学位論文要旨



No 111515
著者(漢字) 陸,道綱
著者(英字) LU,Daogang
著者(カナ) ルウ,ダオガン
標題(和) 物理成分BFC法を用いた溢流による下流側スロッシンダを伴う堰振動の解析
標題(洋) Analysis of Overflow-induced Vibration of the Weir Coupled with Sloshing in the Downstream Tank Using Physical Component BFC Method
報告番号 111515
報告番号 甲11515
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3519号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨 1緒言

 フランスの液体金属冷却高速増殖実証炉スーパーフェニックス(SPX)の試運転時に、冷却材の溢流によって炉容器壁保護構造が下流側冷却材の自由表面のスロッシングを伴って振動するという不安定現象が見い出された[1]。日本の高速増殖実証炉の設計にも同様な保護構造が採用される予定であり、このような堰振動の発生機構及び発生条件を解明することは重要であると考えられ、この問題に関して様々な実験や理論検討が行われてきた[2][3][4]。しかしながら、実験では自由液面直下の物理量の連続的かつ同時的な測定に限界があり、一方これまで提出された理論には多くの仮定が含まれているため、まだこの現象の発生機構が解明されたとは言い難い状況にある。

 数値流体力学のアプローチはこれらの欠点を補うことができるため、現象の解明には不可欠と考えられる。しかしこれまでこの現象の数値解析例はこれまで一件も報告されていない。本研究は、自由表面流体の揺動を解析できる物理成分境界適合座標法(PCBFC法)を拡張することにより、福家と原[2]によってなされた二次元矩形タンク内のバネに支えられた、平板堰の溢流による振動実験で目出されたこの不安定現象の数値解析を行い、その発生機構と発生条件を解明しようとするものである。

2解析手法

 PCBFC法[5]は物理成分(PC)と物理曲線空間(PCS)を用いる境界適合座標(BFC)法である。PCを用いると、自由液面及び他の移動境界の解析に関し高い数値安定性が保証される。PCSは斜交座標系を持つ物理空間であり、境界の移動は解析格子の並進及び回転をもたらすが、これに関する速度と圧力の補正はリー微分によって行うことができる。本研究では、PCBFC法に基づいて開発された「BELIEF」コードを、自由液面(第一軸)のみならず容器壁(第二軸)も可動として壁の運動を追跡できるように拡張すべく。これに係わるリー微分のアルゴリズム、可動壁の境界条件、そして可動壁の運動方程式を組み込んだ。

 PCBFC法の自由表面流れ解析に対する有効性は既に確認されているが[5]、本研究では新たに追加した可動壁に関する機能の有効性を検証するために、三つのベンチマーク問題を解析した。一番目は、右側の可動壁の強制振動によるタンク内の自由表面流体の共振スロッシングである。計算されたスロッシングの振幅成長率と位相は本研究でこの後開発される理論予測と良く一致した。二番目は、ソリトン波の伝播問題[6]である。計算により求まった波形と波高は、文献[6]に示された結果と良く一致した。三番目は初期変位を与えたバネに支えられた壁と自由表面流体との連成振動[7]である。解析された流れパターンと自由表面の形を図1(a)に示すが、文献[7]に示された結果と良く一致していた。加えて、図1(b)に示される「うなり現象」も見い出された。このうなりの周期は、後で開発される理論予測と良く一致した。以上により、拡張したコードの有用性が検証された。

図1:壁と自由表面流体との連成振動
3ポテンシャル流れモデルに基づく理論解析

 続いて、容器内液体のスロッシング現象を解析する際に標準的に用いられるポテンシャル流れモデルを用いて流体・構造相互作用の理論解析を行った。ラプラス変換の適用により、流体・構造連成振動には二つの固有周期が存在し、それらに対応する周波数が次式で与えられることが分った;

 

 ここにEとFはタンクの寸法によって決まる定数であり、nbはそれぞれスロッシング及び壁振動単体の固有周波数である。また、二つの周期の連成により、振動にはうなりが発生し、その周期がT=4/(+--)で与えられることが示された。更に、共鳴振動におけるスロッシングと壁振動の振幅の成長率も導出された。

 このモデルが強制循環流が存在する場合の流体・構造連成振動の解析に適用できるかどうかを検討するために、数値解析を行った。その結果、タンク壁の可動性に起因するスロッシングの新たな特徴が幾つか見い出された。これらの特徴をポテンシャル理論による予測と比較したところ、周波数や位相などの特徴はこの理論でほぼ説明できるが、図2に示されるようにスロッシングの振幅の増加率については循環流の存在による非線形性が現われ、ポテンシャル理論は数値解析結果を過少評価することが分った。

図2:スロッシングの振幅の増加率
4溢流による堰振動の解析

 まず、拡張したBELIEFコードを用いて、福家・原の実験を数値的に再現した。下流側タンクを数値解析対象に選び、溢流モジュルを追加した。溢流量は半経験式で表わした。ここでCd経験係数、h(t)は上流側の溢流高さで上流側タンク内の流量保存則より得られる。下流側タンクへの溢流の流入は速度境界条件で与える。また、落下速度、落下に伴う遅れ時間及び流入口の広さは自由落下の仮定に基づいて求めた。計算された流れのパターン、自由表面の形及び堰の位置を図3に示す。溢流の突入と堰の揺動にも拘らず平滑な自由表面が得られたことは、PCBFC法の高い数値安定性を実証している。更に振動現象の発生マップを作成し実験結果と比較した所、本質的に良い一致を得、本数値解析の信頼性が示された。

図3:溢流による流れ(at 30.0 seconds)
5堰振動の発生機構

 数値解析の特長をいかして、堰振動の発生機構を調べた。まず溢流を定常部分と揺動部分に分解して数値解析を行った結果、揺動部分が堰振動の成長の原因となっていることが分った。次に溢流の落下に伴う遅れ時間のみを変化させてみたところ、図4に示されたように振動成長率にピークが存在し、その近傍においてのみ堰振動が励起され、それから外れると逆に振動は抑えられることがわかった。遅れ時間についての数値解析結果を理解するために、溢流量の振動について理論解析を行ったところ、溢流は堰振動に対し、常に進み位相となっていることが分った。そしてこの進み位相が先の遅れ時間と等しいと仮定すると、溢流揺動と堰振動の位相が打ち消し合い、堰振動の成長率が最大になることが導かれた。

図4:遅れ時間の効果

 次に、溢流揺動部分は流速が短期に交替するため、非線形効果は現れずポテンシャル流れモデルが適用できると考えられることから、まず数値解析により溢流の下流タンク内での境界条件を求めたところ、ほぼ壁の回転に準じた流れプロファイルを有することが判った。そこで前章で求めたポテンシャル流れ理論を拡張することにより、堰振動の最大成長率が指数成長率の形で次式のように得られた;

 

 ここにはH、W、I、hとq0がそれぞれ堰の高さ、上流タンクの広さ、堰の慣性、下流タンクの深さ及び上流定常流量である。この理論と数値計算結果と比較したところ、図5のようによく一致していた。図5では成長率にピークが見えるが、ピーク位置ではほぼnbという関係が成立していた。この関係は、溢流の振動エネルギーが効率良く壁及びスロッシングの振動エネルギーに転化する条件と解釈できた。但し図5の数値解析は、循環流の非線形効果が顕著にならないように、溢流の定常部分や落下高さの小さい場合を用いて行った。

 最後に、溢流の定常部分や落下高さを変化させた数値解析を行い、下流タンク内の液面流速を増加させ、循環流の非線形効果をみたところ、図6に示されるように「流れによる減衰効果」[5]によって循環流が堰振動を減衰させることがわかった。そして、この「流れによる減衰効果」と先に議論した「遅れ時間と進め位相の不一致の程度」が本流力振動の発生条件を与えることが理解された。

図表図5:堰振動の最大指数成長率 / 図6:溢流定常部分の効果(fall height is fixed 3cm)
6結論

 自由液面流体・容器壁連成振動の解析のためにPCBFC法を拡張し、その有効性と有用性を幾つかの検証問題によって確認した。ついで、この拡張したPCBFC法を用いて、実験で観測された溢流による自由液面・容器壁流力振動現象の再現解析を行った。加えて、この数値解析結果の理解を助けるためにポテンシャル流れモデルも開発した。以上の成果を総合的に用いることにより、溢流による堰振動の発生機構と発生条件の解明を大幅に進めることができた。

文献[1]S.Aita,Y.Tigeot,C.Bertaut and J.P.Serpantie,ASME PVP,Vol.104(1986),pp.41-50.[2]福家、原、日本機械学会論文集Vol.55,No.517(1989),pp.2282-2289.[3]S.Kaneko,H.Nagakura and R.Nakano,ASME PVP 258,151-162(1993).[4]Y.Eguchi and N.Tanaka,JSME Int’l Jour.Vol.33,(1990),pp.323-3329.[5]A.Takizawa and S.Kondo,Proc.Int’l Conf.on Nonlinear Mathematical Problems,Iwaki,Japan(1993),pp.1-16.[6]T.Nakayama,Int’l Jour.Num.Methods Eng.,Vol.19(1983),pp.953-969.[7]Y.Eguchi,N.Tanaka,and T.Koga,Proc.1st Int’l Conf.on Supercomputing in Nuclear Applications,Mito,Japan(1990),pp.86-91.
審査要旨

 フランスの液体金属冷却高速増殖炉スーパーフェニックスの試運転に際して、原子炉容器保護のために設置された内部容器が、これを超えて落流する冷却材の溢流によって、内部冷却材のスロッシングを伴って振動する現象が見い出された。このため、このような振動の発生条件についての実験的研究や理論的研究がこれまで精力的に行われてきているが、本論文は、論文提出者が数値流体解析に基づきこの現象の解明に寄与しようと行った研究を取りまとめたもので、英文で記載されており、全6章から構成されている。

 第1章は序論で、研究の背景を述べた後、本研究では、現象を2次元体系で模擬した実験でこれと類似の振動の発生を見出しその発生条件を論じている福家・原の研究で使われた体系を、研究対象とするとしている。

 第2章は物理成分BFC法について述べているもので、この方法の原理と一般的特徴を述べた後、この方法に基づいて開発されたBELIEFコードを、本研究のために自由液面であるい第1軸のみならず、第2軸である容器壁も移動可能であるように発展させるための理論的考察を述べ、続いて、このようにして拡張された機能を検証するためになされた3つのベンチマーク問題、すなわち、右側可動壁の強制振動に伴う自由表面流体の共振スロッシング現象、ソリトン波の伝播現象、そして初期変位を与えたバネに支えられた容器壁と自由表面流体との連成振動現象の各々についての解析結果を示し、拡張機能が妥当な解を与え、かつ有用であることが示されたとしている。

 第3章は、2次元容器における自由表面流体・容器壁相互作用の理論解析をポテンシャル流モデルを用いて行った結果を述べているもので、まず液体流入のない場合について、発生する連成振動の二つの固有周期ならびに振動の成長率を導き、ついで強制循環のある場合についても同様な検討を行っている。そして、数値解析との比較を行って、後者の場合には、循環流のもたらす非線形性がこのモデルを不適切なものにしていることを示したとしている。

 第4章は拡張されたBELIEFコードに基づく福家.原の実験体系についての解析結果を述べているもので、溢流の自由表面への突入と堰の振動にもかかわらず、安定した解析結果が得られ、液面形状、振動発生条件についても実験結果を再現できたとしている。

 第5章は第4章の解析においてもその成長が確認された堰振動の発生機構に関する考察を述べているもので、溢流を定常成分と揺動部分にわけて解析した結果、揺動部分が振動成長に直接寄与していること、液面に到達する溢流振動成分と堰振動との間に位相差がなくなるような堰高さが振動成長率を最大にすることを見い出し、この最大成長率が第4章で導いたポテンシャル流モデルに基づき求めたものに良く一致することを見い出している。また、溢流の定常成分を変えて循環流の流速を変えると、これが増大するに従って堰振動は抑制される傾向にあることがわかったとし、これらを総合して実験で得られた振動の発生マップの物理的説明が可能になったとしている。

 第6章は結論で、以上の成果を要約し、今後の課題を述べている。

 以上、本論文は物理成分BFC法に基づくBELIEFコードを二つの可動軸を持つように拡張し、これを用いて実験で見い出された溢流による自由液面流体・容器壁連成振動の発生条件等を数値解析により再現することを可能にし、併せて、この振動現象を理解するためにポテンシャル流れモデルを開発し、振動発生機構について考察を深めたもので、システム設計工学の進展に寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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