学位論文要旨



No 111555
著者(漢字) 恩田,守雄
著者(英字)
著者(カナ) オンダ,モリオ
標題(和) 発展の経済社会学
標題(洋)
報告番号 111555
報告番号 甲11555
学位授与日 1996.01.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 博人社第132号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 盛山,和夫
 東京大学 教授 庄司,興吉
 東京大学 教授 稲上,毅
 東京大学 助教授 佐藤,健二
 立教大学 教授 間々田,孝夫
内容要旨

 発展途上国では経済発展が急務となっている。しかし経済的要因のみでは達成が困難な場合が多く、当該社会にとって地域住民の生活に根ざした適正規模の経済発展に果たす社会・文化的要因は大きい。本論文はこの経済発展を社会学の視点から分析する一つの試論を展開するものである。現在経済発展を社会学から捉える者は少ない。その意味で本論文はこの分野に新しい視点を与える位置にある。まず本論文の基盤となる理論枠組みを明らかにしたい。第1章の「経済社会学のフレームワーク」がそれである。経済社会学は人間生活における経済現象の背後にある社会的意味を解明するものであり、私は領域としての経済に対して社会学固有の概念用具と理論枠組みからアプローチする立場をとる。対象である経済が既に固有のディシプリンをもつ点で、経済社会学は他の「連字符社会学」とは異なる性格をもつ。それは経済と社会をめぐる多様な学問に現われているが、これらは経済社会学、経済的社会学、経済学的社会学の「経済の社会学」と、社会経済学、社会的経済学、社会学的経済学の「社会の経済学」に大別できる。私は経済社会学をシステム論から捉え、マクロレベルでは社会集団や地域社会を社会システム、メゾレベルでは生活様式を生活システム、ミクロレベルでは社会的規範と文化的価値に規定される行為を行為システムとして捉え、その人間モデルに「ホモ・ヴィヴィフィカス」(生活人)を想定した。単なる経済と社会の相関分析ではなく、経済そのものを積極的に分析していく1970年代以降現在に至るまで台頭著しい「新しい経済社会学」の研究成果を踏まえ、本論文は全体社会ではなく下位体系としての社会システムと経済システムの関係から経済発展を分析する。

 私の経済社会学は三人の思想的基盤をもつ。この点を明らかにしたのが、第2章の「代表的な経済社会学の視点」である。社会システム(下位体系)の三つの側面から経済を見るうえで、この三人は経済社会学の視点を最もよく示している。ポランニーは原始、古代社会の研究から、経済が社会関係や社会組織に深く関連している点を、「社会に埋め込まれた経済」と「制度化された過程としての経済」から指摘した。私は前者を経済の社会的構造命題、後者を経済の社会的機能命題として捉えた。ギアツはインドネシアの実証研究から、都市のバザール経済では社会的ネットワークが、村落の農村経済では労働の分有と相互扶助の精神がそれぞれ固有の生活様式を形成し、これらの経済が企業経済へと発展していく過程で伝統的な生活様式がプラスに作用する可能性を明らかにした。私はこの点を経済が社会に巻き込まれるようにして発展していく過程として捉えた。ヴェブレンは人間本性の原型としての原始社会を起点とし、20世紀初頭前後のアメリカ経済から、有閑階級の消費行動、企業者のビジネス行動、労働者の生活行動が機械制産業の発展により、それぞれ誇示的態度、営利的態度、画一的態度が発生する点を指摘した。私はこれらの思考習慣から経済に働きかける人間の行為を、「原始性」(望ましい素朴な本性)と「野蛮性」(闘争的な本性)という人間本性の二元性から捉えた。日本では欧米思想への傾斜が強いが、日本にも独創的な経済社会学があった点を忘れがちである。私はこうしたわが国の経済社会学の「原点」にも焦点を当てた。これが同じ章の「日本の経済社会学」である。この点はこれまで軽視されてきた領域であり、私は高田保馬、北野熊喜男、高島善哉、酒井正三郎、難波田春夫、大塚久雄の六人の「経済社会学者」を取上げ自らの経済社会学の位置を確認した。いずれも経済を社会から捉え、人間の社会的行為やその集合体である社会を経済の領域に取入れている。

 こうした経済社会学の視点を背景に、経済発展の分析を全体社会と部分社会の二つのレベルに分けたが、本論文の中心は後者の視点にある。これが第3章の「経済発展の社会システム」である。社会、生活、行為の三つのシステムを、構造、機能、変動の各面から取り上げ経済発展との関係を明らかにした。社会システム(下位体系)はそれぞれ固有の構造と機能をもち変動しながら経済システムに作用する。それは消費者や企業者に対して特定の社会集団や地域社会の構成員として、また一定の生活様式や固有の動機づけによって、新しい消費行動や革新的企業行動、地域限定の商業活動などの社会的背景を構成するからである。固有の社会的ネットワークの活用は伝統的な社会がもつ構造と機能を再評価し、それを近代的な市場メカニズムに活かすものである。経済システムが国や地域に固有の社会システムから離れ、自律し他の社会に受容されることがある。これが経済システムの移転であるが、先進国のそれが必ずしもうまく発展途上国に移転されるとは限らない。先進国の経済システムは途上国の「外殻」である社会システムの厚い壁が障害となり、「内核」に位置する経済システムまで浸透しない。この経済システムの接触は同じ先進国では相互利益を生む経済システムの交換となる場合が多いが、先進国と発展途上国では相互の経済システムが噛合わない摩擦が生じる。従って発展途上国は固有の社会システムを基本としながら、それに適合する近代的な経済システムを作り出すべきである。「外殻」を構成する固有の社会システムが先進国の経済システムに触れ、それを吸収し受容するだけの許容度をもつところが経済発展に成功している。それは先進国の経済シテスムの装置が導入され、途上国の「外殻」である社会システムを通過する過程で吸収され、「内核」の経済システムまで浸透するからである。しかし同時に先進国への従属化を防ぐのもこの「外殻」の社会システムである。社会システムの変容はすべて変わることを意味しない。

 発展途上国が新しい経済発展を遂げる離陸点を、社会システムが経済システムに対して与える効果に見出すことが本論文の中心テーゼである。この具体的な検証が、第4章の「発展途上国の社会システムと経済発展」である。そこでこれまでの経済発展論をその社会的要因から概観し、社会、生活、行為の各システムのうちどれが経済発展に強く関係するのか、世界128カ国の社会・経済データを基に主成分分析から検証した。生存水準に関わる指標は、中・低所得国で共通の要因を構成し、中所得国では都市化に関わる指標が、低所得国では教育に関わる指標が重要な要因として抽出された。発展途上国ではまず生存水準を高める生活システムの改善が大前提であり、次に教育による行為システムの向上、さらに都市を核とした地域社会のネットワークの確立という社会システムの編成が、経済発展の経路として重要である。先進国と発展途上国共通の社会的要因としては、社会的行為の手段であるコミュニケーション関連の指標が抽出された。しかしこうしたマクロな分析だけでは十分現状を捉えることはできない。そこでアジアの個別事例を取り上げた。日本ではイエやムラの原理、インドネシアではイスラム原理による個人的ネットワーク、タイでは華僑の社会的ネットワーク、インドではヒンズー的精神革命、スリランカでは仏教によるコミュニティ作りのサルボダヤ運動など、固有の社会原理が生活様式を規定し宗教倫理や文化的価値に基づく行為が見られた。いずれも「相互連帯の社会システム」が、経済システムに影響を与えている。

 経済発展に対する社会的要因の必要性を本論文は指摘してきたが、これは経済発展に対する社会発展を強調するためでもあった。それは結局経済システムと社会システムとのバランスある発展への道程であり、両システムの水準上昇により全体社会の発展は可能となる。これが本論文のまとめである第5章の「経済発展から社会・経済発展へ」である。社会発展は社会、生活、行為の各システムの水準上昇であり、社会集団や地域社会における連帯や統合を高め、生活意欲の向上をはかり、日々の行為に充足感が得られる機会の増大を意味する。経済発展に対する社会発展の復権として、社会システムでは社会的ネットワークから経済対勢力、生活システムでは規範や価値の自生的秩序から市場対慣習、行為システムでは社会的行為から合理性対非合理性の問題を取り上げた。開発を必要とする国が何故貧困状態にあるのか、その原因を分析し計画を立てそれを実行に移す組織と方法が重要である。社会システム(下位体系)の改善、変更という社会発展の政策的対応としての開発が社会開発であり、その計画化が社会計画である。発展途上国では経済発展が第一義的に「発展」にとって重要であるが、社会システムの向上が全体社会の発展循環の起点となるため、その改善、変更を経済システムのそれに優先させることが望ましい。それは人間のもつ潜在的な諸能力の顕在化を含む。経済システムのグローバル化に対抗して、社会システムもグローバル化が必要とされる。社会と経済両システムの均衡発展である「社会・経済発展」は、一国レベルから国際レベルに拡大する。結局社会システムは、人間生活の原点である共同体社会の実現を理想とする。社会発展の一つの基本理念として、社会的ネットワークに基づく「世界コミュニティ」の形成は重要である。私はこの可能性を「開発社会学」に求めたい。それは経済発展の技術的な方法論に関心を寄せるのではなく、経済発展の社会的側面に焦点を当てる「発展の経済社会学」としての「開発社会学」である。本論文の結論は、社会システムを通して経済発展が可能であること、そのために社会発展を促進することが重要であること、それは社会及び経済の均衡発展である「社会・経済発展」につながるという点である。

審査要旨

 本論文は、開発途上国における経済発展と社会発展とを総合的に捉える学問分野としての経済社会学の固有の理論枠組みと方法を検討して定立し、それによって社会発展の理論の経済社会学的展開を行ったものであり、本文は5章からなる。

 第1章で経済社会学に関わるこれまでの議論を検討して独自の概念化を提示したあと、第2章では経済社会学の先駆者としてのポラニー、ギアツおよびヴェフレンの社会理論を考察し、経済の社会への「埋め込み」および「巻き込み」の概念の社会学的な意義が強調される。第3章では経済発展の構造を社会システム論の観点から分析し、第4章で発展途上国の実際の経済発展を、開発経済学と対置させながら経済社会学的に実証分析し、経済発展の前提として地域共同体における生活システムの確立が必要であると論じられる。第5章では社会システムと経済システムとの均衡発展としての社会・経済発展の概念が提唱され、経済社会学に基づく望ましい発展の構想が提示される。

 これまで、経済社会学という領域は、単に経済現象の社会学として理解されてきたが、本論文はそれを社会・経済発展の実証的な研究と開発の実践的な課題とを担う学問として戦略的に位置づけ、そのための基本枠組みを新しく社会システム論的に体系的に提示したものであり、この領域に新たな視界を確立することに貢献している。審査の過程では、地域共同体に基盤をおいた発展の構想の論理にやや甘さが見られることなどの疑問が提起されたが、経済社会学を独創的に構築したことの意義は大きい。

 以上により、審査委員会は、本論文が博士(社会学)を授与するに値するものとの結論を得た。

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