No | 111557 | |
著者(漢字) | 白鳥,裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シラトリ,ユタカ | |
標題(和) | Sgr B2方向にある希薄な分子雲の化学組成 | |
標題(洋) | Chemistry of Diffuse Molecular Clouds toward Sagittarius B2 | |
報告番号 | 111557 | |
報告番号 | 甲11557 | |
学位授与日 | 1996.01.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第2984号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 星間物質の物理・化学状態については、UV観測から電波観測までの広い波長領域を用いて研究されている。特にDiffuse Cloud(ここでは、Av〜1mag,n(H2)〜数百cm-3Tk〜25-100Kの領域)とDense Molecular Cloud(n(H2)≧104cm-3の領域)については、非常に多くの観測・理論が存在している。Diffuse Cloudの観測は主として、星からの可視紫外スペクトル上の吸収線によって調べられている。それによればこの領域での気相にある元素のほとんどは原子状またはイオン化していて、分子の量は非常に少ない。また、この領域で見つかっている分子は全て2原子分子であるがこのことは可視紫外領域での分子の電子スペクトル線による吸収が主として用いられている事を考えると、必ずしも2原子分子しかないとは言えない。しかし、星からのradiationによる光解離が大きく効いている事を考えれば、あまり大きな分子ができているとは考えにくい領域である。 また水素分子密度がn(H2)≧104cm-3程度の分子雲の化学組成を調べるときには、一部(H2CO,OH etc)を除いては、主として電波領域にある分子輝線を用いて行われている。しかし、電波の輝線で調べれるのは、その分子が励起されうる位の水素分子密度以上(多くの分子ではn(H2)≧104cm-3)でなければ調べる事ができないといった短所を持っている。 これに対して、Diifuse CloudとDense Molecular Cloudの中間領域に当たるDiffuse Molecular Cloud(ここでは電波で吸収で見える密度・温度領域の事をこう定義している。これは密度範囲としてはおよそ数百cm-3≦n(H2)≦104cm-3)の化学組成についての観測は非常に少ない(ただし、COの観測は除く)。このことは、Diffuse Molecular CloudがCO以外の分子のcritical densityよりも低密度な領域であるために、J=0以外の遷移にはほとんど励起されないため、輝線では電波で観測されない事による。このためDiffuse Molecular Cloudは強い連続波源を背景に持つ雲に対して吸収線でしか調べることができない。また、Diffuse Molecular Cloudの化学組成についての観測が非常に少ない、もう一つの理由は、ビームサイズの小さな望遠鏡がなかったことによる(連続波源が点状であるならば、ビームサイズの小さいほど連続波源の輝度温度が高くなり、多くの分子が調べられるようになる)。これまでのDiffuse Molecular Cloudについての一般的な見解は、「化学的な変動はない」というものであった。しかし、これは観測例が少ないうえにSN比も不十分なもの(吸収線の線強度は一般的に弱い)に基づいた意見であり、あまり信頼性が高いとは言えなかった。なぜならば、理論的にはこの領域で多くの分子が異なる増え方で急激に増えることを予想している。又、Miyawaki et al.(1988)はW49方向のDiffuse Molecular Cloudの精度のよい観測をすることによって、CS分子の存在量が他の分子とは異なった振舞いをすることを観測的に示している。しかし残念ながら、Miyawaki et al.(1988)は、観測したDiffuse Molecular Cloudが2個しかなく、十分に統計的に意義のある結果ではなかった。 今回はSgr B2方向のDiffuse Molecular Cloudを小さなビームサイズ(野辺山45m望遠鏡)で精度のよい観測をした結果が出た(Greaves et al.1992)のを受け、Diffuse Molecular Cloud内でのSiOの化学を調べるためにSiOの2本の遷移と2本の同位体での観測を行なった。観測は野辺山宇宙電波観測所の45m鏡を用いて行ない、観測した分子線は28SiO J=1-0(43.423798GHz),29SiO J=1-0(42.87985GHz),28SiO J=2-1(86.846998GHz),H13CO+J=1-0(86.754330GHz)の4種類であった。更に、野辺山45m鏡によるline survey dataのうち、8GHz〜50GHz,75GHz〜114GHzの周波数のうち、これまでに観測がなされている約75%の周波数帯中に含まれる吸収線を全て解析した。吸収線は全部で12分子・32遷移が認められた。それらの分子を使ってDiffuse Molecular Cloudの物理量を求めるとともに、分子のabundance同士の比較を行った。これだけ多くの分子を使って、Diffuse Molecular Cloudで分子のabundanceがどの様に変化しているかを観測的に明らかにしようとしたのはこれが始めての試みである。 我々が 今回、Sgr B2の手前の雲を選んだのは次の理由による。 (1)Sgr B2は、銀河系内で最も強い連続波源の一つであり、非常に多くの分子が連続波源を背景とした吸収としてみることができる。 (2)Sgr B2の手前には、手前のDiffuse Molecular Cloudによると思われる吸収がいくつか見え、これらの雲同士のchemical abundanceを考えるならば、Diffuse Molecular Cloud Chemistryを統計的に処理することができる。 (3)Sgr B2は銀河中心部近くに位置するため、太陽系から銀河中心部までのいろいろな場所にあるDiffuse Molecular Cloudをsamplingすることが出来る。 まずどの速度(Vlsr)に対応するDiffuse Molecular Cloudを解析したかであるが、これについてはCS J=1-0での吸収の底(全部で7ヶ所)と、更に、SiOとH13CO+の吸収が強い箇所の全部で9ヶ所を選んでいる。Whiteoak and Gardner(1979)に従うならば、各々は次のfeatureに対応していると考えられる。 ・+22,+3km/s;銀河中心外領域の雲 ・-20,-28km/s;銀河中心(Sgr A)から4.5kpcにある雲 ・-42,-46km/s;銀河中心(Sgr A)から3-4kpcにあるexpanding armの前後の低密度部分 ・-76,-92,-102km/s;銀河中心核付近の分子雲Disk 次に雲の運動温度をCO,NH3より求め、水素分子密度をCS,SiOのLVG計算より求めた。それによれば水素分子密度は102-4×102cm-3,Avは1.3-4.1mag,雲の大きさは大体0.05-0.21pcとなった。ただしCOより求めた運動温度は12.7-13.7K,一方NH3より出した運動温度は24-30Kと大きく異なる値となったが、ビームダイリューションの効果等を考慮するとこのあいだくらいの運動温度と考えられ、以上よりDiffuse Molecular CloudはDiffuse Cloudよりもほんの少しだけ密度が高い位の領域であり、その物理特性はDiffuse Cloudに近い事が分かった。このことはDiffuse Molecular Cloudの分子のabundance ratioがDense Molecular CloudよりもDiffuse Cloudに近い事で裏付けられる。Diffuse Molecular Cloudには、もっと低密度または高密度領域からの混入や、密度勾配による影響があるかも知れない。しかし、Diffuse Cloud〜Diffuse Molecular Cloud領域での密度勾配は1-2 orderの密度差が数-数+pcに渡って広がっているわけだから、Dense Molecular Cloudに比べてずっと小さい。また、後でふれるように、Diffuse Molecular Cloudよりも低密度の領域では、3原子分子以上の分子は、ほとんどできていず、また、より高密度からの混入は、H2COの吸収との吸収との間にずれがみられるように、高密度領域の励起温度は、continuum levelに近くなっていると考えられる。このため、低密度領域・高密度領域からの混入はあったとしても小さいと考えられる。以上より、これから出す物理量は主としてDiffuse Molecular Cloud内からの平均値を表わしていると考えてよい。 最後に分子同士の相関を調べた。この時、分子のabundanceについてはcolumn densityとV・Tmbの両方によって相関を調べたところ,13CN,H13CN,HN13C,HC3N,NH3,SiOは1つのグループ(Group A)として考えて良いくらい互いに正の相関を示すのに対して、C34S,SO,C18O,SO,CH3OHは互いに正の相関を示しながらも、先のグループとは相関を示さないことから、もう一つ別のグループ(Group B)と考えられることがわかった。 また,Group Aの分子はAv〜1.5-1.8magでピークを迎えながらもその後,減少していくのに対して,Group Bの分子はAvの増加と共に増え続ける傾向があることがわかった。 この要因は、Diffuse Molecular Cloudの物理状態がDiffuse Cloudのそれに近い事を考慮するならば、雲の間での密度そして温度の差及びtime evolutionの差は、UV量の違いほど雲毎の分子の相関の違いを生み出すのに有効に働かないと考えられる。特にHCNH+の電子との再結合反応はCN,HCN,HNC,HC3Nと言った分子が相関を示すのに関係しているようである。一方,CS,c-C3H2,CH3OHは同じイオンを出発物質として持つことから,互いに正の相関を持つことになったと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は、銀河系の中心近くに位置する強い電波源Sgr B2(いて座B2)を背景として、太陽系との間に位置する希薄な星間分子雲を、12種の分子の32にのぼる遷移の吸収スペクトル線として検出し、それらの定量的解析にもとづいて希薄な星間分子雲中での化学反応について考察したものである。 全体は要旨に続く7つの章からなる。 第1章では、研究の背景としての星間物質、特にその化学的側面に関する過去の研究がレビューされる。 第2章では国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を用いたデータ取得の方法と経緯が記述され、第3章では実際に取得されたSgr B2方向のマイクロ波およびミリ波スペクトルのデータが示される。そこに現れた、銀河系中心付近と太陽系の間に存在する希薄な分子雲に起因する吸収スペクトル構造が、12の分子種に起因する32の遷移について同定され、それらの輝度および吸収線幅がまとめられている。このデータは、観測された分子種の多さの点で過去の同種の観測をはるかに凌駕するものである。 続く第4章では、このデータにもとづき、まず吸収線を形成している分子ガスの物理状態、具体的にはガスの運動温度とガスの主成分である水素分子の密度、そして分子雲外より侵入する星間紫外光がどれだけ遮断されているかを示す星間減光量を推定している。温度の推定はCO分子輝線およびNH3分子吸収線を用いる二つの独立な方法で行い、前者では12.7-13.7K後者では24-30Kと矛盾する結果が得られたが、前者の方法ではCO分子の自己吸収効果が結果に大きく影響していることを見いだし、後者の結果を採用することとした。密度は、SiOおよびCS分子のそれぞれ二つの回転エネルギー準位の占有確率がガス中での衝突励起によりボルツマン分布に近づく度合いを、大速度場近似によるスペクトル線形成の数値モデルシミュレーションを仲介して観測から推定し、それに対応する密度として(1-4)×102cm-3を得た。 第5章では、第4章の結果を用いながら12種の分子の存在度、具体的には12C16Oに対する個数密度の比を推定する。存在度の相互相関の解析により、観測された分子種がAグループ(13CN,H13CN,NH3,H13CO+およびおそらくHN13C,HC3N)とBグループ(C34S,C3H2およびおそらくSO,CH3OH)に分類できることを見いだした。これらの二つのグループ同士では存在度に相関が見られない。さらに、いくつかの分子種は星間減光量と特徴的な相関を示すことを見いだした。すなわち、ある種の分子(13CN,H13CN,HC3N,NH3)では星間減光量1.8等付近でその存在量が最大となりそれ以上星間減光量が増えるとかえって減少するのに対し、別の種類の分子(C18O,SO,CH3OHおよびおそらくC34S,C3H2)では星間減光量とともにその存在量が単調に増加することである。 上二章における解析結果は、希薄な分子雲におけるガスの物理状態と、その中の各分子種の存在度の情報を、かつてない多数の分子について与えている。第6章では、これらの情報を総合的に関係づけながら、他の種類の星間分子雲、すなわちさらに希薄な主に原子状態のガス雲や星間紫外光が透過する分子雲、そして高密度の暗黒星雲などとの比較を行っている。この結果、上述の二つのグループに分かれることは、化学反応連鎖の出発点が異なること(AグループはHCNH+であるのに対しBグループはCH3+)が原因であると結論した。しかし、その場合に予想されるNH3とCNの存在量の逆相関が見られない点は未解決の問題であり、今後の研究を待たなければならない。 最後の第7章には論文全体の結論がまとめられている。 本研究は、これまであまり進んでいなかった希薄な分子雲中の化学の観測的研究に対して、一つの方向付けをするものとして評価できる。特に、かつてないほどの豊富なデータに裏付けられた分子種のグルーピングは、今後の同種の研究において一つの基準となるであろう。他方、化学反応そのものが他の物理状態にある星間雲に比べてどのように異なるかという点では、本論文の結論は必ずしも最終的なものとは言えない。しかしこれは、この分野の研究が比較的初期の段階にあることを考えればある程度やむを得ないことである。 なお、本研究は、その主要部分において森本雅樹氏、亀谷 収氏、川口建太郎氏、S.J.Greaves氏、G.J.White氏、石川晋一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータの収集および解析を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上の理由により、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53893 |