学位論文要旨



No 111547
著者(漢字) 王,暁琳
著者(英字)
著者(カナ) オウ,ギョウリン
標題(和) 多孔性荷電膜の輸送現象に関する研究
標題(洋) Transport Phenomena of Charged Porous Membranes
報告番号 111547
報告番号 甲11547
学位授与日 1995.12.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3531号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 教授 古崎,新太郎
内容要旨

 近年開発されたナノフィルトレーション(NF)膜は分画分子量が数百から数千であり、膜素材により一定の塩の阻止率を持つことから、低分子有機物の分離・濃縮や超純水の作製などへの応用が注目されている。NF膜が一定のナノメータの細孔と適当な荷電密度を持つことより、中性分子・塩電解質・有機電解質などの種々の分離対象に立体障害効果と静電気効果を与えると考えられる。しかし、これらの分離特性について定量的に取り扱った研究例は少ない。

 これまで、膜の荷電効果による透過特性を表すモデルは二つ提案されている。一つは固定荷電(Teorell-Meyer-Sievers:TMS)モデルと呼ばれるもので、膜をゲル構造と仮定し、その中に固定解離基が均一に分散し、濃度分布・電位分布は膜厚方向のみに存在する。荷電細孔を持つNF膜に対しては、細孔サイズ及び表面荷電密度がどのような範囲内でTMSモデルを適用できるかはいまだ明確ではない。もう一つのモデルは空間荷電(Space Charge:SC)モデルである。SCモデルでは膜は荷電細孔構造からなると仮定し、細孔内の濃度分布・電位分布、溶媒流速分布及びイオン流速分布を各々Poission-Boltzmann式、Navier-Stokes式及びNemst-Planck式で表し、膜の荷電細孔内での輸送現象を精密に記述している。しかし、膜阻止率、膜定数及び膜の濃度差電位・流動電位などの一連の数値計算の例は少ない。一方、膜の細孔サイズによる中性溶質の透過特性を表すため、立体障害(Steric-Hindrance:SH)細孔モデルがよく使われている。しかし、ナノメータの荷電細孔を持つNF膜へのこれらのモデルの適用性はいまだ確認されていない。

 NF膜の立体障害効果と静電気効果によるそれぞれの選択性を定式化することは、種々の分離対象の透過特性、即ち、中性溶質阻止率のサイズ依存性や電解質阻止率の濃度依存性の予測が可能となる。さらに、新たな応用、例えば「荷電」と「サイズ」を持つ分離対象の透過特性の予測への応用も期待される。

 本論文は二つの部分に分けられる。

 第一部には、多孔性荷電膜であるNF膜に対し、その静電気効果による塩電解質の輸送特性を、SCモデルを用いて数値計算し、TMSモデルによる結果と比較をした。まず、一定の膜条件(細孔径・表面荷電密度)において、逆浸透の電流ゼロ条件式を用い、SCモデルと現象論方程式を組み合わせることにより荷電細孔内の圧力、濃度、電位勾配式を得た。そして濃度勾配式を逆浸透条件下で積分することで、阻止率の体積流束依存性を算出した。計算条件は細孔半径1〜10nm、表面荷電密度3.336*10-3〜6.672*10-2C/m2、塩電解質(KCl)濃度0.1〜1000mol/m3とした。計算結果によると、膜阻止率は体積流束が大きくなるとともに、単調に増大して一定値に漸近する。この漸近値は膜反射係数の値と一致した。一定の体積流束においては、細孔径が大きくなることや表面荷電密度が小さくなること、また塩電解質濃度が高くなることによって、阻止率は低下した。

 一方、Poission-Boltzmann式をRunge-Kutta-Gill法で数値解析することで求められた現象論係数から、逆浸透の場合の反射係数、透過係数と膜条件・電解質濃度の依存性も検討した。膜定数(反射係数と透過係数)は二つの無次元パラメータ:細孔径とデバイ長さの比(rp/D)と、無次元表面電位勾配()の関数である。一定の膜細孔径と表面荷電密度においては、無次元表面電位勾配は一定であり、電解質濃度が大きくなることによって、細孔径とデバイ長さの比が増大するが、そのときに反射係数は単調に減少してゼロになる。一定の膜細孔径と電解質濃度においては、即ち一定のrp/Dでは、表面荷電密度が高くなるとともに、q0が大きくなるため、反射係数は大きくなっている。一定の表面荷電密度と電解質濃度においては、細孔径の増大とともに、rp/Dとq0が大きくなるため、反射係数は単調に減少してゼロになる。TMSモデルとの比較によると、q0が1.0より小さければ両モデルはよく一致し、TMSモデルの適用範囲を明らかにすることができた。さらに、SCモデルとTMSモデルを用いて膜の濃度差電位・流動電位などの一連の数値計算も行い、比較した。

 第二部では、既往のSH細孔モデルとTMSモデルにより、NF膜の中性溶質阻止率のサイズ依存性や電解質阻止率の濃度依存性の予測が可能であることを確認したうえで、新たな分離対象、例えば「荷電」と「サイズ」両方の効果を受ける有機電解質の透過特性を予測するための新たなモデルを提案することを目的とする。

 まず、NF膜における「荷電」と「サイズ」を持つ有機電解質の透過特性を評価するため、SCモデルとSH細孔モデルを組み合わせることによって、静電気と立体障害効果を考慮した新たな(Electro-static and Steric-hindrance:ES)モデルを提案した。このモデルでは、静電気と立体障害効果は、それぞれ膜の固定荷電密度と電解質濃度の比と、有機電解質ストークス半径と膜細孔径の比で表される。NF膜の静電気効果は無次元表面電位勾配が1より小さいため、第一部の結果に基づき近似計算はTMSモデルを用いて行なった。単成分有機電解質系では、膜定数(反射係数と溶質透過係数)に及ぼす静電気効果と立体障害効果の影響を理論的に考察した。

 実際のNF膜の細孔構造と荷電特性は、各々SH細孔モデルとTMSモデルを用いて透過実験から評価し、これらのモデルの適用性を検討した。実験には4種類の市販膜:NF-40(Film Tec.)、NTR7450(日東電工)、Desal-5とG-20(Desalination System Inc.)を用いた。透過実験で用いた中性溶質は4種類のアルコール(エタノール、2-プロパノール、n-ブタノール、とt-ブタノール)と糖(グルコース、サッカロース、ラフィノースと-シクロデキストリン)、塩電解質は塩化ナトリウムを使用した。SH細孔モデルを用いて中性溶質の透過実験から推定した4種類のNF膜の細孔半径は約0.4〜0.8nmであった。TMSモデルを用いてNF膜の荷電特性を評価するとき、一定の表面荷電密度あるいは一定の表面電位を仮定した場合には、塩透過実験から求めた反射係数の塩濃度依存性を説明できなかった。そこで、反射係数から膜有効荷電密度を求め、新たに簡易経験式を提案し、膜有効荷電密度の塩濃度依存性を評価することができた。そして、SH細孔モデルとTMSモデルはNF膜に適用可能であることを明らかにした。

 さらに、以上4種類の市販NF膜の中性溶質透過実験より推定された細孔構造と、電解質透過実験より評価された有効荷電密度を用い、トレーサー溶質と支持塩の混合系でESモデルの検証を行なった。用いたトレーサー溶質は中性のグルコースと荷電性のベンゼンスルホン酸ナトリウム(BSS)、1-ナフタレンスルホン酸ナトリウム(NSS)、テトラフェニルホウ酸ナトリウム(STPB)で、支持塩は塩化ナトリウムを用いた。グルコースの阻止率は支持塩濃度にかかわらずほとんど一定値を示したことから、支持塩による中性分子の構造的な変化はないものと考えられた。BSSの阻止率は支持塩濃度の上昇とともに減少した。また、混合系での塩化ナトリウムの阻止率は単成分系での阻止率とほぼ同じ値を示したことから、トレーサーであるBSSは膜の電位分布に影響を与えないことが確認した。四種類のNF膜(Desal-5,NF-40,NTR7450及びG-20)に対するトレーサーBSSの反射係数やG-20膜に対する三種類のトレーサー(BSS,NSS及びSTPB)の反射係数の支持塩濃度依存性は、理論値と実験値はよく一致した。一方、各トレーサーの透過係数より求めた膜構造因子Ak/xは、支持塩濃度によらずほぼ一定の値を示し、中性溶質で求めた値と比較的良く一致した。従って、ふるい効果と荷電効果の両方を考慮した透過式の有効性が示された。

 以上より本研究によりNF膜中の中性溶質、塩電解質と有機電解質の透過機構は明らかとなり、任意の溶質系の分離特性を定量的に予測可能となった。

審査要旨

 近年開発が進められているナノフィルトレーション(NF)膜は、脱塩性能と同時に分子量数百から数千の分画性を示すことから、超純水の製造、低分子有機物の分離・濃縮などへ応用されている。NF膜の分離特性は、ナノメータサイズの膜細孔による篩効果と、膜素材が有する電荷による静電気効果とが複合して発現すると考えられるが、このような分離特性について定量的に取り扱った研究はこれまでにほとんど報告されていない。

 本論文は9章からなり、NF膜の分離特性を定量的に記述できる輸送方程式を確立することを目的としている。静電気効果については、膜にキャピラリー状の細孔構造を仮定する空間荷電(Space Charge:SC)モデル、均一膜構造を仮定する簡便な固定荷電(Teorell-Meyer-Sievers:TMS)モデルの適用可能性を明らかにし、篩効果については限外濾過膜に適用されている立体障害細孔モデルを用い、両者を組み合わせることで新たに輸送方程式を提案している。この輸送方程式では分離特性は膜の細孔構造(細孔径、開孔率、膜厚)と荷電特性(有効荷電密度)とで記述される。実際に4種のNF膜について細孔構造と荷電特性の評価を行い、その結果に基づいて新しい輸送方程式を用いて計算した分離特性は、実験結果とよく一致し、輸送方程式の妥当性が明らかとなっている。

 第1章は序論で、NF膜の特性、産業分野での利用の現状、透過特性の評価法に関する既往の研究をまとめ、研究の目的を述べている。

 第2章では、SCモデルの説明と数値計算を行っている。このモデルでは膜は荷電細孔構造からなると仮定し、細孔内の濃度分布・電位分布、溶媒流速分布及びイオン流速分布を各々Poission-Boltzmann式、Navier-Stokes式及びNernst-Planck式で表し、膜の荷電細孔内での輸送現象を精密に記述している。しかしこれまでSCモデルで膜の塩阻止率や膜定数を数値計算した例は、膜透過流束が無限大などいくつかの特殊条件下の場合のみであった。本研究では初めてこれをすべての膜分離条件下で計算可能としている。

 膜透過現象は膜をブラックボックスとし、非平衡熱力学に基づいた現象論方程式から導出された輸送方程式により、溶質の反射係数と透過係数、純水の透過係数の3つのパラメータで説明できる。第3章では、電位分布、濃度分布を記述するPoission-Boltzmann式をRunge-Kutta-Gill法で数値解析することで求められた現象論係数から、この3つのパラメータがSCモデルを用いることで膜の細孔構造と荷電特性に基づいて計算できることを示している。このことは膜の細孔構造と荷電特性とが既知の膜についてはあらゆる電解質溶質に対して分離特性が予測できることを意味し、実用上も重要な成果である。荷電膜の特性評価には従来からTMSモデルが用いられてきている。このモデルではSCモデルが膨大な複雑な計算を必要とするのに対して比較的簡単に分離特性が計算できるので、第3章ではその適用可能性についても検討している。TMSモデルでは膜は細孔構造を持たない均一なゲル構造と仮定し、その中に固定解離基が均一に分散していると考えるので、荷電細孔を持つNF膜に対しては本来適用できない。しかしSCモデルによる計算結果とTMSモデルによる結果とを比較検討することで、細孔径および表面荷電密度によっては(無次元細孔表面電位勾配q0<1)、TMSモデルが近似的に適用できることを明らかにしている。

 第4章では、第3章の結果を直接溶質の阻止率で比較している。特にSCモデルについては、本来溶媒流速分布はNavier-Stokes式より計算すべきところを、計算の簡便化をはかる目的でHagen-Poiseuille式の適用可能性を検討し、両者の差はNF膜の領域では実用上問題ないことを明らかにしている。

 膜の荷電特性は、膜電位あるいは流動電位から評価できるが、測定値から膜の荷電密度を求めるためにはTMSモデルかSCモデルを使用しなければならない。第5章では、この2つのモデルを用いて逆に荷電密度から膜電位、流動電位を計算し、それぞれについてモデルによる違いを検討している。その結果、膜電位は分離特性と同様q0<1の条件下で両モデルによる計算結果はよく一致するが、流動電位はq0<0.1の条件下で一致することを明らかにしている。

 第5章までは溶質は静電気効果のみによって分離され、サイズによる篩効果の影響はない場合を取り扱っているが、NF膜に期待されている大きな応用の一つは「荷電」と「サイズ」とを合わせ持つ溶質の分離である。従来膜の細孔サイズによる非荷電溶質の透過特性の解析には、立体障害(Steric-Hindrance:SH)細孔モデルが用いられている。本研究の後半では、既往のSH細孔モデルとTMSモデルにより、NF膜の中性溶質阻止率のサイズ依存性や電解質阻止率の濃度依存性の予測が可能であることを確認したうえで、新たな分離対象、例えば「荷電」と「サイズ」両方の効果を受ける有機電解質の透過特性を予測するための新たなモデルを提案している。

 第6章では、まずNF膜における「荷電」と「サイズ」を持つ有機電解質の透過特性を評価するため、SCモデルとSH細孔モデルを組み合わせることによって、静電気と立体障害効果を考慮した新たな(Electro-static and Steric-hindrance:ES)モデルを提案している。このモデルでは静電気と立体障害効果とはそれぞれ膜の固定荷電密度と電解質濃度の比と、有機電解質ストークス半径と膜細孔径の比で表される。NF膜はq0が1より小さいため、その静電気効果は前半の結果に基づき実際にはTMSモデルを用い、単成分有機電解質系の膜パラメータ(反射係数と溶質透過係数)に及ぼす静電気効果と立体障害効果の影響を計算している。

 第7章では、ESモデルの検証に先立ち、必要となるNF膜の細孔構造と荷電特性をそれぞれSH細孔モデルとTMSモデルを用いて透過実験から評価している。実験には4種類の市販NF膜と、中性溶質として4種類のアルコール、4種類の糖、塩電解質として塩化ナトリウムを使用している。SH細孔モデルを用いて中性溶質の透過実験から推定した4種類のNF膜の細孔半径は約0.4〜0.8nmとなっている。荷電特性は一定表面荷電密度あるいは一定表面電位を仮定した場合には、塩透過実験から求めた輸送パラメータの一つである反射係数の塩濃度依存性が説明できなかったことから、濃度依存性を有する有効荷電密度を定義し、これを記述する新たな簡易経験式を提案している。この結果、有効荷電密度の塩濃度依存性を評価することができ、SH細孔モデルとTMSモデルはNF膜に適用可能であることを実験的に明らかにしている。

 第8章では、第7章で推定された4種類の市販NF膜の細孔構造と有効荷電密度を用い、「サイズ」と「荷電」とを持つトレーサー溶質と支持塩の混合系でESモデルの検証を行なっている。トレーサー溶質はベンゼンスルホン酸ナトリウム、1-ナフタレンスルホン酸ナトリウム、テトラフェニルホウ酸ナトリウム、支持塩は塩化ナトリウムを用いている。その結果、反射係数の実験値は理論値とよく一致し、また膜構造因子Ak/xはトレーサーや支持塩濃度によらずほぼ一定の値を示し、中性溶質で求めた値とも比較的良く一致した。これによりふるい効果と荷電効果の両方を考慮したESモデル透過式の有効性を明らかにしている。

 第9章は本論文のまとめである。

 以上、本研究では近年急速に普及しているNF膜の分離性能を、新たに提案した輸送方程式により膜の細孔構造と荷電特性に基づいて定量的に評価できることを明らかにしており、膜分離工学に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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