学位論文要旨



No 111541
著者(漢字) 船木,一幸
著者(英字)
著者(カナ) フナキ,イッコウ
標題(和) MPDアークジェットの電磁流体流れ
標題(洋)
報告番号 111541
報告番号 甲11541
学位授与日 1995.11.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3528号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗木,恭一
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 長友,信人
内容要旨 1.はじめに

 MPD(電磁プラズマ流体力学)アークジェットは放電室内にて推進剤の電離・加速を同時に行う電気推進機であり,数kAの投入電流はプラズマ化した推進剤をローレンツ力により加速することを可能にする.電磁加速が支配的な場合,MPDは放電電流の2乗に比例した推力を理論的には発生するが,放電電流の増加による推力の向上は,オンセット現象と呼ばれる大電流作動時のプラズマ不安定性と電極損耗の増大により制限されてしまう.このため高比推力の作動ではその推進性能はイオンエンジンには及ばず,比推力1,000〜3,000秒程度の運用が現実的であるといえる.この作動領域は熱的な加速と電磁気的な加速が混在するハイブリッド領域であり,放電室断面形状の違いが推進性能を大きく左右することが明らかになってきた.本研究の目的は,この比推力作動領域において

 (1)様々な放電室断面形状のMPDアークジェットの推力特性・放電電圧特性を取得し比較を行う.特に,(a)従来から用いられているconverging-diverging形状は本当に優れているのか,(b)短い陰極形状の採用は陰極先端部での圧縮のため衝撃波の発生原因となり推力発生に不利ではないか,といった疑問に答える.

 (2)各形状の推力特性と内部流の相関を得るため,放電室内部プラズマ分布の可視化を行う.

 (3)実験データを基に内部流のモデル化と数値解析を行い,各形状の推力特性の優劣を放電室内部電磁流体流の特性から説明を試みる.特に有利な加速機構を見いだし,その物理的内容を明らかにする.の3点である.

Fig.1 MPDアークジェットの加速原理
2.2次元型MPDアークジェット

 実験及び解析の対象となったのはFig.2に示した2次元形状MPDアークジェット(2DMPD)である.2DMPDは16チャンネルの陽極陰極ペアにより2次元的な放電を実現でき,軸対称型より性能は劣るものの,内部プラズマ流へのアクセスが可能である.1MWクラスの投入パワを実験室にて実現するため0.5msecの間フラットトップな運転を行う,いわゆる準定常作動を行っているが,推進性能測定結果は全て定常状態に換算してある.

図表Fig.2 2次元MPDアークジェット / Fig.3 放電プロファイル(Ar,1.25g/s,12kA)
3.推進性能データ

 Fig.4の各形状の比推力-推進性能特性測定結果をFig.5に示した.広い比推力領域で陽極形状に関わらず短陰極形状が優位であり,陽極形状による比較では低比推力側でConverging-Diverging形状が優れていることがわかる.

図表Fig.4 放電室断面形状 / Fig.5 比推力・推進効率特性(Ar)

 長短両陰極形状の性能差は推力の違いに因るところが大きい.Fig.6の推力特性はConverging-Diverging形状陽極時の長短両陰極形状での推力特性比較を示したものだが,推進剤流量が多い右図の作動条件下では短陰極タイプの推力が特に大きいことがわかる.

 MPDの電磁的な加速場は放電経路分布(Fig.7)からある程度予想可能であり,高性能な短陰極型では放電経路に垂直な推力ベクトルにより陰極先端付近でプラズマが一度径中心軸付近に集められ,その後膨張加速するという,本来の電磁力による軸方向直接加速以外の加速機構もあわせ持つことが予想される.

図表Fig.6 放電電流推力特性(Converging-Diverging陽極 左0.625g/s,右2.5g/s) / Fig.7 典型的な放電経路分布. ラインは上流から総放電電流の何%が流れたかを示す.矢印は推力ベクトル方向.
4.内部プラズマ密度分布測定

 プラズマの加速過程や陰極先端付近での圧縮過程を更に詳しく把握するため,Mach-Zehnder干渉計法によるプラズマ密度測定を行った.約1021/m3の低密度にて1フリンジシフトを得るため,波長10.6の炭酸ガスレーザーが用いられた.Fig.8にはConverging-Diverging形状陽極の2形状について掲載したが,陽極スロート付近に密度のピークが存在し,特に短陰極形状の最大密度は大きい.また,スロート通過後は急激に膨張加速している様子が見て取れる.放電経路分布から予想されたように,高性能な短陰極型では,本来の電磁力による軸方向直接加速以外にも,陰極先端陽極スロート付近で一度径中心軸付近に集められて,その後膨張加速するという空力的熱電子加速(以下、熱電子加速と略す)が強調されていることが予想される.

Fig.8 密度分布測定(Ar,Converging-Diverging形状陽極,1.25g/s,12kA,単位は個/m3)
5.数値解析

 内部流測定によると短陰極形状では陰極付近に濃いプラズマが存在し,強い加熱が起きていた.熱的電磁気的な効果を合わせ持つ加速場を定量的に測定することは困難であり,ここではMHD方程式を用いた2次元数値解析によりMPD放電室内プラズマ流れの特徴と断面形状依存性を明らかにしていく.アルゴンを推進剤とした時は100%近い電離度となるため,以下のような完全電離プラズマモデルが有効となる.密度・磁場等の表記は慣例にしたがった.

 

 ○準定常,準中性の完全電離プラズマ,Arガス,理想気体.

 ○粘性・境界層の影響及びシース、ホール効果は無視する.

 ○電気伝導度はSpitzer-Harm式で与えられる.

 ○自己誘起磁場のみ考慮する.

 以上の方程式系を亜音速流入条件のもとでEuler方程式とMaxwell方程式をカップリングさせることにより解析した.なお解析に用いた放電室形状では,陰極先端部分を直線で,陽極端から下流をインシュレータと置き換えて近似している.

 Fig.9ではConverging-Divreging陽極形状のときの推力特性について数値解析と実験結果の比較を行っている.数値計算の予測は正確であり,上記のMHDモデルが長短両陰極形状での推力差を説明する上で充分なモデルであることを示している.数値計算で求められた推力を電磁推力とそれ以外の熱的推力成分に分けて表示したのがFig.10であるが,長短両陰極形状での電磁推力は放電電流が同じであれば同一であり,熱電子加速を強調できるかどうかが形状毎の推力差の原因であることが分かる.

図表Fig.9実験及び数値解析の推力特性比較(Converging-Diverging形状陽極,Ar,2.5g/s) / Fig.10推力構成(解析結果,Ar,2.5g/s)

 Fig.11の解析結果を見てみると,Converging-Diverging形状陽極の2形状は放電形状が異なっており,短陰極型では放電が上流のConverging部分へ局在して陽極スロートでマッハ数1を通過するといった,ラバールノズルのような非常に効率的な熱エネルギーの運動エネルギーとしての回収が可能となる.ここで長短陰極形状のマッハ数には電磁流体のマッハ数:磁気マッハ数=(局所流速)/(磁気音速)をとってあり,ともに陽極スロートにて磁気マッハ数=1を通過している.長陰極型の場合は下流での加熱分が運動エネルギーとして十分回収できず,短陰極型に比べて小さい加速にとどまる.

Fig.11 シミュレーション結果(Converging-Diverging形状陽極,Ar)

 超磁気音速での陰極先端対称面への流入は電磁流体的な斜め圧縮衝繋波を構成することになるが.Fig.12に示されたフレア形状陽極の計算例では,陰極先端での加熱による極端な高温化は見られるものの,密度は単調に減少している様に見える.実際には密度断面図(Fig.13)で見られるように陰極先端付近で衝撃波による密度上昇があるものの,これは非常に小さい.短陰極形状では陰極先端での大きな加熱領域が長陰極型よりも上流側に存在して,陽極壁をノズルとして利用した熱エネルギーの回収が行われるために大きな加速が可能となる.この時弱い衝撃波が加速特性に与える影響は小さい.

図表Fig.12シミュレーション結果(フレア形状陽極,Ar,16kA,2.5g/s) / Fig.13衝撃波断面図(Ar,2.5g/s,16kA)
6.結論

 チャンネル入口での陽極・陰極高さが一定な様々な放電室形状について2次元MPDアークジェットの推進性能取得,内部流測定と数値解析を行った.

 1.2次元MPDアークジェットを用いて推力・放電特性を測定し比較を行った結果,陽極形状に関わらず短陰極形状が推力特性および比推力一定での推進効率特性のどちらとも優れていた.短陰極形状は,Con-verging-Diverging形状陽極,フレア形状陽極の場合とも大きな推力を発生し,一定比推力での推進効率にも優れている。

 2.内部プラズマ分布の計測からは陰極先端付近での強い加熱と濃いプラズマ領域が認められ,密度が上昇している.しかし短陰極先端での電磁流体衝繋波は明確には認められず,極端な温度上昇に比べて密度の上昇はごく僅かである.

 3.電磁流体方程式に基づく放電室内部の数値シミュレーションによると,今回採用した作動条件のMPDアークジェットの推力としては空力的熱電子加速の効果が支配的で,これを強調できる短陰極型形状が有利である.MPDの流れは電磁力による加速のため放電室の大半が超音速の流れであり,陰極先端での加熱は一見超音速加熱あるいは衝撃波の発生原因となり損失側へ働くように見える.しかし電磁流体的に見るとまだここは亜磁気音速であるか,又は超磁気音速で衝繁波が発生しても非常に弱く,特に短陰極形状では陽極壁を利用した空力的熱電子加速によって性能向上をもたらす.

審査要旨

 修士(工学)・船木一幸の提出した論文は、「MPDアークジェットの電磁流体流れ」と題し、概要並びに7つの章から成っている。

 第1章は序論で、MPD(電磁プラズマ流体力学)アークジェットの作動原理、各種の宇宙航行用電気推進機のなかでの位置付け、従来の研究・開発の経緯、及び本研究の特徴について述べられている。この推進機の名称は、高エンタルピー源としてアークプラズマを用いたアークジェットに、電磁気的作用を付加させたことに由来している。作動気体の電離と加速は、中心軸上の棒状陰極と、同軸円環状陽極間に発生するアーク放電内で行われる。これまでの研究・開発では、短い陰極先端の下流域に音速喉部を有するノズル状陽極のものと、電磁気的効果のみ強調した長い陰極に平行円環陽極を組み合わせたものが用いられてきた。本研究は、空気力学的熱電子(以下、熱電子と略す)効果と電磁気的効果が混在する比推力1、000〜3、000秒の場合、喉部をもつ陽極は有利か、短陰極先端部の径方向圧縮流は衝撃波をもたらし不利ではないか、などの疑問に実験及び数値解析の両面から答えようとするものである。

 第2章では、内部流の可視化を容易にするため、軸対祢MPDアークジェットを16対の陰陽電極を連ねて模擬した準2次元MPDアークジェット装置について述べている。この装置は放電プラズマが光学窓と接するため、軸対称ほどの性能は得られないが、推進性能と内部流の相関を得ることができる。

 第3章では、推進性能測定結果について述べられている。アルゴンと水素を用いたパルス放電で推力、放電電圧を測り、これから推進効率が求められた。その結果、短陰極は長陰極より有利であり、その中でも喉部を有するノズル状陽極の性能が良好であることが判った。

 第4章では、準2次元MPDアークジェットの内部プラズマ流の測定結果について述べられている。放電電流分布は、電極列中央面内に絶縁して挿入された磁気感応板の黒化度から求められた。プラズマ密度分布は、CO2レーザーを用いたマッハ・ツェンダー干渉計により求められた。これらの計測から、短陰極の先端部に電流集中と、それによる強い圧縮・加熱域とが存在して、下流での熱電子加速をもたらしていることが判った。また、陽極喉部は放電を上流で終息させ、熱電子効果を強めていることが明らかになった。

 第5章では、実験結果の理解を深めるための数値解析について述べられている。特に、実験的には困難な超磁気音速領域の特定と、電磁流体衝撃波の有無について解析した。プラズマは完全電離であるとし、電磁流体力学方程式を用いた2次元数値解析を行った。但し、粘性並びに電気的境界層の推力発生への影響は少ないとして無視している。解析により、電極下流端では磁場が弱くなるが電流集中があるためジュール加熱が支配的であること、この熱入力を熱電子推力発生に結びつけるノズル状陽極が有利であることなどが明らかになった。

 第6章は考察で、実験と数値解析で得られた結果を比較している。推力発生について両者はよく一致しており、特に数値解析により熱電子推力と電磁推力が弁別され、前者の重要性が説かれている。また、数値解は放電電流を増やした時に、陰極先端下流での純空気力学的衝撃波が姿を消し、極めて大きな電流値でも磁気音速マッハ数は1に近く、弱い電磁流体衝撃波しか現れないことを示し、密度分布計測で判然としなかった電磁流体衝撃波の存在について解釈を与えた。

 第7章では結論がまとめられている。

 以上を要約すれば、本論文はMPDアークジェット内部流について実験、数値解析を行い、推進性能向上のための設計指針を示したもので、宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54490