学位論文要旨



No 111564
著者(漢字) 三吉,靖郎
著者(英字)
著者(カナ) ミヨシ,セイロウ
標題(和) 準安定GaP1-xNx混晶のMOVPE成長と光学特性
標題(洋) MOVPE Growth and Optical Properties of Metastable GaP1-xNx Alloys
報告番号 111564
報告番号 甲11564
学位授与日 1996.02.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3535号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 講師 長田,俊人
内容要旨

 ガリウム砒素(GaAs)、アルミニウムガリウムインジウム隣(AlGaInP)等のIII-V族化合物半導体は、半導体レーザ等の光デバイス、またHEMT等の高速電子デバイス用の材料として、今やなくてはならない材料である。最近、半導体レーザや発光ダイオードの短波長化を目指し、V族に窒素を用いる半導体(窒化物半導体)に大きな関心が集まっている。窒化物半導体の代表的存在である窒化ガリウム(GaN)は室温で3.4eVのバンドギャップをもち、紫外用の光学材料として興味がもたれている。さて、このような半導体は単体でも用いることができるが、各種の半導体を様々に組み合わせて混晶半導体にすると、バンドギャップなどの特性を任意に変化させることができるので、半導体としての有用性が増す。窒化物半導体を混晶として用いる研究は、AlGaN等のIII族混晶については色々と行われているが、窒化物と他のV族原子(P,As,Sb)とを組み合わせたV族混晶についてはほとんど研究が行われていない。窒化物のV族混晶の研究は、混晶としての応用の面からも、またGaAs等に比べてはるかに遅れている窒化物半導体そのものの研究の一つとしても、大変有用である。さらに、後で述べるように、窒化物のV族混晶は熱平衡では成長しないと思われており、もしこれが成長できれば、準安定(熱平衡では安定でない)な結晶を如何に作るかという研究も進み、他の準安定結晶の作製にもなにか良い指針を与えてくれることも期待できる。以上のことを踏まえ、本研究では、前述のGaNと、間接遷移型で2.3eVと緑色のところにバンドギャップをもつGaPとの混晶であるGaP1-xNxの成長と評価を行った。

 さて、本研究で取り上げるGaP1-xNxであるが、この混晶について研究した例は現在までのところほとんどない。その最大の理由は、この混晶の成長が非常に困難であるとされてきたところにある。一般に、ある2つの結晶が混晶をつくりやすいかどうかは、その2つの母体結晶の構造と格子定数とがお互いに似ているかどうかで決まる。GaPの結晶は立方晶のzincblendeで、一方のGaNは六方晶のwurtzite構造をもつ。また格子定数も、GaPの5.4512Aに対してGaNのそれは(立方晶に換算して)4.51Aと、約20%も異なっている。このような大きな格子定数差がどのくらい結晶成長に困難さをもたらすかは、他の半導体混晶と比較することで理論的に調べることができる。StringfellowはIII-V族半導体の三元混晶についての混じりにくさを理論的に計算している(G.B.Stringfellow,J.Cryst.Growth 27(1974)21.)。それによると、半導体の混じりにくさ、すなわち2つの半導体が混ざったときに混ざらないときと比べてどのくらいエンタルピーが増大するかを示すパラメータ(相互作用パラメータ)は、2つの母体半導体の格子定数差の2乗に比例する。これから計算すると、GaPとGaNの混晶はたいへんできにくく、700℃では一方の組成が1.3x10-8以下のものしかできないことになる。温度を上げると混晶の自由エネルギーのうちエントロピーの占める割合が増加するので混晶はできやすくなるが、それでも全範囲の組成を作ろうと思うと温度を8800Kまで上げなければいけないという計算になる。以上のようなことから、上記GaP1-xNx混晶を作製するのはたいへん難しいと思われていた。事実数年前までは、GaP中にドーピングした窒素の最高濃度は1.2x1020cm-3で、とても混晶とは言えなかった。しかし、だからといって決して混晶ができないかというとそうではない。なぜなら上記の理論計算はあくまで熱平衡状態での計算であって、熱平衡でないときの(準安定な)混晶の存在までは否定していないからである。最近になって、MBE(Molecular Beam Epitaxy)など熱平衡でない成長方法が進歩したこともあり、電総研のIgarashiがx>0.91のものをCVD(Chemical Vapor Deposition)で(O.Igarashi,Jpn.J.Appl.Phys.31(1992)3791.)、またIllinois大のBaillargeonらがx<0.07のものをMBEで(J.N.Baillargeon et al.,Appl.Phys.Lett.60(1992)2540.)作製することに成功している。本研究では、x<0.04の上記GaP1-xNx混晶を有機金属気相エピタキシー(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy:MOVPE)をもちいて作製し、フォトルミネセンスや光吸収などの手段を用いてバンドギャップなどの光学特性を調べた。以下、内容を順を追って述べる。

(1)GaP1-xNx混晶のMOVPE成長

 MOVPE成長とは、III族原料ガス(有機金属)、V族ガス、キャリアガスと加熱した基板上に同時に供給することによって半導体薄膜を成長する方法である。たとえば、trimethylgallium(TMG:(CH3)3Ga)とphosphine(PH3)とを用いてGaPを作製する反応の式は次のようになる。

 

 MOVPEで混晶を作製するには、それぞれの結晶をつくるためのガスを同時に流してやればよい。本研究では、TMG、PH3、それに窒素原料として1.1-dimethylhydrazine(DMHy:(CH3)2-N-N-H2)を用いることでGaP1-xNx混晶を成長した。成長条件としては、成長温度は600〜700℃、V/III比は20〜220、成長速度は0.3〜5.5m/hourとした。

 まず、作成した試料について、二次イオン質量分析(SIMS)を用いて窒素が実際に結晶中に取り込まれていることを確認した。また、実験結果から、混晶の組成と格子定数について一次の比例関係(Vegard’s law)がよく成り立っていることが分かった。

 次に、作製した混晶の組成が成長条件によってどのように変わるかを調べた。図1はV族原料の供給比を変えたときの窒素組成である。DMHyの割合を増やすことで、約4%までの混晶が成長できていることが分かる。この気相組成-固相組成の関係は成長条件によって異なる。例えば、成長温度が高いほど、(後で示すように)表面からの窒素の脱離が多くなるため窒素組成が減少する。

図1:GaP1-xNx混晶組成のV族原料供給比依存性
(2)準安定な混晶が作製可能である理由の検討

 本来熱平衡では存在し得ない混晶がなぜ成長できるのかを明らかにするために、理論計算、及び成長中断実験を行った。まず理論計算について述べる。

 前述のStringfellowによる理論から計算すると、GaP-GaN系の相互作用パラメータは非常に大きい。しかしここに基板との歪みを考慮すると話が違ってくる。本研究においては、GaP1-xNx混晶をGaP基板上に作製している。混晶は(薄いので)歪んでおり、基板との間に歪みエネルギー(x2)をもっている。このx2に比例する項のために、相互作用パラメータは約1/4に低下する。miscibility gapの下限も、700℃でx=0.028と、本研究で成長している範囲に近づいている。

 次に、気相-固相関係の理論計算を行った。行うに当たっては、各々の原科、反応の中間生成物の間に熱力学的平衡が成り立っていると仮定し、平衡定数から各物質の分圧を計算する、という方法をとった。窒素原料としてアンモニアを用いた場合について計算すると、NH3/TMG=6,000としても、窒素組成は0.0000026にしかならないことが分かった。DMHyについては熱力学データがないので、実験結果とfittingさせるようにパラメータを選んで計算するにとどめた(図2)。

図2:GaP1-xNx混晶組成のV族原料供給比依存性(実験値と計算値)

 さて、以上のように理論計算はできるわけであるが、MOVPE成長は完全に平衡下で行われているわけではないので、このような平衡状態の議論だけで成長の気相-固相比が理解できるとは思えず、何かkineticなプロセスが存在すると考えられる。そのことを確かめるために、成長中に成長中断を行う、という実験を行った。やり方は、図3の右上にあるように、1MLの成長ごとにTMGの供給を止め(V族ガスの供給は止めない)、約1秒程度の成長中断を入れる、というものである。図3に示されているように、成長中断時間を長くすると窒素組成が減少する。成長条件を変えて実験し、解析した結果、これは成長中断中に成長層の表面から窒素が抜けたためとわかった。従って、成長中の窒素の脱離と吸着の競合過程が混晶の窒素濃度をかなりの程度決めていることになる。窒素の脱離は温度が高くなると増加するから、この結果からは成長温度が高くなると窒素組成は減少すると予想でき、前述の窒素組成の成長温度依存性を説明できる。

図3:混晶組成の成長中断時間依存性
(3)混晶のバンドギャップの組成依存性

 本来バンドギャップが2.3eVであるGaPに窒素を加えると、バンドギャップはGaNのギャップに近づく(つまり、大きくなる)はずであるが、Sakaiらの理論計算(S.Sakai et al.,Jpn.J.Appl.Phys.32(1993)4413.)によると、GaPとGaNのバンドラインアップはstaggeredになっており、そのため混晶のバンドギャップは両端の半導体よりも減少し、x=0.5付近では0以下になる。我々は混晶のフォトルミネセンス(PL)スペクトル(図4)及び光吸収スペクトル(図5)を測定し、吸収端の組成依存性から実際にバンドギャップが組成の増加とともに減少していることを明らかにした。吸収測定においては、基板のGaP基板が約100m程度残っている状態で測定しているため、窒素組成の小さい領域では、成長層の吸収と基板の吸収が重なってしまい、吸収スペクトルを得るのが困難になる。こういう領域でのバンドギャップの変化を調べるため、われわれはPL励起スペクトルの測定も行った。スペクトルの立ち上がりが吸収に比例すると仮定し、混晶がGaPと同じ間接遷移だと仮定することで、低窒素濃度領域でもバンドギャップが窒素組成増加とともに減少することを見いだした。PL励起スペクトルから求めたx<1%のバンドギャップは、PL等から求めたx>1%のバンドギャップとなめらかにつながっている。

図表図4:GaP1-xNx混晶のPLスペクトル / 図5:GaP1-xNx混晶の光吸収係数

 以上のように、本研究ではMOVPEを用いて混晶半導体GaP1-xNx(x<0.04)の成長を行い、バンドギャップの温度変化などの光学特性を調べ、また熱平衡では成長できないと思われる本混晶の成長が何故可能になったかについても検討した。本研究を契機として、窒化物のV族混晶の研究が盛んになれば幸いである。

審査要旨

 本論文は、「MOVPE Growth and Optical Properties of Metastable GaP1-xNx Alloys(準安定GaP1-xNx混晶のMOVPE成長と光学特性)」と題し、可視および紫外域でのフォトニクス材料として応用の可能性を有するGaP1-xNx混晶半導体のMOVPE成長(有機金属気相エピタキシャル成長)とその光学的特性に関する研究をまとめたものである。

 間接遷移型半導体であるGaPのP原子を部分的にN原子で置き換えたものに相当するGaP1-xNx混晶は、紫外域にエネルギーギャップを有する直接遷移型半導体であるGaNを他方の極限にもつことから、適当な組成を選択することにより可視および紫外域の広いエネルギー範囲にわたるフォトニクス応用が考えられる。しかし、本混晶は、極端な非混和性を有する系であるため従来結晶成長が困難であり、実際に示す性質に関してほとんど知られることがなかった。その一方で、非平衡度の大きい成長方法による準安定混晶の実現可能性や、混晶化における電子エネルギー準位の形成態様など、GaP1-xNx混晶に特徴的な工学的問題が存在している。

 本論文の目的は、このような状況を背景として、GaP1-xNx混晶の結晶成長を実現するとともにその光学的性質を実験的に詳細に調べ、GaP1-xNx混晶の結晶成長上の特性と材料物性を明らかにして新しい高機能なフォトニクス材料の開発に寄与するとともに、半導体材料の工学を発展させることにある。

 本論文は、5章から成っている。

 第1章は、「Introduction(序論)」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。

 第2章は、「MOVPE Growth of GaP1-xNx(x<0.04)Alloys(GaP1-xNx(x<0.04)混晶のMOVPE成長)」と題し、MOVPE法によるGaP1-xNx混晶の成長方法および成長上の特性について述べている。成長方法に関しては、N原料として従来一般に使用されているNH3に代えてジメチルヒドラジン(DMHy)を用いたことに特徴があり、その高分解効率のメリットを明らかにしている。成長特性としては、成長層の組成と均一性、表面形態、および成長速度を、成長温度、原料供給速度、原料ガス中のV族対III族比およびN対P比などの成長条件との関係において明らかにしている。とくに、成長温度650℃において、N濃度4%までの混晶を得ることに成功している。

 第3章は、「Growth Interruption Study of Solid-Vapor Composition Relationship(固相-気相組成関係の成長中断による研究)」と題し、GaP1-xNx混晶組成の決定要因に関して述べている。まず熱平衡計算にもとづく気相-固相組成関係の解析から、実際に得られたN組成4%までの混晶が熱平衡における固溶限界を超えて実現していることを示し、混晶組成の決定に成長表面における反応系のカイネティクスが本質的役割を果していることを明らかにしている。このような理解に基づき、混晶成長時にIII族原料であるトリメチルガリウム(TMG)の供給を1原子層ごとの成長に対応させて周期的に一次中断する「成長中断法」を成長方法に採り入れ、混晶組成と成長速度、成長温度および成長中断時間との関係を調べた。これらの関係より、成長表面へのN原子の供給と脱離の競合により混晶組成が決定することが明らかにされている。また、この結果から、高いN濃度を得るには、N原子の表面からの脱離を抑制すること、すなわち低い成長温度と速い成長速度が有効であることを明らかにしている。

 第4章は、「Optical Properties of GaP1-xNxAlloys(GaP1-xNx混晶の光学的性質)」と題し、GaP1-xNx混晶の光吸収およびフォトルミネッセンスの実験に基づく光学的性質を、混晶組成との関連において明らかにしている。混晶のN濃度の増加とともに、吸収端は低エネルギー側ヘシフトする。またフォトルミネッセンスは、NN対に束縛された励起子およびそのフォノン・レプリカによる多数の発光ピークで特徴づけられるスペクトルが、強度中心を低エネルギー側ヘシフトさせるとともに発光線幅を拡げ、さらにx>1%では単一の広いピークと変化していく様子が初めて明らかにされた。

 吸収端および発光ピークの混晶組成依存性は、混晶のエネルギーギャップがGaP近傍ではN濃度の増加とともに小さくなる特異な傾向を反映したものと考えて、それをさらに、混晶のエネルギーバンド計算から確認している。バンド計算は半実験的強結合近似法によっており、Ga-N結合とGa-P結合の共有結合エネルギーおよび極性エネルギーの差異をあらわに考慮するために、V族副格子上でNとPとの3次元的周期構造(超格子構造)を仮定し、x=0.25,0.5,0.75に相当する配列においてバンド構造を示している。バンド計算の結果から、GaP1-xNx混晶においては、P原子とN原子の最外殻p軌道電子エネルギーの大きな差に起因して、エネルギーギャップ対混晶組成の関係に非常に大きいボウイングが存在することが明らかにされている。またこの大きいボウイングに基づき、GaPへN原子を添加した場合にエネルギーギャップが縮小することが説明されている。

 さらに、GaP/GaP1-xNx/GaPへテロ構造を作製し、GaP1-xNx層の厚さが10nm以下の場合に量子井戸の性質を示すことをフォトルミネッセンスの測定から示唆している。

 第5章では、本論文全体の結論が述べられている。

 以上を要約すると、本研究は、可視および紫外域でのフォトニクス材料への応用の可能性を有するGaP1-xNx混晶半導体を、MOVPE成長により従来の固溶限界を越えて実現するとともに、その新物質としての物性を光学的側面に関して詳しく調べている。その中で、GaP1-xNx混晶の成長方法、混晶組成と成長条件との関係、および混晶組成の決定要因など、材料作製上の新しい知見を明らかにしている。さらに、GaP1-xNx混晶における混晶組成とエネルギーギャップの特異な関係を、光学的方法とバンド理論計算の実験および理論の両面から明らかにしている。本研究で得られた新しい知見は、混晶半導体一般の作製および物性の理解においても重要な指針を与えるものであり、物理工学への貢献が大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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