学位論文要旨



No 111513
著者(漢字) 劉,文毅
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ブンキ
標題(和) エマルションによる弾性流体潤滑
標題(洋)
報告番号 111513
報告番号 甲11513
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3517号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
内容要旨

 エマルションによる弾性流体潤滑(EHL)では,従来のEHL理論で計算した膜厚は実験に合わないことを発見された以来,エマルションのEHL膜厚計算方法はずっと注目されている.現在では,粒径を均一に近似したO/Wエマルションの線接触EHL計算方法が提案されたが,W/OエマルションのEHL計算方法はまだ成立されていない.本研究は粒径分布を考慮し,O/WとW/Oエマルション両方とも適用するの線接触EHL膜厚の計算方法を確立した.

 パラフィン系鉱油,蒸留水と数種類界面活性剤を用いてエマルションの試料を調製した.それから従来EHL膜厚に関連する粘度と粘度-圧力係数を測定し,またエマルションのEHLに影響すると思われる粒径分布や鋼ローラに対するぬれ性などを調べた.通常測定されるまたレオロジー分野で議論するエマルションの粘度はEHLとの形状が異なる.その原因でエマルションの粘度から直接EHL計算できないことが指摘した.

 一方,エマルションのEHLを全面的に把握するために,EHLの接触領域の観察を行った.その観察によれば,EHL入口でのO/Wエマルションの分散相油濃度は膜厚の減少とともに上昇することを現われる.それに対してO/Wエマルションの分散相水濃度は大きく変化することが見当たらなかった.それは鋼ローラ表面の親油疎水性によるものと考え,粒子が油であればトラップされ,粒子が水になら排除される傾向を現われるものである.一方,その傾向は連続相の粘性によって抑えられるので,連続相粘度低いO/Wエマルションのみ濃度変化を見られると考えた.

 本研究では以上の実験を基にして,粒子は膜厚より大きいと言う事実から,分散相のみにより潤滑膜を構成する部分ができると判断し,二相不均一モデルの提案によってEHLにおけるエマルションの等価粘度を計算した.計算結果によれば,W/Oエマルションの等価粘度は粒径によって大きく変化するに対してO/Wエマルションでは粒径によらずにほぼ一定である.等価粘度を用いて全領域のEHLの膜厚と圧力分布を計算した.その計算結果はほぼ実験結果よ一致する.

 本論文は今まで成立しなかったW/Oエマルションの線接触EHL膜厚計算方法を確立し,粒径を均一と近似したO/Wエマルションの線接触EHL膜厚計算方法を一歩前進した.通常の測定によって計られたエマルションのバルク粘度と粒径分布のデータを用いて数値計算によって等価粘度を求める.求められた等価粘度を用いて全領域のEHLの膜厚と圧力分布を計算する.この計算方法はエマルションの線接触EHL膜厚を左右する一番重要な要素をしぼって考えたものである.工学的なモデルを提案することによって,数値計算が単純化され,実用かし易い.また,W/OとO/WエマルションのEHLの機構を統一的な解釈を与える.今後のエマルションの線接触EHL膜厚計算に期待している.

審査要旨

 工学修士 劉 文 毅 提出の論文は,「エマルションによる弾性流体潤滑」と題し,9章からなっている.

 牛乳のように,液体の連続相中に他の液体の粒子が分散したものをエマルションといい,水の粒子が油の中に分散した場合を油中水型(W/O),油の粒子が水の中に分散した場合を水中油型(O/W)のエマルションと呼んでいる.エマルションは,粘度の高い油がもつ良好な潤滑性と,水のもつ高い冷却効果および不燃性を利用することを目的として,加工用潤滑剤,油圧系の作動流体などとして広く使われているばかりでなく,潤滑油中に水分が混入した場合に添加剤の作用によって生成されることもあり,そのトライボロジカルな特性はしばしば問題になっている.

 エマルションの潤滑作用には,きわめて特異な点がある.粘性によって固体間に流体膜を作り,固体面どうしの直接接触を防ぐ方法を流体潤滑といい,そのときに形成される流体膜の厚さは,潤滑剤流体の粘度に支配される.ところがW/OにしてもO/Wにしても,ころがり接触部に形成される弾性流体潤滑膜の厚さは,それらの粘度から推定される値と大幅に異なっている.本研究は,このような特性を解析することを目的としている.

 第1章は序論で,潤滑剤としてのエマルションと弾性流体潤滑について概説し,本研究の目的と論文の構成を示している.

 第2章は,実験に供したエマルションとその調整方法を説明している.また第3章では,常圧粘度,高圧粘度,分散相の粒系分布,金属面に対するぬれ性など,流体潤滑作用に関連する供試エマルションの特性について述べている.

 第4章では,透明な円板と鋼ローラーの接触部における,エマルションの潤滑膜の観察を行なっており,O/Wにおいては接触部入口に"油溜まり"ができることなど,解析の前提となる定性的な観察結果をまとめている.

 第5章は,実験による弾性流体膜厚さの測定について述べている.測定には四円筒式試験機を用い,鋼の円筒間に形成される流体膜の厚さを,通過するX線の強度から算出した.O/Wについてはすでに一連の測定が行なわれていたので,著者はその結果をまとめるとともに,W/Oに関する測定を行ない,W/Oでは油よりも粘度が高くなるにもかかわらず,形成する流体膜は油によるものと同程度または薄くなること,O/Wは粘度が低いにもかかわらず,油と同程度の厚い流体膜を形成することを明らかにしている.

 第6章が,本研究の中心をなす二相不均一流体膜モデルにもとづく解析である.弾性流体潤滑における上述したエマルションの挙動の原因を,分布をもつ分散相の粒子径が弾性流体膜厚より概して大きい点に求め,流体膜を"大きな分散相粒子"の部分と,それを取囲む,"小さな分散相粒子"を含む連続相とに分け,それぞれを固有の粘度をもった二相として取扱う方法を提案している."大きな分散相粒子"の位置はランダムであり,時間によって変化するので,直接それらの粘度を用いて弾性流体潤滑の計算を行なうのは現実的でない.そこで"大きな分散相粒子"をランダムに配置した流体膜の小部分の数値解析から,流体膜厚の関数として等価粘度を求める方法をとり,W/OおよびO/Wの両者について,分散相の濃度による等価粘度の変化を求め,さらにO/Wの場合における,金属面の親油性による油の濃縮を,同じモデルにもとづいて解析している.このような濃度変化を考慮すると弾性流体潤滑の計算が繁雑になるので,現実的な計算時間で結果を得る方法として,第7章でマルチグリッド法を適用した数値計算について述べている.

 第8章では,このような解析による流体膜厚の計算結果を実験結果と比較して,エマルションの粘度にもとづく計算結果が実験結果と大きく異なるのに対し,二相不均一流体モデルを用いた解析によって,実験結果と良好な一致を示す結果が得られることを示している.第9章は結論である.

 以上を要するに,本論文は,弾性流体潤滑におけるエマルションの特異な挙動を,著者の提案する二相不均一流体膜モデルにもとづいて解析し,実用上十分な精度をもつ理論を導いたもので,工学上寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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