学位論文要旨



No 111529
著者(漢字) 洪,善杓
著者(英字)
著者(カナ) ホン,ソンビョウ
標題(和) 還元性オリゴ糖の化学的配列分析法の開発
標題(洋)
報告番号 111529
報告番号 甲11529
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第730号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 本間,浩
内容要旨 1.序論

 多糖類の逐次配列分析法の例としては、エキソグルコシダーゼによりその非還元末端から切断して行く酵素法や質量分析計を用いる方法が報告されている。しかし、前者では遊離して来る糖そのものを検出する必要上、感度が悪く、また酵素の基質特異性からその適用性に制約がある。一方、後者は装置が高価なため広く普及するには至っていない。これに対して化学的反応に基づく逐次配列分析法には簡便性、汎用性の面から大いに期待がもてるが、まだ一般的な方法が開発されていないのが現状である。筆者はアミノナフタレンスルホン酸類による誘導体化がこの目的に利用できるのではないかと考えた。即ち、(1)本試薬類のアミノ基を介して還元性オリゴ糖の還元末端側にUV及び蛍光標識できる。(2)標識体のスルホン酸基は還元末端側のグリコシド結合を分子内反応により切断し、標識化単糖を遊離する。(3)HPLCに付し、切り離された単糖を決定する。この(1)〜(3)のサイクルを繰り返すことにより還元性オリゴ糖の逐次配列が可能だと推定される。8-アミノ-2-ナフタレンスルホン酸(8、2-ANS)の例をFig.lに模式的に示した。本研究ではまず還元糖類の標識条件について検討し、次いで標識還元性オリゴ糖の逐次配列分析法における各々条件について検討を行った。

2.8.2-ANSによる還元糖の誘導体化2.1HPLC条件

 TSK gel ODS-80TMカラム(粒径5m、150x4.6mmi.d.)、蛍光検出器(東ソー、Ex 325nm、Em 470nm)、UV検出器(東ソー、254nm)などから装置を構成した。溶離液にはA液:10 mMリン酸ナトリウム緩衝液(p113.8)、B液:0.5%ブタノール含有10 mMリン酸ナトリウム緩衝液を使用し、A液とB液の比率を変化させて溶離した(流速1.0ml/min)。

2.2結果・考察2.2.1還元糖に対する誘導体化試薬のスクリーニング

 8.2-ANS、8.1-ANS、7.1-ANSなどの試薬につき溶解度、糖との反応性、カラム分離能などの観点からそれぞれ検討した結果、8.2-ANSがすべての点から優れていた。また、糖のANS誘導体は、シッフ塩基として分離することも可能であったが、ピーク形状は還元体の方が良好であった。

2.2.28.2-ANSによる誘導体化反応の最適化

 マルトテトラオースを還元糖のモデル化合物に用い、誘導体化反応条件を検討した。シッフ塩基生成反応については、反応温度104℃、反応時間70分、pH6.8の条件で誘導体化が完了した。一方、シッフ塩基の還元剤としては水素化ほう素ナトリウムに比べ、シアノ水素化ほう素ナトリウムの方が高い反応収率を与えることがわかった。後者による還元反応は90℃、120分で完了した。

2.2.3反応生成物の逆相HPLC分離

 種々の還元糖のANS誘導体について逆相HPLCによる分離を検討した。D-グルコースとそのオリゴマ-については0.2%ブタノール含有10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH3.8)(Fig.2)を、D-ガラクトース、D-マンノースなどの単糖類に対しては0.1%ブタノール含有10 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH3.8)を移動相とすることにより良好な分離が得られた。

図表Fig.1Drivatization of Oligosaccharides and Successive Cleavage of Reducing End / Fig.2Elution Profile of Glucose and its Oligomers after Derivatization 1.8、2-ANS 2.Ch〓se-ANS 3.Maltose-ANS 4.Maltotriose-ANS 5.Maltotetraose-ANS
3.ANS化還元性オリゴ糖の配列分析3.1原理及び方法

 ANS化オリゴ糖のスルホン酸基のプロトンは、還元末端の第一番目の0-グリコシド結合に選択的に攻撃し、還元末端の1残基を切り離してくれるものと期待される。本法はこうしたANS化反応と切断反応からなるサイクルを繰り返し、各段階で切断されてくるANS化単糖をHPLCで分離、同定し、逐次配列を決定しようとするものである。

3.2ANS化還元性オリゴ糖の還元末端の一段階目の切断反応及び回収

 マルトテトラオース(M4)をモデルとし、1段階目の切断反応及び回収について条件検討をした。切断反応は40 mM M4-ANSを有機溶媒中で加熱することにより行った。ANS化M4をDMSO-1-ブタノール5:5中で反応させた後、残存する糖を回収、ANS化した場合にはM1-ANSに比べてM3-ANSが約1.7倍多く検出された。もし切断反応の時に非選択的な分解反応が起こると、M1-ANS:M3-ANSの比は8:lになると計算される。この条件下では比較的選択的な切断反応が起こっていると考えられる。しかし、この場合、選択性は良くなったが、糖の回収率が10%以下であり、次の段階の配列分析を行うのが困難と考えられた。

3.3ANS化還元性オリゴ糖のアミノ基をMethoxy cabonyl(Moc)化により保護する方法

 前項で述べたようにANS化オリゴ糖を直接配列分析に付す方法では満足しうる結果はえられなかった。この原因として、誘導体中のスルホン酸基が分子内に共存する第2アミノ基との間で双性イオンを形成し、スルホン酸がグリコシド結合切断の役目を果たせない状態になっているのではないかと推定した。そこで、クロロギ酸メチルによりANS化還元性オリゴ糖のアミノ基をMoc化させ(Fig.3)、アミノ基のプロトン化を抑えることによりスルホン酸基の反応性を高める方法について検討することにした。

 但しMoc化することにより誘導体の蛍光は非常に弱くなるので、この場合にはUV検出を用いたFig.4に示した実験操作を用いてMoc化M3(40 mM)を各種比率の1-ブタノール-DMSO(8:2〜4:6)中で90℃、90分間加熱し、1段階目の切断反応率と残存する糖の回収率を求めた。その結果、Moc化M1-ANSの生成率及びM2-ANSの回収率として各々12.9〜45.1%、及び4.4〜26.9%が得られた。これらの結果は、ANS化オリゴ糖を直接切断反応に付した時よりかなり向上しており、Moc化の有効性を示すものといえるが、逐次配列分析を行うには、還元末端1残基目のラベル化糖の生成率、並びに残存する糖の回収率ともになお改善すべき余地があるものと考えられた。そこで、スルホン酸基によるグリコシド結合の切断反応が分子内についてのみ選択的に起こるよう、切断反応時のMoc化ANS糖の濃度を大幅に低く設定する方法を検討することにした。また、反応溶媒のうち1-ブタノールに代えてジオキサンを用いることにした。これはジオキサンがより低極性だからであり、ここで目的とする分子内反応に適格と思われたからである。なお、Moc化していないANS化還元性オリゴ糖の切断反応にジオキサンを用いた場合、アミノ基と糖の結合部分が分解される問題点があったが、Moc化したものはかなり安定であった。M3-Moc-ANSの濃度を45M.ジオキサン-DMSO7:3、反応時間を30分とし、110〜140℃の温度範囲で、切断反応率、回収率などを検討したところ、120℃までは反応が低いが、130℃では切断反応率29%、回収率83%となった。回収した糖をANS化した時M1-ANS:M2-ANSは1:lであった。一方、140℃では切断反応率75%、回収率54.7%であり、回収した糖をANS化した時のM1-ANS:M2-ANSは2.1:1であった。切断反応率、回収率がかなり向上したことが明かであり、Moc化の有効性が証明された。しかし、回収した糖を再度ANS化した時、M2-ANSのみならず相当量のM1-ANSもされていることからさらに改善が望まれる。

図表Fig.3Derivatization Reaction of ANS Labelled Oligosacchrides with Methyl chloroformate / Fig.4Procedure for Sequence Analysis of Reducing Oligosaccharides
3.4他の還元性オリゴ糖への応用

 ラクトース(Gal-(1→4)-Glu)、4-0--D-ガラクトピラノシルーD-ガラクトピラノース(Gal-(1→4)-Gal)4’-ガラクトシルラクトース(Gal-(1→4)-Gal-(1→4)-Glu)についてMoc-ANS体の濃度をジオキサンーDMSO(7:3)中45Mとし、切断反応を140℃、30分間行うこととし配列分析を試みた。

3.4.1結果・考察

 各サイクルで還元末端側の1残基目に相当するANS化単糖が検出できたことから本法による配列分析が可能であると考えられた。Fig.5にラクトースの各サイクルにおけるクロマトグラムを示した。

Fig.5Sequence Analysis of Lactose(Gal-(1→4)-Glu)(a)Chromatogram of Moc-Lactose-ANS before cleavage reaction in lst cycle. (b)Cleavage reaction mixture of Moc-Lactose-ANS in lst cycle.Moc-Lactose-ANS(45M)in Dioxane-DMSO(7:3)was heated at 140℃ for 30 min. (C)ANS derivatization products in 2nd cycle.
審査要旨

 多糖類の逐次配列分析法として、酵素法や質量分析計を用いる方法が報告されているが、これらは感度、特異性、価格などの点で各々難点がある。一方、化学的反応に基づく一般的な逐次配列分析法は未だ開発されていない。洪は、アミノナフタレンスルホン酸類を誘導体化試薬として用い、この目的を達成しようとした。即ち、1)本試薬類のアミノ基を介して還元性オリゴ糖の還元末端にUV及び蛍光標識し、2)標識体のスルホン酸基により還元末端側のグリコシド結合を分子内反応により切断、標識化単糖を遊離後、3)これをHPLC分析に付し同定する、4)この1)〜3)のサイクルを繰り返すことにより還元性オリゴ糖の遂次配列が可能であると考えた。本研究では、試薬として溶解性に優れる8-アミノ-2-ナフタレンスルホン酸(ANS)を取り上げ検討した。

1ANSによる誘導体化反応条件検討とHPLC分離条件検討

 マルトテトラオースを還元糖のモデル化合物に用い、誘導体化反応条件を検討したところ、シッフ塩基生成反応は、pH6.8、104℃、70分間の条件で完了した。一方、シッフ塩基の還元剤としては水素化ホウ素ナトリウムに比べ、シアノ水素化ホウ素ナトリウムの方が高い反応収率を与え、後者による還元反応は90℃、120分で完了した。

 このようにして得られた種々の還元糖のANS誘導体について逆相HPLCによる分離を検討し、D-グルコースとそのオリゴマーについては0.2%ブタノール含有10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH3.8)を、D-ガラクトース、D-マンノースなどの単糖類に対しては0.1%ブタノール含有10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH3.8)を移動相とすることにより良好な分離が得られた。

2ANS化還元性オリゴ糖の配列分析

 マルトテトラオースをモデルとし、標識化後、1段階目の切断反応及び回収について種々条件検討を行ったが、糖の回収率が10%以下であり、次の段階の配列分析を行うことが困難であった。これは、誘導体中のスルホン酸基が分子内に共存する第二アミノ基との間でイオン対を形成し、スルホン酸がグリコシド結合切断に働かないためではないかと推定された。そこで、クロロギ酸メチル(MocCl)によりANS化還元性オリゴ糖をメトキシカルボニル(Moc)化させ、アミノ基のプロトン化を抑えることによりスルホン酸基の反応性を高める方法について検討した。

 Moc-ANS化マルトトリオース(40mM)を各種比率の1-ブタノール-DMSO(8:2〜4:6)中で90℃、90分間加熱し、1段階目の切断反応率と残存する糖の回収率を求めたところ、遊離Moc-ANS化グルコース生成率及び残存二糖の回収率として各々12.9〜45.1%、及び4.4〜26.9%が得られ、ANS化オリゴ糖を直接切断反応に付した時より回収率の向上がみられた。さらにスルホン酸基によるグリコシド結合の切断反応を分子内で選択的に起こすべく、Moc-ANS化マルトトリオースの濃度を著しく低く設定し検討した。また、反応溶媒の1-ブタノールに代えて低極性のジオキサンを用いた。濃度を45M、ジオキサン-DMSO(7:3)、反応を30分とし、110〜140℃温度範囲で、切断反応率、回収率などを検討したところ、140℃では切断反応率75%、回収率54.7%であり、切断反応率、回収率がかなり向上したことが明かでありMoc化の有効性が証明された。しかし、非特異な切断も生じていることが判明し、さらに条件の検討が望まれる。

 他の還元性オリゴ糖としてラクトース(Gal-(1→4)-Glu)、4-0--D-ガラクトピラノシル-D-ガラクトピラノース(Gal-(1→4)-Gal)についてMoc-ANS体を45Mの濃度で、ジオキサン-DMSO(7:3)中、切断反応を140℃、30分間行って配列分析を試みたところ、各サイクルで還元末端側の1残基目に相当するANS化単糖が検出でき、本法による還元性オリゴ糖の逐次配列分析の可能性が示唆された。

 以上、本研究は未完成ではあるが、還元性オリゴ糖の化学的逐次配列分析法への一つの取り組み方を提示したものであり、薬学領域の分析化学の発展に寄与すること大であり、博士(薬学)に価するものと判断した。

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