本論文は"Liquid Crystal Wavefront Modulator(液晶による波面変調の研究)"と題し、3部および結論から構成され、英文で書かれている.近年液晶を用いた各種表示装置等の電子装置の発展は極めて顕著であるが、その技術的可能性はそれに止まらない.特に電圧印加によって複屈折性のみが生じるホモジニアス液晶を用いたアレイ装置ではレーザ光の波面を電気的に制御できる可能性があるが、これまでに工学的見地から総合的な検討が加えられたことはなかった.本論文では光コンピューティング、ホログラフィ、自由空間レーザ光通信、適応光学(adaptive optics)など光位相の能動制御を必要とする諸分野を対象として新しい液晶波面変調法を開発することを目的に理論的、実験的な研究をおこなった結果を記述している. 第1部は "General Introduction(序論)"であり、光位相変調器を並置した光フェーズトアレイアンテナの研究が人工衛星間の自由空間光通信(FSLC)の実用開発において進められ、動作の確実な機械的ピストン列に代わるものとして電気光学媒質を用いたフェーズトアレイの提案がなされていることを指摘している.さらに現代エレクトロニクス技術として成熟度の高い液晶パネルの科学的、技術的背景を要約し、波面制御のための新構造液晶デバイス開発のための十分な土壌が存在することを強調するとともに、本論文の目的、構成をまとめている. 第2部は"Theoretical and experimental study of homogeneous nematic liquid crystals(ホモジニアス液晶の理論的、実験的研究)"と題し、本研究で用いるトゥイストのほとんどない液晶材料であるホモジニアスネマティック液晶の特性制御のためにおこなった研究、すなわち電気光学応答の材料およびデバイス構造パラメータ依存性に関する理論的検討、電気光学応答特性を高感度かつ高空間分解能で測定できる偏光計測装置の開発、および測定結果とシミュレーション結果との比較、について述べている.理論解析には液晶を連続媒体として近似し、ダイレクタベクトルの空間分布を自由エネルギー最小の原理から求める熱力学的アプローチを2次元構造に適用するように定式化した鈴木の有限要素法アルゴリズムを採用し、電気光学応答の液晶の弾性パラメータ、界面処理条件、セル寸法、などに対する依存性を詳しく調べ、以後の設計論において利用した.また新たに開発した偏光計測系により、空間分解能約5ミクロン、測定光パワー1nWで位相遅延角1度以下の高精度測定が可能となった.理論と測定は少数のフィッティングパラメータを用いるだけで良好な一致をしめした.これによって本材料は十分な制御性のあることが確認できた. 第3部は"A novel homogeneous nematic liquid crystal panel for wavefront modulation(波面変調のための新方式ホモジニアス液晶パネル)"と題し、液晶電気光学セル内部に連続的な位相の空間分布を作り出せる新構造液晶波面変調器の提案と、特性予測、デバイス作成法の説明、およびデバイス特性測定の結果について述べると同時に、アレイ構造液晶パネルを効率良く照射するために無損失で周期的な光強度分布を作り出せるタルポット効果位相板についてその設計理論を拡張し、マルチレベルのバイナリーオプティクス技法による試作を行い、改善された照射特性の測定結果が得られたことをを併せて報告している.連続的な位相分布を作り出すために酸化錫透明電極薄膜を一部高抵抗化し、その電圧降下によって液晶セル内に電界の線形勾配を作り出し、これと液晶の電気光学応答の線形領域を組み合わせる抵抗性電極付液晶セルを提案し、その実現に必要な抵抗制御条件を求めている.作成した大口径試料において線形の波面変調が実現し、能動的に制御されたプリズム作用を確認するとともに、試作したアレイデバイスにおいてブレーズ位相分布を実現し、電圧印加によって最大6ミリラジアンの偏向角と5%以下の主ビーム強度変動を実現し、世界で初めて液晶によるブレーズ型偏向器の動作確認を行った.このほかタルボット効果利用アレイイルミネータの設計・試作ならびに液晶電気光学応答の放物線型応答領域を利用したアダプティブなマイクロレンズアレイの提案にも言及している. おわりに結論として全体を総括している. 以上を要するに本研究は液晶の電気光学応答特性の定量的な理解に基づき、抵抗透明電極構造の導入によって連続分布高効率光位相変調を可能とする新方式液晶波面変調器を提案、設計、試作してその実現可能性を実証したものであって光電子工学に重要な貢献を行っている. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |