審査要旨 | | 整備された大区画水田においては,少なくとも整備直後には生育が不均一であることが避け難く,この不均一性の解消が課題となっている。そこで本研究では,土壌・用水等のどのような諸条件が生育の不均一性を引き起こしているのかを明らかにし,その対応策を提示することを目的としている。すなわち,選定された圃場において,圃場内部の諸条件および生育の不均一性の実態を調査すること,実験室においてさまざまな条件をシステマティックに設定し最良の生育条件を明らかにすること,およびその最良の条件を圃場レベルで実現するための方策を探ること,以上が本研究の目的である。 第I章では,世界の稲作の現状を振り返ったうえで,その生産基盤である水田の土地生産性とその要素である区画規模・労働生産性とそれに関連する機械化について比較考察を行い,圃場整備の必要性を論じている。 これを踏まえて第II章では,土地生産性に与える諸要因-灌漑用水の量・湛水深・土質・施肥量について詳細にレビューし,労働生産性を低減させるための機械化や直播技術をレビューした上で,本研究の課題を設定し,構成を述べている。 第III章から第V章までは,本研究の中核をなす調査および実験の成果である。 第III章の圃場調査は3カ所で行っているが,中心的な圃場は盛土によって大区画に整備された2.14haの水田である。圃場における不均一性の現状と原因とを明らかにするために,約25m角に設定した格子点25箇所において,幼苗期より追跡調査を行っている。不均一性を収量の変動係数で見ると40〜60%に達しており,この変動の理由を探るため,土壌の各種物理性および化学性,各地点における用水の水質,および微小起伏とそれによる湛水深の差を測定し,それぞれの因子の影響力を検討している。単相関では粘土含量,砂含量,飽和透水係数などと籾重との相関係数の絶対値が比較的大きかったことを明らかにしている。 第IV章では,諸因子の影響力を明確にするため,ポット栽培等の実験を行っている。湛水深の管理方法と湛水深の絶対値の影響を見るための実験によって,およそ9cmあたりに最適湛水深が存在することを確認している。灌漑方法についても,生殖生長期以降に湛水深を半減させる水管理が最も高い収量を得ることを示している。施肥方法を変えた実験でも同様の結果を示している。さらに土の硬さと生長量との関係についても実験を行い,圃場においてトラクタ走行による土の締め固めについては十分な注意を払うべきことが示唆されている。 第V章では,大区画水田において導入の不可欠な直播栽培を前提に,その場合に必要な最適密度を明らかにするための実験を行っている。直線上の密度を変化させる実験,格子状に配置した実験によって最適密度の存在を示唆している。さらに,格子状すなわち秩序的な配置に対してランダム配置では収量が劣ることを明らかにしている。 以上の調査および実験の結果,整備水田には相当の不均一性が存在することが明らかとなったが,それを指摘するだけでは耕作者の利益にはならないので,これを補償する方策を提示する必要がある。そこで第VI章では,不良土に良い土を混ぜる,不良土に良い土を客土する,不良土に多めの施肥を行う,という措置の効果を明確にするための実験を行っている。その結果,客土と施肥とが有効であることを示したが,客土においては土の入手が課題とされている。 最終の第VII章では,総括的に考察を行っており,実験から明らかになった事項を整理し,それを現場の圃場に当てはめる際の留意事項等を考察している。 以上要するに,本論文においては,多くの室内実験,屋外実験を通じて,さまざまな条件を設定し,最適な生育条件を明確にしていると同時に,圃場レベルヘでの対応についても具体的な方向を示している。このことは学問上の成果を示していると同時に,国際的環境の中で実際の低コスト農業を行う際の指針ともなることが期待できる。 よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位を与えるにふさわしいと判断した。 |