本研究は、今までは、放射線と他の有害要因に対する着床前期による影響は、胚死亡のみで、催奇形性はないとしてきたのに対し、着床前期においても奇形が生じることを明らかにした。従って、本研究では、日本で奇形実験に多く用いられているICRマウスを用いて着床前期のさまざまな時期に放射線を照射し、着床前期の胎児の影響を検討した。又、作用要因として放射線を用いることにより、着床前期の各ステージごとの影響を特異的に把握し決定することができた。 着床前期に着目した理由は、妊娠に気付いていない時期であり、放射線安全上、着床前期の影響が特に重要であるからである。 本研究では、特に以下の点に着目して着床前期の個体レベルの影響と細胞レベルの両面から検討を行った。 ICRマウスを用い、着床前期の放射線影響について実験的検討を行なった結果、以下の結論を得ている。 1.着床前死亡に対する影響 (1)着床率は、コントロール群に比べ、受精2、48、72、96時間後のすべての照射群で有意な減少が認められた(P<0.001)。また、受精2と48時間後の照射群において、着床率の線量依存性が認められる事が示された。 (2)胎芽死亡率は、コントロール群に対し、着床前期の4つの時期におけるすべての照射群にて有意な増加が認められた(P<0.001)。また、4つのすべての時期の照射群において線量依存性が認められた。また、4つの群の胎芽死亡のしきい線量は、2hpcで0.2Gy、48hpcで0.33Gy、72hpcで0.53Gy、96hpcでl.88Gyである事が示された。 (3)胎仔死亡率は、いずれの時期に照射した場合でもコントロール詳と比べ、統計的な有意差は、認められ、しかも、胎仔死亡(着床前死亡率と胎芽死亡率)は、受精2時間後が、受精48、72、96時間後に比べ、感受性が高いことが示された。 2.外表奇形の発生に対する影響 受精2、72、96時間後に照射した群には発生が認められ、コントロール群では、発生しない外脳症、口蓋裂、脊椎破裂、無眼球症、尾の異常及び多趾の外表奇形の発生が認められた。開眼と膨隆は、照射群だけでなく、コントロール群においても認められた。受精48時間後に照射した場合は、膨隆と外脳症それぞれ1匹認められたのみで他の外表奇形は、認められなかった。受精48時間後は、放射線による外表奇形の感受性が低く、受精2、72、96時間においては、外表奇形に対して感受性が高い。受精2、72、96時間における外表奇形の誘発率には、線量依存性も認められた。 着床前期の各時期における奇形のしきい線量は、2hpcで0.44Gy、72hpcで3.8Gy、96hpcで2.7Gyである事が示された。着床前期の2hpcは、器官形成期の照射の場合より、しきい線量が低く、感受性が高いことが本研究により明らかにされた。 3.胚の発育(細胞数に対する影響) 2、48、72及び96hpcのICRマウスの胚の1Embryo当たりの細胞数は、それぞれ、2hpcでl細胞期、48hpcで6細胞期、72hpcで28細胞期、96hpcで88細胞期である。これは、Heiligenbergerマウスの胚1Embryo(Streffer et al)当たりの細胞数とほぼ同じである。放射線照射により、1胚当たりの細胞数の減少が認められ、受精48時間後と受精96時間後の照射群においては、線量依存性が認められた事が示された。 胚を構成する細胞にPyknosisが認められるものは、受精後48時間後の照射群においては、0.5Gy以上、受精72時間後の照射群では、0.25Gy以上で、受精96時間後の照射群では、0.lGy以上である事が示された。 受精2時間後(2hpc)の受精卵は、1細胞期であり、この時期の照射で多種多様な奇形が発生することは、この時期の奇形発生には、遺伝子の変化(おそらくpoly-gene)が関係していると考えられ、細胞死あるいは細胞変性が関係して発生する器官形成期の奇形の発生メカニズムとは異なるものと考えられると述べている。 72及び96hpcの時期の奇形発生については、細胞レベル、分子レベルの検討が必要であるが、受精卵を構成する細胞のCompactionの際に関る、細胞の極性出現、E-カドヘリン関与及び糖鎖と糖転移酵素の関与などの要因にも着目し、さらなる検討が必要であると考えられた。 以上、本論文は、従来まで、着床前期の胎児の影響としては、胚死亡のみで奇形は誘発しないとされ、多くのText booksでは、奇形に対し、着床前期の胚は感受性が高く、奇形は器官形成期に生じる影響であるとされてきた。しかし、本研究では、着床前期の影響として流産だけでなく、奇形も発生することを示した。しかも着床前期のしきい線量は、器官形成期のそれよりも低いことを示した。 着床前期は、母親自身も妊娠に気付いていないので、放射線を始めとした催奇形物質(telatogenesis)を意図的に避けることができない。従って、本研究は、放射線防護・安全の視点から重要な発見であり、しかも常識を覆すことになり、学位授与に値するものと考えられる。 |