学位論文要旨



No 111571
著者(漢字) 呉,泰憲
著者(英字)
著者(カナ) オ,テフォン
標題(和) 外国人直接投資の経済開発効果に関する計量的研究 : マクロ・ミクロ実証分析による・韓・中比較考察
標題(洋)
報告番号 111571
報告番号 甲11571
学位授与日 1996.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第100号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中兼,和津次
 東京大学 教授 安保,哲夫
 東京大学 教授 高橋,満
 東京大学 教授 田嶋,俊雄
 東京大学 教授 竹野内,真樹
内容要旨

 本研究の第一課題として設定したのは、海外直接投資が被投資国の経済発展プロセスに与えるインパクトを測ることであった。こうした課題に関する研究は多くの学者によって多角的な分析が行われ、現在、われわれに提供された研究業績には枚挙にいとまがない。その多くは、発展途上国の経済発展と先進工業国からの海外直接投資との関連性を解明しようと試みたものである。そうした海外直接投資の寄与度すなわち発展途上国の経済発展へのインパクトを測定する方法として援用されてきたのは発展途上国の国際収支、雇用、技術移転、工業化といった経済発展の側面にどれだけ貢献したかを調べることであったのである。しかし、以上のような従来の研究・分析は、ある重要な論点と課題への接近方法論に問題があったことを指摘せざるをえない。

 ある重要な論点とは、発展途上国の多様性によってその経済的効果が異なるという問題認識である。つまり、海外直接投資が被投資国にもたらす経済的効果は、単なる直接投資の量的な増減に規定されてどの発展途上国においても一律的に発生するのではなく、被投資国のその多様性、とりわけ発展途上国の発展段階があることのほか、地域的特徴や現在なおその経済・社会を強く規定する歴史的諸条件の差異によってその経済的効果は変化ないし増減するということである。さらに、発展途上国の経済発展が進むにつれ海外直接投資が果たす役割が変化するということを注意深く観察する必要がある。すなわち、それはその経済的効果は流動的な性質をもっていることを看過してはならないことを意味する。

 課題への接近方法の問題とは、発展途上国の経済発展に貢献する海外直接投資というように理念的には明確であるものの、その分析視点にある特定のイデオロギーが含まれていることである。すなわちそれは、海外直接投資を実行する多国籍企業を「対外従属の使者」として捉える考え方である。当然ながらこのような認識にもとづいて行われる直接投資の経済効果に対する分析は悲観的な結果をうむ。こうした分析に対して正反対の結果を導き出した分析も数多くみられる。つまり、それらの論者は発展途上国の経済発展にとって先進国の多国籍企業は必要不可欠な存在であると力説する。では、このような極端な違いはなぜ生まれるのだろうか。それは、海外直接投資の効果という問題に対して正確な測定が不可能に近いことにも起因するが、それと同時に、海外直接投資の効果を分析する目的自体が、純粋な学問の範疇を超え、一国の政策ないしは特定団体の目標に結合する属性をもっており、客観的かつ中立的な分析視角を堅持するのが難しかったからである。

 以上の先行研究の二つの問題は、直接投資が被投資国にもたらす経済効果を分析するさいに、一つ以上のサンプル(国、地域)を同時に分析する必要があることを示唆するものである。すなわち、第一に被投資国の多様性の問題を解決するために、第二に一国における経済的効果を客観的に測るためにその比較対象が必要なためである。したがって、前述した第一課題に答えるとともに、異なる国、地域における直接投資の経済的効果の相違という第二の課題にも回答する必要がある。ところが、異なる地域、国における直接投資導入によるマクロ経済効果に着目し、雇用、所得、輸出がどの程度うまれるかを計算しても、大きな意味をもたないかもしれない。それはある国に比べある国が直接投資導入の実質的な量が多く、外資依存度が大きければ、海外直接投資の貢献やそれによる効果はそれなりに大きくなることが考えられるからである。しかし、筆者は海外直接投資の効果を規定するのはその量ではなく、受入側の諸条件の相違であると考える。多くの発展途上国が受け入れる外国人直接投資の資金量は、もしそれをその国のGNPや貿易額と対比するならば、わずかのパーセンテージになってしまう。しかし他方では、そのわずかのパーセンテージである直接投資がなされるため、一国経済が顕著な改善をみたという事実が現に起こっていることには異論の余地がないと思われる。

 以上の問題認識のうえ、本研究では韓国と中国の二国の事例を取り上げ、直接投資による経済的効果に関して計量的に計測するととも、その効果の部分的な相違点・類似点はどこに起因するものかについて分析を進める。この問題を明らかにするために、代案分析方法、比較分析方法、特定地域がもたらす経済効果、一産業の発展におよぼす直接投資の影響という四つの分析方法を用いるが、その分析結果は次の通りである。

 第一に、直接投資の経済的効果を測るために用いるのは、代案分析方法論(Alternative Analysis)である。この方法論は仮に直接投資導入が行われなかった被投資国の経済状態を設定し、それを現在の経済状況と比較したうえ、直接投資の貢献度を判断する方法であるが、直接投資が発生しなかった経済状況を設けるのは現実的に不可能である。したがって、被投資国の資本形成や雇用などに直接投資がどの程度新たな増加分をもたらしたかを計算する方法に頼ることになる。そこで、本研究でその代案要素として測定するのは、(1)固定資本形成への貢献、(2)直接投資導入によって誘発された生産誘発額、(3)直接投資の限界労働・資本比率、(4)国際収支への貢献である。

 まず、固定資本形成の増加に与えた影響をみると、中国においては対中投資が増加するにしたがい、中国の総固定資本に占める直接投資導入による増加分の割合も連動して大きくなることが明らかである。しかし、韓国においては1980年代に入って直接投資導入額がそれほど変動していないのに対し、直接投資の固定資本形成への寄与度はむしろ低下を呈している。すなわち、韓国では資本形成における直接投資への依存度の低下が生じており、それを代替しているのは現地企業に他ならない。

 続いて生産誘発額を測定した結果からは次のようなことが明らかになった。1985年に中国工業総生産額のわずか1.36%にすぎなかった外資系企業の生産誘発額は1990年には4.18%に上昇し、1992年には12.9%までに達した。特に直接投資の実際利用額の増加よりこの生産誘発額の増加幅が大きく、外資系企業の資本生産性が良好であることが推測できる。一方、韓国においては1980年代半ばに最も多い生産誘発額を記録し、その後低下傾向にあるが、それは、80年代半ばに資本生産性が比較的に高い電子・電機業に対韓直接投資が集中していたことに起因する。その後、対韓投資の分野が資本の懐妊期間が比較的に長い石油化学などの装置産業にシフトしたため、直接投資導入による生産誘発額が減少したことになる。

 限界労働資本比率(外資一単位が誘発させる雇用量をあらわす)からは,両国間において明確な対照性が観測された。中国では製造業を中心とした外国人企業の新規投資に、省力化または自動化をともなった投資形態の資本・技術集約指向はほとんど見受けられない。しかし、韓国においては外資一単位がもたらす雇用誘発数は全産業にわたって急激に減少している。つまり、対韓直接投資が省力化・自動化傾向に進んでいることがわかる。一方、各国全体の雇用増加分に占める直接投資導入による雇用の比重は、それぞれ評価すべき数値が得られている。しかしながら、こうした雇用効果を決定する要因としては、当然ながら各国政府がどのような産業化戦略を推進してきたかが考えられるので、雇用効果は被投資国の直接投資導入政策の変化または産業発展の程度によって変化することになる。したがって、本研究の分析からは、韓国が直接投資導入に期待する経済的効果のうち、雇用創出はすでに大きな比重を占めていないことが間接的にいえる。

 次に、国際収支への影響分析からは以下のようなことが判明している。まず、中国における三資企業の慢性的な貿易収支の赤字が指摘できる。その主たる原因は部品や材料などの中間財を現地調達できず、ほとんどを輸入に頼っていることが挙げられる。しかし他方、韓国における外国人企業の貿易収支は1984〜86年三年連続して黒字を記録している。ところが、いうまでもなく国際収支に影響するのはこうした貿易収支だけではなく、配当金やロイヤルティーなどの貿易外収支もあり、両者合わせて判断しなければならない。韓国では、この利潤送金やロイヤルティーが大きかったため、貿易外収支は赤字となっているが、国際収支に影響するすべての要素を考慮して測定した指標は黒字という結果が得られた。

 このような両国間に見られる直接投資導入による国際収支改善効果の相違は、統計収集上の制約から中国側の貿易外収支に関するデータが得られなかったことを一因として認めざるをえないが、国際収支効果の分析において注意すべきことは、分析対象と分析期間である。たとえば外国企業が利益を計上し、本国への利潤送金が生じ、被投資国の国際収支にマイナス影響を与えるようになる段階と、外国企業が工場建設期に導入した投下資金またはその企業が現地市場接近型企業であるためにあらわれる輸入代替効果によって発生するプラス影響があらわれる段階とは、当然その効果は異なるのである。

 第二に用いる分析方法は比較分析方法(Comparative Analysis)である。これは、外国企業の対極に現実的な比較集団(主に被投資国の現地企業)を位置付け、両者間にみられる行動様式や経営パフォーマンスの格差を検討し、被投資国の経済成長への貢献度を測定する方法である。この比較分析方法論にしたがって分析をおこなった結果から次のようなことが明らかにされた。中国、韓国ともに資本生産性と労働生産性において外国人企業の方が現地企業より高い結果が得られた。ところが、その格差の幅は韓国において小さく、外国人企業の生産性水準に韓国現地企業が近づいていることを意味する。

 自主権の拡大など中国国有企業の改革が本格化するなか、生産と経営の効率性が高められつつあるのも事実であるが、外資系企業との歴然とした格差は未だ存在している。一方、韓国における両者間の資本生産性の格差は、企業所得率の概念と同義である付加価値率の格差に起因するものと判断されうる。また労働生産性の格差は、外国人企業が現地企業より設備投資効率が低かったにもかかわらず、労働装備率と資本集約度が高かったことに起因する。

 企業の収益率を表す基本指標である総資本経常利益率(ROI)分析では、生産性分析と同様、外国人企業の方が現地企業より良好なパフォーマンスを呈していることが、両国において明らかにされている。その相対的に高い外国人企業のROIを規定するのは、そのROIの二つの構成指標のうち、資本回転率ではなく売上利潤率の高さであり、外国人企業が現地企業に比して売上に付加価値の高い製品が多いか、あるいは生産コストが現地企業より低く、さらに販売費、管理費の段階でコスト削減が実現されていることを意味する。一方、両国ともに資本回転率においてはむしろ現地企業の方が高く示されるケースが多く、売上利潤率の低さを補うために、資本の回転を速くすることによって少しでも総資本経常利益率を引き上げようと行動していることがわかる。したがって、両国の現地企業は、比較的に多額の資金投入によって量的成長を図った、いわば「多資量産かつ薄利多売」的な企業体質を維持しているといえる。ところが、韓国においてはROI指標における外国人企業の圧倒的な優位は徐々に低下してきており、1980年後半に入ってからは、産業によっては韓国現地企業が外国人企業より高いROIを記録するケースが多く見られる。

 第三番目の分析は、直接投資導入の受け皿として機能を果たしている特定地域(経済特区、輸出自由地域)が各国の国民経済にもたらす経済的効果に着目することである。外資系企業の経営資源への依存度の深化という恐れから、国内経済への影響の緩衝地帯として設けたのが中国の経済特区であり、韓国の輸出自由地域である。経済特区が中国経済にもたらした雇用創出、輸出拡大、所得増加、生産誘発などマクロ的経済効果を強いて論じなくても、開放政策以降の中国の繁栄をみれば経済特区自体を否定することは不可能である。さらに、中国が経済特区の経験から得た政策的な教訓、たとえば初歩的とはいえ政治と企業との輸を縮小・分離するきっかけを作れた点や経済特区の運営から価値法則の運用とそれが経済発展の最大の支えであることに目覚めたことは特筆すべきであろう。ところが、今後の経済特区の発展が前途多難であることを指摘しなければならない。その問題の所在と解決策については韓国の輸出自由地域の発展経緯から多くの示唆点を得ることができる。

 すなわち経済特区を基点とした国際下請関係から国内下請関係への生産分業体制の転換が実現されるかどうかが、その最大の難問といえよう。本研究の第3部の第3章で明らかにしたように、韓国の輸出自由地域は現地産業とのリンケージを強める方向に向かっており、それを可能にしているのは地場企業の技術向上が可能にした国内下請生産システムである。このように国内経済との有機的な関係が形成され、部品や材料などの中間財が国内で調達可能になれば、国際収支改善への積極的な効果が期待されるとともに、外国人企業から関連現地企業への技術指導による技術移植も可能となる。

 最後に本研究で注目するのは、一産業の発展と直接投資との関係である。そこで、本研究では中国と韓国の経済発展において戦略的に大きな意味をもち、工業化の先導的な役割を果たしてきた繊維産業を取り上げる。明記すべき特徴は以下のようである。

 まず第一に、中国繊維産業に対する海外直接投資がアパレル分野に多く傾いており、川上部門の合繊産業への投資が非常に乏しいことが挙げられる。このような中国繊維産業に対する直接投資の現状は、1970年代韓国合繊産業が直接投資や先進国技術を精力的に導入し技術のレベルアップを図り、自立的な成長を遂げるに至ったこととは対照的といえよう。

 第二に、中国繊維産業における国有企業と三資企業との経営パフォーマンスの比較分析では、三資企業のほとんどがすでに収益段階にはいっており、労働生産性や資本収益率などで他の中国国有企業を上回っている。また、同産業における国有企業の低い労働生産性が資本装備率の低さと強いかかわりをもっていることが再確認された。さらに、売上利潤率の低さ(とりわけアパレル部門)によって明らかになっているように、国有企業は変動費用はともかく固定費用の削減,とりわけ人件費の削減に踏み切るか、品質水準の高い高付加価値製品の生産に乗り出すかの、変革の時期に差し掛かっているといえる。

 第三に、韓国繊維産業における直接投資は生産・輸出・雇用など経済成長の中で重要な役割を果たしてきたことが明らかになったが、80年代にはいってからはその役割が急激に減少している。このような現象は、80年代にはいってから顕著になった外国人企業の撤退件数の増加による外国人企業の絶対的な企業数の減少が主因であるが、代表的な企業を取り上げ検討して明らかにしたように、韓国繊維企業が70年代を通して海外から導入した技術を80年代になってから生産能力に直接に結び付けるようになり、自立的な発展へ大きく飛躍したことも注目しなければならない。

 以上の分析結果から次の結論を見出すことができる。すなわち両国における直接投資の経済的効果は、各国が有する生産要素賦存状態や自国の企業または産業の発展によって違い、このことが両国における直接投資の経済的効果の本質的な相違を生み出しているということである。もちろん、こうした結果が生まれる背景には、国内諸般条件を十分に反映して直接投資導入を特定産業や特定地域に意図的に誘導した外資導入政策の変化があったことは言をまたない。

 そして、経済発展段階の異なる韓国と中国の間に見られる以上のような直接投資の経済効果の相違は、直接投資導入額の量的な増減に連動してその効果が変化するのではないことを立証するのに十分な材料になったと思われる。また、被投資国の経済発展にともなって直接投資が及ぼす影響も当然ながら変動するということを注目すべきであろう。

審査要旨 1.本論文の狙い

 呉泰憲氏の論文『外国人直接投資の経済開発効果に関する計量的研究 --ミクロ・マクロ実証分析による韓・中比較考察--』は、先進工業国の発展途上国への直接投資が途上国の経済発展にいかなる影響・効果を与えてきたのか、既存の理論とこれまでの議論を整理するとともに、中国と韓国とを対象に、マクロ、ミクロの両面からできるだけ計量的に計測することを試み、併せて途上国の経済発展における直接投資のもつ役割について一般化された発展段階論的命題を導こうとすることを狙ったものである。

2.本論文の構成

 まず序章において本研究の特徴と分析方法について述べたのち、第1部「海外直接投資導入の経済的効果に関する理論的アプローチ」では、近代経済学的アプローチと政治経済学的アプローチ、およびそのいくつかの学派の経済発展と外国直接投資にかんする理解の仕方、その役割の捉え方の違いが対比される。筆者呉泰憲氏にいわせれば、これまでのアフローチは、投資国の側の便益・費用にかんするものか、あるいは被投資国(ここでは途上国)の先進国・多国籍企業による「搾取」論に立つものであり、被投資国の経済開発効果に関する冷静な分析に欠けていた。また、実証分析の方法として、代案分析法と比較分析法とがあるが、これらの方法の限界と問題点が整理され、以下では両者を併用して分析を進める。

 第2部の「韓国における直接投資導入の経済的効果分折」では、まず韓国における外資導入政策の変遷と外資導入決定因について概観され、対韓直接投資の制度と特徴にかんして歴史的、構造的に把握したのち、1)馬山輸出自由地域における直接投資の経済効果と、2)国民経済全体に対する直接投資導入の経済効果とをマクロ的に分析し、3)外資系企業の経営実態、及び4)韓国繊維産業の発展と直接投資にかんするミクロ的分析を試みている。ここでは、韓国は従来借款依存型の経済発展が進められたが、国際収支の悪化から外資導入に踏み切り、それが国内産業に対して強いリンケージ効果をもったことが実証される。

 第3部の「中国における直接投資導入の経済効果分析」では、第3部の韓国にかんする分析とほぼ対応する形で、まず中国における外資導入の背景とその歴史的推移を対中投資構造の特徴とともに概観したのち、続いて1)経済特区と開放地域における経済発展と外資との関係、2)直接投資導入の経済成長、雇用増加、国際収支への影響、3)外資企業のミクロ的経営パフォーマンス、4)繊維産業に限った場合の経営パフォーマンスについてそれぞれ分析してる。中国では1980年代半ば以降海外から直接投資が大量に流入し、国有企業以上の高いパフォーマンスをもって中国の経済発展に貢献したことが後付けられる。

 終章「結語と展望」では、これまでの議論を要約するとともに、経済発展とともに直接投資の効果が変化していくことを示す段階論的モデルを提示している。すなわち、1)途上国におけるインフラなどが未整備なために、ある産業の外国企業の投資収益がまだ費用を下回っている「閉鎖段階」、2)外国企業の進出が始まり、投資収益が費用を上回りはじめる「生成段階」、3)途上国において外国投資からの経営資源の移転が終わり、その産業が比較優位を失い始め、同時に外国企業との期待のギャップが顕在化する「代替段階」、4)そして途上国にとってその産業の外国投資が不必要となり、途上国自身が他の途上国へ投資し始める「転換段階」という4段階を経て、途上国にとっての外国投資の役割が変化し、産業構造も変化していくのである。

3.本論文の主たる結論

 筆者の狙いは、直接投資の途上国に与える経済的効果は単なる投資の量によって決まるのではなく、途上国の発展段階や要素賦存状態によって違ってくることを明らかにすることにあった。そのために筆者はマクロ的には主として4つの経済指標、すなわち資本形戒、生産誘発、雇用創出、国際収支改善、ミクロ的には資本生産性や労働生産性、それに総資本経常利益率(ROI)といった3つの指標によって中国と韓国の直接投資の効果を測定し、比較した。その結果、以下のような結論が導かれた。

 第1に、中国では直接投資が増大するにつれ、直接投資の総固定資本形成への寄与も増加してきたのに対して、韓国では直接投資の資本形成寄与率はむしろ低下してきている。

 第2に、中国においては外資の生産誘発は1985年以後急速に増大したが、韓国では1980年代半ば以降低下傾向にある。

 第3に、雇用創出効果についても両国の違いは明瞭に見られ、中国では労働集約的投資が主流を占めるのに対して、韓国では外資1単位がもたらす雇用誘発効果は全産業において急速に低下している。

 第4に、国際収支に与える影響は、中国の外資企業の貿易収支は慢性的に赤字であるのに対して、韓国では黒字となっており、貿易外収支を含めても黒字となっていた。ただし、中国の貿易外収支の動向は不明である。

 次に、ミクロ的な資本、労働生産性にかんしては両国とも外資系企業の方が現地企業よりもパフォーマンスはよいが、その差は韓国においてはより小さい。総資本経常利益率(ROI)にかんしてもほぼ同様な結果が得られる。

 その他にも、筆者は中国の経済特区と馬山の輸出加工区の機能の分析を行っているが、後者が次第に加工区外の現地企業との産業連関を強めている傾向を指摘し、それに対して中国の特区がその前段階にある事実を見出している。

4.本論文の評価

 本論文は、途上国にとっての経済発展における直接投資論の議論を十分咀嚼した上で、中国と韓国における外国直接投資のもつミクロ的、マクロ的経済効果を、プリミティヴな手法とはいえ、初めて本格的に数量的に測定しようと試みた点は高く評価されよう。少なくとも中国を対象にした従来のこの種の研究は一般に理論的考察に欠けるばかりではなく、専ら制度論的、政策論的、歴史的な叙述に終始するか、あるいはミクロ的、企業論的な比較分析が主体であって、いずれも経済効果にかんする計量的分析にまでは進んではいなかった。問題の重要性に照らして、従来の研究が経済分析としては物足りなさを感じていただけに、筆者の心意気に対して大いに敬意を表したい。

 第2に、本論文は、現地調査を含め、ほぼ共通の土台で中国と韓国における外国の直接投資の経済効果を、バランスの取れたやり方で多角的に、総合的に比較している点がユニークといえよう。両国の比較となると資料とデータ面で躓くことが多いが、筆者は現地調査を含む資料調査・収集を丹念に行い、それらのデータを加工して、両国のパフォーマンスを比較可能なように整理し、分析している。のちにも指摘するように、比較の仕方には色々問題点を指摘できるが、こうした試みを行ったこと自体高く評価したい。

 第3に、本論文は比較分析の中で得られた結論を外国投資の途上国側から見た段階論にまで発展させようとしていることに、その試みは必ずしも成功しているとはいえないが、今後の研究の方向を示すものとして評価すべきものと考える。

 しかし、そこにはさまざまな問題点が残されていることも事実である。以下筆者が再考すべき、また改善すべき点をいくつか指摘することにする。

 第1に、韓国と中国とを本研究では対比しているわけであるが、外国投資の効果という点では台湾など、両国よりも外資依存度の高い他のアジア諸国との対比が適切であったように思われる。そうすることによって、筆者の「外国投資発展段階説」がより鮮明になるばかりではなく、韓国と中国の「外国投資の直接的効果」を吟味することが可能になる。

 第2に、それ以上に本質的な点であるが、直接投資の効果を分析するさいに、筆者がとった諸指標ははたして適切であったかどうか、十分であるかどうか、再検討してみる必要があるように思われる。恐らく直接投資の被投資国へ与える経済効果は次のように分類されよう。1)直接効果:雇用吸収、外貨獲得、資本形成など、その国のある産業、ないしは一国全体に与える1回限りの効果、2)波及効果:産業連関的、あるいは所得連関的プロセスを経て他産業および国民経済全体に波及していく、ないしは長期的に作用する効果、3)潜在的効果:技術の導入、普及など、目には見えないが潜在的に及ぼす効果。このうち、筆者が計測を試みたのは直接効果に限られている。それとの関連でいえば、繊維産業をめぐるミクロ的分析には改善の余地が大いにあるように思われる。単に生産性や利益率を見るだけではなく、技術の導入、定着といった定性的部分、つまり上述した潜在的効果にも目配りすべきであったろう。

 第3に、直接投資を全外資のなかに位置づけ、直接投資と借款の効果を比較するなど、より広い視野のなから直接投資を捉える必要があったのではないか。とくに韓国は1970年代までは借款に依存する度合いが高く、中国と韓国とを比較するさいには借款の効果を抜かすわけにはいかないように思われる。

 第4に、結論部分で筆者の「直接投資の効果のもつ発展段階論」を展開しているわけであるが、そこおいて筆者が捉える「収益」と「費用」の概念が明確になっておらず、そのために模式的段階論が未完成になっている。もっと議論を展開させ、篠原三代平氏が試みているように、貿易の雁行形態論と接続した投資の雁行形態論の構築が必要になってきている。被投資国の比較優位は経済発展とともに変化し、それに伴って労働集約的産業は賃金の安い地域へ次々と移転していくであろう。また被投資国も比較優位構造の変化により対外投資し、その投資構造も次々と変化していくであろう。こうしたダイナミックな動きを組み込んだ「発展段階論」こそが求められているように見える。

 とはいえ、上記の問題点の多くは、多分に筆者の今後の研究の発展に対する期待を込めたものであり、決して本論文のもつ価値を著しく低めるものではない。本論文において若い自立した研究者として、呉泰憲氏は十分その能力と潜在的可能性を示していると判断し、また所定の面接試験の結果をも総合して、審査員一同は呉泰憲氏が東京大学博士(経済学)に値するものと認める。

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