学位論文要旨



No 111523
著者(漢字) イサイアス ハサルマバトゥ サルガド ウガルテ
著者(英字) Isafas Hazarmabeth Salgado Ugarte
著者(カナ) イサイアス ハサルマバトゥ サルガド ウガルテ
標題(和) 水産資源学におけるノンパラメトリックデータ解析法と東京湾のスズキの資源生物学研究への適用
標題(洋) NONPARAMETRIC METHODS FOR FISHERIES DATA ANALYSIS AND THEIR APPLICATION IN CONJUNCTION WITH OTHER STATISTICAL THCHNIQUES TO STUDY BIOLOGICAL DATA OF THE JAPANESE SEA BASS Lateolabrax japonicus IN TOKYO BAY
報告番号 111523
報告番号 甲11523
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1620号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水産学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 上村,賢治
 東京大学 教授 松宮,義晴
 東京大学 助教授 谷内,透
 東京大学 助教授 岸野,洋久
内容要旨

 近年低価格高性能のパーソナルコンピュータが普及し、また従来のパラメトリックな解析法における種々の制約の問題から、これ以外の解析法に注目が集まっている。水産資源学においても、従来例えば体長組成はヒストグラムおよび頻度多角形により解析されていたが、これらの密度推定法には原点、不連続性、固定級幅等の影響が欠点として指摘されている。こういった問題から計算量は多いがより効率的な別の解析法に関心が寄せられることになった。本研究はいくつかのノンパラメトリックな解析法を導入し、これを資源生物学のデータ解析に適用したものである。

1.資源生物学のデータ解析のためのノンパラメトリック技法1.1体長組成データの解析

 非線形推定法(移動メディアンの反復計算に基づく.)の採用が体長組成の級分けにおけるノイズを減少させる効率的な方法であることが示されている。しかしその実用の際の問題は級分けの原点への依存性、修正幅に応じての最適級数の要求、ガウス分布データでの変動(標準偏差)の増大等である。

 核型推定法によればヒストグラムと頻度多角形における分布ノイズの減少と原点依存性を完全に克服することができる。その上、拡張核型推定法では不便な固定級幅ではなく、データの少ないところでは広く、多いところでは狭くといった変動級幅の採用が可能である。ただ、密度推定の精度は上がるが、級幅(修正子)の選び方によって影響され易く、また計算量は多い。こういう適用性の良い解析法には計算量の問題があるのである。既存のいくつかのデータ群に非線形修正子と拡張推定法を適用したところ、修正Bhattachrya法による計算で同様の推定結果を得た。

 平均移動ヒストグラムとWARP(級界点の一般加重平均法)はデータの離散化に基づく効率的なアルゴリズムの集合だが、これにより核型推定法がさらに効果的となる。平滑パラメータの決定(相互験証技法)、多峰性の確認(Silvermanの平滑ブートストラップ検定)あるいは誤差の推定などに反復サンプリング法を用いるとき、これらの方法が特に重要である。なお、級幅の選定法が残るが、誤差推定を最小にするための、種々の有力な選択規則が開発されている。

 多峰性の推定のためにこれまで、単峰性に関するDip統計検定やSilvermanの平滑ブートストラップ多峰性検定が導入されている。これらの方法を前に研究したメキシコ湾北西部で得た汽水ナマズArius melanopus(雌と稚魚併せて1,116個体)の体長組成データに適用した。Dip検定では単峰性の仮説が明確に棄却され、ブートストラップ法で多峰性の確証が得られ、少なくとも4つのモードが示されたが、これは前に得た結果と一致する。

1.2ノンパラメトリックな回帰解析法

 本研究で検討したノンパラメトリックな解析法には、普通は直接計算するのが難しい複雑な関数を用いる回帰の解析法についても上記の方法と関連したやはり柔軟な計算法が含まれている。離散化したデータにWARP計算法を用いる核型回帰解析法とk-最近隣法とを成長に季節的な停止のあるvon Bertalanffy成長式でシミュレイションで作ったデータに適用を試みた。いくつかの制約関数を加え、誤差を最小にするように級幅を調整する方法を用いることで結果が非常に改善された。

 これまで、これらの新しい方法のすべてについて計算するコードは整備されていなかったが、本研究では核型解析法によるすべての計算プログラムを整備した。ここでは計算量は多いが直接計算する方法を示しており、離散化過程と効率的なASH-WARP法を含んでいる。そのほか核型推定法、最近隣法を含むいくつかのノンパラメトリックな回帰解析法も示している。プログラムはStataの統計ソフトのプログラム言語(macros)で書かれており、PCコンピュータのMSDOS上のTurbo Pascalで走る。macrosはStataのグラフ機能を利用できる利点がある。本研究の計算はDip検定を除き、すべて本研究で開発したノンパラメトリックな解析法を用いている。

2.東京湾のスズキの資源生物学研究への適用

 スズキLateolabrax japonicusは日本沿岸に広く棲息する重要な漁獲対象種である。本種についてはいくつもの生物学、生態学の研究が行われているが、年齢と成長について複数の硬組織を用いた比較研究は行われていない。本研究では東京湾のスズキを1993年9月から95年3月までほぼ月1回漁獲物から採集し、また東京湾に設定された20の定点での試験底曳で得られた、試料を用いた。試料数は総計406個体で雄109(標準体長範囲162-664mm、以下同じ)、雌114(155-760)、不明182(123-366)個体であった。成魚は全期間を通じて漁獲物から得られたが、未成魚は冬季の試験底曳のみで得られた。試料は凍結保存したが、解凍後、体長・体重を測定し、性を判別、鱗を4部位から、また左右の耳石を採取した。

 解析は先に述べたノンパラメトリックな方法を適用したが、最後にパラメトリックなモデル選択の助けとするため共分散分析も行った。体長体重関係についてはノンパラメトリックな回帰解析法により大きさによって差のあることが明らかになったので、未成魚と成魚別々の関数を当てはめた。

2.1体長組成の解析

 体長組成を雄、雌、性不明それぞれ別々に解析した。解析にはヒストグラム、頻度多角形、平均移動ヒストグラム、核型推定、の方法で行った。さらに体長分布の構造を級輻選択法のいくつかを適用して検討した。

 体長組成の多峰性をDip検定およびSilverman検定で検討した。DIP検定により単峰性は否定され、Silvermanのブートストラップ検定により少なくとも4つのモードが雄、雌ともに確認されたが、さらに1、2のモードの存在する可能性が示唆された。なお、最小二乗相互験証法では雌と性不明群の主モードがさらに2つに分けられ、重複の可能性が示唆された。年齢査定の結果からはこの重複しているモードは2歳と3歳の個体からなることが明かとなった。

2.2年齢と成長

 鱗、耳石、耳石の切片により年齢を査定し、成長を検討した。鱗は(1)体側、胸鰭後部、(2)頭部、(3)下腹部、腹鰭後部、(4)体側、第1背鰭下部側線直上の4部位から原則として体左側のものを採取した。総計2,804枚の鱗を採取し、鱗長一体長関係の検討に用いた。再生鱗や損傷鱗は用いなかった。(4)の部位から得た鱗が鱗長一体長関係で標準誤差が最小であり、また、他の部位の鱗より読み易かった(年輪の明瞭さ、偽年輪の少なさ)。他の研究者もこの部位を選んでおり、結果の比較にはこの部位の鱗の結果を用いた。

 無処理の耳石については1,245個の読みを得た。前方、後方とも偽(季節と関係のない)年輪が多い。このため不透明帯の始点の決定が難しく、測定の変動が大きい。高年齢の個体では季節輪が背軸、腹軸ともに高齢に対応するところで密に固まっており、読み落としの原因となっている。どちらかといえば前方の軸の方が密でない。この軸については偽年輪の多いことが難点である8輪以上が認められたのは前方背軸側であったが、直線に沿って正確に測定することはできなかった。腹軸は2ないし3歳以上では縁辺に年輪が密集し、査定には適さない。

 右側の耳石をポリエステル樹脂に包埋し、横断切片を作った。中心から 溝添いと腹側縁辺への2方向の軸について1,060個の測定値を得た。一般的に耳石の切片は最も読み易い形質である。しかし、前処理に最も気を遣う形質でもある。切片を見ると背軸で5あるいは6歳以上でなぜ年輪が読めないかが理解できる。耳石の成長の方向が変化するのである。

 3構造の読みの相互の一致率は以下の通り:鱗-無処理耳石 67%、無処理耳石-耳石切片 58%、鱗-耳石切片 65%。鱗と耳石切片は特に高齢魚で一致率が低いが、驚いたことに全体としては耳石の無処理と切片との間の一致率を上回っている。耳石法の差は測定の変動を大きくしている偽年輪の多さが原因であろう。切片の場合、読み易いが、縁辺部の不透明帯の確認が難しい。切片と対照的に無処理の耳石と鱗では高齢魚で年齢を低く見る傾向がある。これまでの他の水域での研究と比べて、本研究の年齢別推定体長は若年で大きい傾向がある。高年齢については試料数が少ないが、やや小さめの傾向がある。本研究の試料の主な部分は未成魚で1、2歳魚である。最高齢は雌の14歳、標準体長760mmの個体であった。3つの査定方法による年齢と体長との関係から、非線形計算法によってvon Bertalanffyの成長曲線の当てはめを行った。 当てほめの方法による差はなかった。

 季節による体の状態の指標となるいくつかの変数について多変量共分散分析を行った。取り上げた従属変数は体重、生殖巣重量、肝臓重量の3つである。2つの因子(性と採集日)と1つの共変数(標準体長)を検討したが、採集日1因子のみの場合だけ確かな結果が得られた。冬季の有意な生殖巣重量の上昇から産卵期が示された。肝臓重量はこれと反対の年間変動を示した。また、胃内容物重量は春季に最高値を示した。

審査要旨

 近年低価格高性能のパーンナルコンビュータが普及し,また従来のパラメトリックな解析法における種々の制約の問題から,これ以外の解析法に注目が集まっている。水産資源学においても,計算量は多いがより効率的な別の解析法に関心が寄せられることになった。本研究はいくつかのノンパラメトリックな解析法を導入し,これを資源生物学のデータ解析に適用したものである。

1.資源生物学のデータ解析のためのノンパラメトリック技法1.1体長組成データの解析

 非線形推定法(移動メディアンの反復計算に基づく)の採用が体長組成の級分けにおけるノイズを減少させる効率的な方法であることが示されている。しかしその実用に際しては級分けの原点への依存性等,解決すべき問題がある。核型推定法によればヒストグラムと頻度多角形における分布ノイズの減少と原点依存性を完全に克服することができ,その上,拡張核型推定法では不便な固定級幅ではなく,データ数に応じた変動級幅の採用が可能である。平均移動ヒストグラムとWARP(級界点の一般加重平均法)はデータの離散化に基づく効率的なアルゴリズムの集合だが,これにより核型推定法がさらに効果的となる。なお,級幅の選定法に関しては,誤差推定を最小にするための,種々の有力な選択規則が開発されている。

 多峰性の推定のためにこれまで,単峰性に関するDip統計検定やSilvermanの平滑ブートストラップ多峰性検定が導入されている。これらの方法を前に研究したメキシコ湾北西部で得た汽水ナマズArius melanopusの体長組成データに適用し,少なくとも4つのモードが示されたが,これは前に得た結果と一致する。

1.2ノンパラメトリックな回帰解析法

 本研究で検討したノンパラメトリックな解析法には,普通は直接計算するのが難しい複雑な関数を用いる回帰の解析法についても上記の方法と関連したやはり柔軟な計算法が含まれている。離散化したデータにWARP計算法を用いる核型回帰解析法とk-最近隣法とを成長に季節的な停止のあるvon Bertalanffy成長式でシミュレーションで作ったデータに適用を試みた。いくつかの制約関数を加え,誤差を最小にするように級幅を調整する方法を用いることで結果が非常に改善された。

 なお,本研究では核型解析法によるすべての計算プログラムを整備した。

2.東京湾のスズキの資源生物学研究への適用

 スズキLateolabrax japonicusは日本沿岸の重要な漁獲対象種である。本種についてはいくつもの生物学,生態学の研究が行われているが,年齢と成長について複数の硬組織を用いた比較研究は行われていない。本研究では1993年9月から95年5月までに得た東京湾のスズキ406個体(雄109(標準体長範囲162-664mm,以下同じ),雌 114(155-760),不明183(123-366))を用い,主として年齢と成長について検討した。

 解析は主に先に述べたノンパラメトリックな方法を適用した。

2.1体長組成の解析

 体長組成を雄,雌,性不明それぞれ別々に解析した。解析にはヒストグラム,頻度多角形,平均移動ヒストグラム,核型推定,の方法で行った。さらに体長分布の構造を級幅選択法のいくつかを適用して検討した。

 体長組成についてDIP検定により単峰性は否定され,Silvermanのブートストラップ検定により少なくとも4つのモードが雄,雌ともに確認されたが,さらに1,2のモードの存在する可能性が示唆された。

2.2年齢と成長

 鱗,耳石,耳石の切片により年齢を査定し,成長を検討した。3構造の読みの相互の一致率は以下の通り:鱗-無処理耳石 67%,無処理耳石-耳石切片 58%,鱗-耳石切片 65%。鱗と耳石切片は特に高齢魚で一致率が低い。これまでの他の水城での研究と比べて,本研究の年齢別推定体長は若年で大きく,高年齢でやや小さめの傾向がある。本研究の試料の主な部分は未成魚で1,2歳魚である。非線形計算法によってvon Bertalanffyの成長曲線の当てはめを行った。当てはめの方法による差はなかった。

 このほか生殖巣,肝臓等の季節変化を検討し,産卵期とそれに伴う栄養状態,摂餌状態等の変化を推定した。

 以上,本諭文は資源解析の方法論に新境地を開いたものであり,その東京湾のスズキへの適用も行い,学術上も応用上も貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位に値すると判定した。

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