様々なシステムにおける時系列データの分析及び予測は、これまで時系列データが線形的であるとの仮定に基づいて行われてきたものが多いが、実際の時系列データの大部分は非常に強い非線形性やカオティックな特性を有するものであり、また系を支配している基礎事象自身が不安定であるものが多い。時系列データの非線形性は「大局的な非線形性」と「局所的な非線形性」に分けて考えることができる。大局的な非線形性に対してはニューラルネットワークによるアプローチが高い実績をあげている。本研究では、大局的にも局所的にも非線形性が強い時系列データに適応が可能であり、かつ明示的な数学式で表現が可能なモデリング手法を提案し、その有効性を示した。本論文は全7章から構成されている。 第1章は序論であり、時系列問題の数学的とらえ方と既往の研究の概要を論じた後、本研究の目的を述べている。 第2章では、アルゴリズムに染色体を介した生物の進化を模して、目的とする関数やその組み合わせを進化させるという考え方を導入した既存の手法について概説した後、本研究で扱うジェネティックプログラミング(GP)の基本的な考え方、とくにモデル(記号集団)を階層的に表現するツリーの構成法について述べている。 第3章では、時系列データへの数学的アプローチについて述べた後、ニューラルネットワークを用いたモデリングの方法と、GPによる方法との相違について述べている。すなわち、ニューラルネットワークによる解法は暗示的であり、ニューラルネット内部の構造やパラメータがモデルに組み込まれているため、第三者によるモデルの理解や再現は情報量如何によって制限を受けるのに対し、GPによる手法は最終的に提示されるモデルが明示的な数学式で記述されるため、第三者によるモデルの理解と再現がし易いという点などの違いがあることが述べられている。 第4章では、コンピュータコーディングのための特別なシステムである遺伝的社会(GS)について述べている。GAを例にとりあげ、並行進化の概念を説明し、さらには、GSをオブジェクト指向でモデリングする際の「オブジェクトモデリング手法(OMT)」について述べている。 第5章では、本研究で新たに開発された遺伝的反復回帰分析法(Genetic Recursive Regression,GRR)について述べている。従来のGPによる記号(単純)回帰分析法の構成要素にさらに2次的な変数を加えることにより、より複雑な構造を表記できるようにしている。時系列データ及びその中の検証データに常に含まれているノイズに関しては、ノイズを起因とする予測精度の劣化を評価しつつ検証データに対する予測精度が劣化しないようにモデリングのための反復を進めるというアルゴリズムが取り入れてある。また、従来では進化集団は単一であり、設定される各世代の個体数や突然変異率などの環境も一定であったのに対し、それぞれ異なる環境の複数の進化集団を設定し、これらの進化集団内で同時(並列的)に進化させている。このため、進化集団間での遺伝子の授受などの情報交換が可能となり、各集団の進化を活性化させることにより結果として存在する構造式、すなわちツリーの構築にはじめて成功している。さらには、最後まで生き残る各進化集団のエリートツリーを最小二乗法で結びつけまとめることにより、予測精度の向上が図られている。モデルの適応度の評価には、4つの統計指標を線形結合化、した新たな総合的指標の有効性を示し、その汎用性を提示している。 第6章では、GRRを実際の時系列データ予測に適用し、予測の結果、並びに既存手法の結果との比較が述べられている。適用されたデータは、赤外線レーザーの振動のような低次元カオスから為替レイトのような高次元カオスまで多様であり、すでにスタンフォード大学などが主催して行った時系列データ解析国際コンペティションで出題されたものが中心になっている。対象としたすべてのデータに関して、本研究で開発された手法を適用し、その適合度を定量的に評価することにより手法の有効性が示されている。とくに、国際コンペティションにおいては、いずれの手法もいくつかの限られたサンプルデータにしか適用できていないのに対し、本手法はすべてのサンプルデータに適用できることを示し、その汎用性を提示している。すなわち、予測精度ばかりでなく、モデリングに必要なデータ数やプログラムの汎用性といった面からも、従来のGPと比較して優れており、ニューラルネットワーク又は非線形代数モデルが有効な特性を示すサンプルデータに対しても、それと同等の結果の得られることが示されている。とくに直交関数としてチェビシェフ関数を採用することより高次元カオスに対する予測精度を向上させることができることが示されている。 第7章は結論であり、本研究ではじめて提案した手法と得られた成果について要約している。 以上を要するに、本論文は、時系列データ予測問題に対してGPを並列的に用いる遺伝的反復回帰分析法を提案し、かつこれをOMT法を用いて記述することにより、プログラムの修正や追加が容易に可能となるフレキシブルなソフトウェアをつくることが可能であることを示したもので、制御システムや予測システムへの応用が期待され、システム量子工学、特にシステム設計工学の発展に寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |