学位論文要旨



No 111572
著者(漢字) フェルディナンド・C・マキト
著者(英字) C.Maquito,Ferdinand
著者(カナ) フェルディナンド・C・マキト
標題(和) 被援助国と援助国とのあいだの関係を巡る制度的な分析 : フィリピンに対する日本の政府開発援助を事例として
標題(洋) An Institutional Analysis of the Relationship between Recipient and Donor Countries : The Case of Japanese ODA to the Philippines
報告番号 111572
報告番号 甲11572
学位授与日 1996.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第101号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀内,昭義
 東京大学 教授 中兼,和津次
 東京大学 教授 石見,徹
 東京大学 教授 竹野内,真樹
 東京大学 助教授 中西,徹
内容要旨

 現状として援助大国の一国として出現した日本はあらゆる課題に直面せざるをえない。こういった課題のなかには、援助の実施方法にも関わる課題があるが、現在の援助関係の文献からわかるように、援助という活動分野においても、日本は米国と異なったやりがたで自国の援助を実施しています。

 本稿においては日本の援助理念の分析に当たっては、海外援助を巡る最も洞察的な従来の研究を概観した。概観した文献は大きく二つに分けられます。第一節は理論的かつ実証的なあらゆる分析の形態を紹介し、日本にと関わる従来の研究がこういった分析の形態のなかのどの位置をしめるかを明らかにしている。第二節は日本の自助動力理念の研究法を二つ取り上げている。

 第一節では次のような四つの形式分析枠組みが検討されています。まず、いわゆるギャップ分析、第二は、援助の効果の測定、第三節は、援助国利益・非援助国ニーズ分析、そして第四節にはいわゆるプリンシパール・エージェント分析のを検討している。この四つの分析枠組みを明確に議論するために、ギヤップ分析を出発点としそれを発展させて、他の三つの分析枠組みの検討をしている。というのは、ギヤップ分析が最も古い分析枠組みで、他の三のわくぐみの基本的要素を含んでいるからである。

 第二節では従来の研究においての日本の援助理念の研究法を二つ紹介している。これらをEPA接近法とNON-EPA接近法としてに呼ぶことにしています。EPAというのは円借款の実施に割り当てられている海外経済協力基金を管理しているEconomic Planning Agency (経済企画庁)の省略型です。この二つの研究法が指すものは以下で説明するが、この呼び方は便宜的に考案したい。EPAとしたのは、最初に提案したのが経済企画庁であったので、その頭文字をとったのである。

 本稿においては、NON-EPA接近法に沿って分析を行なったが、それにより両方の接近法の関係を多少明確にすることができたであろう。NON-EPA接近法というのは、自助努力理念が次の五つの政策に表現されているとの考えである。すなわち、1)プロジェクトのローカル・コストを原則として援助国がまず負担すること、2)要請主義、3)贈与より借款の形で融資をおこなうこと、4)政策条件は押しつけないこと、5)プロジェクトの重視ということである。

 プリンシパール・エージェント分析枠組みを利用して分析を進めたが、その理由は先進国と発展途上国との間の国際資本取引におけるあらゆる課題を整理するのに非常に効果的であったからである。フィリピンもこのような問題について例外ではないということを示してきました。

 援助取引の概念化に当たってはCorsepius(1989)と基本的に同じような二期モデルを利用し、このモデルを典型的な援助融資プロジェクトに適用してきた。

 本来は、各プロジェクトの経済的なlife spanは建設段階と操作及び維持段階から成り立つが、二期モデルには、この両段階における共通事項が、その順番を保ちながら含まれている。これらの事項は次の通りです。つまり、1)被援助国は努力を投入し、2)援助国はこの努力の不完全な観察を行い、3)援助国はこのような観察に基づいて適当な援助融資を行う、4)思い掛けない事情が生じ、5)被援助国の努力により何らかの成果が生み出される、6)このoutputから借りた援助が返済される。これらの1)から5)までについては贈与にしても円借款にしても必ず起こることである。

 以上のような概念化により、自助努力の一般解釈を細かく論じることができるようになった。展開方法は二つあり、ここでは均衡内解釈と均衡間解釈と呼ぶことにしています。これらの解釈の違いは如何に援助の金融条件を厳しくするかと如何に「より良い努力」が定義されているか、という二つの点にある。特に、自助努力理念の均衡間解釈では、モテル・ハザード問題が存在する場合、取引費用の導入によって援助の金融条件が高まれば、契約した被援助国の努力と実際に果たした被援助国の努力との間の差が縮小されると見なしている。取引費用というのは、モラル・ハザード問題が存在することによって最も効率の高い協力的な均衡が達成できなくることから生じるものである。一方、自助努力理念の均衡内解釈では、援助国の負担になっている補助金を小さくされることによって援助の金融条件の厳しさが高められれば、非協力均衡において、被援助国により努力させるというように見なされています。

 本稿の分析の結果としては、先に述べた均衡間の解釈は次の条件のもとで成り立つ。第一の条件は被援助国の反応関数では、被援助国の努力が利子率の増加関数となっている。そして、援助国が負担可能な補助金関数は被援助国の反応関数より利子率に関して弾力性が高いということである。第二の条件は被援助国の反応関数では被援助国の努力が利子率の減少関数だということである。

 政策上の含意の一つは、明らかに自助努力理念を効果的に実施するために以上のような条件が十分に認識する必要があるということである。つまり、以上のような条件が成り立っている以上には援助の金融条件を厳しくすることは被援助国の努力をよりいっそう促すだろう。

 データが稀少にも関わらず、フィリピンの援助国としての反応関数の推定を試みて来た。円借款の金融条件が努力の指標にたいして有意な影響を与えることがわかった。様々な援助理念の成立条件を区別するのに、被援助国の反応関数は重要なので、この結果は有意義になる。さらに、この結果からさらに二つの含意が導かれる。その一つは、日本の援助の管理から収集したデータが日本の理念の評価に使えることである。もう一つは各プロジェクト間のディスバースメントで測った成果の相違は援助の金融条件の厳しさによって説明できる。

審査要旨

 フェルディナンド・マキト氏が提出した学位申請論文

 "An Institutional Analysis of the Relationship between Recipient and Donor Countries:THe Case of Japanese ODA to the Philippines"

 は、近年その重要性を高めている日本のODAのメカニズムとその問題点を、プリンシパル・エージェント問題のひとつとして理論的に分析すると同時に、フィリピンに対するODAを対象として実証的に分析しようとする野心的な試みである。とくに、日本のODAが原則として掲げている「自助努力原理(SHE)」が持っている意味を経済発展との関係で分析することに力が注がれている。この「自助努力原理」は、日本の政府が近年強調している一種の哲学であるが、自由な市場メカニズムを基盤とする援助を強調するアメリカなどの援助哲学と相当に異なっている。したがって、グローバルな(そして、とくに東南アジアにおいて)援助における日本のプレゼンスが高まることは、単に援助の量的な面で何らかの影響を生み出すだけではなく、その質的側面に影響を及ぼすかも知れない。その意味でマキト論文はきわめて興味深い視点を提示している。

 マキト論文は次のような構成となっている。

 第1章 Purpose and background of the study

 第2章 An overview of relationships of external capital flows

 第3章 Survey of related literature

 第4章 Methodology

 第5章 An economic analysis of ODA(From empirical to theoretical)

 第6章 Economic analysis of ODA(From theoretical to empirical)

 第7章 Main conclusions and policy implications

 さらに附論として

 Technical appendix I、II

 が添付されている。以下に各章の概要を摘記する。

 第1章は論文全体の序論として、日本のODAの重要性の高まりと、その背後にある「自助努力原理」を紹介し、筆者の問題意識を述べている。「自助努力原理」は、ODAを供与する側が被援助国に対して借款等の形態を通じて一種の規律を与え、それによって開発努力を有効に誘引しようとする考え方だと言える。この考え方は新古典派経済理論を基盤とするアメリカ、あるいはIMF、世界銀行など国際機関の援助に対する考え方の中には見られない要素である。したがって、「自助努力原理」を重視する日本のODAが途上国向け援助において重要な位置を占めることが、途上国の経済発展にどのような影響を及ぼすかは興味深く、かつ重要な研究テーマである。

 第2章は過去半世紀のフィリピン経済の推移を資本流入との関連で概観されている。フィリピンの経済発展は、よく知られているように、必ずしも順調とは言えないが、とりわけ1983年以降の債務危機はフィリピン経済に深刻な打撃を与えた。フィリピンの不安定な経済状況の一因として、筆者は資金供与側と受け入れ側の間のリスク分担について、十分にモラル・ハザード問題を回避する制度上仕組みがないことを挙げている。また筆者はフィリピンに対する日本のODAの急激な増加を示すとともに、そのODAがインフラ構築や基幹産業に偏って配分されていること、そしてそのような配分が実際には日本の民間企業の利益につながっているという批判を紹介している。

 第3章は、本論文に関連する過去の研究業績の展望に充てられている。その前半部では経済援助の効果に関する理論的分析を取り上げており、GAP分析、援助効果の測定、支援国の利害と被援助国の要望の分析、そしてプリンシパル・エージェント分析がそれぞれ先行の研究例を踏まえて解説されている。展望の後半部では、日本の「自助努力原理」を巡るいくつかの議論を概観している。筆者は日本における援助の考え方を便宜上、企画庁アプローチと非企画庁アプローチに二分する。前者は海外経済協力基金をコントロールする役割を通じ、円借款の配分とその条件を決定しているが、そこではマクロ経済の視点を強調した経済開発戦略に力点が置かれる。他方、非経済企画庁アプローチは、より具体的に「自助努力原理」を体現した援助方式を強調する。とくに、このアプローチでは補助金よりも借款の重要性が強調される。筆者は以下ではこの非企画庁アプローチに重点を置いて「自助努力原理」の意味を考察しようとしている。

 第4章は、第5章および第6章で進められている理論的分析と実証分析の相互関係についての予備的考察である。筆者は非企画庁アプローチが強調する「自助努力原理」にはこれまで十分な理論的根拠が与えられなかったものの、だからといって頭からそれを否定するのは誤りであると主張する。また筆者は「自助努力原理」の妥当性についての実証的裏付けが不十分であることを認めた上で、場当り的な分析を越えた考察が必要であると論じている。

 第5章の理論的分析では、日本からのODAの具体的な過程を単純に2期間のモデルに定式化し、被援助国が2期間にわたる消費フローに依存する期待効用を最大にするように、自分たちの「努力水準」を決定するという仮定を導入している。筆者の分析では、被援助国の努力水準が本質的に重要な役割を演じる。努力水準の引き上げは、今期の消費を減らすという費用を伴う一方、将来の生産性を高める便益をもたらす。その意味で被援助国の努力は一種の投資である。筆者の分析では、援助国の供与する借款の利子率が被援助国の努力水準にどのような影響を及ぼすかが鍵となる。つまり筆者によれば、日本のODAの「自助努力原理」は借款の条件、たとえば利子率の引き上げ、あるいは借款に含まれる補助の割合の引き下げなどが、結果的に被援助国の努力水準引き上げを誘引するはずだという考え方に翻訳できる。したがって「自助努力原理」が妥当性をもつためには、借款利子率の上昇にともなって被援助国が努力水準を上昇させるという「反応」を示すことが必要である。筆者の分析によれば、被援助国の危険回避度がある水準よりも高ければ利子率の上昇が努力水準引き上げをもたらす。(直感的な説明は次のようになる。危険回避度が高いほど、被援助国は今期と来期の消費水準を平準化しようとする選好が強い。借款の利子率の上昇は将来の返済元利合計額を増加させるから、来期の消費水準を大幅には削減したくないという欲求が強いほど、今期の努力水準を引き上げ、来期の消費可能性を拡大しようとする。これが借款利子率の上昇が被援助国の努力水準の上昇に結びつく場合のシナリオとなる。)

 筆者の分析は「自助努力原理」が、ある場合には理論的に妥当であることを示したことになる。発展途上国はリスク分担についての社会経済制度が十分に整えられていないために、人々の危険回避度の程度はかなり高いと考えられる。したがって、それだけ「自助努力原理」が妥当する余地が広いことになるのである。

 第6章は第5章で展開された理論モデルに即して実証分析を行なっている。もちろんODA関連の統計資料は必ずしも十分ではなく、そのために理想的な実証分析の展開は望むべくもない。しかし実証分析の目的は、被援助国のプロジェクト投資支出額が日本のODAの実効的金利とプラスの相関をもっているかどうかを統計的に調べることである。筆者は実証分析のために、2種類のデータを準備している。第一のデータは海外経済協力基金の公表データに基づくものであり、マクロ的なタイム・シリーズ分析に当たる。第二のデータは、1974年から94年までの期間にフィリピンで完了した79の投資プロジェクトについてのものである。つまり第二の分析はクロス・セクションの計測である。分析の結果は必ずしも鮮明ではない。しかしクロス・セクションの計測結果は、実効的金利がプロジェクトの投資支出額とプラスの相関を示している。筆者によれば、この結果は、より厳しい借款条件は被援助国の自助努力を増加させるという「自助努力原理」が妥当していることを示唆している。

 最終の第7章は本論文の要約と結論であるが、最も筆者が強調している点は、日本のODAに盛り込まれている「自助努力原理」が、常に成立するわけではないこと、妥当するための条件を正しく認識することが重要であることである。

 論文の評価: 以上の紹介から推測されるように、マキト氏は「自助努力原理」という、従来必ずしも厳密に分析されてこなかった概念を理論、実証の両面から分析し、日本のODAのもっている問題点を浮き彫りにしようとしている。この試みは非常に価値のあるものと高く評価できる。とくにODAの実施過程の詳細を単純化された2期間モデルに再定式しようとした努力は高く評価されるべきである。

 ただし、論文の細かな内的に関しては、いくつかの問題が散見することを率直に認めなければならない。たとえば、第5章の理論的分析はプリンシパル・エージェント理論の応用から出発しているものの、この理論が本来持っている構造や意味が十分に活かされていない。またモデルの構成が不必要に複雑で、かえって読者の理解を妨げる嫌いがある。筆者の議論の本質を鮮明にするためには、モデルをもっと整理することが望ましかった。

 また実証分析の段階でも、方法的に必ずしも十分と言い難い箇所がある。とくに筆者が被援助国の「努力水準」を示すとされているプロジェクトの投資支出額は適切な選択であるかどうか、筆者はもっと丁寧に説明する必要があったであろう。しかし審査委員会は、マキト氏の長年にわたるODA問題に対する取り組みと、その鋭い問題意識とを勘案して、本論文を博士の学位にふさわしいものと認定する。マキト氏が本論文で展開した理論・実証の努力を、今後実務的な領域に活用されることを切に期待する次第である。

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