄積細菌とグリコーゲン蓄積細菌の特性を、それぞれの細菌群を高度に集積させた系を作ることにより実験的に詳細に調べ、さらにPAB・GABに属すると推定されるいくつかの細菌を単離することに成功した。嫌気好気法の微生物学的な理解を大きく促進した点で、また、活性汚泥の微生物コミュニティの新しい解析方法を示した点においても、本研究の成果は高く評価されるものである。よって本論文は、都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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