内容要旨 | | 約400の突然変異形質がカイコから発見され,その過半数が28の連関群からなる連関地図に座乗している。それらの中には,脱皮,休眠性,配偶子形成,耐病性,食性など,カイコのみに見いだされている変異形質も多い。地図上の座位にもとづいて遺伝子をクローニングしたり,育種に役立つ遺伝的マーカーを取得したりするためには,DNA多型にもとづく連関地図が必要である。生物のゲノム解析では,一般に,DNA多型として制限酵素切断断片長多型(RFLP)が用いられてきたが,最近はランダム増幅多型DNA(RAPD)が,実験上の簡便さから,頻繁に利用されている。本研究は,RAPDを利用して家蚕ゲノムの連関地図を作成し,既存のRFLP連関地図や,古典的な形質変異に基づく連関地図との対応付けを試みたものである。 1.RAPDの連関地図の作成 大造(九大農学部遺伝子資源研究センター保存のp50系)と支108号(遺伝研No.785系)を,おのおの5ないし6世代にわたる兄妹交配により遺伝的純化をはかった後,大造♀×支108♂の交配を行ない,そのF1の兄妹交配でF2を得た。F2世代で101個体を任意に選んで,絹糸腺より高分子DNAを調製した。市販の320種類の10merプライマーを1種類ずつ用い,RAPD検出の常法によりポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行なった。約半数のプライマーが,親系統の大造と支108の間で多型的な泳動帯を生成した。243本の多型的泳動帯が認められ,そのうち165本の泳動帯がF1で優性的に発現し,F2個体群において理論比3:1に近い比率で見いだされたので,連関分析に使用した。さらに3本の泳動帯は,正逆交雑の一方でのみF1♀に発現し,かつF2での分離が理論どおりであったので、伴性遺伝をするものと見なした。泳動帯の有無を101個体×168座位の行列として表現し,これを電子計算機のプログラムMapmaker/Expに適用し,最尤法によりLOD値3.0を基準に連関群へ分割した。カイコの遺伝的組換えは,雄の減数分裂のみで起き,雌では起きないことが知れらている。RAPDは常に優性として検出されるので,F2では相反の関係にあるRAPDの間で組換えを検出できない。したがって,相引の関係にある支108に特異的なRAPDと大造に特異的なRAPDが別の染色体に座乗するものと考え,各々の染色体ごとにMapmaker/ExpでRAPDの配列順序を決定した。F2世代における,伴性遺伝をする泳動帯のあり得ない分離の頻度から,RAPDのタイピング上の誤差を2%と見積もり,Mapmaker/Expによってデータの誤りを修正した。その後,Kosambiの地図関数によって,地図上で隣接する二つのRAPDの間の距離を算出し,連関地図を作成した。その結果,常染色体上の座位からなる28の連関群とZ染色体に相当する1連関群を見いだした。常染色体型の連間群は各々2ないし11の座位から成っていた。(姫蚕)とともに4座位を含む連関群は第2連関群と同定された。地図距離の合計はハプロイドゲノム当たり約900センチモルガンであり,古典的形質連関地図のそれとほぼ一致した。 2.RAPDの連関地図と制限酵素切断断片長多型(RFLP)の連関地図の統合 Goldsmithら(1995)も同じ品種,支108と大造を用いてRFLPの連関地図を作成している。GoldsmithよりF2世代の個体別DNAを分譲してもらい,それらのRAPDを調査した。そのデータを前述のデータに加え,再度RAPDとRFLPをMapmaker/Expによって連関群へ分割した。その結果,LOD値3.0で識別すると31の連関群に分かれた。各々の連関群についてパソコン上のプログラムJoinMapを用いてRAPDとRFLPの配列順序を決定した。データが不足していて配列順序が一つに特定できない場合は,一本の地図ではなく複数本に分けて表示した。いくつかの連関群では,RFLPの共優性的な性質に助けられて,支108特異的染色体と大造特異的染色体を1本に統合できた。さらに,隣接するRFLPやRAPDの間の組換え価からKosambiの関数を使って地図距離を算出した。結局,RAPDにおける29の連関群のうち20については,RFLP地図上での対応する連関群ないし単独遺伝子座が同定できた。 GoldsmithらのRFLP地図では,10の連関群が古典的形質地図と対応している。したがって,RAPD地図の10の連関群も古典的地図と対応が付いた。また,もう一つのDNAマーカーとして前胸腺刺激ホルモン遺伝子座Ptth(第22連関群)のイントロンの長さの多型を用い,PCRによってGoldsmithらのDNAにおけるPtthの遺伝子型を調査した。その結果,未同定の1連関群が古典的地図の第22連関群に相当することが分かり,計11の連関群でRAPD地図・RFLP地図・形質地図が対応した。 3.RAPDの塩基配列 常染色体に由来する22種類のRAPDを,大腸菌のプラスミドを用いてクローン化した。クローン化されたRAPD断片をプローブとして,支108号ならびに大造のゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果,18種類のRAPDは,強い放射能を持つスメア状のハイブリダイゼーションシグナルを生じ,ハプロイドゲノムあたり3,500以上のコピーをもつ分散型反復配列を含むものと判断された。残る4種類のRAPDは,弱い放射能の一本の泳動帯を生じ,単一コピーまたは数コピーの配列であると考えられた。また,蛍光自動シークエンサーを用いて各々のRAPD断片の塩基配列を決定した。電子計算機上の相同性検索プログラムBLASTを用いて,GenBankの塩基配列データベースを検索した結果,多コピーのRAPDの塩基配列は,カイコのゲノム中に多数存在することが知られている3種類の反復配列,Bm1,Bm2,BMC1のいずれか一つまたは二つを含んでいた。これらの結果から,RAPDは,必ずしも単一コピーの塩基配列だけを含むとは限らず,むしろ反復配列を含む場合の方が多いことがわかった。したがって,今後RAPDをハイブリダイゼーションプローブとして用いてゲノム解析を進める場合には,注意と工夫が必要である。 要するに,本研究はカイコにおいてRAPDの連関地図を作成し,それを既存のRFLP地図と統合するとともに,RAPDの塩基配列を解析したものである。 |
審査要旨 | | カイコでは,1世紀にわたる遺伝の研究を通じて,脱皮,休眠性,接合核形成,耐病性,食性など,他に類をみない形質を含む約400の突然変異遺伝子が発見され,これらの過半数が28の連関群からなる連関地図に位置付けられてきた。近年、分子生物学の進展に伴い遺伝子連関地図の価値が急激に増大し,遺伝子の単離や分子育種などのために,DNA多型に基づく精度の高い連関地図が要求されるようになってきた。従来,生物のゲノム解析では,DNA多型として制限酵素切断断片長多型(RFLP)が用いられてきたが,最近は,ランダム増幅多型DNA(RAPD)が多く利用されている。本研究は,RAPDを利用して家蚕ゲノムの連関地図を作成し,既存のRFLP連関地図や変異形質の連関地図との対応付けを試みたものである。 1.RAPD連関地図の作成 大造(九大農学部遺伝子資源研究センターp50系)と支108号(遺伝研No.785系)を,各々兄妹交配による継代で遺伝的純化をはかった後,大造♀×支108♂の交配を行ない.そのFlの兄妹交配でF2を得た。F2世代で任意に選んだ101個体の絹糸腺から高分子DNAを個別に調製した。市販の320種類の10merプライマーを1種類ずつ用い,RAPD検出の常法によりポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行なった。約半数のプライマーが,親系統の大造と支108の間で多型的な泳動帯を生じた。243本の多型的泳動帯のうち,Flで優性的に発現し,F2個体群において理論比3:lに近い比率で分離した165本の泳動帯を連関分析に使用した。また,3本の泳動帯は,正逆交雑の一方でのみFl♀に発現し,かつF2での分離が理論どおりであったので,伴性遺伝をするものと見なした。泳動帯の有無を101個体×168座位の行列として表現し,これを電子計算機のプログラムMapmaker/Expに適用し,最尤法によりLOD値3.0を基準に連関群に分割した。RAPDは常に優性的に検出されるので,F2では相反の関係にあるRAPDの間で組換えを検出できない。従って,相引の関係にある支108に特異的なRAPDと大造に特異的なRAPDが,別の染色体に座乗するものと考え,各染色体ごとにMapmaker/ExpでRAPDの配列順序を決定した。また,カイコの遺伝的組換えは雄の減数分裂でのみ起きることから,F2世代における,伴性遺伝をする泳動帯のあり得ない分離の頻度から,RAPDのタイピング上の誤差を2%と見積り,Mapmaker/Expによってデータの誤りを修正した。その後,Kosambiの地図関数によって,地図上で隣接する二つのRAPDの間の距離を算出し,連関地図を作成した。その結果,常染色体上の座位からなる28の連関群とZ染色体に相当する1連関群を見いだした。常染色体の連関群は各々2ないし11の座位から成っていた。p(姫蚕)とともに4座位を含む連関群は第2連関群と同定された。地図距離の合計はハプロイドゲノム当たり約900センチモルガンであり,形質連関地図のそれとほぼ一致した。 2.RAPD連関地図とRFLP連関地図および形質連関地図の統合 同一起源の支108と大造を用いてRFLPの連関地図を作成しているGoldsmithより、F2世代の個体別DNAの分譲を受け、そのRAPDを調査した。そのデータを加えて,RAPDとRFLPをMapmaker/Expによって連関群へ分割したところ,LOD値3.0で識別すると31の連関群に分かれた。各々の連関群について、JoinMapを用いてRAPDとRFLPの配列順序を決定した。いくつかの連関群では,RFLPの共優性的な性質に助けられて,支108特異的染色体と大造特異的染色体を,1本に統合できた。さらに,隣接するRFLPやRAPDの間の組換え価からKosambiの関数を使って地図距離を算出した。その結果,RAPDにおける29の連関群のうち20については,RFLP地図上での対応する連関群ないし単独遺伝子座が同定できた。また,GoldsmithらのRFLP地図では,10の連関群が形質連関地図と対応しているため,RAPD地図の10の連関群も形質連関地図と対応がつけられた。また,DNAマーカーとして前胸腺刺激ホルモン遺伝子座Ptth(第22連関群)のイントロンの長さの多型を用い,PCRによってGoldsmithらのDNAにおけるPtthの遺伝子型を調査した。その結果,未同定の1連関群が形質連関地図の第22連関群に相当することが分かり,計11の連関群でRAPD地図・RFLP地図・形質地図が対応した。 3.RAPDの塩基配列 常染色体に由来する22種類のRAPDを,大腸菌のプラスミドを用いてクローン化し、その断片をプローブとして,支108号と大造のゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果,18種類のRAPDは,強い放射能を持つスメア状のシグナルを生じ,ハプロイドゲノムあたり3,500以上のコピーをもつ分散型反復配列を含むものと判断された。残る4種類のRAPDは,弱い放射能の一本の泳動帯を生じ,単一コピーまたは数コピーの配列であると考えられた。また,蛍光自動シークエンサーを用いて各々のRAPD断片の塩基配列を決定した。相同性検索プログラムBLASTを用いて,GenBankの塩基配列データベースを検索した結果,多コピーのRAPDの塩基配列は,カイコのゲノム中に多数存在する3種類の反復配列,Bm1,Bm2,BMC1のいずれか一つまたは二つを含んでいた。これらの結果から,RAPDは,必ずしも単一コピーの塩基配列だけを含むとは限らず,むしろ反復配列を含む場合の方が多いことが判明した。 以上要するに,本研究はカイコにおいてRAPDの連関地図を作成し,それを既存のRFLP地図と統合するとともに,RAPDの塩基配列を解析したものであり,遺伝子の単離や分子育種などのために必要なDNA多型に基づく精度の高い連関地図の完成に大きく貢献した。よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |