学位論文要旨



No 111556
著者(漢字) 大林,聡之
著者(英字)
著者(カナ) オオバヤシ,トシユキ
標題(和) 多種エニオン系の可解模型と多層電子系における分数量子ホール効果の集団場を用いた解析
標題(洋) Soluble Model of Multi-Species Anyons and Collective Field Applied to Fractional Quantum Hall Effect in Multi-Layer Electron Systems
報告番号 111556
報告番号 甲11556
学位授与日 1996.01.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2983号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 助教授 甲元,眞人
 東京大学 助教授 今田,正俊
 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
内容要旨

 半導体界面等の空間擬2次元電子系に分数量子ホール効果(FQHE)が現れる原因に対し、ランダウ準位の充填因子が特別な値の場合にこの電子系の基底状態がクーロン斥力による多体効果により非圧縮性量子液体の性質を示す特別な凝縮相を形成するという描像が現在確立されている。=1/m(mは奇数)におけるこの状態を近似的に表現するラフリン波動関数は、零点が各電子の位置にm重に束縛するという特徴を持つため、この状態にある電子は超フェルミオンの様に振る舞い、各電子にm本の磁束量子を貼り付ける特異ゲージ変換によりボゾン化すると非対角長距離秩序的様相を示す。しかもこの状態からの素励起が分数電荷を運び分数統計に従うことから、FQHEを示す2次元系を堅芯ボゾン及びフェルミオンまで含めた一般のエニオンの多体系として記述するのが自然だと考えられる。FQHEに関する最近の研究の興味の一つは、この様な半導体界面を平行に並べた2重層電子系におけるFQHEである。単層系の場合に比べ重要な相違点は電子間相互作用が層内と層間とで層間距離dを媒介変数として異なる点だが、更にdがこの系に特徴的な長さの尺度である磁気長lと同程度の場合トンネル効果による電子の層間遷移が起き得るため各層に生じたホール流体状態は動的に結合し、その結果単層系よりも豊富な現象が現れると考えられている。以上の様な動機から本論文では2重層電子系を2次元単層面上に存在するSU(2)d(SU(2)の対角部分)擬スピンを持ちスピンは持たない超フェルミオンの多体系-即ち一般に2種類の統計荷を運ぶ多種エニオン系-として定式化し、それをチャーン・サイモンズ(CS)ゲージ場と相互作用する堅芯ボゾンで表してその性質を解析した。ここで擬スピンは電子が何れの層に属するかに対応する内部量子数と考えている。

 初めに微視的観点から、3種類の通常のボゾンが堅芯条件を意味するデルタ関数的斥力により互いに斥け合いつつ2種類(U(1)とSU(2)d)のCSゲージ場と極小相互作用する系を考えた。この際熱力学的極限による不定性や端効果から来る境界条件の複雑さを避けるため系を輸環面上に乗せ、その基底状態が厳密に求まる量子力学的模型を定式化した。具体的にはCSゲージ場の局所的成分を積分し、残った大域的成分(CSゼロモード)とボゾンの座標とを力学変数に採って系を量子化し、大域的ゲージ不変性と準周期的境界条件を課した上で、可能な力学的運動量の各値に対して極小エネルギー状態の満たす波動方程式を厳密に解いた。この系の状態空間は重心運動を定める部分空間cmと相対運動を表す部分空間r1とに分解される。cmの構造は大域的ゲージ不変性から殆ど一意的に定まり、その結果CSゼロモードはcmにのみ含まれその依存性は重心座標との特別な線形結合の形でしか現れない。一方系の動力学的情報はr1の方に含まれ、それがエニオンの特異ゲージ変換によりボゾン化した波動関数を与える。このことは、2粒子交換に関してはそれが輪環面上のクニズニク・ザモロヂコフ方程式を満たすこと、又輪環面の非可縮な閉曲線に沿った大域的平行移動に関してはこの模型に対応した輪環面上の組み紐群BN(T2)の表現を具体的に構成することにより確かめられる。特に後者に関しては以下の事実が重要である。即ちCSゼロモードにより定義されcm内で重心座標の平行移動を生成するウィルソンループ演算子の代数がBN(T2)の平行移動の生成子の満たす基本関係式と同形なこと、及びcmr1のテンソル積によりボゾンの全波動関数が単一成分になるべきことである。これらの事実からr1に大域的平行移動に関するBN(T2)の非自明な構造が生成される。この様にして大域的ゲージ共変で単一成分のボゾン波動関数と大域的ゲージ不変で多成分のエニオン波動関数との関係が明確にされ、我々の模型が輪環面上の3種類の自由エニオン系に等価なことが確かめられた。この等価性は任意のコンパクトで向き付け可能な2次元面上に一般化できる。更に我々の解析の結果エニオンの質量が統計荷と線形関係にあることが予想され、このことは特に一定の統計因子を持つ同種粒子系は同一質量を持つという当然の事実の間接的証明にもなっている。外部磁場下ではこの模型の基底状態は(mmn)-型ハルペリン波動関数で表されるが、電子間相互作用が堅芯斥力なため非圧縮性は現れず、FQHEへの応用という観点からはこの模型は不十分である。但しエニオンの密度がlよりも大きい尺度で一様等方的になるための条件からその場合の充填因子をU(1)CS係数により定め、この模型のエニオンと2重層系における素励起との対応を量子数の比較により決定した。

 次に2重層系のFQHEの低エネルギー有効理論の構築を試み、特に上の模型では扱えなかった電子間相互作用や層間トンネル効果の影響を調べた。従来のFQHE有効理論は基本変数としてボゾン化電子場を採り、電子に貼り付いたCS束と外部磁束が相殺しフラストレーションの無くなる平均場自由ボゾン極限で、ボゾン化電子がボーズーアインシュタイン(BE)凝縮を起こすという描像で構成される。これに対し我々は基本的な描像は同じ観点を採るが変数としてボゾン化電子場を採らず、物理的意味が明確な観測可能量である集団変数を用いて集団場解析法を展開した。この方法の利点は微視的模型から系統的に有効理論を構成できるので、結果として得られる集団座標で書かれた波動汎関数と微視的変数で書かれた量子力学的波動関数との対応が明確なことである。層間トンネル効果が無視できる場合各層内の電子数は保存し、従来の集団場解析法がそのまま適用できる。この場合の集団変数は各層の電子の密度と位相からなり、上の微視的模型は電子間相互作用を含めてもこれらの量を用いて完全に書き直せる。強磁場極限では全ての電子が各層の最低ランダウ準位に入るため、この拘束条件から集団座標による波動汎関数は露に解けて、それはハルペリン型波動関数に対応することが分かる。更にこの拘束条件を用いて準粒子励起に対応する波動汎関数及びその量子数、階層構造を含めたホール流体状態の充填因子の値等の静的情報も得られる。電子間クーロン相互作用の影響による動的情報は平均場的描像の下で集団変数を半古典的に扱って計算した。この解析法は凝縮と可干渉性を伴う系に対しては有用で無矛盾であり、FQHEに関して我々が基づく描像では自然な解析法である。これにより基底状態の回りの長波長密度揺らぎの分散関係やその相関関数を計算した。実際には計算過程で最低ランダウ準位の拘束条件を正しく考慮していないため得られた結果は必ずしも有意ではないが、層間の位相差に対応するモードに関してはある程度正当化できる。特に重要なのは(mmm)-型ホール流体状態が基底状態として実現する場合で、このときSU(2)d対称性は大域的だが基底状態はそれを自発的に破り、それを反映して層間の位相差に対応する励起モードのスペクトルは線形分散を示す。この線形性は電子間クーロン相互作用が多体効果により遮蔽されても存続し、従って特に層間トンネル効果が生じる場合このモードに関して興味深い現象が予想される。そこで次に層間に無視し得ないトンネル効果が起きる場合を解析した。我々はその寄与を層間のホッピングハミルトニアンHhopにより記述したが、この項はSU(2)d対称性を露に破り各層内の電子数は可変になるため、従来の集団場解析法が適用できなくなる。そこでこの場合においても適用できる様に集団場解析法を一般化した。集団場解析法の定式化で重要な点は集団座標をどう定義するかということと、それによって表示される状態空間をどう構成するかということの2点である。我々はボゾン化電子場の双線形形式からなる集団場演算子を定義し、それが満たす代数を利用して集団座標及び集団変数を定めた。それによるとこの場合においても集団変数は各層の電子の密度と位相からなる。又状態空間は擬スピンを力学的変数と見なした全波動関数を基に構成でき、その結果各層の電子数を固定したときの各状態空間の組合せ論的因子を伴った線形結合で表されることが分かった。これらの結果に基づき層間トンネル効果が存在する場合の2重層系FQHEの有効理論を集団変数を用いて表すことに成功した。特に集団変数で表示したHhopをハルペリン型波動汎関数に直接作用させることにより、それが電子の層間遷移をうまく記述していることを確認した。そこで再び平均場的描像に基づき半古典的取り扱いでこの有効理論を解析すると、系の静的基底状態は上層と下層とでボゾン化電子の位相が揃った一様等方な流体状態となり、その回りの長波長密度揺らぎの内特に層間の位相差に対応するモードの分散関係には赤外極限でギャップが生ずる。層間トンネル効果が弱くこのギャップが他の重要なエネルギー尺度、例えばマグネトロトン極小より小さい場合、このモードが系の低エネルギー現象を支配し、その帰結として系の動的現象を考えた場合層間にジョセフソン効果を生ずるべきファインマンの現象論的方程式系が導かれる。この議論に関しては最低ランダウ準位の条件は重要でなくなり、2重層系のFQHEがSU(2)d対称性の自発的破れを伴うボゾン化電子のBE凝縮であるという描像に我々が基づいていることが本質的である。ところがQH系に対する外界として俊敏に動作する粒子溜めが存在しない限り、ジョセフソン効果の様な現象は実際には現れない。しかしこの系が実効的にはアンモニア分子の様な量子2準位系と等価になっていることから、層間に非定常状態の時間発展による交流電流が発生し、それが巨視的になり得ることを我々の模型は示唆する。

審査要旨

 本論文は、二重層電子系における分数量子ホール効果に対してmulti-species anyon系としての解析を議論したもので、特につぎの二つの方法に基づいている。一つはChern-Simons(CS)ゲージ場と結合するハードコアボゾン系としての取り扱い、もう一つは集団場による低エネルギー有効理論に基づく解析である。

 論文は4章からなり、第1章は歴史的背景と動機、第2・3章が本論で二つの異なった取り扱いをそれぞれで議論し、第4章がConcluding remarkとなっている。

 二層系のmulti-species anyonは、二つのCSゲージ場と結合するハードコアボゾン系として考えることができるが、本論文の第2章では境界状態等の効果を避けるためにこの系をトーラス上で定義し厳密に基底状態の波動関数を求める事をめざした。CSゲージ場は、U(1)および二層の自由度を表すSU(2)d(対角成分のみを考える)の二種類用意する。これらのゲージ場が位相因子を与える事によりanyonが表現される。特にそのlocalな自由度を積分し、ゲージ場の大域的自由度とボゾンの座標を力学変数にとって議論し、基底状態を厳密に求めている。その構造はゲージ場の大域的自由度を表す状態(あるいはCFTの言葉で言えばblockに相当する)とボゾンのHilbert空間の状態の積の和で表される。前者は大域的ゲージ不変性の要請からほぼ一意的に決まる。後者はトーラス上のKnizhnik-Zamolodchikov方程式をみたし、ここにlocalなダイナミックスの情報を含んでいる。

 この構造があらわに導けた事から、トーラス上のBraid群の表現を構成する事が可能になった。即ち、トーラス上の大域的平行移動に対してWilson-loop演算子がみたす代数がトーラス上のBraid群BN(T2)の平行移動の基本関係式と同型であり、またボゾンの波動関数を構成する際に相対運動部分とのテンソル積をとって単一成分にする訳であるがこの過程で相対運動側の表現が決まる。こうして大域的ゲージ共変で単一成分ボゾン波動関数と大域的ゲージ不変で多成分エニオン波動関数との関係がつき、この模型がトーラス上の自由エニオン系に等価である事が確かめられる。これらの構造はより種数の高い2次元面上に拡張可能な一般的な形で与えられている。

 次に第3章で、これらの微視的な理論からの関係が明らかな形での集団場の方法の構成をおこなっている。まず、二層間のトンネル効果が無視できる場合について、Jevicki-Sakitaの方法を一般化した方法を適用し集団場に対する有効理論を構成した。この方法の利点は微視的理論から系統的にかつ直接的に有効理論を構成でき、従って集団場の波動関数ともとの変数による波動関数の関係が明白であるという点にある。実際に強磁場極限では集団場による基底状態の波動関数があらわに解けHalperin型の波動関数に対応していることがわかる。またこれらを用いて準粒子励起に対応する波動関数や階層構造を含めたホール流体状態の充填因子等の静的情報が求まる。更に電子間クーロン相互作用の効果も半古典的取り扱いによって取り入れ、基底状態のまわりでの長波長密度揺らぎの分散関係やその相関関数を具体的に求めている。

 二層間のトンネル効果が無視できない場合については、Hopping termをHamiltonianに導入して解析をおこなっている。これはもとのSU(2)d対称性を破るため従来扱われている集団場の方法では解析は難しいが、ここで開発されている方法(電子場の双線型演算子を用いる)では取り扱いが可能である。これらに基づく半古典的解析の結果、系の静的基底状態は、二層間で位相がそろった一様等方な流体状態になる事がわかり、そのまわりの長波長揺らぎのうち位相差モードの分散関係に赤外極限でギャップが生ずる。低エネルギーではこのモードが重要になり、動的現象を考えると層間のJosephson効果を示すいわゆるFeynmanの現象論的方程式を導くことができる。その結果適当な境界条件のもとでJosephson効果が起こる事を示唆することができた。

 以上のように素粒子の分野で開発された場の理論の手法を一般化し、分数量子ホール効果という具体的物性現象の解析に系統的に適用できるよう方法を開発し、これらの現象の解析に新しい見地を持ち込んだ。さらにJosephson効果に対する分析等具体的な結果も得ており、十分な成果をあげていると判断できる。

 なお、本論文第2・3章の内容は、一瀬郁夫氏との共同研究であるが、特に2章のBraid群の表現の構成、および3章の集団場の方法の開発とJosephson効果の分析等の部分については、論文提出者が主体となって具体的計算及び解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって審査員一同は、本論文が博士論文として合格の評価をされるべき業績と判定した。

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