内容要旨 | | 本論文は,「液体顕熱と熱伝達分布に注目した噴霧冷却の研究」と題し,6章からなっている. 第1章では,噴霧冷却熱伝達および強制対流膜沸騰熱伝達に関する従来の研究について概説し,本研究の目的や内容について述べている.微粒化した液滴群を高温面に衝突させ,顕熱および潜熱移動により高温面を冷却する噴霧冷却は,液滴流量密度の制御により気相流から液相沸騰流までの広範囲の熱伝達を表現できるとともに,噴霧法によっては熱伝達分布を比較的均一化することができるため,鋼材製造プロセス,軽水炉緊急炉心冷却系等に利用されており,またガラス強化,宇宙往還機のヒートシンク,電子デバイス冷却,資源リサイクルあるいは高性能気相流熱交換器等への利用を目的とした研究が行われている.噴霧冷却は,この中でも主として材料の熱処理の分野で盛んに利用されており,これまでは液滴の飽和温度以上の高温面を冷却する熱処理技術の問題に関連した研究が多い.液滴の飽和温度以上の高温面を噴霧冷却した場合の熱伝達特性は,沸騰曲線と同様のN字曲線となること知られている.したがって,この噴霧冷却熱伝達特性の解明には沸騰現象が基礎になるものと考えられるが,噴霧冷却特性に関する研究結果には研究者により大きな分散があり,また分散流が相変化を起こすため単相均質流に比べて現象が複雑であり,現在は冷却特性のモデル化には成功していない. 一方,熱間圧延とそれに続く冷却履歴を組合せて,オフライン熱処理では達成できない程度にまで鋼材性質を改善させる加工熱処理は,現在では低合金鋼板にとどまらず,さまざまな形状や鋼種へと広がりをみせている.この加工熱処理の一種であるTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)では,熱間圧延の後に鋼材を,水を媒体とした噴霧冷却あるいは水噴流冷却(ラミナー冷却)により所定の温度まで冷却し,この意図的な急冷(加速冷却)により鋼材の高強度化を得る.TMCPでは,鋼材性質制御のために加速冷却を所定温度で停止する必要があるが,この時,オンライン冷却ゾーンの出口における鋼材温度に大きな温度分散が生ずる現象(冷却不安定現象)が問題となっている.こうした鋼材温度分散は熱伝達率の分散に起因するが,この分散を引き起こす原因として,表面酸化に起因する鋼材表面性状(熱物性,表面粗度,ぬれ性)の分散や,液滴流量密度分布あるいは未蒸発液滴により鋼材表面に形成される液膜の流動不均一などが挙げられる.前者は,噴霧冷却に対する冷却面因子の影響に関するもので,冷却面側因子としては,上述の因子のほかに冷却面熱容量,大きさなどが挙げられる.一方,後者は冷却液体側因子の影響に関するものであり,冷却液体側因子としては,これまで液滴直径や液滴速度,液滴流量密度などの液体パラメータと噴霧冷却熱伝達との関係を検討した研究は多いが,噴霧冷却における熱伝達分布に関する測定あるいはモデル化はほとんどなされていない. さて,こうした熱伝達分布は鋼材の温度分散と密接に関係しているが,冷却液体側因子に注目すると,熱伝達分布は液滴流量密度分布に起因する他に,液膜形成に起因するものが考えられる.例えば冷却液体側因子である液滴流量密度を徐々に増加させていくと,冷却面表面では噴霧中心直下近傍より下流側において未蒸発液滴が液膜を形成するようになり,やがては噴霧中心直下近傍でも液膜が形成されるようになることが容易に考えられる.実際に,鋼材噴霧冷却では液膜形成が観察される場合が散見される.このように冷却面に液膜が形成されるようになると,噴霧液滴が直接冷却面に衝突する状況とは異なるようになると考えられる.しかし,噴霧冷却における液膜の形成条件,形成液膜による熱伝達,形成液膜の熱伝達に対する噴霧液滴の影響などについては,ほとんど情報が得られていないのが現状である.例えば噴霧冷却に対し,鋼材表面に液膜流があると熱伝達が向上するのか低下するのかについてすら明確になっていない. 本論文では,以上のような研究背景から,実際の鋼材製造プロセスを念頭に置き,主に(1)噴霧冷却高温域の熱伝達分布,(2)噴霧冷却熱伝達モデル,(3)液膜流の膜沸騰熱伝達,(4)液膜流と干渉する噴霧冷却の膜沸騰熱伝達の理解を目的とした実験的・解析的検討を行っている. 第2章では,噴霧冷却における高温域熱伝達分布について,主に液滴流量密度をパラメータとして実験的に検討した.ここでは,水平に設置された比較的寸法の大きい冷却面を水を媒体とした二次元噴霧流を衝突させることにより冷却する非定常実験を行った.その結果,以下のことを示した. (1)高温域での噴霧冷却熱伝達は噴霧中心直下からの距離の増大とともに,積算供給液量が増大するにもかかわらず急速に減少する.ここで,積算供給液量は液滴流量密度を噴霧中心直下からの距離に対し積分した値である.(2)高温域での噴霧冷却熱伝達には,熱伝達率の噴霧中心直下からの距離依存性あるいは高温域下限界条件の距離依存性などを異にする噴霧中心直下近傍領域,周辺領域およびその間の遷移領域が存在する.また噴霧冷却熱伝達は,噴霧中心直下近傍領域では局所液滴流量密度の影響を強く受け,局所液滴流量密度の減少(噴霧中心直下からの距離の増大とともに局所液滴流量密度は減少する)とともに減少するが,周辺領域では距離依存性は弱くなり,噴霧冷却熱伝達は液体流量に支配されたほぼ一定値を取るようになる.(3)冷却速度が大きい噴霧中心からクエンチが発生すると,その影響がx方向に次々と伝播していき,高温域下限界温度が高温化するが,周辺領域ではこの伝播の影響は顕著ではない. 第3章では,噴霧冷却高温域における熱伝達分布のモデル的考察を,噴霧中心直下近傍領域について行った.本モデルでは,噴霧冷却熱伝達は初期衝突液滴および再衝突液滴の顕熱上昇にほぼ費やされるものとする.モデルによる計算には,噴霧液滴の顕熱輸送効果を表す比例定数Cおよび液滴最大飛行距離Lmaxの概念を用い,その計算結果と二次元噴霧流および三次元噴霧流を対象とした実験結果との比較を行った.その結果,本モデルによる計算値と測定値は良く一致しており,高温域における噴霧冷却熱伝達分布が液滴顕熱輸送効果と液滴リバウンド運動とにより説明できる可能性を示した. 第4章では,サブクール乱流液膜流の膜沸騰熱伝達に対し,主に液膜流の厚さ,速度,サブクール度の影響について実験的に検討した.その結果,以下のことを示した.(1)乱流液膜流の膜沸騰熱伝達を支配する主な因子は,液膜流速と液体サブクール度であり,本実験範囲内では液膜流の膜沸騰熱伝達率の距離,過熱度および液膜厚さに対する依存性は弱い.但し,この液膜厚さの影響については,本実験の伝熱面距離内ではその影響はほぼ見られながったが,有限厚さの板の非定常熱伝導問題に適用した計算結果から,冷却面前縁からの距離が増大するとともに液相の顕熱効果が少なくなる領域が存在し,この領域での膜沸騰熱伝達率は,液膜流厚さの影響を強く受けるものと考えられる.(2)本実験から得た液膜流の熱伝達率は,修正ヌセルト数を用いることにより単相流における乱流熱伝達と類似した整理式により整理できる.このことは,サブクール液膜流における膜沸騰熱伝達はぽほ全ての液体の顕熱上昇に消費されることを意味している. 第5章では,サブクール液膜流と干渉する噴霧冷却熱伝達について実験的検討を行った.ここでは,冷却面は噴霧流と液膜流をほぼ同時に供給することにより冷却される.その結果,まず噴霧流を基本として考えると,(1)噴霧冷却において液膜流が介在すると噴霧中心直下近傍における熱伝達率は低下し,その低下度合は液膜流厚さの増大とともに大きくなる.次に液膜流を基本として考えると,(2)液膜流と干渉する噴霧冷却熱伝達は,液膜流に噴霧液滴を供給することによって,主に液膜流に乱れを与える効果とサブクール度とを増大させる効果により熱伝達が促進される.(3)液膜流と干渉する噴霧冷却熱伝達は,噴霧中心直下近傍領域では,液滴流量密度Dと液膜流速U1の関数として示された乱れ効果を表す熱伝達促進係数を用いることにより良く整理できる.しかし,液膜速度がある限界値以上になると噴霧液滴供給による乱れ効果はほぼなくなり,噴霧冷却熱伝達率は液膜流自体による熱伝達にほぼ支配されるようになる.また,この液膜流速条件での噴霧冷却熱伝達は,噴霧液滴供給による液膜流サブクール度変化を考慮すれば,液膜流の膜沸騰熱伝達に関する整理式からほぼ予測できる.(4)周辺領域では乱れ効果による熱伝達促進は顕著ではなく,噴霧冷却熱伝達は噴霧液滴供給による液膜流サブクール度変化を考慮すれば,液膜流の膜沸騰熱伝達に関する整理式からほぼ予測できる.すなわち,サブクール液膜流と干渉する噴霧冷却熱伝達は,ほぼすべて液体顕熱上昇に費やされることを示した. 第6章は,本論文の結論である. |