学位論文要旨



No 111526
著者(漢字) オズマン ヴァリ パテル
著者(英字) Osman Valli Patel
著者(カナ) オズマン ヴァリ パテル
標題(和) 牛の妊娠時期および胎子数が母体ならびに胎子・胎盤由来のホルモン濃度に及ぼす影響
標題(洋) The effect of stage of gestation and fetal number on hormones of maternal and feto-placental source in the bovine.
報告番号 111526
報告番号 甲11526
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1623号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 森,裕司
内容要旨

 牛の生産性向上の主たる制限要因に、繁殖雌牛の繁殖効率の低さと繁殖周期の長さがある。しかし、外因性性腺刺激ホルモンの利用、胚移植(ET)、さらにはその後に開発された卵細胞のin vitro成熟・受精(IVM-IVF)技術の導入は、牛においても経済的に実現可能な多胎出産の機会を著しく増加させてきた。ETやIVM-IVFのような技術応用による牛の生産効率の改良に伴い、妊娠の成立と維持における母体-胎子-胎盤間での複雑な関係についての詳細な知識が必要となっている。さらに多胎妊娠では、それに合わせた特別な管理法と同時に胎子の高い栄養要求をまかなう必要があり、多胎妊娠牛の確実な診断法の開発も急を要している。現在牛で実際に利用されている妊娠診断法については、妊娠に特異的でないこと、診断精度が飼育管理に左右されること、そして診断精度が低いなどいくつかの問題がある。一方、これらの診断指標としてしばしば用いられてきたホルモン類に関しても、現在までに、同一の妊娠牛において由来の異なる多くのホルモンを同時に測定したという報告はほとんどない。

 そこで、本研究では、i)単胎および双胎牛を用い、全妊娠期間を通した頻回の採血により、妊娠牛末梢血中の母牛由来の妊娠関連ホルモン(プロジェステロン:P4)と胎子-胎盤ユニット由来の妊娠特異性のホルモン(エストロン:E1、エストラジオール:E2、エストロンサルフェート:E1-S、妊娠特異性蛋白B:PSPB、妊娠血清ホルモン-60:PSP-60、および牛胎盤性ラクトジェン:bPL)の経時的変動を解明するとともに、ii)妊娠の時期ならびに胎子数がこれらのホルモンの循環血中濃度におよぼす影響や、妊娠維持におけるこれらの役割を評価し、それらの診断価値についても評価した。

 規則的に性周期を営み、数回の出産歴をもつホルスタイン種雌牛12頭を6頭ずつの2群に分け、黒毛和種牛卵を用いたIVM-IVFを非外科的に実施し、1つの胚の移植(第1群)、あるいは2つの胚の移植を行った(第2群)。胚移植に先立って黄体の数を増やすため、各群の3頭を無作為に選び、卵胞刺激ホルモン(FSH)あるいは妊馬血清性性腺刺激ホルモン(PMSG)を投与し、続けてプロスタグランジンF2 (PGF2 )を投与した(処置牛)。これらの処置は妊娠前の黄体中期に開始した。残りの各群3頭の乳牛に対しては、PGF2 を用いて発情を同期化させた(無処置牛)。すべての実験牛に対し、発情の7日目(最初に乗駕許容が現れた日を0日目とした)に非外科的な胚移植を実施した。単一の胚は黄体のある側の子宮角へ移植し、2つの胚では左右の子宮角に別々に移植した。妊娠は30日目に超音波検査で診断し、分娩によって確認した。採血は、移植0日目からほぼ3日おきに、妊娠の最後の10日間は毎日実施し、出産翌日に終了した。血漿ホルモン濃度はラジオイムノアッセイによって測定した。

1)外因性性腺刺激ホルモンおよび胎子数が妊娠牛の末梢P4濃度におよぼす影響

 全妊娠期間を通じて、いずれの群の牛においても血漿P4濃度は黄体の数に有意な相関を示し(P<0.001)、また処置牛のP4濃度は無処置牛より有意に高かった(P<0.001)。処置牛の血漿P4濃度は、単胎群では妊娠開始後3カ月間の値がその後の6カ月間よりやや高い値を示し、双胎群では妊娠開始後3カ月間と分娩前3カ月間の値が、その間の3カ月間の値より有意に高い値を示した(P<0.001)。それに対して無処置牛では、単胎および双胎群の間に血漿P4濃度の有意な差は認められなかった。また、全群で妊娠の20日目から25日目の間に、血漿P4濃度の明らかな増減が認められた。

 これらの結果から、無処置牛における血漿P4の動態は、単胎群と双胎群の間に明確な差はなく、性腺刺激ホルモンの投与による黄体の多形成が、全妊娠期間を通して血漿P4濃度を有意に高めることが示された。さらに、妊娠期血漿P4濃度は形成された黄体数と有意な相関があり、かつ、妊娠時期における黄体からのP4分泌調節は、おそらく母牛、胎子および胎盤の間の相互作用のからむ複雑なものであることが示唆された。

2)妊娠牛末梢血中の結合および遊離エストロジェン濃度:妊娠時期および胎子数との関係

 妊娠牛末梢血中E1、E2およびE1-S濃度は、両群とも妊娠の時期と直接的に関連して有意な差を示し(P<0.001)、また分娩前に著明な上昇が認められた。分娩前3カ月間の血漿E1(P<0.001)およびE2(P<0.05)濃度は、双胎群のほうが単胎群よりも有意に高値を示した。一方単胎群では、分娩10日前から分娩までの間、血漿E2濃度はE1に平行して変動したのに対し、双胎群では必ずしも同様の変動を示さなかった。E1-Sの濃度についてみると、分娩前6カ月間における濃度は単胎群より双胎群のほうが有意に高かった(P<0.001)。単胎群ではE1-Sの濃度は、分娩前約30〜40日から上昇を始め、分娩前10日目にピークを形成し、その後徐々に減少した。双胎群では分娩中期から上昇を始め、一旦低下し、分娩前50日頃から再び急激に上昇して分娩日にピークを示す2相性の上昇を示した。血漿E1に対するE1-Sの比およびE2に対するE1の比は、妊娠の各時期によって有意に変動し(P<0.05)、また単胎群に比べて双胎群では有意に高かった(P<0.05)。分娩日においては、これらの比は両群間で類似していた。

 以上の結果より、全妊娠期間を通じて、血漿中の結合エストロジェン(E1-S)濃度は遊離エストロジェン濃度(E1、E2)より高く、また両者とも妊娠の時期によって有意に変動することが示された。また、牛において胎子数が血中ステロイド濃度へ影響することがはじめて示唆された。

3)妊娠牛末梢血中のPSPB、PSP-60およびbPL濃度:妊娠時期および胎子数との関係

 血漿PSP、BPSP-60およびbPL濃度の経時的変動は、分娩前10日間のPSP-60の変動を除いて、妊娠の時期(P<0.001)ならびに胎子数(P<0.001)によって有意に影響された。血漿PSPBおよびPSP-60濃度は、妊娠の進行に伴って徐々に上昇し、周産期における進行性の上昇と、分娩前20〜40日には急激な上昇を示した。bPL濃度は、妊娠200日〜220日にかけて急激に上昇し、分娩日までほぼ同様の値を維持した。PSPB、PSP-60およびbPL濃度は双胎群で有意に高かったが(P<0.001)、その経時的変動は単胎群とほぼ平行していた。また、bPL濃度は分娩後速やかに低下したのに対し、PSPBとPSP-60の濃度は翌日まで上昇がみられた。

 以上の結果から、牛においてPSPB、PSP-60およびbPL濃度が妊娠の時期と関連して変動すること、ならびに胎子数がその濃度に大きく影響することがはじめて明らかとなった。

 本実験中に、母牛1頭が妊娠254日目に死産した(胎子は27kgの雄と18kgの雌)。別の1頭は妊娠約274日目に巨大な(67.5kg)反転性裂体を出産した。それらの牛の妊娠中のP4の濃度およびその変動パターンは、早産によるP4値の低下を除き、奇形胎子あるいは死産胎子による影響を受けなかったのに対し、胎子-胎盤ユニット由来のステロイドホルモンならびに蛋白ホルモンは、その濃度および変動パターンのいずれも異常を示した。現在、家畜において胎子の予後マーカーとして使用できる指標はないが、1例ずつの結果ではあるものの、人と同様に胎子-胎盤ユニットの活性を測定するための指標に妊娠特異性ホルモンが利用可能であることを示した。

 以上の結果をまとめると、妊娠に関与する複数のホルモンを同時に頻回に測定し、それらの経時的変動を明らかにした。これらにより、各ホルモンの由来臓器、妊娠の時期、および胎子数との関連について検討した。その結果、母牛由来のホルモンより胎子-胎盤ユニット由来のホルモンがより正確な妊娠ならびに胎子の予後に関する判定指標となり得ることが示された。また、胎子数は、妊娠期間の各時期のホルモン濃度に対してそれぞれ異なる影響を与えることが示され、妊娠・分娩に対し、各ホルモンが異なる役割を有していることを示唆された。

審査要旨

 外因性性腺刺激ホルモンの利用、胚移植(ET)、卵細胞のin vitro成熟・受精(IVM-IVF)技術の導入は、牛の多胎出産機会を著しく増加させた。ETやIVM-IVFの確実な成功には妊娠の成立と維持における母体-胎子-胎盤間での複雑な関係についてのより詳細な知識が要求される。さらに多胎妊娠では、それに合わせた特別な管理法が必要であり、また多胎妊娠牛の確実な診断法の開発も急を要している。

 そこで、本研究では、i)単胎および双胎牛を用い、全妊娠期間を通した頻回の採血により、母牛由来の妊娠関連ホルモン(プロジェステロン:P4)と胎子-胎盤ユニット由来の妊娠特異性ホルモン(エストロン:E1、エストラジオール:E2、エストロンサルフェート:E1-S、妊娠特異性蛋白B:PSPB、妊娠血清ホルモン-60:PSP-60、および牛胎盤性ラクトジェン:bPL)の経時的変動を解明するとともに、ii)妊娠の時期ならびに胎子数がこれらのホルモンの循環血中濃度におよぼす影響ならびにそれらの診断価値について検討した。

 規則的に性周期を営み、数回の出産歴をもつホルスタイン種雌牛12頭を6頭ずつの2群に分け、IVM-IVFによって1つの胚移植(第1群)あるいは2つの胚移植(第2群)を行った。また、各群の3頭を無作為に選び、胚移植前に黄体数を増加するため、卵胞刺激ホルモンあるいは妊馬血清性性腺刺激ホルモンを投与した(処置牛)。残りの各群3頭は無処置とした(無処置牛)。またいずれの牛に対してもプロスタグランジンF2を用いて発情を同期化させた。採血は、胚移植0日目からほぼ3日おきに、妊娠の最後の10日間は毎日実施し、出産翌日に終了した。

 全妊娠期間を通じて、血漿P4濃度は黄体数に有意な相関を示し、また処置牛は無処置牛より有意に高かった。処置牛の血漿P4濃度は、単胎群では妊娠開始後3カ月間、双胎群では妊娠開始後3カ月間と分娩前3カ月間の値が、それぞれ他の期間より有意に高い値を示した。しかし無処置牛では、単胎および双胎群の間に血漿P4濃度の有意な差は認められなかった。

 妊娠牛末梢血中E1、E2およびE1-S濃度は、両群とも妊娠の時期と直接的に関連して有意な差を示し、また分娩前に著明な上昇が認められた。分娩前3カ月間の血漿E1およびE2濃度は、双胎群のほうが単胎群よりも有意に高値を示した。E1-Sの分娩前6カ月間における濃度は単胎群より双胎群のほうが有意に高かった。単胎群ではE1-Sの濃度は、分娩前約30〜40日から上昇を始め、分娩前10日目にピークを形成し、その後徐々に減少した。双胎群では分娩中期から上昇を始め、一旦低下し、分娩前50日頃から再び急激に上昇して分娩日にピークを示す2相性の上昇を示した。血漿E1に対するE1-Sの比およびE2に対するE1の比は、妊娠の各時期によって有意に変動し、また単胎群に比べて双胎群では有意に高かった。さらに、全妊娠期間を通じて血漿中の結合エストロジェン(E1-S)濃度は遊離エストロジェン濃度(E1、E2)より高く、また、牛において胎子数が血中ステロイド濃度へ影響することがはじめて示唆された。

 血漿PSP、BPSP-60およびbPL濃度の経時的変動は、分娩前10日間のPSP-60の変動を除いて、妊娠の時期ならびに胎子数によって有意に影響された。血漿PSPBおよびPSP-60濃度は、妊娠の進行に伴って徐々に上昇し、分娩前20〜40日には急激な上昇を示した。bPL濃度は、妊娠200日〜220日にかけて急激に上昇し、分娩日までほぼ同様の値を維持した。PSPB、PSP-60およびbPL濃度は双胎群で有意に高かったが、その経時的変動は単胎群とほぼ平行していた。また、bPL濃度は分娩後速やかに低下したのに対し、PSPBとPSP-60の濃度は翌日まで上昇がみられた。

 以上の結果から、牛においてPSPB、PSP-60およびbPL濃度が妊娠の時期と関連して変動すること、ならびに胎子数がその濃度に大きく影響することがはじめて明らかとなった。

 また、本実験中に、母牛1頭が妊娠254日目に雌雄の胎子を死産し、別の1頭は妊娠約274日目に巨大な(67.5kg)反転性裂体を出産した。それらの牛の妊娠中のP4の濃度およびその変動パターンは、奇形胎子あるいは死産胎子による影響を受けなかったのに対し、胎子-胎盤ユニット由来のステロイドホルモンならびに蛋白ホルモンは、その濃度および変動パターンのいずれも異常を示した。このことは人と同様に胎子-胎盤ユニットの活性を測定するための指標に妊娠特異性ホルモンが利用可能であることを示した。

 以上要するに、本論文は双胎妊娠牛における多くの妊娠関連ホルモンの変動をきわめて精密に詳細に検討し、多くの新知見を見出したものであり、今後のこの分野の応用研究に対し多大な貢献をするものであると考えられる。よって審査員一同は、博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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