No | 111565 | |
著者(漢字) | 上田,郁夫 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウエダ,イクオ | |
標題(和) | 低エネルギー宇宙線反陽子の観測 | |
標題(洋) | An Observation of Low Energy Cosmic Antiprotons | |
報告番号 | 111565 | |
報告番号 | 甲11565 | |
学位授与日 | 1996.02.19 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第2986号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 宇宙線反陽子は宇宙線と星間物質との衝突により二次的に生成されると考えられる。その様な反応では1GeV以下の低エネルギー反陽子の生成は運動学的に制限される。したがって、そのエネルギースペクトルは宇宙線伝播モデルにとって重要であるばかりでなく、超対称粒子ダークマター(ニュートラリーノ)の対消滅やミニブラックホール(原始ブラックホール)の蒸発など未知の現象を探る上で有力で興味深い情報をもたらす。しかしその流束が非常に微小なため、これまでの観測は比較的流束の大きい1-10GeV程度のエネルギー領域に限られており、未知の現象を探る上で最も重要となる低エネルギー領域では、流束の上限が与えられているのみであった。また、宇宙起源の反陽子を観測したとする実験にも、特に質量を求めて反陽子を確実に同定した例はなかった。 我々は低エネルギーの反陽子を観測するため、大気の影響を受けない高空まで超伝導ソレノイド型スペクトロメータを打ち上げて行なう気球実験、"Balloon-borne Experiments with Superconducting solenoidal magnet Spectrometer(BESS)"を1993年および、1994年の二度に渡って行った。BESS測定器(図1)は、薄肉超伝導ソレノイドを使用することによってほぼ均一で広い強磁場と大きな面積立体角を得、その中に置かれたドリフト・チェンバーによって宇宙線粒子の磁気硬度(magnetic rigidity)を精密に測定することを目的として開発されたものであり、反陽子の観測を/p〜10-6程度という未だ到達されていない感度まで一日の飛翔実験で行なうことができる。観測した粒子の識別のためには、粒子の磁気硬度のほか、速度、および物質中でのエネルギー損失(dE/dx)を測定し、それらに基づいて粒子の質量および電荷を決定する。磁気硬度の測定には超伝導電磁石とドリフト・チェンバー、速度とdE/dxの測定のためには測定器の最上部と最下部に置かれたシンチレーション・カウンターを用いる。トリガーは2段階に分けられている。第1段のトリガー(T0トリガー)はシンチレーション・カウンターの信号によって作られ、各測定器の信号のデジタル化を開始する。第2段のトリガー(MTトリガー)はトリガー用ドリフト・チェンバーの信号に基づいて作られ、検出した粒子の電荷の正負を判別して負電荷の粒子を多くとるようバイアスをかけてデータ収集システムを起動し、デジタル化された各測定器のデータを磁気テープに記録する。これは、宇宙線中の大部分を占める陽子、ヘリウムを取り除き、観測対象である反陽子の候補事象をより効率的に記録するためである。また、MTトリガーの効率の測定や、陽子の観測も行なうため、T0トリガーのうち一定の割合で無条件にデータ収集を行なう(T0トリガー・サンプル)。 実験は地磁気による影響が少なくなるよう、北磁極に近いカナダで行なわれた。浮遊高度は36kmに達し、測定器より上空に残存する大気は5g/cm2以下であった。1993年の実験(BESS-93)では実効観測時間(測定器の不感時間を除いた観測時間)8.5時間の間に3.6×106事象、データ量4.8Gバイトを記録し、1994年の実験(BESS-94)では実効観測時間7.3時間で4.8×106事象、8.2Gバイトを記録した。 データの解析に当っては、入射粒子が測定器中の物質との相互作用によって散乱されたり、二次粒子を生成したりした場合に起こり得る粒子の誤認を防ぐため、いくつかの条件を課して事象を選別した。条件を通過した事象について、粒子のシンチレーションカウンタにおけるエネルギー損失、粒子の速度と磁気硬度の分布は図2のようになる。 これらの事象について測定精度を求めると、磁気硬度の測定誤差(1/Rt)、速度の測定誤差(-1)は
となった。したがって、反陽子の事象を-/-/-など負電荷の軽質量粒子のバックグラウンドから、分離して検出し得るのは図2からもわかるように、1-1.5GV程度の磁気硬度までである。粒子識別をするためには、エネルギー損失dE/dxの大きさから粒子の荷電数Zを決定し、これと速度、および磁気硬度Rを用いて質量を計算する。さらに、低エネルギーの反陽子を-/-/-から分離する際には、dE/dxの値が低エネルギーで質量の軽い粒子と異なる事実を用いてバックグラウンドを大幅に減らすことができる。図3に反陽子選別の様子を示す。反陽子に期待される分布の4.5の範囲内で、かつ、=1(質量0)の粒子に期待される分布から4.5以上離れている事象を選び、8事象の反陽子候補を得た。これらの事象を入念に検討した結果、測定器内の物質との衝突反応などによる粒子誤認の形跡はなく、明らかに宇宙線反陽子であることを確認した。大気中、測定器中における物質との相互作用の効果、トリガーと事象選別による検出効率を補正すると、大気の上での反陽子流束、/p比は
となった。誤差の項のうち第一項は統計誤差、第二項は系統誤差である。図4にこの実験結果と、これまでの実験結果、反陽子生成モデルを示す。 この実験で我々は、低エネルギー領域における宇宙起源反陽子の初の観測に成功した。また、これまでの観測とは異なり、質量を用いて反陽子を同定した。したがって、宇宙線中の反陽子の存在を初めて明白に確認したといえる。この測定結果からは、統計精度の不足のため、宇宙線の伝播の標準的なモデルや超対称粒子ダークマターに関しては制限を課すことは出来ないが、原始ブラックホールの蒸発については、その蒸発率Rに対し、
という上限をつけることになる。また、この値をもとに、原始ブラックホールの密度PBHを計算すると、銀河ハローのダークマターの密度がh=0.1のとき、
となる。 | |
審査要旨 | 本論文は、日米一国際共同実験として宇宙起源反粒子探索を目的として、1993年と1994年に行われた気球実験、"Balloon-borne Experiments with Superconducting solenoidal magnet Spectrometer(BESS)"の観測結果をまとめ、宇宙起源の反陽子の起源について考察を行ったものである。その結果、これまでに観測された中でも最も低いエネルギー領域である600MeV以下で、初めて明確な粒子識別(質量測定)を伴った反陽子8イベントの検出に成功した。 宇宙線中の反陽子は、主に宇宙線と星間物質との衝突によって生成されると考えられるが、約6GeV以下の反陽子の生成断面積は、運動学的制限によって急激に低下し陽子に比べ10-5以下に落ち込むと計算される。従って低エネルギー反陽子の観測はこの衝突以外の、例えば原始ブラックホールの蒸発などの生成機構の探索の手段として有効である。また反陽子は、生成されてから後銀河内の物質との相互作用によって、エネルギーを失うので、宇宙線伝搬モデルを調べる為の手段ともなる。 この研究以前には1GeV以下の低エネルギー反陽子の観測には、Buffington et.al.による異常に大きな反陽子の観測(反陽子/陽子-2x10-4)、PBAR(0事象),LEAP実験(1候補事象)による上限値(反陽子/陽子<10-5)という相反する測定があった。それらの観測では対消滅やチェレンコフ光の存否によって反陽子の同定を行っていた。これに対し、本論文の実験では、粒子透過性を高める為工夫された薄肉ソレノイド型超伝導電磁石を使ったスペクトロメーターによる粒子の磁気硬度、粒子の速度、及物質中でのエネルギー損失(dE/dX)を測定することにより、粒子の質量及電荷を決定し、反陽子の同定が大立体角(0.4m2sr)にわたって確実になされたのが特長である。実験は地磁気による影響が少なくなるよう、北磁極に近いカナダで行われた。浮遊高度は36kmに達し、測定器より上空に残存する大気は5g/cm2以下であった。1993年と1994年で合計15、8時間の実効観測時間で行われた。 データ収集では、反陽子の候補事象をより効率的に記録するため、2段階のトリガーで行われた。すなわち第1段はシンチレーションーカウンターによる荷電粒子、第2段はドリフトチェンバーの信号に基ずき電荷の正負をオンラインで判断している。第2段のトリガーの効率は、第1段のトリガーの内から一定の割合で収集されたデータを基に検証されており、反陽子1GeV以下ではほぼ100%と検証されている。 測定量は磁気硬度(Rt)、粒子の速度()、dE/dXで粒子の質量が決定される。測定精度は
またdE/dXによって、約1.1GV程度の磁気硬度以下では、-/-/-が分離出来ている。このdE/dXのデータによって、粒子の荷電数Zが決定される。なお磁気硬度測定の絶対値は、上下のカウンターにおけるdE/dXの測定とシミュレーションから約3%以下と見積もられた。 結果観測された反陽子は、175MeV-350MeVに2事象、350MeV-500MeVに4事象、500MeV-600MeVに2事象であった。なお、これらの事象はdE/dX,質量の他、軌跡の再構成の質などの諸量はすべて首尾一貫している。この結果に対し、大気中、測定器中の物質量の効果、および事象選択に基ずく陽子-反陽子の検出効率を補正し、宇宙起源の大気の上での反陽子のフラックスおよび反陽子/陽子の比が求められた。
が得られた。 以上、本論文は低エネルギー宇宙反陽子の観測を行うことにより、宇宙起源の反陽子は、宇宙線と星間物質との衝突から期待されるフラックスで説明され、原始ブラックホールからの蒸発などの寄与に制限を与えた。 なお、本論文の元となる実験は、本人を含む26名の研究者の共同で行われたものであり、複数の共著論文として欧文学術雑誌に印刷公表済みあるいは公表予定であるが、論文提出者は、本実験装置の建設-運転に貢献すると共にデータ解析において主体となって行ったと判断した。よって本論文は博士(理学)の学位論文にふさわしいと審査員全員一致で認めた。 また、本実験の内容を論文提出者が学位論文として使用することについては、共同研究者全員の承諾を得ていることを確認した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53894 |