学位論文要旨



No 111570
著者(漢字) 松村,敏弘
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,トシヒロ
標題(和) 寡占理論における内生的な意思決定のタイミングに関する研究
標題(洋) Essays in Oligopoly with Endogenous Sequencing
報告番号 111570
報告番号 甲11570
学位授与日 1996.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第99号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,正寛
 東京大学 教授 金本,良嗣
 東京大学 教授 伊藤,元重
 東京大学 助教授 神取,道宏
 東京大学 助教授 松島,斉
内容要旨 研究の背景

 寡占理論、とりわけ複占理論において、Cournot、Bertrand及びStackelbergモデルは非常に重要な地位を占めている。これらのモデルは狭義の産業組織論の分野にとどまらず、貿易論など広い分野で盛んに用いられてきた。とりわけCournot及びBertrandモデルは、最も代表的な寡占モデルとして、様々なモデルの中で議論されてきた。

 Cournot及びBertrandモデルにおいては、各企業は同時に生産量ないし価格を決定し、Stackelbergモデルではそれを逐次的に行うと仮定されている。これらのモデルでは、各企業がどのタイミングで生産量ないし価格を決めるのかは、分析者によって外生的に与えられており、各企業は、与えられた役割に生産量ないし価格を選択するのみであった。しかし現実には、企業はどれだけ生産するか(あるいはどの価格をつけるか)だけではなく、それをいつ行うのかについても意思決定していると考えられる。このような状況下の寡占市場の分析に、CournotないしBertrandモデルのようなsimultaneous-moveモデルを使うべきなのか、あるいはStackelbergモデルのようなsequential-moveモデルを使うべきなのか、先験的にはなにもいえない。

 この問題に解答を与えるために、企業が意思決定するタイミングを選択できる状況を明示的に分析し、均衡にわいてどちらのタイプの行動が現れるのかを考察する必要がある。この分野では既に多くの研究がなされており、そのほとんどがsequential-moveモデル(Stackelberg model)の優位性を強調している。その代表例としてHamilton and Slutsky[2]がある。彼らは次のような複占モデルを分析した。

 「各企業は第1期に行動する(生産量ないし価格を決める)か次の期まで待つかを決める。第2期のはじめに、各企業はライバルの企業が第1期にどんな行動をしたのかを知る。第2期には、第2期まで待った企業のみが行動をとる。第2期末に各企業の利得が決定し、それは各企業がとった行動(生産量ないし価格)のみに依存し、それをいつ決めたのかには依存しない。」

 彼らは次の3つの行動パターンがすべてsubgame perfect均衡として実現されうることを示した。

 (1)両企業が第1期に行動する。(2)企業1が第1期に、企業2が第2期に行動する。(3)企業2が第1期に、企業1が第2期に行動する。

 つまりCournotないしBertrandタイプのoutcomeも、Stackelbergタイプのoutcomeも、どちらも均衡として実現されうることを確認した。しかし彼らは同時に(1)のパターンは、weaklyにdominateされるstrategyによってsupportされおり、その意味でCournotないしBertrandタイプの均衡は頑強ではないという結論に達した。

 Hamilton and Slutskyモデル(以降H-Sモデル)において、CournotないしBertrandタイプのoutcomeはrobustではない。したがって、仮にこのモデルに若干の現実的な修正を加えるによってCournot(Bertrand)タイプの均衡が存在しなくなったとしても、驚くに値しない。実際H-Sモデルに在庫費用を入れたり、不完備情報モデルに拡張したりすれば、Cournotタイプの均衡はすべて消えてしまうが、Stackelbergタイプの均衡は消えないことが知られている。

 例外的な論文としてSaloner[3]が挙げられる。Salonerは、Cournot複占モデルを2期間モデルに拡張し、均衡としてCournotタイプ、Stackelbergタイプを含め多く(不可算無限)の均衡が存在することを示した。H-Sモデルとの違いは、H-Sモデルでは各企業は第1期に生産をすると第2期には生産ができないが、Salonerモデルではそれができる点にある。H-Sモデルでは、通常のStackelbergモデルと同様に、第1期に企業が生産すると、企業はその生産量にcommitすることができる。一方Salonerモデルでは、各企業は第2期の追加的な生産によって第2期に生産量を増加させることができる(減らすことはできない)。換言すれば、Salonerは第1期目の行動によるcommitmentの不完全性を明示的に分析していることになる。

 このようなcommitmentの不完全性は、価格競争の文脈ではより重要となる。例えばprice-setting Stackelbergモデルでは、H-Sモデルと同様に、leaderとなる企業は他の企業より先に第1期に価格を決定し、それを所与として別の企業(follower)が第2期に価格を決める。しかしどのようにしてleaderは第1期に決めた価格にcommitする事ができるのであろうか。Followerが価格を決定すると同時に、leaderは自分の価格を改訂することは不可能なのであろうか。これらの問題を考えれば、H-SモデルやStackelbergモデルの、「第1期に行動するleaderは、自分の行動に関して完全なcommitmentができる」という仮定は必ずしも自然ではないように思われる。この意味で、commitmentの不完全性を明示的に分析したSalonerモデルは非常に重要であると思われる。しかしSalonerモデルは多くの不満足な点を含んでいる。

 まず第1に彼のモデルでは在庫費用が一切考えられていない。既に議論したように、H-SモデルにおいてもCournotタイプの均衡は存在するが、それはrobustではなく、在庫費用等を導入すれば直ちに均衡でなくなってしまことが知られている。もし同じことがSalonerについてもいえれば、commitmentの不完全性は、この分野の研究では本質的のことではないことになる。

 第2にSalonerは数量競争モデルのみを議論しているが、彼の議論を価格競争モデルに直接適用することはできない。彼の結論は戦略の代替性の仮定に強く依存しているが、この仮定は価格競争の文脈では必ずしも妥当なものではない。BertrandモデルとStackelbergモデルの比較のためには、価格競争モデルに対応したモデルが必要となる。

 さらにH-SモデルとSalonerモデルの共通の問題点として、どちらのモデルも2企業2期間モデルのみを分析している。例えばH-Sモデルにおいてもし複占を分析すれば、均衡としてありうる行動パターンはそもそもsequential-moveかsimultaneous-moveしかない。しかしもし3以上の企業が存在するモデルでは、ありうるパターンとしてその中間的なもの(複数の企業が同時に行動し、その後また複数の企業が同時に行動する)が存在する。2企業モデルを分析すれば、はじめからこのような可能性をすべて排除することになってしまう。

研究の動機

 この論文では、simultaneous-moveモデル(Cournot or Bertrand)あるいはsequential-moveモデル(Stackelberg)のいずれが寡占市場の分析に適しているかを、企業の意思決定のタイミングを内生化する事によって考察している。

 既に述べたように、企業が自分の既にとった行動に対して完全にcommitできる場合には、sequential-moveモデル(Stackelbergモデル)の方が妥当であるという点が、多くの論文によって指摘されている。この結論が驚くべきなのは、StackelbergモデルよりむしろCournotないしBertrandモデルが標準的な寡占モデルであり、Stackelbergモデルは、主に参入阻止論等の、比較的限られた文脈で議論されてきたからである。多くの論文が主張するように、もし本当にCournotないしBertrandモデルがもっともらしくないとすれば、従来のCournotないしBertrandモデルに基づいた多くの議論の妥当性を疑わなければならない。

 この論文の主たる目的の一つは、各企業の意思決定のタイミングを内生化した場合、どのような条件の下でCournotないしBertrandタイプの均衡が現れるのか、Stackelbergタイプのモデルが妥当であるという結論はどのような仮定に本質的に依存しているのかを分析することである。

 まず第2、3章において、Salonerが分析したようなcommitmentの不完全性を詳細に分析した。いずれの章でも、従来のStackelbergの優位性を強調する結論は、commitmentが完全にできるという仮定に強く依存していることを明らかにし、ごく自然な条件のもとでCournotないしBertrandタイプのoutcomeが均衡において実現されることを示した。

 第4章ではH-Sモデルの結論が多期間寡占モデルにおいても成り立つのかを考察した。この章で企業数が3以上の場合は決してsequential-move outcomeは均衡において現れず、むしろほとんどすべての企業(1社を除く全企業ないし全企業)が同時に意思決定することを示し、Cournotモデルの優位性を示した。

各章の要約

 第2章では2期間以上の生産期間を持つCournot複占モデルを分析した。Salonerの結論のrobustnessを調べるために在庫費用を導入した。まず生産期間が2期間の場合には、Stackelbergタイプの均衡だけが存在することを示した。同時にこの結論は生産期間数に依存し、3期以上の生産期間があればCournotタイプの均衡が存在する事を示した。

 第3章では価格競争モデルにおいて不完全なcommitmentしかできない2段階価格競争モデルを分析した。均衡の性質は本質的に需要関数の性質に依存するが、最も自然なケースではBertrandタイプの均衡のみが存在することを明らかにした。

 第4章では企業数が2以上の寡占モデルを分析した。企業数がn(2)である場合、nないしn-1企業が同時に意思決定することを示し、複占以外の寡占モデルでは、StackelbergモデルよりCournotモデルの方が妥当であることを示した。

 第5章では、endogenous timing gameの応用として、代表的な2段階モデルであるBrander and Spencer[1]モデルにおけるendogenous timingを考察した。Brander and Spencerは第1期に各企業が合理化(費用削減)投資を、第2期に生産能力投資を行うモデルを分析した。本論文では、各企業がどちらの投資を先に行うかも意思決定できるモデルを分析し、両企業が同時に合理化投資を先行させることはないことを示した。

References[1]Brander,J.A.and Spencer,B.J.(1983),"Strategic Commitment with R&D:the Symmetric Case,"Bell Journal of Economics,14,225-235.[2]Hamilton,J.H.and Slutsky,S.M.(1990),"Endogenous Timing in Duopoly Games:Stackelberg or Cournot Equilibria,"Games and Economic Behavior,2,29-46.[3]Saloner,G.(1987),"Cournot Duopoly with Two Production Periods,"Journal of Economic Theory,42,183-187.
審査要旨 I.

 この論文は、寡占理論において伝統的に外生的な制約条件として課されてきた手番を内生化し、各プレイヤーが、複数のタイミングの中のどの時点をも自らの手番として選択できるという形で定式化した上で、クールノー・ベルトラン型の同時手番ゲームの衡と、シュタッケルベルグ型の先導者・追随者型ゲームの均衡が、どのような条件下でおこるかを分析したものである。特に理論的な視点からは、クールノー・ベルトラン型の均衡には問題があり、シュタッケルベルグ型の均衡の方が自然であるという最近の研究成果を覆し、クールノー・ベルトラン型の均衡も十分に支持できることを示すことが、本論文の眼目である。以下、その内容を簡単に要約すると次のようになる。

II.

 第1章「Overview of the Dissertation」では、序論として、寡占理論における基礎的な概念である「クールノー均衡」、「ベルトラン均衡」と「シュタッケルベルグ均衡」が説明され、寡占企業が同時に行動変数を選択するというクールノーやベルトラン型の同時手番ゲームと、行動変数の選択手番が逐次的でありしかもその順序が予め外生的に与えられているシュタッケルベルグ均衡という、二つの対立的な均衡概念が存在することが指摘される。ついで、これらの問題に対する最近の研究が簡単に要約され、特にHamilton and Slutsky(以下、H-S)による2期間モデルが紹介される。このH-Sモデルでは、各企業は第1期と第2期のどちらか一つの期にだけ自分の行動変数(数量または価格)を決定することが許される。決定した行動は事後的に変更できず、利得は両企業の行動だけに依存し、どの期にそれを決定したかに依存しない。このモデルには、

 (1)企業1(または2)が第1期に、企業2(または1)が第2期に行動を決定するシュタッケルベルグ型均衡が二つ

 (2)両企業が第1期に行動を決定するクールノー・ベルトラン型均衡

 (3)両企業が第2期に行動を決定するクールノー・ベルトラン型均衡

 の計4つのナッシュ均衡があるが、(3)はサブゲーム完全均衡ではなく、(2)はweakly dominated strategyに支えられており、共に頑健性がない。従って、シュタッケルベルグ均衡が最も自然な均衡であるというH-Sの結論が要約される。第1章の残りの部分では、まずこの分野の関連研究が展望される。特に、H-Sのクールノー型数量モデルを拡張して第1期と第2期の双方での生産を許容する場合、クールノー均衡もサブゲーム完全均衡であることを示したSalonerの先行研究が紹介される。最後に、本論文全体の構成が説明される。

 第2章「Cournot Duopoly with Three Production Periods」は、本論文全体の骨格をなす章である。この章ではまず、第1章で紹介されたSalonerのモデルに在庫費用を入れることによって、シュタッケルベルグ型だけがサブゲーム完全均衡になることが示される。(ここで在庫費用は、均衡の精緻化(refinement)の際に、サブゲーム完全均衡を使って精緻化を行うための工夫である。)従って、H-Sなどの結論が覆るとしたら、生産できる期間が2期しかないことにあることが示唆される。この点を明らかにするため、3期間それぞれで生産が許容され、その総量が各企業の供給量となるモデルが定式化される。(生産が一つの期だけに限定されず、複数の期にわたって生産を行えるという仮定は、生産量の選択にコミットできない、あるいは生産量を上方に改訂しないことにはコミットできないことを表している。)このモデルでは、シュタッケルベルグ型だけでなく、クールノー・ベルトラン型のサブゲーム完全均衡が存在することが明らかにされる。

 2期モデルで、クールノー均衡がサブゲーム完全均衡にならない直感的理由は、次のように説明できる。第1期に企業2がクールノー均衡生産量(以下、これをCとしよう)以下の生産しかしなければ、企業1は第1期にC以上の生産を行って、first mover advantageを獲得できる。従って、クールノー均衡が存在するとしたら、両企業が第1期にCを生産することである。しかし、企業2が第1期にCを生産することがわかっていれば、在庫費用のために企業1は第1期の生産を0にして第2期にCの生産をした方が得である。これが2期モデルでクールノー均衡がサブゲーム完全均衡にならなかった理由である。

 しかし生産が3期間のそれぞれで可能であれば、次のようなことが可能になる。つまり、第1期にお互いがCの生産をしている状態を考えよう。在庫費用を考えればこの場合にも、企業2が第1期にCを生産する限り、企業1は生産を後にのばしたいというインセンティブがある。しかし3期モデルでは、後にのばすと言うことは3期目にのばすと言うことに他ならない。このため企業2は第2期に、企業1の第1期の生産がゼロであったことを発見する。その場合、企業2は第2期の生産量を増やし、シュタッケルベルグの先導者になってfirst mover advantageを確保するインセンティブが存在する。つまり、2期モデルと違って3期(またはそれ以上の期間がある)モデルでは、第1期にCの生産を行っても、それはクールノー均衡にコミットしたことにならず、相手の生産量によってはシュタッケルベルグの先導者になれる。この脅しが存在するために、クールノー均衡では、在庫費用を考えれば不利であるにも関わらず、第1期にすべての企業がCを生産するインセンティブが生まれるのである。

 第3章「A Two-Stage Price-Setting Duopoly:Bertrand or Stackelberg」は、価格競争における行動選択のタイミングを内生的に決定するモデルが提示されている。モデルは2企業・2期間からなり、企業はどの期に価格を公示しても良い。市場は2期の終わりに開かれる。モデルの一番のポイントは、第1期に公示した価格にはコミットできないという点で、各企業は第1期に公示した価格を第2期に引き下げることができると仮定されている(引き上げることはできない)。結論は、二つの要因に依存する。一つは、両企業が供給する財がお互いに代替的か補完的かという点であり、二つ目は、両企業の行動変数が戦略的代替関係にあるか戦略的補完関係にあるかという点である。このため、均衡の形態は、次の4つの場合に分けて論じる必要がある。

 a)財が代替的で、企業が戦略的補完の場合。

 b)財が代替的で、企業が戦略的代替の場合。

 c)財が補完的で、企業が戦略的補完の場合。

 d)財が補完的で、企業が戦略的代替の場合。

 主要な結論は、価格競争でもっとも自然な場合(上記、a)の場合である)には、シュタッケルベルグ型モデルが想定するような先導者・追随者の関係はでてこない、というものであり、均衡は第2期の終わりに両企業が価格を同時に公示するというベルトラン型のものなる。なお、d)の場合にも同じ結論が、b)の場合には、ベルトラン型やシュタッケルベルグ型など多くの均衡が存在すること、c)の場合には、ベルトラン型の均衡は存在せず、シュタッケルベルグ型の均衡しか存在しないことが示される。

 a)を例にとって、2期間・2企業のクールノー・モデルと異なるこの結論が成立する理由を説明しておこう。問題は、このモデルでは先導者が価格の維持にコミットできないことにある。つまりa)の場合のシュタッケルベルグ型均衡とは、先導者が高い価格をつけて追随者のより高い価格(カルテル的行動)を引き出すことにある。しかし、追随者がシュタッケルベルグ均衡に従って高い価格をつければ、先導者は価格を切り下げるインセンティブを持ってしまう。これがシュタッケルベルグ型均衡がこのモデルで成立しない理由である。なお、本章の最後では、なぜa)が一番もっともらしい場合なのかを、幾つかの具体的例を挙げて説明する。

 第4章「Quantity-Setting Oligopoly with Endogenous Sequencing」では、一つの期にしか生産できないクールノー型モデルに戻り、期の数をn、企業数をmと一般化する。主要な結論は、在庫費用がない場合、純粋戦略均衡は(1)すべての企業が先導者であるクールノー型均衡、(2)1企業だけが追随者で他の(n-1)企業が先導者となる均衡の2種類に限られることが示される。特に、H-Sの結論が示唆するような、毎期少数の企業が逐次的に生産を行う逐次的シュタッケルベルグ型均衡は存在しないこと、(1)・(2)のどちらの結論も、基本的には対称的クールノー均衡を意味することが強調される。最後に、在庫費用を入れた場合が考察され、この場合、純粋戦略均衡は存在しないが、モデルを少し組み替えることで、上記の在庫費用がない場合と同様の結論が得られることが指摘される。

 第5章「Endogenous Timing in a Two-Stage Strategic Commitment Game」では、寡占モデルにおいて各企業が行動のタイミングを選択できるケースを、Brander and Spencer(Bell Journal of Economics,1983)の2段階複占モデルに適用したのが第5章である。Brander and Spencerのモデルでは、第1期に各企業が費用削減投資を行い、第2期に生産能力投資を行うことが仮定されている。本章では、各企業が合理化投資と生産能力投資のタイミングを選択できるケースを扱っている。つまり、各企業は第1期に費用削減投資を行い、第2期に合理化投資を行うが、それとも第1期に合理化投資を行い、第2期に費用削減投資を行うかという選択肢を持っている。主要な結論は、両企業ともが第1期に合理化投資を行うことを選択することはありえないという点にある。

 具体的には、次のような二つのヴァリエーションを考える。第一のタイミングにコミットできない場合とは、上述の2期モデルをプレイする場合である。タイミングにコミットできる場合とは、3期モデルとし、第1期に両企業が自分のタイミングの選択をアナウンスし、その上で第2期と第3期に上述の2期モデルをプレイするというものである。後者の場合、第1期にアナウンスしたタイミングが事後的に変更できないことが仮定されているため、タイミングにコミットできる場合と呼ばれる。

 以上のセッティングの下で、次のような結論が導出される。もし企業がタイミングにコミットできないならば、均衡は、(1)両企業とも第1期に生産能力投資を行う,(2)片方の企業が第1期に生産能力投資を行い、他方が費用削減投資を行う、の2つのタイプである。これに対して、もし両企業がタイミングについて事前にコミットできるならば、均衡は、両企業とも第1期に生産能力投資を行うことである。

 本論文には、第2章の数学的証明を集めた付録Aと、第3章の数学的証明を集めた付録Bも添付されていることに言及しておく。

III.

 以上紹介したように、この論文は、行動選択のタイミングを内内化し、行動に対するコミットメントが不十分にしか行えないようなモデルを定式化した上で、一般的な結論を導出することに成功している。具体的には、2企業2期モデルという制約された条件で導出されたシュタッケルベルグ均衡のクールノー・ベルトラン型均衡に対する優位性を覆し、より一般的なフレームワークにおいては、クールノー・ベルトラン型均衡の方がより頑健である可能性を示した点で、十分評価に値する。

 叙述も明快かつ論理的であり、結論も明確である。すでに一部の章が国際的なレフェリー付き学術誌に採用されていることからも明らかなように、理論的分析としては水準を超えていることに疑いはない。

 とはいえ本論文の各章の分析手法は類似性が高く、論文全体としての統一性は高いものの、分析の掘り下げ方が十分かという点で若干の不満が残る。特に、分析にあたって著者が得た結論を十分に咀嚼し、その本質を十分に吟味したとしては、その説明が不足していると言わざるを得ない。さらに、叙述も数学的・論理的な厳密性はともかく、経済学的直観と現実への適用可能性についての書き込みが不足していて、読んだ後に物足りなさを感じること指摘しておくべきだろう。

VII.

 以上、この論文には、理論モデルと現実経済の関係に対する説明の不足、分析における本質追求の努力不足など、幾つかの弱点が認められる。とはいえ、これらの弱点はいずれも今後の研鑚を通じて改善されうるものと判断できるし、それ以上に、本論文の各章で示された先端的で明快な分析の示す貢献を覆すものとは認められない。特に、ゲーム理論を使った緻密な分析は、著者の分析能力の高さと、それを使った今後の研究の進展に大きな期待を抱かせるものである。

 以上により、審査委員は全員一致で本論文を経済学博士の学位を授与するにふさわしい水準にあると認定し、ここに審査報告を提出する次第である。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53895