学位論文要旨



No 111559
著者(漢字) 村岡,正敏
著者(英字)
著者(カナ) ムラオカ,マサトシ
標題(和) IV型コラーゲン分子構造並びに会合体構造の多様性
標題(洋) Multiple structures of type IV collagen molecules and their aggregates
報告番号 111559
報告番号 甲11559
学位授与日 1996.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博総合第67号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 助教授 大隅,良典
 東京大学 助教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 豊島,陽子
内容要旨 1.序説

 基底膜は元来、細胞と結合組織の境界に存在する薄い層状の細胞外マトリックス組織として発見されたものである.このような組織は、上皮細胞、血管内皮細胞の直下等、様々な臓器、組織中にみられる.基底膜は非常に薄く、多くの場合厚さ約50から200nm程度である.基底膜はこの薄さ故に物理的単離が困難であり、また固相を形成していることから、構成成分を抽出し分析する事は容易ではない.これに対し基底膜の構成成分の解析に大きく寄与したのが、基底膜様の細胞外マトリックスを大量に産生するマウスの腫瘍(EHS腫瘍)の発見であった.この腫瘍組織から構成成分として、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)等が単離精製されている.またこれらの構成成分に対する抗体が、多くの基底膜と結合する事が示され、上記成分が基底膜の主要構成成分であると考えられるようになっている.これらのEHS腫瘍から抽出された構成成分については、その分子、会合体構造の解析が行われている.現在考えられている基底膜の構造と機能は、主にこれらの知見を基にしている.ただし、基底膜は、多種多様な組織に存在することから、組織特異的な役割を担っていることが予想されている.このことから、構成成分の分子、会合体構造が、組織により異なっていることも十分に考えられる.しかし、現在までのところ基底膜の構造を直接解析する方法がない、また多くの基底膜はそこから構成成分を抽出することさえ困難であるといった理由から、構造に多様性があるか否かについて、その手がかりすらほとんど得られていない.

 以上のような背景から本学位論文では、基底膜の構成成分のうちIV型コラーゲンに焦点を当て、その構造についての新たな情報を得る事を目的とした.出発材料としては、レンズの周囲に位置する基底膜であるレンズカプセル(牛)を用いた.まず、レンズカプセルから様々な方法でIV型コラーゲンを抽出し、その分子構造、特にポリペプチド鎖の大きさを検討し、EHS腫瘍の場合と比較した.その結果、レンズカプセル中には、EHS腫瘍中にはみられない、培養細胞から分泌直後(プロコラーゲン)のものより小さいサイズのポリペプチド鎖が存在する事が認められた.また、このサイズのポリペプチド鎖はプロコラーゲンのポリペプチド鎖の一つと同一遺伝子産物である事が示唆された.このことは後に、岩田等が行った牛IV型コラーゲン1鎖に対するモノクローナル抗体を用いた実験により確認されている.更にこの実験の過程で、牛レンズカプセルから抽出したIV型コラーゲンが、グアニジン塩酸並びに還元剤存在下で会合し、ゲル化する事が認められた.基底膜はゲルであると考えられることから、この条件で得られるゲル中のIV型コラーゲンの会合状態は、基底膜中の状態を反映していることが予想される.そこでこの会合状態に関する情報を得るため、ゲル化する条件について検討した.

2.牛レンズカプセル中のIV型コラーゲンのポリペプチド鎖の大きさ.

 EHS腫瘍から、酢酸により抽出されるIV型コラーゲンのポリペプチド鎖は、培養系で細胞から分泌された直後にみられる大きさ(185k,170k)のものと、それより小さい大きさ(160K,140K)のものが認められる.一方、中性条件で抽出した場合は、185kと170kの大きさのものしか認められない.また、中性条件で抽出したIV型コラーゲンを酢酸中で保存すると160kと140kの大きさのものが生じる.これらのことから、EHS腫瘍中のIV型コラーゲンのポリペプチド鎖の大きさは、細胞から分泌直後にみられる大きさのものであり、それより小さいサイズのものは、抽出時の分解物であると考えられている.本研究において、牛レンズカプセルから酢酸によりIV型コラーゲンを抽出した場合、細胞から分泌直後にみられる大きさ(180k,175k)のポリペプチド鎖に加え、160kの大きさのポリペプチド鎖が認められた.この160kのポリペプチド鎖は、EHS腫瘍のものと同様に抽出時の分解物である可能性が考えられる.そこでまず3種類のポリペプチド鎖の由来を検討するために、CNBrペプチドマッピング並びに、2次元目に尿素を含むアクリルアミドゲルを用いた2次元のSDS-PAGEを行った.その結果、180kと160kのポリペプチド鎖は同一遺伝子由来であり、175kポリペプチド鎖は他の二つとは異なる事が示唆された.この事から、160kのポリペプチド鎖は180kのポリペプチド鎖の分解物である可能性が考えられた.しかし、本研究により1)牛レンズカプセルから中性条件で抽出されたIV型コラーゲンも酢酸抽出のものと同様に180k、175k、160kの3種のポリペプチド鎖が認められ、量比についても両者に大きな差は認められなかった.2)酢酸抽出により得られたIV型コラーゲンをそのまま酢酸中で保存した場合、時間経過による3種のポリペプチド鎖の量比の変化は認められなかった.3)上記のようにポリペプチド鎖の大きさと量比を検討する場合、サンプルを80℃で加熱処理した後、SDS-PAGEを用いて分析している.熱による分解を検討するため、加熱時間による3種類のポリペプチド鎖の量比の変化を検討した結果、2時間以内の加熱の範囲では差は認められなかった.4)酢酸抽出物にSDSを添加し、中和後還元剤を加え加熱せずにSDS-PAGEを行うと、160kポリペプチド鎖のみ検出される.同様な処理を行い、還元剤添加後遠心分離し、上清と沈査を分け、加熱後SDS-PAGEを行うと、160kポリペプチド鎖は上清中に、180k、175kポリペプチド鎖は沈査中に検出される.このことは、160kポリペプチド鎖が、SDS-PAGEの過程で生じた人工物ではない事を示している.また、この結果から160kポリペプチド鎖が他の二つのポリペプチド鎖とは会合状態が異なることが示唆される.以上の事から、牛レンズカプセル中から抽出された160kポリペプチド鎖は、180kポリペプチド鎖の分解物ではないと考えられる.すなわち、牛レンズカプセル中には、EHS腫瘍中とは異なり、細胞から分泌された直後にみられる大きさより小さいサイズのIV型コラーゲンポリペプチド鎖が存在する事が示された.

3.レンズカプセル由来IV型コラーゲンのゲル化

 IV型コラーゲンの生体内での会合体構造を推定していくために、EHS腫瘍から抽出されたIV型コラーゲンを生理的条件下で再会合させる実験が行われている.これによりIV型コラーゲンが網目状の会合体構造をとることが観察されている.また、EHS腫瘍からのurea抽出物が、生理的条件下でゲル化する事も報告されている.このゲル中には、IV型コラーゲン、ラミニン、HSPG等が含まれており、これらの成分が一定の比率で会合する事が予想されている.一方、本研究において、牛レンズカプセル由来のIV型コラーゲンが、2Mグアニジン塩酸、ジチオスレイトール存在下でゲル化する事がみとめられた.このIV型コラーゲンは、牛レンズカプセルから酢酸による抽出を行った後、DEAE-sephacel、並びに分画分子量30万の透析膜を用いて、精製したものである.この精製物は、抗IV型コラーゲンポリクローナル抗体によるウエスタンプロッティング、並びにアミノ酸分析により、IV型コラーゲン以外のタンパク質の混入は少ない事が確認されている.このIV型コラーゲンのゲル化は、2Mグアニジン塩酸存在下でも、非還元条件では生じない.また還元条件下においても、グアニジン塩酸のゲル化至適濃度は1.5-2.5Mであり、それ以上あるいは、それ以下ではゲル化はみとめられない.これらの事からゲル化に伴うIV型コラーゲンの会合は、IV型コラーゲンのコンフォメーション変化、あるいは抽出精製後も保持されていたIV型コラーゲンの会合が部分的に壊される事により、IV型コラーゲン中の隠れていた結合部位が露出された結果生じる事が予想される.ただし、CDスペクトルの測定により、2Mグアニジン塩酸、還元剤存在下でもIV型コラーゲンの3重らせんは保持されている事がみとめられた.一方、熱処理により3重らせん構造を壊した場合は、ゲル化がみとめられない.このことは、ゲル化に3重らせん構造が必要である事を示唆している.上記で示したゲル化の条件は、生理的条件とは極めて異なっており、この条件で生じるIV型コラーゲンの会合体構造は、今までに報告されているものとは異なっていることが予想される.

4.考察

 基底膜は多種多様な組織に存在し、組織の構造の維持のみならず隣接する細胞の機能を制御していると考えられている.分子レベルでは、細胞膜に存在する細胞外マトリックスレセプター、インテグリンが基底膜の構成成分に結合する事により、細胞に情報を伝える.あるいは、細胞機能を制御するサイトカインが、基底膜と結合する事により、濃度あるいは活性を変え、細胞に与える効果を変える事が予想されおり、またそれを裏付ける証拠が得られつつある.このことから、多様な組織に存在する基底膜が、それぞれの組織中の細胞にその役割に応じた情報を与えていることが予想される.この組織特異的な情報は、基底膜中の構成成分の存在状態が組織により異なる事に起因すると考えるのが妥当であろう.構成成分の存在状態の多様性の要因としては、組織特異的な分子の存在が考えられる.一方、同一遺伝子産物であっても、分子更には会合体構造が組織により異なり、それにより基底膜の機能が多様化している事も予想される.基底膜はいくつかの構成成分が会合した状態で存在し、機能している事から、後者の可能性は十分に考えられる.ただし序説で述べたように、ほとんどの基底膜についてその構成成分の分析は困難であり、これらの可能性についてほとんど検討されていない.これに対し本研究により、1)IV型コラーゲンのプロコラーゲンの大きさより小さいサイズのポリペプチド鎖を豊富に含む基底膜(牛レンズカプセル)と、その大きさのポリペプチド鎖が存在しない(存在するとしても検出できない量である)基底膜(EHS腫瘍)が存在する.2)グアニジン塩酸並びに還元剤存在下で、それらの試薬非存在下では隠されていたIV型コラーゲンの結合部位が露出し、IV型コラーゲンが会合可能になる.すなわち、その結合部位が隠れているか否かにより、IV型コラーゲンが会合状態を変えうる.という2つの事が示された.これらのことは、同一遺伝子産物が多様な分子、会合体構造を持つ事により基底膜に多様性が生ずるという可能性について、IV型コラーゲンが、実際にその能力を持つ事を明確に示したものである。

審査要旨

 本論文は、基底膜の主要構成成分であるIV型コラーゲンの分子並びに会合体構造を明らかにすることを目的として、眼のレンズの周囲に存在する基底膜であるレンズカプセルから抽出したIV型コラーゲンのポリペプチド鎖の大きさ、並びにIV型コラーゲンが再構成してできるゲルについて調べた結果をまとめたものである。一章では、本論文の研究が行われる以前に得られていたIV型コラーゲンの分子、並びに会合体構造についての知見とそこから提起される問題が指摘され、それらをふまえた本論文の研究の目的が述べられている。二章では、様々な条件による牛レンズカプセルからのIV型コラーゲンの抽出等の実験により、本研究以前に考えられていたIV型コラーゲンポリペプチド鎖より小さいサイズのポリペプチド鎖が牛レンズカプセル中に存在することが示されている。三章では、IV型コラーゲンが自己会合することによりゲルになる条件が検討されており、そこから推測されるゲル中でのIV型コラーゲンの会合状態について考察されている。四章では、二、三章の結果並びにそれ以前の知見をふまえた上で、IV型コラーゲンの分子、並びに会合体構造に多様性が存在する可能性が指摘されており、更にそのことが基底膜の機能にどのように関与するかが考察されている。

 基底膜は細胞と結合組織の境界に存在する厚さ約100nm程度の薄い層状の細胞外マトリックス組織である.このような組織は、上皮細胞、血管内皮細胞の直下等、様々な臓器、組織中にみられる。基底膜はその薄さ故に物理的単離が困難であり、また固相を形成していることから、構成成分を抽出し分析する事は容易ではない.これに対し基底膜の構成成分の解析に大きく寄与したのが、基底膜様の細胞外マトリックスを大量に産生するマウスの腫瘍(EHS腫瘍)の発見であった.この腫瘍組織からIV型コラーゲンは単離精製されている.またこのIV型コラーゲンに対する抗体が多くの基底膜と結合する事から、IV型コラーゲンが基底膜の主要構成成分であると考えられるようになっている.EHS腫瘍から抽出されたIV型コラーゲンについては、その分子、会合体構造の解析が行われている.現在考えられているIV型コラーゲンの構造と機能は、主にこれらの知見を基にしている.ただし、基底膜は、多種多様な組織に存在することから、組織特異的な役割を担っていることが予想されている.このことから、IV型コラーゲンの分子、会合体構造にも組織特異性が存在することも十分に考えられる.しかし、現在までのところ基底膜中のIV型コラーゲンの構造を直接解析する方法がない、また多くの基底膜はそこから構成成分を抽出することさえ困難であるといった理由から、構造の組織特異性に関しては、その手がかりすらほとんど得られていない.

 本論文では、一章において以上のような背景を述べた上で、IV型コラーゲンの分子、会合体構造について新たな情報を得る必要性を指摘している。そのための一つの方法として、比較的物理的単離が容易な基底膜であるレンズカプセル(牛)を出発材料にし、そこから抽出されるIV型コラーゲンの性状を詳しく解析し、今まで得られていた知見と比較検討することを挙げ、二、三章において、実際に行った実験結果並びに考察を述べている。

 二章では、牛レンズカプセル中のIV型コラーゲンのポリペプチド鎖の大きさを検討している。

 EHS腫瘍を用いた研究から、組織中に存在するIV型コラーゲンのポリペプチド鎖の大きさは、細胞から分泌直後にみられる大きさのものであると考えられている.一方、本研究において、牛レンズカプセルから酢酸によりIV型コラーゲンを抽出した場合、細胞から分泌直後にみられる大きさ(180k,175k)のポリペブチド鎖に加え、それより小さい160kの大きさのポリペプチド鎖が認められた。3種類のポリペブチド鎖の由来を検討するために、CNBrペプチドマッピング並びに、2次元目に尿素を含むアクリルアミドゲルを用いた2次元のSDS-PAGEが行われ、その結果、180kと160kのポリペプチド鎖は同一遺伝子由来であり、175kポリペプチド鎖は他の二つとは異なる事が示唆された.この事から、160kのポリペプチド鎖は180kのポリペプチド鎖の分解物である可能性が考えられた.しかし、1)中性条件で牛レンズカプセルから抽出されるIV型コラーゲンのポリペプチド鎖の大きさの検討、2)酢酸中での保存による分解の可能性の検討、3)熱による分解の可能性の検討が行われ、いずれも160kのポリペプチド鎖が分解物ではなく組織中に存在することを示す結果となった。更に、酢酸で抽出されたIV型コラーゲンのなかで、180k、175kポリペプチド鎖が会合を保っているのに対し、160kポリペプチド鎖のみがポリペプチド鎖に解離する条件が見いだされ、遠心により160kポリペプチド鎖と他の二つのポリペプチド鎖を分離することに成功している。この結果は、160kポリペプチド鎖が他の二つのポリペプチド鎖とは、会合体中での存在状態が異なることを示すと共に、160kのポリペプチド鎖が前記の3つの検討の際に用いられたSDS-PAGEという方法による人工物でないことをも示している。以上の事から、牛レンズカプセルから抽出された160kポリペプチド鎖は、180kポリペプチド鎖の抽出時の分解物ではないと考えられる.すなわち、牛レンズカプセル中には、EHS腫瘍中とは異なり、細胞から分泌された直後にみられる大きさより小さいサイズのIV型コラーゲンポリペブチド鎖が存在する事が示された.

 三章では、レンズカプセル由来のIV型コラーゲンのゲル化について検討されている。

 IV型コラーゲンの生体内での会合体構造を推定していくために、EHS腫瘍から抽出されたIV型コラーゲンを生理的条件下で再会合させる実験が行われている.これによりIV型コラーゲンが網目状の会合体構造をとることが観察されている.また、EHS腫瘍からのurea抽出物が、生理的条件下でゲル化する事も報告されている.このゲル中には、IV型コラーゲンと共に他の基底膜成分も含まれており、これらの成分が一定の比率で会合する事が予想されている.一方、本研究において、牛レンズカプセル由来のIV型コラーゲンが、2Mグアニジン塩酸、ジチオスレイトール存在下でゲル化する事がみとめられた.このIV型コラーゲンは、牛レンズカプセルから酢酸による抽出を行った後、DEAE-sephacel、並びに分画分子量30万の透析膜を用いて、精製したものである.この精製物は、抗IV型コラーゲンポリクローナル抗体によるウエスタンプロッティング、並びにアミノ酸分析により、IV型コラーゲン以外のタンパク質の混入は少ない事が確認されている.このIV型コラーゲンのゲル化は、2Mグアニジン塩酸存在下でも、非還元条件では生じない.また還元条件下においても、グアニジン塩酸のゲル化至適濃度は1.5-2.5Mであり、それ以上あるいは、それ以下ではゲル化はみとめれない.これらの事からゲル化に伴うIV型コラーゲンの会合は、IV型コラーゲンのコンフォメーション変化、あるいは抽出精製後も保持されていたIV型コラーゲンの会合が部分的に壊される事により、IV型コラーゲン中の隠れていた結合部位が露出された結果生じる事が予想される.ただし、CDスペクトルの測定により、2Mグアニジン塩酸、還元剤存在下でもIV型コラーゲンの3重らせんは保持されている事がみとめらた.一方、熱処理により3重らせん構造を壊した場合は、ゲル化がみとめられない.このことは、ゲル化に3重らせん構造が必要である事を示唆している.上記で示したゲル化の条件は、生理的条件とは極めて異なっており、この条件で生じるIV型コラーゲンの会合体構造は、今までに報告されているものとは異なっていることが予想される.

 上記、二、三章をふまえた上で、四章では、IV型コラーゲンの分子、並びに会合体構造に多様性が存在する可能性が指摘されており、更にそのことが基底膜の機能にどのように関与するかが考察されている。すなわち、二章において、細胞から分泌された直後のものより小さいサイズのIV型コラーゲンポリペプチド鎖を豊富に含む基底膜(牛レンズカプセル)と、その大きさのポリペプチド鎖が存在しない(存在するとしても検出できない量である)基底膜(EHS腫瘍)が存在することが示されていること.また三章において、グアニジン塩酸並びに還元剤存在下で、IV型コラーゲンが結合しゲルになることから、IV型コラーゲンには今までに知られていなかった結合形態があることが示されていることを述べている。そして、前者を元にIV型コラーゲンの分子サイズ、後者からIV型コラーゲンの会合状態が、基底膜の組織特異性の一つの要因になる可能性があることを指摘している。更に、細胞外マトリックスの情報を細胞内に伝える細胞膜に存在するレセプター、インテグリン等にも言及し、IV型コラーゲンの分子並びに会合体構造の多様性がインテグリンの結合部位の存在状態に変化をもたらす等により、細胞の機能にも影響を与える可能性があることも予想している。

 以上述べたとおり、本論文は、IV型コラーゲンの分子並びに会合体構造について、生化学的実験手段を用いて研究したものである。現在、基底膜が細胞機能の制御といった生理的に重要な役割を担っていることが明らかになりつつある。その状況の中で、腫瘍組織ではなく、生体中で生理的に機能している基底膜を用いて、基底膜の主要構成成分であるIV型コラーゲンの分子、会合体についての新たな知見を得たことは、基底膜の機能の分子レベルでの解明に大きく寄与するものと評価できる。また、現在組織の役割に応じた細胞の機能発現、更には癌の臓器選択的な転移において、基底膜の多様性がその重要な要因の一つであると考えられている。しかし、現在のところいくつかの組織の基底膜で特異的な分子の存在が示されているのみで、分子レベルにおいて、基底膜にはどのような多様性があり、それが細胞にどのように影響しているのかはほとんど解っていない。これに対し、IV型コラーゲンの分子、並びに会合体構造に多様性がある可能性を実験事実から示したことは、基底膜の多様性の解明に新たな糸口をみいだしたといえる。

 これらの成果により、本論文は博士(理学)の学位に値するものであると、審査員全員が判定した。

 二章は、学術雑誌上にて公表済み、三章は、来年1月に公表予定である。尚、本論文は、中里浩一、林利彦両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、データ収集、解析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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