本論文は、「MOVPE Growth and Optical Properties of Metastable GaP1-xNx Alloys(準安定GaP1-xNx混晶のMOVPE成長と光学特性)」と題し、可視および紫外域でのフォトニクス材料として応用の可能性を有するGaP1-xNx混晶半導体のMOVPE成長(有機金属気相エピタキシャル成長)とその光学的特性に関する研究をまとめたものである。 間接遷移型半導体であるGaPのP原子を部分的にN原子で置き換えたものに相当するGaP1-xNx混晶は、紫外域にエネルギーギャップを有する直接遷移型半導体であるGaNを他方の極限にもつことから、適当な組成を選択することにより可視および紫外域の広いエネルギー範囲にわたるフォトニクス応用が考えられる。しかし、本混晶は、極端な非混和性を有する系であるため従来結晶成長が困難であり、実際に示す性質に関してほとんど知られることがなかった。その一方で、非平衡度の大きい成長方法による準安定混晶の実現可能性や、混晶化における電子エネルギー準位の形成態様など、GaP1-xNx混晶に特徴的な工学的問題が存在している。 本論文の目的は、このような状況を背景として、GaP1-xNx混晶の結晶成長を実現するとともにその光学的性質を実験的に詳細に調べ、GaP1-xNx混晶の結晶成長上の特性と材料物性を明らかにして新しい高機能なフォトニクス材料の開発に寄与するとともに、半導体材料の工学を発展させることにある。 本論文は、5章から成っている。 第1章は、「Introduction(序論)」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。 第2章は、「MOVPE Growth of GaP1-xNx(x<0.04)Alloys(GaP1-xNx(x<0.04)混晶のMOVPE成長)」と題し、MOVPE法によるGaP1-xNx混晶の成長方法および成長上の特性について述べている。成長方法に関しては、N原料として従来一般に使用されているNH3に代えてジメチルヒドラジン(DMHy)を用いたことに特徴があり、その高分解効率のメリットを明らかにしている。成長特性としては、成長層の組成と均一性、表面形態、および成長速度を、成長温度、原料供給速度、原料ガス中のV族対III族比およびN対P比などの成長条件との関係において明らかにしている。とくに、成長温度650℃において、N濃度4%までの混晶を得ることに成功している。 第3章は、「Growth Interruption Study of Solid-Vapor Composition Relationship(固相-気相組成関係の成長中断による研究)」と題し、GaP1-xNx混晶組成の決定要因に関して述べている。まず熱平衡計算にもとづく気相-固相組成関係の解析から、実際に得られたN組成4%までの混晶が熱平衡における固溶限界を超えて実現していることを示し、混晶組成の決定に成長表面における反応系のカイネティクスが本質的役割を果していることを明らかにしている。このような理解に基づき、混晶成長時にIII族原料であるトリメチルガリウム(TMG)の供給を1原子層ごとの成長に対応させて周期的に一次中断する「成長中断法」を成長方法に採り入れ、混晶組成と成長速度、成長温度および成長中断時間との関係を調べた。これらの関係より、成長表面へのN原子の供給と脱離の競合により混晶組成が決定することが明らかにされている。また、この結果から、高いN濃度を得るには、N原子の表面からの脱離を抑制すること、すなわち低い成長温度と速い成長速度が有効であることを明らかにしている。 第4章は、「Optical Properties of GaP1-xNxAlloys(GaP1-xNx混晶の光学的性質)」と題し、GaP1-xNx混晶の光吸収およびフォトルミネッセンスの実験に基づく光学的性質を、混晶組成との関連において明らかにしている。混晶のN濃度の増加とともに、吸収端は低エネルギー側ヘシフトする。またフォトルミネッセンスは、NN対に束縛された励起子およびそのフォノン・レプリカによる多数の発光ピークで特徴づけられるスペクトルが、強度中心を低エネルギー側ヘシフトさせるとともに発光線幅を拡げ、さらにx>1%では単一の広いピークと変化していく様子が初めて明らかにされた。 吸収端および発光ピークの混晶組成依存性は、混晶のエネルギーギャップがGaP近傍ではN濃度の増加とともに小さくなる特異な傾向を反映したものと考えて、それをさらに、混晶のエネルギーバンド計算から確認している。バンド計算は半実験的強結合近似法によっており、Ga-N結合とGa-P結合の共有結合エネルギーおよび極性エネルギーの差異をあらわに考慮するために、V族副格子上でNとPとの3次元的周期構造(超格子構造)を仮定し、x=0.25,0.5,0.75に相当する配列においてバンド構造を示している。バンド計算の結果から、GaP1-xNx混晶においては、P原子とN原子の最外殻p軌道電子エネルギーの大きな差に起因して、エネルギーギャップ対混晶組成の関係に非常に大きいボウイングが存在することが明らかにされている。またこの大きいボウイングに基づき、GaPへN原子を添加した場合にエネルギーギャップが縮小することが説明されている。 さらに、GaP/GaP1-xNx/GaPへテロ構造を作製し、GaP1-xNx層の厚さが10nm以下の場合に量子井戸の性質を示すことをフォトルミネッセンスの測定から示唆している。 第5章では、本論文全体の結論が述べられている。 以上を要約すると、本研究は、可視および紫外域でのフォトニクス材料への応用の可能性を有するGaP1-xNx混晶半導体を、MOVPE成長により従来の固溶限界を越えて実現するとともに、その新物質としての物性を光学的側面に関して詳しく調べている。その中で、GaP1-xNx混晶の成長方法、混晶組成と成長条件との関係、および混晶組成の決定要因など、材料作製上の新しい知見を明らかにしている。さらに、GaP1-xNx混晶における混晶組成とエネルギーギャップの特異な関係を、光学的方法とバンド理論計算の実験および理論の両面から明らかにしている。本研究で得られた新しい知見は、混晶半導体一般の作製および物性の理解においても重要な指針を与えるものであり、物理工学への貢献が大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |