外因性性腺刺激ホルモンの利用、胚移植(ET)、卵細胞のin vitro成熟・受精(IVM-IVF)技術の導入は、牛の多胎出産機会を著しく増加させた。ETやIVM-IVFの確実な成功には妊娠の成立と維持における母体-胎子-胎盤間での複雑な関係についてのより詳細な知識が要求される。さらに多胎妊娠では、それに合わせた特別な管理法が必要であり、また多胎妊娠牛の確実な診断法の開発も急を要している。 そこで、本研究では、i)単胎および双胎牛を用い、全妊娠期間を通した頻回の採血により、母牛由来の妊娠関連ホルモン(プロジェステロン:P4)と胎子-胎盤ユニット由来の妊娠特異性ホルモン(エストロン:E1、エストラジオール:E2、エストロンサルフェート:E1-S、妊娠特異性蛋白B:PSPB、妊娠血清ホルモン-60:PSP-60、および牛胎盤性ラクトジェン:bPL)の経時的変動を解明するとともに、ii)妊娠の時期ならびに胎子数がこれらのホルモンの循環血中濃度におよぼす影響ならびにそれらの診断価値について検討した。 規則的に性周期を営み、数回の出産歴をもつホルスタイン種雌牛12頭を6頭ずつの2群に分け、IVM-IVFによって1つの胚移植(第1群)あるいは2つの胚移植(第2群)を行った。また、各群の3頭を無作為に選び、胚移植前に黄体数を増加するため、卵胞刺激ホルモンあるいは妊馬血清性性腺刺激ホルモンを投与した(処置牛)。残りの各群3頭は無処置とした(無処置牛)。またいずれの牛に対してもプロスタグランジンF2を用いて発情を同期化させた。採血は、胚移植0日目からほぼ3日おきに、妊娠の最後の10日間は毎日実施し、出産翌日に終了した。 全妊娠期間を通じて、血漿P4濃度は黄体数に有意な相関を示し、また処置牛は無処置牛より有意に高かった。処置牛の血漿P4濃度は、単胎群では妊娠開始後3カ月間、双胎群では妊娠開始後3カ月間と分娩前3カ月間の値が、それぞれ他の期間より有意に高い値を示した。しかし無処置牛では、単胎および双胎群の間に血漿P4濃度の有意な差は認められなかった。 妊娠牛末梢血中E1、E2およびE1-S濃度は、両群とも妊娠の時期と直接的に関連して有意な差を示し、また分娩前に著明な上昇が認められた。分娩前3カ月間の血漿E1およびE2濃度は、双胎群のほうが単胎群よりも有意に高値を示した。E1-Sの分娩前6カ月間における濃度は単胎群より双胎群のほうが有意に高かった。単胎群ではE1-Sの濃度は、分娩前約30〜40日から上昇を始め、分娩前10日目にピークを形成し、その後徐々に減少した。双胎群では分娩中期から上昇を始め、一旦低下し、分娩前50日頃から再び急激に上昇して分娩日にピークを示す2相性の上昇を示した。血漿E1に対するE1-Sの比およびE2に対するE1の比は、妊娠の各時期によって有意に変動し、また単胎群に比べて双胎群では有意に高かった。さらに、全妊娠期間を通じて血漿中の結合エストロジェン(E1-S)濃度は遊離エストロジェン濃度(E1、E2)より高く、また、牛において胎子数が血中ステロイド濃度へ影響することがはじめて示唆された。 血漿PSP、BPSP-60およびbPL濃度の経時的変動は、分娩前10日間のPSP-60の変動を除いて、妊娠の時期ならびに胎子数によって有意に影響された。血漿PSPBおよびPSP-60濃度は、妊娠の進行に伴って徐々に上昇し、分娩前20〜40日には急激な上昇を示した。bPL濃度は、妊娠200日〜220日にかけて急激に上昇し、分娩日までほぼ同様の値を維持した。PSPB、PSP-60およびbPL濃度は双胎群で有意に高かったが、その経時的変動は単胎群とほぼ平行していた。また、bPL濃度は分娩後速やかに低下したのに対し、PSPBとPSP-60の濃度は翌日まで上昇がみられた。 以上の結果から、牛においてPSPB、PSP-60およびbPL濃度が妊娠の時期と関連して変動すること、ならびに胎子数がその濃度に大きく影響することがはじめて明らかとなった。 また、本実験中に、母牛1頭が妊娠254日目に雌雄の胎子を死産し、別の1頭は妊娠約274日目に巨大な(67.5kg)反転性裂体を出産した。それらの牛の妊娠中のP4の濃度およびその変動パターンは、奇形胎子あるいは死産胎子による影響を受けなかったのに対し、胎子-胎盤ユニット由来のステロイドホルモンならびに蛋白ホルモンは、その濃度および変動パターンのいずれも異常を示した。このことは人と同様に胎子-胎盤ユニットの活性を測定するための指標に妊娠特異性ホルモンが利用可能であることを示した。 以上要するに、本論文は双胎妊娠牛における多くの妊娠関連ホルモンの変動をきわめて精密に詳細に検討し、多くの新知見を見出したものであり、今後のこの分野の応用研究に対し多大な貢献をするものであると考えられる。よって審査員一同は、博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |