カテーテルを用いた血管内手術においては、まず、カテーテルを患部まで安全にガイドできることが重要である。さらに血管内に治療用器具を留置したりする塞栓術などの場合は、治療用器具をカテーテルから離脱させる必要がある。しかし血管は分岐しており、また内壁が傷つきやすく、さらに心拍動に伴って、カテーテルが不安定に動くなど制御上の環境は厳しくて、ガイドと離脱の両機能を実現することは、容易ではない。そのため、安全なガイド・離脱機構の開発が期待されている。 本研究の目的は、操作が簡便であり、しかも原理的に安全なガイド・離脱機構を研究開発し、その有効性を明らかにすることである。 血管内カテーテルのガイドが難しく、しかも術例数の多いのは、直径2〜6ミリの太い動脈の手術である。このような血管では、血液の平均流速が20〜50cm/sであり、平均流速・血管直径をそれぞれ代表速度・代表長さとしたときのレイノルズ数は110〜850である。本研究では、ガイド機構の設計においてこのような血管系を対象としている。 ガイドについては、血液の自然な流れを利用した、受動的なカテーテルのガイド機構を考案し、設計・試作してその動作特性を調べた。このガイド方法は、血管の長手方向に進める時にはカテーテルを血流の抗力と挿入する力を、血管の半径方向に進める時には血流からの揚力を、それぞれ移動力としてカテーテルを導くものである。このような受動的なガイドシステムには、血管壁を突き破る心配が少ないこと、分岐の正確な視覚情報が乏しくても安全にガイドできること等の利点がある。 離脱については、レーザ光と易融合金を用いた離脱機構を考案し、設計・試作して、実験によりその基本的特性を調べた。この方法には、電気を使用することによる危険性がなく、簡便かつ瞬間的に離脱が可能であるなどの利点がある。 本研究で考案した血流を利用した具体的なガイド機構の一つは「ワイヤ式ガイド機構」と呼ぶもので、この機構はカテーテルの先端部に位置する中空円筒状の吹き流し型のガイドモジュールと、そのカテーテルのもう一端に位置する操作部分から成る。 ワイヤ式ガイド機構は操作ワイヤで吹き流しを流れに対して傾けて、血流からの揚力を利用して吹き流しを導入したい分岐のある側に寄せ、カテーテルを送り出して導入したい分岐に吹き流しが流し込む方法である。 この方法の動作や有効性などを調べるために、試作したワイヤ式ガイド機構を用い、拍動流の平均流速・動粘度性係数・分岐管タイプを変えて分岐選択実験を行った。その結果、上述のガイド方法で、分岐選択を実現するためには、ガイド機構先端の吹き流しについて、次の(1),(2)の条件を満たす必要があることが明らかになった。 (1)カテーテルの先端部の吹き流しを導入したい分岐のある側の血管壁に寄せることができること。 (2)分岐点の付近で吹き流しを含むカテーテル全体を血管の軸方向に移動することができること。 この方法は、流れが速くて(30cm/s以上)、また吹き流しの姿勢や分岐部の形状が視認できる場合には上述の(1),(2)を満たして、外径5mmのY字型・T字型・ト字型分岐管において確実に分岐選択ができ、非常に有効であることが分かった。 しかし、流速の低い範囲(30cm/s以下)では、(1)の条件を満たせないことが分かった。流速の低い範囲で、条件(1)を満たすために、「螺旋型変形アクチュエータ」を開発した。 開発したアクチュエータの構造の一例を図1に示す。アクチュエータはシリコーンゴム製の偏心チューブで作られている。チューブの一端を蓋で密閉して、もう一端を加圧装置に繋ぎ、内部の圧力を高めると、偏心チューブの肉の薄い側がより伸び易くなっているため、全体が肉の厚い側に曲がる。図2に変形後の外観を示す。 実験と有限要素解析から、アクチュエータの偏心率とその長手方向分布などのパラメータを変えることによって様々な変形モードが実現できることが分かった。この効果を利用することによって、流速の低い範囲でも、吹き流しを管壁に寄せることができた。図3に螺旋型変形アクチュエータを利用したガイド機構を示す。このガイド機構は、加圧可能なカテーテル・アクチュエータ・吹き流しによって構成される。図4に、この構造を用いた時の分岐選択実験の様子を示す。 図表図1 螺旋型変形アクチュエータの構造 / 図2 変形後の様子 / 図3 螺旋型アクチュエータ式ガイド機構の構造 / 図4 螺旋型アクチュエータ式ガイド機構の分岐選択 このガイド方法では、必ずしも一回の操作で分岐選択が成功するとは限らないが、加圧・減圧の速さと流れとのタイミングを制御することによって、何回かの操作で所定の分岐にカテーテルを導入できる。 分岐管とヒトの血管模型を用いた分岐選択実験によって、このガイド機構は優れた分岐選択性能を有することが立証された。 離脱機構については、図5に示す構造のものを考案した。留置用器具は離脱チップを介してカテーテルの先端に装着されている。離脱チップは2つの黄銅片(0.6×0.5)を易融合金(Bi49,Pb18,Sn12,In21重量%、融点57℃)でろう接したものである。離脱チップの一端に留置用器具を接続し、他端にカテーテルの先端を接続する(カテーテルに近い方を近位端と呼ぶ)。離脱チップの近位端は光熱転換効率を高めるために黒く着色され、ここにレーザ発振器からのレーザ光がカテーテルを通っている光ファイバで当たるようになっている。離脱チップの近位端に当たったレーザ光は、熱に変換されて離脱チップ全体を暖める。離脱チップの温度が易融合金の融点の57℃を超えると、ろう接部の易融合金が融け、離脱チップが分離して流置用器具が離脱する。 図5 レーザ光を利用した離脱機構の構造 この方法で離脱式カテーテルを試作し、動物の血管内(兎の大動脈)において離脱実験を行ったところ、約3秒以内で離脱することが確認された。 上に述べたように、本研究では血液の流れを利用したガイド方法とレーザ光を利用した離脱方法を提案し、解析や実験によって提案した方法の可能性を示した。 |