学位論文要旨



No 111551
著者(漢字) 伊藤,伸江
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ノブエ
標題(和) 中世和歌の研究 : その表現と精神
標題(洋)
報告番号 111551
報告番号 甲11551
学位授与日 1996.01.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第128号
研究科 人文社会系研究科
専攻 日本文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,日出男
 東京大学 教授 山口,明穂
 東京大学 教授 野山,嘉正
 東京大学 教授 小島,孝之
 東京大学 助教授 長島,弘明
内容要旨

 この論文は、南北朝期に対立した京極派と二条派の和歌の精神的相違を明らかにすると共に、同時期に長連歌の理論化、芸術化を推し進めた二条良基と、また約半世紀後に『徒然草』を愛読し、内観性を持つ夜雨の和歌をつくるなど精神面で注目された歌人正徹を考察している。中世和歌の持つ表現を分析し、そこに秘められた作者の精神を読みとらんとするものである。

 第一章では、和歌や短連歌の場の雰囲気をまず考察し、第一節においては、広・略二系統の伝本が存在する『沙石集』の中から、梶原三郎兵衛の和歌説話、後藤基政の連歌説話を検討、読解した。梶原説話では、この説話と同種である『源平盛衰記』菖蒲前説話等と比較して、歌の「徳」を和歌が持たなかったと結論した。基政説話では、女房と基政の言い掛け・応答の句の背後で揶揄と切り返しという対立勝負が行われていた。両説話とも、その中心となる和歌・連歌の未熟さが、歌・連歌が結び付けられた場の情景を類型化できずに示しており、そこから『源平盛衰記』の和歌や『菟玖波集』の付合の組では押さえられてしまった歌や連歌の本源的な力を推し量ることができる。

 第二章では、後期京極派の和歌の特色を把握し、二条派との相違を明らかにせんと試みており、康永期の和歌と延文期の歌題を考察した。

 第一節は、花園院主催の後期京極派有力歌人による『康永二年院六首歌合』の「雑色」「雑心」詠を考察した。『院六首歌合』の和歌では、心は思いを入れる広がりで、その広がりの中で動いておおうのが思いと把握される。『徒然草』二百三十五段などを媒介に考えた時、自らの中に「仏心」を見つけようと探求する「見性」に重きを置く大燈国師の教えが院とその周辺歌人のこれらの和歌に投影されていると考えられる。また、心の中に動く思いは心の揺れを静める素材としての灯をも呼び込み、光厳院の灯の連作や『風雅和歌集』の花園院歌などに通じる心と灯との場を詠む歌が現れたのである。

 第二節は、『新千載和歌集』のための応制百首である『延文百首』の歌題の特徴を論じた。二条為定が出題した『延文百首』では、二条派の和歌の規範から見て著しくはずれた仏教色の濃い歌を生みやすい雑題を廃し、恋題も、恋という状況で自らの精神を観察して詠む京極派風の恋歌阻止のため、具体物にことよせて恋の感情を詠む必要のある寄せ恋の題にしたのであった。

 第三章では、『筑波問答』を執筆する頃までの二条良基について、『菟玖波集』を編纂し、連歌論書を著していく中でいかに和歌・連歌を関わらせていったかを追究した。附論として、嫌詞についての調査をつけた。

 第一節では、貞和年間から延文期にかけての良基の三種の百首歌から、良基の和歌・連歌に対する意識を探った。彼は、連歌と和歌とを同一水準の芸術と見、二条派の詠風や歌論を核として連歌の姿を論じた。彼の和歌には一首内の素材の多さ、上の句と下の句の切れやすさという特色があり、連歌の発想に影響された和歌を詠んだのであった。

 第二節では、良基の短連歌・長連歌に対する考え方を素描した。良基は、『菟玖波集』雑体連歌内の片句連歌で、一句連歌を集め、短連歌のいいかけの持つ緊迫感への思いを残存させている。また、長連歌の立論に、和歌の持論を使い、連歌の声調をみがきぬいた先に、一座の感興が喚起されると考えた。良基は『八雲御抄』の歌論および独自の歌論把握から、自らの長連歌の論を発展させて行ったのである。

 第四章では、正徹について論じた。

 第一節では、正徹の『なぐさみ草』について、実践女子大学山岸文庫蔵本を、類従本系統、早大本系統、松平本系統の三系統の伝本と比較検討し、山岸本は、早大本系統(群書本も含む)と松平本系統の中間形態であると結論した。内容は、童形との恋愛関係ゆえ、私的すぎる個所を削除した形跡が見られた。が、和歌・源氏物語の師として、彼本来の詠歌の嗜好をうかがえるような問題を語ってもおり、この書は彼の精神的な骨格をとらえうる書である。

 第二節は、正徹への『徒然草』の影響を家集類や歌論書より考えた。『徒然草』十九〜二十一段、二十八段、百三十七段からの影響が和歌や詞書に見られ、正徹は『徒然草』の「あはれ」なる情趣を学んでいる。『徒然草』は歌人の理解すべき「あはれ」を自らの感性にきざみこむことのできる格好の指導書であったのである。

 第三節では宝徳年間のはじめにあらわれた夜雨の和歌を考察した。心中の思いを誘発する素材としては、他に鐘声、灯があるが、いずれも素材が誘発する心中の思いそのものにまでは描写が至らない。しかし、夜雨の和歌は、みずからと歌風を同じくする「ふりにし人」を「友」と見、面影を求めるところまで描写が至った。彼は不遇意識を夜雨の和歌に託して述べたのであった。

審査要旨

 本論文は主に南北朝前後の時代の和歌表現の特質を分析し、その基底にある精神を解明しようとする。まず「第一章 短連歌の場」において、『沙石集』の武士説話を広本から略本への移行過程を考慮に入れて検討し、鎌倉期の和歌・連歌が粗削りながら、本源的な力を有していたとする。次いで「第二章 京極派の特質とその周辺」においては、康永期の京極派和歌に見られる心に対する思念を分析し、大燈国師の禅的世界観の影響を指摘して、そうした世界観の表現が目指されたことを論じる。また『延文百首』の歌題の分析を通して、京極派と二条派の詠風の相違を明らかにする。「第三章 二条良基論」では、良基の三種の百首歌を分析し、良基が二条派の和歌の理論を連歌に応用したこと指摘し、彼の連歌論も『八雲御抄』の歌論を発展的に援用したとする。「第四章 正徹論」では、山岸本「なぐさみ草」を検討し、また、正徹の『徒然草』享受の影響を探り、宝徳初年における彼の歌の特徴的な素材を検討して、孤独感や不遇意識を読み取っている。

 なお、『沙石集』の伝本の扱いには一層の厳密さが要求されるが、本論が従来手薄だった研究史の一角に鍬を入れ、説得力ある分析を行っていることは高く評価され、本論を起点とする筆者の中世和歌・連歌研究の今後の展開が大いに期待される。

 よって、審査委員会は本論文が博士(文学)の学位に値するとの結論に達した。

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