本論文は、二重層電子系における分数量子ホール効果に対してmulti-species anyon系としての解析を議論したもので、特につぎの二つの方法に基づいている。一つはChern-Simons(CS)ゲージ場と結合するハードコアボゾン系としての取り扱い、もう一つは集団場による低エネルギー有効理論に基づく解析である。 論文は4章からなり、第1章は歴史的背景と動機、第2・3章が本論で二つの異なった取り扱いをそれぞれで議論し、第4章がConcluding remarkとなっている。 二層系のmulti-species anyonは、二つのCSゲージ場と結合するハードコアボゾン系として考えることができるが、本論文の第2章では境界状態等の効果を避けるためにこの系をトーラス上で定義し厳密に基底状態の波動関数を求める事をめざした。CSゲージ場は、U(1)および二層の自由度を表すSU(2)d(対角成分のみを考える)の二種類用意する。これらのゲージ場が位相因子を与える事によりanyonが表現される。特にそのlocalな自由度を積分し、ゲージ場の大域的自由度とボゾンの座標を力学変数にとって議論し、基底状態を厳密に求めている。その構造はゲージ場の大域的自由度を表す状態(あるいはCFTの言葉で言えばblockに相当する)とボゾンのHilbert空間の状態の積の和で表される。前者は大域的ゲージ不変性の要請からほぼ一意的に決まる。後者はトーラス上のKnizhnik-Zamolodchikov方程式をみたし、ここにlocalなダイナミックスの情報を含んでいる。 この構造があらわに導けた事から、トーラス上のBraid群の表現を構成する事が可能になった。即ち、トーラス上の大域的平行移動に対してWilson-loop演算子がみたす代数がトーラス上のBraid群BN(T2)の平行移動の基本関係式と同型であり、またボゾンの波動関数を構成する際に相対運動部分とのテンソル積をとって単一成分にする訳であるがこの過程で相対運動側の表現が決まる。こうして大域的ゲージ共変で単一成分ボゾン波動関数と大域的ゲージ不変で多成分エニオン波動関数との関係がつき、この模型がトーラス上の自由エニオン系に等価である事が確かめられる。これらの構造はより種数の高い2次元面上に拡張可能な一般的な形で与えられている。 次に第3章で、これらの微視的な理論からの関係が明らかな形での集団場の方法の構成をおこなっている。まず、二層間のトンネル効果が無視できる場合について、Jevicki-Sakitaの方法を一般化した方法を適用し集団場に対する有効理論を構成した。この方法の利点は微視的理論から系統的にかつ直接的に有効理論を構成でき、従って集団場の波動関数ともとの変数による波動関数の関係が明白であるという点にある。実際に強磁場極限では集団場による基底状態の波動関数があらわに解けHalperin型の波動関数に対応していることがわかる。またこれらを用いて準粒子励起に対応する波動関数や階層構造を含めたホール流体状態の充填因子等の静的情報が求まる。更に電子間クーロン相互作用の効果も半古典的取り扱いによって取り入れ、基底状態のまわりでの長波長密度揺らぎの分散関係やその相関関数を具体的に求めている。 二層間のトンネル効果が無視できない場合については、Hopping termをHamiltonianに導入して解析をおこなっている。これはもとのSU(2)d対称性を破るため従来扱われている集団場の方法では解析は難しいが、ここで開発されている方法(電子場の双線型演算子を用いる)では取り扱いが可能である。これらに基づく半古典的解析の結果、系の静的基底状態は、二層間で位相がそろった一様等方な流体状態になる事がわかり、そのまわりの長波長揺らぎのうち位相差モードの分散関係に赤外極限でギャップが生ずる。低エネルギーではこのモードが重要になり、動的現象を考えると層間のJosephson効果を示すいわゆるFeynmanの現象論的方程式を導くことができる。その結果適当な境界条件のもとでJosephson効果が起こる事を示唆することができた。 以上のように素粒子の分野で開発された場の理論の手法を一般化し、分数量子ホール効果という具体的物性現象の解析に系統的に適用できるよう方法を開発し、これらの現象の解析に新しい見地を持ち込んだ。さらにJosephson効果に対する分析等具体的な結果も得ており、十分な成果をあげていると判断できる。 なお、本論文第2・3章の内容は、一瀬郁夫氏との共同研究であるが、特に2章のBraid群の表現の構成、および3章の集団場の方法の開発とJosephson効果の分析等の部分については、論文提出者が主体となって具体的計算及び解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって審査員一同は、本論文が博士論文として合格の評価をされるべき業績と判定した。 |