学位論文要旨



No 111532
著者(漢字) 冨善,一敏
著者(英字)
著者(カナ) トミゼン,カズトシ
標題(和) 近世中後期の地域社会と村政 : 文書管理史の視点から
標題(洋)
報告番号 111532
報告番号 甲11532
学位授与日 1995.10.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第126号
研究科 人文社会系研究科
専攻 日本文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,伸之
 東京大学 助教授 宮崎,勝美
 東京大学 教授 高木,昭作
 東京大学 教授 高村,直助
 東京大学 教授 村井,章介
内容要旨

 本論文は、近世中後期の地域社会と村政の動向を、文書管理史の視点から検討したものである。「はじめに」では地域社会論・村落運営論・文書管理史のそれぞれの研究史の整理を行い、各章の課題を提示した。

 第1章第1節では、信濃国高島領木之間村とその枝村との関係について、木之間村が自村から分村した新田村を、領主的・国家的諸役負担を梃として政治的従属関係に編成したことを、「親村-枝村関係」の成立と位置付けた。次に近世後期における「親村-枝村関係」の変化について、枝村の親村からの自立運動の展開により、対外的に自立した村相互間の村連合へ変化したことを、近世村社会の達成と評価した。第2節では千葉県東金市西部地域を対象に、近世的水利秩序の成立過程と近世中後期の用水組合の性格を検討した。村々の対等な結合を本質とする用水組合が、近世後期には地域的小結合の連合体へとその性格を変化させ、用水の相互融通・効率的利用というプラス面と、小前百姓や若者組への弾圧というマイナス面の両側面を兼ね備えていたことを指摘した。

 第2章では信濃国高島領乙事村を事例に、近世中後期における村政の展開を、村役人制・村定及び若者組の動向から検討した。第1節では、当村の村役人制は名主・年寄が相互に交代する年番名主制であり、寛政末年に20〜30名の村役人グループが形成され、当役・古役の集団運営体制により村政を行ったこと、小前百姓も村役人に村落の公共事務を委託するために、村役人任期の安定化の基盤となる独自の村役人増給に同意したこと、しかし村内の経済的格差の縮小を背景に、村役人入札有権者が村内の全百姓に拡大し、村役人給の増加により経済力の優劣に関係なくその就任が可能となったため、弘化年間以降新家筋の者が村役人に就任すること、小前百姓は独自の自律的な集団として結集し、村政運営への規定性を強めていくことを論じた。第2節では当村の村定を領主-村-百姓3者の関係から考察した。領主-村関係において、領主は村定を領主法の細則及び効力貫徹手段として利用し、風俗統制・治安維持を図ったこと、村は領主の意向を受け村定を制定したが、その内容は村方独自の課題に基く生活規制であり、領主に対し一定の自律性を保持したこと、村-百姓間では村定は村役人グループと村内外の諸集団との矛盾・対抗関係に規定され、その力関係により内容が左右されることを論じた。第3節では天保3年(1832)に行われた若者組の狂言について、村役人と下村若者組との争論を検討した。下村若者組は若者寄合・組中寄合という2段階の寄合により意志統一を行い、村役人と交渉しその要求を実現させる力量をもった村内集団であり、村役人が意図した若者頭を通した若者組統制は、若者組の独自性・自立性が顕在化すると機能しなくなることを指摘した。

 第3章では近世村落における文書整理・管理システムと文書引継争論について検討した。第1節では、信濃国高島領乙事村で文化10年(1813)の大規模な文書整理が行われ、名主引継文書の大部分が非現用文書として帳蔵に収納されたこと、以後名主が作成した文書は、帳蔵に収納される非現用文書、名主所常用文書、作成時の名主が保存する年貢・村入用関係文書という3つの文書群に分化したことを指摘した。第2節では、近世村落における文書引継争論と文書引継・管理規定の特質を検討した。名主交代時における文書引継慣行が小農村落の確立に伴い成立したこと、名主引継文書が組頭・百姓代のチェックを受け名主交代と共に移動することにより「村中の文書」となること、一方村役人家による村方文書の取り込みという相反するベクトルも同時に存在したことを指摘した。第3節では検地帳の所持・引継に関する争論を検討し、村内小集落にとって検地帳所持は本村との関係のメルクマールであり、独立の象徴という意味をもつこと、村役人家にとって検地帳はその正当性・永続性を保障する「旧記」であるが、小前層は自らの土地所持を保障する現用文書と認識しており、特定の旧家や村役人家が検地帳を独占的に所持しようとする動きには否定的という相違点が存在することを指摘した。最後に本章の補論として、嘉永5年(1851)越後国行野村で起きた検地帳所持争論を検討し、検地帳の所持が村内で本家かつ旧家であることを象徴的に示すと当時の百姓に意識されていたことを指摘した。

審査要旨

 本論文は、日本近世中後期の村落社会を対象とし、地域社会の動向や村政の状況について総合的に研究したものである。全体は三部から構成される。一部では、信州高島藩領木之間村や上総国東金近隣村々が素材とされ、「親村-枝村」関係や水利秩序等の解明を通じてそれぞれの組合村=村連合の具体像が明らかにされる。また二部では、信州高島藩領乙事村の村政と社会構造をめぐり、村役人制、村法、若者組等の諸側面から詳細に検討する。さらに三部では、近世村落における文書管理のシステムや文書の管理・引継をめぐる村内での相剋の様相を東日本を中心に素材をひろげて分析している。

 本論文の成果は特に以下の二点に顕著である。

 (1)素材を特定の地域社会-ここでは主として信州高島藩領の村々-に限定し、近世村落の社会構造や村と村との関係(連合や対立)、あるいは領主的支配との矛盾とその展開を、包括的に検討したこと。この点は、厖大なフィールド・ワークを前提とし、大量の史料群の全体を把握し綿密に分析することなしには達成しえない課題であり、近世村落史をめぐる基礎的な研究法を再定置するものとなっている。

 (2)近世の地域社会において、検地帳の所持および引継をめぐる争論などの研究をふまえて、「文書管理史」という新たな研究分野をきりひらいたこと。これは、第一に、村有文書の性格、あるいはその管理・引継の主体をめぐる階層性、行政村落内の「村」間や、地域社会における村落間の階層性等を考察するうえで、斬新な視点を提供したことになり、また第二に,近来注目されつつある歴史資料の調査・研究法をめぐる議論にも重要な問題提起となっている。

 本論文は、近世村落史研究に関する理論的整理がやや不充分であり、また文書管理史として今後の展開にゆだねるところも少なくない。しかし審査委員会は、先に述べたような点で、本論文が多くの成果をあげており、博士(文学)を授与するに値するものとの結論を得た。

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