学位論文要旨



No 111531
著者(漢字) シャフィクル,ハク
著者(英字)
著者(カナ) シャフィクル,ハク
標題(和) ショウジョウバエからのガラクトース特異的Cタイプレクチンの精製とcDNAクローニング
標題(洋) Purification and cDNA Cloning of a Galactose-specific C-type Lectin from Drosophila melanogaster.
報告番号 111531
報告番号 甲11531
学位授与日 1995.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第732号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨 1、序論

 近年、昆虫の生体防御機構の研究は世界的にも大きな注目を浴び、活発な研究が成される領域となっている。我々の研究室は、世界でも最も早くからこの問題に取り組んできたグループであり、センチニクバエを用いてその生体防御に働く蛋白の同定と解析を進めてきた。ザルコファガレクチンと命名したレクチンは、傷をつけたセンチニクバエ三令幼虫の体液から精製された、ガラクトース結合性のCタイプ(Ca2+依存性)レクチンで、分子量32kDaのと30kDaのサブユニットが会合してできた42のサブユニット構造を持つ。ザルコファガレクチン遺伝子はゲノム当たり1コピーであり、がN-結合型糖鎖により修飾されたものである。

 これまでの研究から、ザルコファガレクチンはこの昆虫の生体防御と発生の二つの局面に機能する二重機能性蛋白であることが明らかにされた。体表傷害により誘導されたレクチンは、異物として体腔内に注入した羊赤血球の排除に働くことが示されている。一方、ザルコファガレクチンの遺伝子は傷をつけた幼虫の脂肪体で活性化されるばかりでなく、蛹の時期にも発現することが見出され、実際に、試験管内での成虫原基の発生にザルコファガレクチンが必須な役割を担うことが示された。こうしたザルコファガレクチンの研究を通じて得られた知見は、生体防御と発生が共通の分子的な側面を持つことを実証する、興味深いものである。

 今回私は、こうした昆虫の体液性レクチンの生理機能を遺伝学的に証明するために、遺伝学が発達したショウジョウバエにおいて、ザルコファガレクチンのホモログ(カウンターパート)を同定することを試みた。これについては、ザルコファガレクチンのcDNAが単離されて以来、我々の研究室を含め世界の幾つかのグループが、サザンブロット、ノザンブロット、イムノブロット解析や、PCRなどにより試みているが未だに成功例はない。これは、後述するように、ザルコファガレクチンとショウジョウバエレクチンの相同性の低さに原因するものと思われる。

 私は、ショウジョウバエの蛹の抽出液中に初めて赤血球凝集活性を検出し、ショウジョウバエレクチンの精製とcDNAクローニングに成功した。明らかにされたショウジョウバエレクチンの一次構造と遺伝子発現パターンの類似性から、今回同定したレクチンは、ザルコファガレクチンのホモログと考えられた。以下、これらの知見について報告する。

2、ショウジョウバエレクチンの同定と精製

 まず、ショウジョウバエの抽出液に赤血球凝集活性が検出されるかどうか検討した。材料はザルコファガレクチンが蛹の時期に発現していることを鑑みて、蛹抽出液を用いた。その結果、ショウジョウバエの蛹抽出液中に、トリプシンとグルタルデヒドで固定したウシ赤血球を用いた場合にのみ、血球凝集活性が検出でき、他の動物種の赤血球や未固定の赤血球を用いた場合には、活性は検出されなかった。この凝集活性は、ガラクトースとラクトースにより特異的に阻害され、Ca2+依存性であることが示された。これらの性質は、ザルコファガレクチンと類似していた。

 次に、こうした性質を利用して、固定したウシ赤血球を担体としたアフィニティークロマトグラフィーにより、蛹抽出液からレクチンを精製した。約30mlの蛹を用いた抽出液を、固定したウシ赤血球と混合し、赤血球をよく洗浄した後、赤血球に結合した蛋白をガラクトースで溶出した。ガラクトース溶出分画をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析したところ、分子量が17kDaと14kDaの2本のバンドが検出された。さらに、溶出分画をSuperose12ゲルろ過クロマトグラフィーにかけたところ、これらの蛋白は共に、血球凝集活性とともに溶出されたことから、これらの2本のバンドはいずれもショウジョウバエレクチンのサブユニットであると結論した。この方法により、30mlの蛹から約0.1mgの精製したレクチンを得ることができた。活性の回収率は約30%であった。

 17kDaと14kDaサブユニットのN末端のアミノ酸配列は、決定できた20残基については完全に一致した。また17kDaサブユニットを、N-結合型糖鎖を切断する活性を持つN-グリカナーゼで処理したところ、電気泳動上での分子量が14kDaサブユニットと一致したことから、17kDaサブユニットは14kDaサブユニットがN-結合型糖鎮により修飾を受けたものであることが判明した。

3、ショウジョウバエレクチンのcDNAクローニングと遺伝子発現の解析

 次に、ショウジョウバエレクチンの一次構造を知る目的で、cDNAクローニングを行った。方法は、精製したレクチンの部分アミノ酸配列を決定し、対応するオリゴヌクレオチドプライマーを用いたRT-PCRにより、レクチンcDNAの断片(296bp)を増幅した。このcDNA断片をプローブに用いたプラークハイブリダイゼーション法により、gt10に構築した蛹のcDNAライブラリーよりcDNAを単離し、塩基配列を決定した。その結果、このクローンは183個のアミノ酸からなる蛋白質をコードしており、先に決定したショウジョウバエレクチンの部分アミノ酸配列を完全に含むことが分かった。このことから単離したクローンは、確かにショウジョウバエレクチンのcDNAクローンであると結論した。

 N末端の配列は21番目のArgから始まっており、ファーストメチオニンに続く20個のアミノ酸が疎水的なアミノ酸から成ることから、これらの配列はシグナルシークエンスと考えられた。このことは、ショウジョウバエレクチンもザルコファガレクチン同様、分泌性のレクチンであることを示している。ショウジョウバエレクチンは、Cタイプレクチンに共通に見られる糖結合ドメインを持っており、ザルコファガレクチンと一次構造上27%の類似性を示したが、ザルコファガレクチンのC末端側に相当する配列を欠損していた。

 次に、ショウジョウバエレクチン遺伝子の、生体防御時と発生過程における発現をノザンブロット解析により調べた。ショウジョウバエの2令および3令幼虫の体表を針で傷つけると、レクチン遺伝子の発現は無処理の幼虫に比べて顕著に増強された。また発生過程については、卵と2令幼虫には全く発現していないが、3齢幼虫から蛹の初期にかけて強く発現し、その後発現が弱くなることが分かった。これらの発現パターンはザルコファガレクチン遺伝子の場合とよく類似するものであり、ショウジョウバエレクチンも生体防御や発生に関与するレクチンであると考えられる。しかしながら、成虫については、雄に強い発現が観察され、雌で強い発現が観察されたザルコファガレクチンの場合とは異なっていた。

 このように、ショウジョウバエレクチンは、(1)ガラクトース特異的な分泌性のCタイプレクチンであること、(2)ザルコファガレクチンと一次構造上27%の類似性を示すこと、(3)遺伝子発現が、体表傷害時と蛹の時期に顕著に増強される点において、ザルコファガレクチンと類似しており、ショウジョウバエにおけるザルコファガレクチンホモログである可能性が高い。

4、ショウジョウバエレクチン遺伝子の染色体上でのマッピング

 ショウジョウバエレクチン遺伝子の機能を遺伝学的に解析するためには、染色体上での遺伝子の位置を知る必要がある。このためにまず、cDNAをプローブとしたショウジョウバエゲノムDNAのサザンブロットハイブリダイゼーションを行い、ゲノム中の遺伝子のコピー数を求めた。その結果、複数種の制限酵素でゲノムDNA消化した場合にも、ともに単一なバンドが検出され、ショウジョウバエレクチン遺伝子がゲノム上シングルコピーであることが示された。この結果は、ザルコファガレクチン遺伝子がやはりシングルコピーであることと対応するものである。

 次に、in situハイブリダイゼーション法により唾腺染色体上でのショウジョウバエレクチン遺伝子の位置を決定した。方法は、ジコキシゲニンを取り込ませたプローブDNAを合成し、ハイブリダイズしたプローブDNAを抗ジゴキシゲニン抗体で検出した。その結果、ショウジョウバエレクチン遺伝子は2L染色体の37(B)に存在することが判明した。

 この部分の遺伝子が欠損した変異体のショウジョウバエをデータベースで検索したところ、ほとんどの変異体が幼虫から蛹の時期にかけて致死になる形質を示すことが分かった。こうした形質は、ザルコファガレクチン遺伝子の発現と対応するものであり興味深い。今後、これらの変異体の形質が実際にレクチン遺伝子の欠損によるものかどうか検討する必要がある。

5、総括と今後の展望

 本研究において私は、ショウジョウバエでレクチンを初めて同定、精製することに成功し、そのcDNAクローニングに成功した。その結果明らかとなったショウジョウバエレクチンの特徴は、(1)ガラクトース特異的な分泌性のCタイプレクチンである、(2)ザルコファガレクチンと一次構造上27%の類似性を示す、(3)遺伝子発現が、体表傷害時と蛹の時期に顕著に増強される、(4)ゲノム上シングルコピー存在する点において、ザルコファガレクチンと類似していた。これらの知見は、今回同定したレクチンが、ショウジョウバエにおけるザルコファガレクチンホモログであることを強く示唆するものである。

 本研究ではさらに、遺伝子の染色体上での位置を決定することにより、この遺伝子が欠損した変異体の候補を検索し、幼虫から蛹の時期に致死になる変異体を候補として見出した。このように本研究は、昆虫レクチンの機能の遺伝学的な解析を初めて可能にした点で、貴重な研究であると言える。今後、遺伝子導入などの方法により、これらの変異体の形質が確かにレクチン遺伝子の欠損によるものかどうか、検討することが重要な課題である。

 ショウジョウバエレクチンは、その発現から推測すると、ザルコファガレクチン同様、生体防御や発生に関与するものと思われるが、ショウジョウバエレクチンとは異なる点も存在する。その一つは、両者の一次構造上が比較的低い類似性しか持たないことである。これまで、cDNAを用いたショウジョウバエレクチンの同定の試みが成功しなかったのは、この点に原因に原因があるのであろう。また、成虫の雄で強く発現する点も、ザルコファガレクチンとは異なっている。染色体2L37(B)に欠損を持つ変異体の一つは不捻性を示すので、これらのレクチンは卵や精子形成過程にも何らかの機能を持つのかも知れない。今後、成虫での発現部位の解析なども必要になると思われる。

審査要旨

 近年、昆虫の生体防御機構の研究は国際的にも大きな注目を浴び、活発な研究がなされる領域となっている。ザルコファガレクチンは、傷をつけたセンチニクバエの三令幼虫の体液から精製された、ガラクトース結合性のCタイプレクチンである。このレクチンは、傷口から侵入する異物の排除に働く生体防御蛋白であることが示されている。一方、このレクチンの遺伝子は、体表傷害時ばかりでなく、蛹の時期にも発現することが見出され、in vitroでの成虫原基の発生において、ザルコファガレクチンが必須な役割を担うことが示された。このことは、ザルコファガレクチンが、この昆虫の生体防御と個体発生という二つの異なる局面に機能する、二重機能性を持つことを示している。本研究は、昆虫レクチンの生理機能を遺伝学的に解析する目的で、ショウジョウバエにおいて、ザルコファガレクチンのカウンターパートと考えられるレクチンを同定、精製し、cDNAクローニングを行ったものである。

 ザルコファガレクチンのcDNAが単離されて以来、世界の幾つかのグループが、cDNAを用いてショウジョウバエにおけるカウンターパートの同定を試みているが、未だに成功例はない。本研究においては、ショウジョウバエの抽出液に赤血球凝集活性を検出することから研究を開始した。その結果、ショウジョウバエの蛹抽出液中に、トリプシンとグルタルアルデヒドで固定したウシ赤血球を用いた際にのみ、ガラクトース特異的で、Ca2+依存性の凝集活性を検出することに成功した。

 続いて、この性質を利用して、固定したウシ赤血球を担体としたアフィニティークロマトグラフィーによりレクチンを精製した。その結果このレクチンは、分子量が17kDaと14kDaの2種類のサブユニットが2:1の割合で会合したサブユニット構造を持つこと、17kDaサブユニットは14kDaサブユニットがN-結合型糖鎖により修飾を受けたものであることが判明した。

 cDNAクローニングの結果、ショウジョウバエレクチンは、Cタイプレクチンに共通に見られる糖認識ドメインを持ち、ザルコファガレクチンと一次構造上27%の類似性を有すること、ザルコファガレクチンのC末端側に相当する配列を欠損する構造を持つことが明らかとなった。

 またノザンブロット解析の結果、このレクチン遺伝子の発現は、2令および3令幼虫の体表を針で傷つけると顕著に増強されること、また、発生過程については、卵と2令幼虫には発現していないが、3齢幼虫から蛹の初期にかけて発現が増強し、その後弱くなることが分かった。こうした遺伝子の発現パターンは、ザルコファガレクチン遺伝子の場合とよく似ており、ショウジョウバエレクチンも、生体防御や発生に関与するものと考えられる。しかしながら、成虫については、雄に強い発現が観察された点で、ザルコファガレクチンの場合とは異なっていた。

 さらに、ショウジョウバエレクチン遺伝子は、ゲノム上シングルコピー存在すること、唾腺染色体を用いたin situハイブリダイゼーション法により、その遺伝子は2L染色体の37(B)に存在することを明らかにした。この部分の遺伝子が欠損した変異体のショウジョウバエをデータベースで検索したところ、ほとんどの変異体が幼虫から蛹の時期にかけて致死になる形質を示すことが分かった。こうした形質は、ショウジョウバエレクチン遺伝子の発現と対応するものであり興味深い。

 以上、本論文は、ショウジョウバエでザルコファガレクチンのカウンターパートと考えられるレクチンを初めて同定、精製し、そのcDNAクローニングを行ったもので、今後の昆虫レクチンの遺伝学的な機能解析を可能にした点で、価値ある研究である。発生生物学、比較免疫学の進展に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク