学位論文要旨



No 111519
著者(漢字) 厳,虎
著者(英字) Yan,Hu
著者(カナ) ヤン,フ
標題(和) ポリアニリンおよびポリキシリジンの新規合成
標題(洋) Novel Syntheses of Polyaniline and Polyxylidines
報告番号 111519
報告番号 甲11519
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3523号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 戸嶋,直樹
 東京大学 教授 白石,振作
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 助教授 相田,卓三
 東京大学 講師 宮村,一夫
内容要旨

 1970年代、白川らにより、フィルム状ポリアセチレンが合成され、次いで1977年、MacDiannidらにより、それを処理(ドーピング)することによって電導度を13桁高くすることが発見され、導電性高分子と名づけられた有機高分子に関する研究が盛んになった。

 中でもポリアニリンは、1984年にその酸化・還元反応の概念および二次元電池の電極材料への応用に関する報告が行われてから、にわかに注目を浴びるようになった。本研究ではポリアニリンおよびポリキシリジンの触媒化学的合成および前駆体高分子からの新しい合成法について研究した。

第一部ボリアニリンの新規酸化合成

 ポリアニリンは従来化学酸化法で合成されたが、この方法では、酸化剤を化学量論量以上に使用するため、大量生産の際には酸化剤が大量に必要となり副生物の後処理に相当のコストがかかる。従って、少量の金属塩を触媒とし、大量の酸素などを化学量論量の酸化剤とする触媒的重合法の開発が望まれる。

 また従来から用いられている過硫酸アンモニウムを酸化剤に用いた化学重合法では、3,5-キシリジンなど重合できない誘導体も少なくない。そこで、アニリンだけでなく誘導体にも適用される方法の開発が期待される。

 1.銅(II)-酸素系によるポリアニリンの触媒化学的合成1)酸素を酸化剤とし、酸化還元の容易な種々の遷移金属の塩を触媒とするアニリンの重合を試みたところ、銅(II)塩が触媒として有効に働くことを見出した。種々の銅塩を触媒としたときのアニリン重合体の収率を表1に示す。30℃、

 

 24時間の反応で、最も活性の高い触媒で7回近く回っていることになる。ただし、この方法で得られた重合体は、分枝構造部分を含んでいることが、1HNMR、IRスペクトルおよび熱分析の結果から明らかになった。事実、加熱すると284℃付近で発熱反応が起こり、アニリンモノマーが脱離して安定なポリアニリンを生成する(式1参照)。塩化銅(II)-酸素の触媒系によるアニリンの重合の機構をin-situ紫外吸収スペクトルで検討したところ(図1参照)、吸収は主に380と520nmのところで観察された。アニリンのCu(II)Cl2に対するモル比を1:3から20:3に増やすと520nmの吸収強度が380nmのそれに比べて速く増加した。また反応時間を48時間まで長くした場合にも同じように520nmの吸収の方が速く増加した。これらのスペクトルと3,5-キシリジンの銅錯体のそれとの比較により、380nmの吸収はアニリンの銅錯体に、520nmのものはアニリンのオリゴマーにそれぞれ帰属できるものと考えられる。

Table 1.Polymerization of aniline with oxygen catalyzed by copper saltsa)a)Reaction of 50 mmol of aniline with O2 in the presence of 5 mmol of transition metal in 20 cm3 of acetonitrile/water(1/1,v/v)at 30℃ for 24 h.b)Turn over frequency of the transition metal catalyst for the isolated yield of the polymer per day.c)Reaction for 73 h.d)White precipitates were obtained instead of aniline polymer.Fig.1.UV spectra of the reaction mixtures at various molar ratios of aniline to Cu(II)in CH3CN/H2O under nitrogen. UV spectra of the reaction mixtures(aniline/Cu(II)=10/3)under oxygen,initial stage(―)and after 48 h. UV spectra of polyaniline,copper complex of xylidine(―),and the reaction mixtures at the initial stage at the ratio of aniline/Cu(II)=1/3and 10/3.

 以上の実験結果にもとづいて次のような機構が提案された。まず銅(II)イオンがアニリンの窒素原子から電子1つを奪って、アニリンのラジカルカチオンが生成する。このアニリンのラジカルカチオンの不対電子は主にパラ位とメタ位に分布する。パラ位で重合が進むと通常のポリアニリンが生成するが、メタ位で反応が進むと分枝構造物が生成すると考えられる。

 2.セリウム(IV)塩によるポリアニリンの合成2,3)過硫酸アンモニウムを酸化剤とするアニリンの重合では、酸性の反応溶液中で電導度の高いポリアニリンが収率よく得られる。しかし、硫酸セリウム(IV)を酸化剤に用いると、表2に示すように、中性の反応溶液中でも電導度のよいポリアニリンが収率よく合成される。しかも、酸性でも中性でも共に過硫酸アンモニウムを酸化剤とするものよりさらに多孔性のモルフォロジーのものが得られることが分かった。特に酸性中では、部分的に帯状のモルフォロジーが生じる。

Table 2. Chemical polymerization of aniline by using cerium(IV)sulfate as oxidant.

 さらに、硫酸セリウム(IV)を用いると、過硫酸アンモニウムでは重合しないアニリン誘導体も収率よく重合できる(表3)。例えば、過硫酸アンモニウムを用いたのでは、2,6-キシリジンの重合は可能であるが、3,5-キシリジンは重合せず、代わりにキノン類が生成する。しかし、酸化剤として硫酸セリウム(IV)を用いると、例えば80℃、8hの反応で、46%収率で3,5-キシリジンの重合体を得た。本方法で得た3,5-キシリジン重合体は、電解重合で得たものと同じであることが赤外スペクトルからも明らかとなった。この方法は2,6-キシリジンはもちろん、2,5-や2,3-キシリジンの重合にも用いることができることが明らかとなった。

Table 3.Chemical oxidative polymerization of dimethylanilines by using cerium(IV)sulfatea)a)Monomer/oxidant=1/1mol/mol,in water at 80℃ for 8 h. b)The theoretical composition is C32H34N4.
第二部前駆体高分子を経るポリアニリンの合成

 ポリアニリンは潜在応用性に富んだ導電性高分子であるが、その加工性には問題点が多い。そこで、ポリアニリンの芳香環や窒素位にアルキル基を導入するなど、誘導体にして加工性の向上を目指した研究報告も多い。しかし、これらはいずれも、導電性高分子の電導度の低下を代償とする。そこで、加工性に富んだポリアニリンの前駆体をあらかじめ合成してキャスト膜などに加工後、熱処理などによりポリアニリン膜に転換させる方法の開発が望まれる。ポリフェニレンなどではすでに前駆体法がいくつか報告されているが、ポリアニリンの合成に前駆体を用いた報告はまだない。

 3.ポリアニリン前駆体としてのアントラニル酸重合体およびアニリンとの共重合体の合成 ポリアントラニル酸およびアントラニル酸とアニリンとの共重合体は過硫酸アンモニウムを酸化剤として、酸性水溶液中おけるより水酸化ナトリウム中和水溶液中においてずっと高い収率で合成することに成功した(式2参照)。このアントラニル酸の重合活性向上は、カルボキシル基がナトリウム塩形成により立体的障害が少なくなり、電子的吸引性が電子供与性に変化したためと考えられる。

 4.ポリアントラニル酸の熱処理によるポリアニリンの合成4) 前章の方法で合成したポリアントラニル酸の

 

 N-メチルピロリドン(NMP)溶液を、ガラス基板上にキャストして膜を作り、窒素下熱処理を行った。その結果、300℃の熱処理で、1692cm-1付近のC=O伸縮振動のピークが大幅に減る一方、ポリアニリンに特徴的なC=NとC-N伸縮振動の1600および1490cm-1のピークが明確なった(図2)。XPSスペクトルでも、熱処理後、C-C、C-HとC=N、C-NによるClsのピークは残っているが、287.6eVのカルボキシル基のCによるピークはなくなった。これらの結果は、ポリアントラニル酸が熱処理によってCO2の脱離をともなってポリアニリンへ転換したことを示唆する。ポリアントラニル酸のポリアニリンへの転換を熱分析で解析し、熱分析の際放出する気体物質を質量分析で追跡分析したところ、240℃でCO2の脱離がH2OやHClのそれより圧倒的に多いことが明らかとなった(図3)。つまり、240℃で、ポリアントラニル酸は主にC02の脱離をともなってポリアニリンへ転換することが明らかになった。このポリアントラニル酸膜の熱処理によるポリアニリンへの転換の際の変化をSEMで観察したところ、膜のモルフォロジーはほとんど変化がみられなかった。芳香族カルボン酸は分子内環構造を作ることにより比較的低い温度で脱炭酸が起こることが知られているが、ポリアントラニル酸の場合にも、同様に分子内環構造を通じて炭酸ガスの脱離が起こっていると考えられる。

図表Fig.2.FT-IR spectra of poly(anthranilic acid)(a)before and(b)after heat treatment at 300℃ under nitrogen,and(c)polyaniline prepared by using ammonium peroxodisulfate. / Fig.3.GC-MS spectra of poly(anthranilic acid)in vacuum,(a)M/Z=44(CO2),(b)18(H2O),(c)36(HCl)and(d)62(H2CO3).
発表状況

 1)N.Toshima,H.Yan,and M.Ishiwatari,Bull.Chem.Soc.Jpn.,67,1947(1994).

 2)H.Yan and N.Toshima,Synth.Met.,69,151(1995).

 3)N.Toshima and H.Yan,Bull.Chem.Soc.Jpn.,68,1056(1995).

 4)N.Toshima,H.Yan,Y.Gotoh,and M.Ishiwatari,Chem.Lett.,1994,2229.

 5)厳 虎、戸嶋直樹、表面、33,5,23(1995).

審査要旨

 本論文は導電性高分子の中で工業見地で最も重要と考えられているポリアニリンおよびその誘導体であるポリキシリジンの新規合成法について述べたものであり、序論、および本論(全6章)より構成されている。本論は2章以降であり、第2〜4章では、金属塩を酸化剤とするポリアニリンおよびポリキシリジンの化学酸化合成について記述している。第5〜6章では、前駆体高分子からの転換によるポリアニリンの合成および潜在的前駆体の合成について述べている。

 序論(第1章)では、導電性高分子の挑戦的な発現の経由を簡単に紹介し、導電性高分子として広く知られている各高分子に対して、その合成、構造、電子構造および応用性について概観し、本研究の歴史的背景を明らかにしている。

 第2章では、従来のアニリンを出発原料とする化学酸化法が、酸化剤を化学量論量以上に使用するため、大量生産の際には酸化剤が大量に必要となり副生物の後処理などに相当のコストがかかることから、少量の金属塩を触媒とし、酸素を化学量論量の酸化剤とする触媒的重合法について検討している。酸素を酸化剤とし、酸化還元の容易な種々の遷移金属の塩を触媒とするアニリンの重合を試みたところ、銅(II)塩が触媒として有効に働くことを見出している。ただし、この方法で得られた重合体は、分枝構造部分を含んでいることを、核磁気共鳴吸収(NMR)、赤外線吸収(IR)スペクトルおよび熱分析の結果から明らかにしている。塩化銅(II)-酸素の触媒系によるアニリンの重合の機構をin-situ紫外吸収スペクトルで検討し、まず銅(II)イオンがアニリンの窒素原子から電子1つを奪って、アニリンのラジカルカチオンが生成し、このラジカルカチオンの不対電子が主にパラ位とメタ位に分布するため、パラ位で重合が進むと通常のポリアニリンが生成するが、メタ位で反応が進むと分枝構造物が生成するという機構を提案している。

 第3章では、上述の分枝構造部分を含んでいる重合体について熱分析手法により検討し、加熱すると284℃付近で発熱反応を伴いアニリンモノマーが脱離して安定なポリアニリンを生成すること、およびこの反応が芳香族化反応であることを明らかにしている。

 第4章では、硫酸セリウムによるポリアニリンの合成について述べている。従来知られている過硫酸アンモニウムを酸化剤とするアニリンの重合では、酸性の反応溶液中で導電性のポリアニリンが得られるが、硫酸セリウム(IV)を酸化剤に用いると、中性の反応溶液中でも導電性のポリアニリンが収率よく合成できることを見出している。しかも、酸性でも中性でも共に過硫酸アンモニウムを酸化剤とするものよりさらに多孔性のモルフォロジーのものが得られることを明らかにしている。特に酸性中では、部分的に帯状のモルフォロジーが生じる。さらに、硫酸セリウム(IV)を用いると、過硫酸アンモニウムでは重合しないアニリン誘導体も収率よく重合できる。例えば、過硫酸アンモニウムを用いたのでは、2,6-キシリジンの重合は可能であるが、3,5-キシリジンは重合せず、代わりにキノン類が生成する。しかし、酸化剤として硫酸セリウム(IV)を用いると、例えば80℃、8時間の反応で、46%収率で3,5-キシリジンの重合体を得ている。本方法で得た3,5-キシリジン重合体は、電解重合で得たものと同じであることを赤外スペクトルから明らかにしている。この方法は2,6-キシリジンはもちろん、2,5-や2,3-キシリジンの重合にも用いることができる。

 第5章では、ポリアニリン前駆体としてのアントラニル酸重合体の熱処理によるポリアニリンの合成について検討している。まずポリアントラニル酸のN-メチルピロリドン(NMP)溶液を、ガラス基板上にキャストして膜を作り、窒素下熱処理を行った。その結果、300℃の熱処理で、1692cm-1付近のC=O伸縮振動のピークが大幅に減る一方、ポリアニリンに特徴的なC=NとC-N伸縮振動の1600および1490cm-1のピークが明確なった。X線光電子(XPS)スペクトルでも、熱処理後、C-C、C-HとC=N、C-NによるClsのピークは残っているが、287.6 eVのカルボキシル基のCによるピークはなくなっている。これらの結果は、ポリアントラニル酸が熱処理によって炭酸ガスの脱離をともなってポリアニリンへ転換したことを示唆している。ポリアントラニル酸のポリアニリンへの転換を熱分析で解析し、熱分析の際放出する気体物質を質量分析で追跡分析したところ、240℃で炭酸ガスの脱離が水や塩化水素のそれより圧倒的に多いことを明らかにしている。つまり、240℃で、ポリアントラニル酸は主に炭酸ガスの脱離をともなってポリアニリンへ転換する。このポリアントラニル酸膜の熱処理によるポリアニリンへの転換の際の変化を走査電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、膜のモルフォロジーはほとんど変化がみられなかった。芳香族カルボン酸は分子内環構造を作ることにより比較的低い温度で脱炭酸が起こることが知られているが、ポリアントラニル酸の場合にも、同様に分子内環構造を通じて炭酸ガスの脱離が起こっていると提案している。

 第6章では、ポリアニリン前駆体としてのアントラニル酸重合体およびアニリンとの共重合体の合成について記述している。ポリアントラニル酸およびアントラニル酸とアニリンとの共重合体は、過硫酸アンモニウムを酸化剤として酸性水溶液中より水酸化ナトリウムで中和した水溶液中でずっと高い収率で合成できた。このアントラニル酸の重合活性向上は、カルボキシル基がナトリウム塩形成により立体的障害と電子的吸引性を弱めたためと提案している。このような活性向上はポリアニリン前駆体として期待されるアントラニル酸とアニリンの共重合体の高収率での合成も可能にしている。

 以上を要するに、本研究において論文提出者は銅(II)塩を触媒とし酸素を酸化剤とするポリアニリンの大量合成に初めて成功し、その触媒重合の機構を明らかにしている。また、硫酸セリウムを酸化剤とする酸化重合では、導電性のポリアニリンだけではなく3,5-キシリジン重合体など従来法では合成できないポリアニリンの誘導体も中性の反応系で合成することに成功している。さらに、前駆体によるポリアニリンの合成では、初めてポリアントラニル酸をポリアニリンの前駆体とする新しい概念を提案し、熱処理によるポリアニリンへの転換に成功しており、さらにカルボキシル基を中和することによってアントラニル酸の重合活性を向上させアントラニル酸の重合体およびアニリンとの共重合体の合成の収率を大きく向上させること可能にしている。これらの結果は基礎・応用いずれの見地からも高く評価でき、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク